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古代文字(ルーン)を詠う者  作者: 綾瀬蒼


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15.貧民街の飢餓と盗賊の少女ノア

1. 王都の光と影

ヴァルハイト公爵家の追跡を振り切ったライエルたちは、王都アルドニアの光が届かない、陰鬱な貧民街へと足を踏み入れた。貴族街の豪奢さとは対照的に、ここは飢えと病が蔓延し、多くの住民が明日も見えない生活を送っていた。

「同じ王都なのに、まるで別の世界ね…」セレフィアは、初めて見る凄惨な現実に言葉を失った。

貧民街を歩いていると、やせ細った幼い子供たちの集団が、ライエルたちの荷物を狙っていることにゼノンが気づいた。

「おい、離れろ!盗みは許さねぇぞ!」ゼノンが威嚇する。

しかし、子供たちは怯むことなく、かえって彼らに向かって飛びかかってきた。その動きは訓練されており、ただの餓えた子供ではないことを示唆していた。

「やめなさい!」

子供たちのリーダーらしき、目つきの鋭い一人の少女が現れた。彼女はボロボロの服を纏いながらも、威厳を放っていた。

「ここは俺たちの縄張りだ。あんたたち、貴族街の匂いがするな。余計な世話はごめんだ」少女は冷たく言い放った。

ライエルは、少女の瞳に映る、深い絶望と飢えの色を見た。

「君たちは、ここで何を盗んでいるんだ?」ライエルが静かに問う。

「命を繋ぐものだ。食い物だよ」少女はそう言いながら、腹を抱えた。


2. ライエルの「食料生成ルーン」

ライエルは、この悲惨な状況が、聖刻会が王国の秩序を崩壊させるための土壌になっていることを理解した。ルーンの力を、支配や戦闘のためだけでなく、人々の命を救うために使うべきだと直感した。

「ゼノン、セレフィア。僕に協力してくれ。僕が、彼らを助ける」

ライエルは、地面に小さな魔法陣を描き始めた。彼は、サガから学んだ複合ルーンの知識を応用し、「物質の変性」と「魔力の凝結」を組み合わせた『食料生成ルーン』の詠唱を試みた。

このルーンは、周囲の微細な魔力と空気中の水分を凝結させ、無機物に近いが、一時的に飢えを凌げる「魔力のパン」を生成するものだった。これは、古代において、ライエルの一族が辺境の民を救うために使用した、禁忌に近いルーンの一つだった。

「Aqua e'l Terra. Panis e'l Vita.} 」

(水よ、土となれ。パンよ、生命となれ)

詠唱を終えると、魔法陣の中心に、白い光の塊が現れ、ゆっくりと固いパンのような形状に変化していった。

子供たちは驚きに目を見開いた。少女もまた、生まれて初めて見る光景に、警戒心を忘れ去っていた。

「食えるのか…?」少女が恐る恐るパンを手に取り、一口かじる。

「…うまい。いや、温かい…」少女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


3. 盗賊の少女、ノア

ライエルは、生成した魔力のパンを子供たちに分け与えた。空腹を満たした少女は、ライエルたちへの警戒を解き、自らの名前をノアと名乗った。彼女は、この貧民街の孤児たちを束ねるリーダーだった。

「あんた、すごい魔導師だな。…何か裏があるのか?」ノアは用心深く尋ねた。

「裏はない。僕らは聖刻会という組織を追っている。彼らは君たちの住む王都を、内部から破壊しようとしている」ライエルは正直に答えた。

ノアは、聖刻会という名を聞いて、顔を曇らせた。

「聖刻会…あの黒ローブの連中か。時々、王都の貴族街から貧民街の奥にある廃教会に出入りしているのを見たことがある。彼らは、俺たちから情報を買い、邪魔な人間を消している」

ノアの情報は、裏切り者グラントと聖刻会が取引を行う場所と完全に一致した。

「ノア。僕らはその廃教会へ行かなければならない。君の助けが必要だ。この貧民街の迷路のような裏路地を知っているのは、君だけだろう」

ノアは、ライエルの持つ「人助けのルーン」の力を信じ、協力を申し出た。

「あんたたちが、この街の連中を救ってくれるってんなら、喜んで道案内するさ。ただし、俺たちはお金は持てない。その代わり、情報と裏路地の安全な抜け道は、誰にも負けない」


4. 廃教会への道と新たな決意

ライエルは、ノアという強力な情報源と裏路地のスペシャリストを新たな仲間として加えた。ノアの知識があれば、ヴァルハイト公爵家の追跡を完全に避け、廃教会へと潜入できる。

「ノア、感謝する。僕らは、君たちの世界を救うために、その廃教会へ向かう。そこで、古代文字を悪用する者たちを打ち砕く」

ノアは廃教会へと続く、最も人目に付かない隠された裏路地を指差した。

「あそこだ。あそこを通れば、貴族の騎士も、黒ローブの連中も見つけられない。でも、あそこは呪われていると噂の場所だから、気をつけてな」

ライエル、セレフィア、ゼノン、そしてノアの四人は、王国の光と影が交差する貧民街の闇を抜け、裏切り者グラントと聖刻会の取引現場である、呪われた廃教会へと向かう。そこで、彼らはついに、聖刻会の更なる幹部と、裏切りの真の代償に直面する。

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