12.ルーンの権威と複合ルーン・バトル
1. 苦渋の決断
目の前で映し出される、聖刻騎士団が山間の村へ迫る幻影。そして、足元で製造され続ける「裏切りのルーン」の首輪。ライエルは、一瞬で最悪の結末を悟った。
(裏切りのルーンが量産され、王国の要人だけでなく、多くの人々に仕掛けられれば、聖刻会は王国を完全に内部から掌握する。この工場を破壊しなければ、後はない!)
ライエルは、村の危機をゼノンとセレフィアに託すことも考えたが、アルディス教授という幹部レベルの魔導師を相手に、分断した戦力で勝利するのは不可能だと判断した。
「セレフィア、ゼノン、すまない。村の救出は…間に合わないかもしれない。だが、この工場を破壊すれば、裏切りのルーンの脅威は一時的にでも消える。王国を救うには、ここを叩くしかない!」
ライエルは決意を固め、アルディス教授に向き合った。
「アルディス教授。あなたの知識は、ルーンを支配の道具に変えた。僕が、それを終わらせる!」
2. ルーンの権威、アルディス教授
アルディス教授は、ライエルの決意を嘲笑した。「愚かな。君のルーンは、学院で学んだ表面的なものだ。私は、君の一族の古い禁書さえも読み解き、ルーンを進化させた。君の複合ルーンなど、私の『連結ルーン』の前では無力だ!」
アルディス教授が詠唱すると、彼の周囲の空間に、無数の小さなルーンが鎖のように連結した魔法陣が出現した。
「Vinculum e'l Dominus!」
(支配の鎖よ!)
連結ルーンは、ライエルたち三人の魔力経路を互いに繋ぎ、三人の魔力を均等に吸い取り始めた。ライエルが防御ルーンを詠唱すれば、ゼノンとセレフィアの魔力も同時に消費される。協力すればするほど、消耗が激しくなるという、悪魔的な複合ルーンだった。
「ゼノン、セレフィア!僕の詠唱に合わせて、魔力の流れを遮断しろ!分離のルーンを詠う!」
ライエルは、連結ルーンに対抗するため、彼らの間の魔力結合を断ち切る複合ルーン(分離と防御の組み合わせ)を詠唱する。
激しいルーンとルーンのぶつかり合い。ライエルの「分離の複合ルーン」が、アルディスの「連結ルーン」をわずかに押し返す。
その隙に、ゼノンが叫んだ。「ライエル!俺は剣で工場を叩く!お前は教授を抑えろ!」
3. 工場破壊と複合ルーンの死闘
ゼノンは連結ルーンの反動で消耗しながらも、工場の中央にある巨大な魔導炉に向かって突進した。セレフィアは光魔法でゼノンの進路を援護する。
「させん!」アルディス教授は、ライエルを無視し、ゼノンに向かって『固定のルーン』を放つ。ゼノンの足元が凍り付き、動きが止まった。
ライエルは、すかさず『加速の複合ルーン』を自身の肉体に詠唱し、ゼノンの固定ルーンを解除する前に、教授の目の前に飛び出した。
「あなたの狙いは、工場の破壊を防ぐことだ!」
ライエルは、自身の渾身の複合ルーン、『鏡のルーン』をアルディス教授の足元に展開した。鏡のルーンは、詠唱者に向けられた物理的・魔力的衝撃を、そのまま詠唱者に跳ね返す究極の防御ルーンだ。
「馬鹿な、そのルーンは…!」アルディス教授は、自分の攻撃が自分に跳ね返ることを恐れ、ライエルへの攻撃をためらった。
その一瞬の躊躇が、勝敗を分けた。
「今だ、ゼノン!」
固定ルーンから解放されたゼノンは、渾身の力を込めて騎士剣を振り下ろし、製造工場の核である魔導炉を斬り裂いた。
ドォォン!!
魔導炉は爆発し、裏切りのルーンの製造ラインは崩壊した。高純度の魔力が暴走し、採掘路全体が激しい振動に見舞われた。
4. 敗北と情報漏洩
「私の…私の研究が…!」アルディス教授は怒り狂い、残った魔力をすべてライエルにぶつけようとする。
しかし、ライエルは既に、工場の崩壊による魔力の暴走を逆利用し、『封印と転移の複合ルーン』を詠唱していた。
「この力は、誰にも支配させない!」
「Sigil e'l Fuga!」
(封印と逃走!)
ライエルが仕掛けたルーンは、崩壊する工場全体を一時的に封印し、その反動で生じた転移魔力を利用して、アルディス教授を強制的にヴァルナの地下へと転移させた。
ライエル、セレフィア、ゼノンは、崩壊する採掘路から間一髪で脱出した。
工場は破壊され、「裏切りのルーン」の製造は阻止された。しかし、彼らの表情は暗い。
「村は…要人は…」セレフィアが声を震わせた。
ライエルは力なく答えた。「工場を破壊したことで、奴らの注意は一時的に僕らに向くだろう。だが、聖刻騎士団が村へ向かった事実も消えない。そして、アルディス教授を倒せなかった…」
ライエルの詠唱で転移させられたアルディス教授は、裏切りのルーン製造工場に関する全ての情報を失ったが、彼は王都の聖刻会本部に、ライエルの「複合ルーン」に関する情報と、次の主要な標的に関する新たな指令を送りつけていた。
ライエルは王国を救うための工場破壊を優先したが、その代償として、王国の要人が聖刻会の手に落ちた可能性と、自身が聖刻会の最優先標的となった事実が残された。




