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もう外に出るのは無理そうですね

挿絵(By みてみん)


「この花、いい香りしてるな」


 植木鉢の前でひざまずいて、美里がつぶやいた。私は現実に引き戻された。くんくん嗅いでみてから答える。


「黄ユリですね。こうやって力強く花が咲いているのを見ると、私も元気をもらっている気がします」


 庭を一周して玄関口に戻ってきたのは、一〇時半すぎだった。


——まもなく、か。


 空にはすでに暗雲が垂れこめていた。


「そろそろ室内に戻りませんか?」


「せやなー」


 美里は満足したらしく、意気揚々と答えた。順番に自動ドアをくぐる。私が最後に体を滑りこませた瞬間だった。


 強烈な雨が降り始めた。振り返ると、雨が矢のように降り注ぎ、景色が濁っていた。


 予報では「一〇時四〇分、ぽつぽつとした雨から、八〇ミリ以上の猛烈な雨になる」とのことだった。一昔前なら半信半疑になるところだろう。だが、時嶋の予報が言うならきっとその通りになるんだろうという思考が、今の私には染みついている。やはりというべきか、見事に的中した。


 これが「猛烈な雨」か。室内にいるのに圧迫感を覚える。


 ロビーには、町谷と黒栖がいた。ソファで向かいあって座っている。


「真渕はどこ行った?」


 恵子が町谷に向かって声を張り上げた。ドアのそばでは、そうしないと聞こえないくらい雨音が大きい。町谷も声高になって答える。


「彼なら部屋に戻りましたよ。相当腰をやってましたが、あなたの仕業ですか? 腹黒い女ですねぇ」


「まあ、そんなとこね。私は部屋に戻るわ。じゃあね」


 恵子がこちらに手を振ってきた。私も返しておいた。視線を移し、自動ドアを通して再び外を見る。


「もう外に出るのは無理そうですね」


「せやな。危なすぎる」


 そう頷いてから、美里はなぜか黒栖の方をじろりと睨んだ。


「それはそうと、そろそろ美里たちをここに呼んだ目的をお伺いしたいんやけど」


 招待主である黒栖は、負けじと睨み返した。


「目的も何も、招待状の方に書いただろう。自由に過ごしてよいと」


「ほんまに何もないん?」


「ああ」


「ふーん。ほんなら、気ままに部屋で過ごさしてもらうわ」


「私もそうします」


 手を挙げながら口を挟んだ。私も部屋で一人になりたかった。


「じゃあ部屋決めでもしよか。そこの町谷と黒栖さんは決めたんか?」


「なぜ私だけ呼び捨てなのかは突っ込まないことにしましょう……。はい、我々は二人とも決めました。和泉さんと(みぞ)()さんも、この見取り図を見ながら決めてください。さっきフロントで見つけました」


 町谷がB4サイズの紙を広げながら言った。すでに部屋を決めている五人の名前も書きこまれていた。


「残っている部屋ならお好きにどうぞ」


 私は一〇二号室を指さした。特に理由はなかった。


「分かりました。こちら部屋の鍵です」


 よく見るカードキーだった。町谷が「溝野」と私の部屋のところに書きこんだのを確認してから、早速部屋に向かうことにした。フロントを回りこんで荷物を回収する。疲れのせいか、いくぶん重たく感じた。


 部屋の扉を開けると、こざっぱりとしていた。ベッドと長机があるだけの簡素な部屋だ。トイレもバスルームもない。奥には鉄格子の窓がついている。隙間から覗くと、来る前とは打って変わってどす黒い海が広がっていた。雨が地をうがつように大量に降っている。


 見ているだけで鬱になりそうだった。カーテンを閉めた。


 ベッドに倒れこみ、寝心地を確認する。小さい頃から、新品同様に整えられた布団の感触が好きだった。家でしたくても、ここまでの清潔感はなかなか再現できない。


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