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一旦ゆっくり話し合いましょう

重い沈黙が流れた。私は、誰かが話のきっかけを作ってくれるのを待っていた。みんな同じ気持ちだろう。全員が互いの表情をうかがっていた。


 最初に口を開いたのは、町谷だった。


「一旦ゆっくり話し合いましょう。決めつけは禁物です。暴動になりかねません」


「私もそう思います」


 私は同意を示した。犯人の押しつけあいは誰の利益にもならない。町谷が話の主導権を握った。


「まずアリバイの話をする前に、済ませておきたい話があります。女性や、痩せっぽちの真渕さんに、井口さんを絞殺できるかという問題です」


 即座に真渕が嚙みついた。


「あぁ? 誰が瘦せっぽちだ? それぐらい余裕だろ」


「自ら犯人志願ですか? これはありがたい」


「そういうことじゃねえ。俺は事実を言っているだけだ。女にも可能だ。井口はクソほど鈍いうえにかなり小柄だからな」


「ふむ。その点は私も同意見なので否定しません」


 町谷は何度も頷いた。


「では早速アリバイの話に移りましょうか。黒栖さんの言っていることが本当なら、真渕さんか遠藤さんが犯人に見えます。このどちらかが犯人だったとして、矛盾がないか確認してみましょう。まず、真渕さんの場合です」


「だから俺じゃ……」


 真渕が言い終わる前に、町谷はその口を塞ぐように手のひらを突き出した。


「あくまで可能性の話です。誰もあなたが犯人とは——言っている人もいますが、断じて決まってはいません」


 町谷はちらっと美里のほうを見てから、真渕に向き直る。真渕は押し黙った。


「真渕さんが犯人なら、どういう経過をたどるかというと、単純ですね。部屋に戻ったふりをして、井口さんを絞殺してから自室に戻る。何も否定する要素はありません。以上です」


「何やそれ。内容ゼロやないか。あと、その『私論理的思考持ってます』感を前面に押し出した話し方、なんか腹立つ」


 美里が眉をひそめた。分からないでもなかった。だが、町谷は構わずしゃべり続ける。


「何とでも言ってください。次に、遠藤さんの場合です。遠藤さんは自室に入ってから、しばらくして食堂に入る。その後、食堂か厨房からこっそり抜け出して、二階に向かう。あの、黒栖さん」


「何だ」


「遠藤さんが食堂や厨房から廊下に出ても、ロビーからは気づきませんか?」


 黒栖は天井を見上げて十秒ほど考えてから答えた。


「ああ、そうだな。ロビーと廊下の間にあるドアは木製だから直接見えないし、音も遠藤が自分から立てない限りは聞こえないだろう」


「ということは、誰にも気づかれずに二階へ上がって井口さんを殺害するのは可能ということになりますねぇ」


「ちょっと待ちーや。あんた、冷蔵庫の食べ物見てないやろ。あんなにいっぱい作るのはかなり時間がかかるで」


「ほほう。一考の余地ありですねぇ」


 私は冷蔵庫の中身を見ていないが、七人分の昼食を作ったなら相当多いだろう。短時間で作れる代物ではなさそうに思えた。町谷がわざとらしく咳払いした。


「遠藤さん以外に尋ねますが、遠藤さんが料理を作る前、冷蔵庫を覗いた方はいますか?」


 誰も答えなかった。それを確認してから、町谷は残念そうな顔をした。


「誰も見ていないならアリバイは不成立と言わざるを得ません。料理をさっき作ったとは限りませんから。先に作っておいて、冷蔵庫に入れておくことができてしまいます」


「たしかに、それは否定できないわね」


 意外にも、最初に頷いたのは恵子だった。美里は何か言いたそうだったが、本人が認めたからか、結局何も言わなかった。


だが、恵子は肯定しただけでは終わらなかった。


「でもそこまで言うなら、黒栖くんやアリバイがある三人のことも考えるのが筋だわね」


「その通りですね。では黒栖さんの場合に行ってみましょうか」


 黒栖は少し顔をゆがめたが、文句は言わなかった。町谷は探偵面をしながら、再びしゃべり始めた。


「まず私の感情論ですと、黒栖さんは犯人ではないと思っています。彼は重要な証言者で、三人も容疑者の外に出していますからね。自分が犯人なのにそんなことをするメリットがありません」


 すると真渕がすかさず否定した。


「そうとも言い切れねえぞ。こいつは何を考えてるか分からねえからな。もしかしたら、三人のアリバイを証言して、自分は怪しくないんだと刷りこもうとしているのかもしれねえ」


「だいぶ遠回しなやり方で説得力に欠けますね。まあ今言ったのは感情論にすぎません。では、黒栖さんが犯人でも矛盾しないかを考えてみましょう」


「そりゃ、物理的には矛盾せんやろ。今の論理はほとんどが黒栖さんの証言の上に立ってるんやからな。確認するとしたら、恵子ちゃん?」


「何かしら?」


「さっき黒栖さんにしたのと似た質問になるけど、黒栖さんがこっそり二階に上がろうとしたら気づいてた?」


「たぶん気づかないわね。厨房の扉は閉めてたから」


「やっぱりな。ほんなら申し訳ないけど、黒栖さんも容疑者ってことになるな」


「先ほどは真渕が犯人だと言ってかばっていましたが。せわしない人ですねぇ」


「誰がや。黒栖さんが容疑者ってのは物理的に考えたらの話や。美里だって、黒栖さんは犯人じゃないと思ってる——と言いたいところやけど」


「何です?」


 美里は町谷を無視し、黒栖の方に顔を向けた。


「黒栖さんに聞きたいことがある。今度こそ正直に答えてや。ここに美里たちを招待した理由は何かってこと」


 黒栖は即答した。


「答える義務はないだろう。新鮮なメンバーでパーティーをしたかった、とかで満足か」


「満足なわけないやろ」


「自由にしてくれていいと言ったはずだ。それ以上何も言われる筋合いはない。それに、招待状に書いただろう。余計な詮索は無用、と」


 たしかに書いてはいたが。うさんくさい返答である。恵子も訝しむような表情になった。


「本当は目的を聞きたいところだけれど。これだけでも答えてもらえる? 私たちを招待したのと井口くんが殺されたことは関係ないのよね?」


 黒栖は堂々と頷いた。


「ああ。もちろん関係ない。まあ俺が犯人だったとしてもそう答えそうなものだが」


「ほんとに関係ないならいいのだけれど……」


 恵子は納得した様子ではなかった。私も腹を探るような目で黒栖を凝視した。すると、彼と視線がかちあってしまった。


「何だ、溝野。そんなに俺が疑わしいか」


 ギクリとして咄嗟にごまかす。


「いえ、そういうわけでは……」


「ならいいが。おい町谷」


 黒栖は私から視線を外し、町谷の方に移した。


「真渕、遠藤、俺とくれば、残りの三人のことも考慮に入れないと釣り合わないだろう」


「そうですねぇ。自分を容疑者とするのは嫌ですが、仕方ないでしょう。では、我々三人のアリバイは果たして完璧なのか、という話に移りましょう」


 私としてはあまり気が進まなかったが、止めると怪しまれそうだった。


「先ほどからアリバイアリバイと言っていますが、我々からすれば、井口さんの部屋は密室と言うこともできます。それも『開かれた密室』」

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