何だこれは……
九月一二日午前六時四〇分。
「気をつけて近づくんだ。いつも以上にね」
「はい」
後ろから佐山遥人航海長に注意され、鴨尾修平は舵を握りなおした。巡視船を島の小さな砂浜につけるのは簡単なことではない。
それに現在、船は台風の強風域の中である。暴風域を過ぎたとはいえ、危険なのに変わりはない。
だが、焦ってはならない。焦りは人命救助の最大の敵だ。急ぐのは大事だが、焦るのとは根本的に違う。
鴨尾は深呼吸した。左で勝海京が双眼鏡を構えた。
「視界が悪いですが……砂浜の右端にある草むらの手前に停泊できそうです」
「そうだな」
手から汗が滲み出た。鴨尾は、レーダーを見ている二人にも声を掛ける。
「天ノ川と森もよく見といてくれよ」
天ノ川真結と森玲音の返事を確認し、舵取りに集中する。大切なのは、手を動かすことじゃない。体全体を使うことだ。鴨尾は、渾身の力を込めて舵を切った。
狙い通り、なんとか砂浜に停泊させることに成功した。航海科としての仕事は成し遂げた。あとは救助あるのみ。料理などの庶務を担当する主計科職員と、船舶の最高責任者である大沼豊久船長は船に残るという。それ以外の航海科・機関科・通信科が五名ずつ、そして芦原聡志業務管理官が神々島に上陸した。
鴨尾は雨風の強さにひるみそうになったが、海上保安官たるものそんなことで怯えていられない。砂浜からは階段が伸びていた。幅が狭く、一列にならないと進めない。
芦原を先頭に、航海科の佐山、鴨尾、天ノ川、勝海、森。その後ろに機関科と通信科が続いた。誰もしゃべろうとはせず、緊張感が走っていた。
階段を上りきると、大きな扉に阻まれた。芦原が何やら番号を入力すると、ゆっくり開いた。はやる気持ちで扉を通りぬける。周囲に救助者は見当たらない。足元を見ると、舗装された道路が敷かれていた。その上に立ち、芦原が振り返った。全員揃ったのを確認し、
「問題の『神嵐館』なる建物は島の東端に位置するとのことだ。救命は時間との勝負だ。足元に気をつけて、ついてこい」
声高に宣言した。言うやいなや駆け出した。行動がいちいち早い。鴨尾たちは慌てて後を追った。芦原は五〇歳近いはずだが、とても足が速かった。鴨尾は高校のときに陸上の全国大会に出たことがあるが、それでも距離を保つのが精いっぱいだ。
芦原を追うことだけに集中し、ただひたすらに走る。島は平坦で、木が全くと言っていいほど生えていなかった。奇妙な島だ。
——どれほど走っただろうか。基準になるようなものが周囲にないので、距離感覚が狂ってきた。
と、前を走る芦原の足が突然凍りついたように止まった。じっと何かを見つめているようだ。鴨尾はなんとか追いつき、息を整えてから顔を上げた。次の瞬間、鴨尾は驚きのあまり身じろぎもできなくなった。
「何だこれは……」
目に入ったのは想像を絶するものだった。
七つの生首が横一列に並び、こちらを見返していた。どの首も、金属の針で脳天から地面に串刺しにされている。強風で飛ばされないよう固定されているようだった。
鴨尾は混乱と動揺を必死に抑えながら、芦原に指示を乞う。
「ギョーカン、どうされますか。後続には女性も多数います」
声を聞いてようやく我に返ったようだった。芦原は、特有の鋭いまなざしで鴨尾を見据えた。
「男も女も関係ない。そこを判断材料にするのはお前の悪い癖だ。だが、さすがに全員に立ち会わせるのはためらわれるな」
無理な者も多いだろう。鴨尾だってごまかしてはいるものの、かなり吐き気を催していた。二人は引き返し、追いついてきた順に足を止めさせた。一六人が揃ったところで、芦原が状況を説明した。
皆、驚愕して目を見開いた。当然の反応だった。芦原は苦々しい顔で言った。
「検分したい者だけついてこい。自信のない者は戻れ。無理して来ようとはするな。遺体に吐瀉物をかけるよりはよほどマシだ」
鴨尾は悩んだ末、もう一度行くことにした。吐き気や恐怖よりも好奇心が勝った。
芦原が考える時間を与えてから言った。
「向かう者は挙手しろ」
手を挙げたのは、勝海を除く航海科の四人と、機関科から三人、通信科から二人だった。
「戻る者も、充分注意しつつ、犯人らしき人物がいたら確保しろ。島の出入口は0187と入力すれば開くはずだ」