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あいつ、人殺しだわ

 芝生を荒らさないよう、ゆっくりと歩を進めた。


 ドアを抜けると、ふかふかの床が広がるロビーがあった。奥には無人のフロント。その手前には二台のソファと一台のテーブルがあった。


 片方のソファで、太った男——()(ぐち)(ひろし)——が雑誌を読んでいた。表紙には『ダイエットの秘訣3選! これを読むだけでみるみる痩せる!』と印字されていた。なんともうさんくさいタイトルだ。


 彼は私たちが入ってきたのにも気づいていない様子で、雑誌に目を走らせていた。私は井口から視線をはずし、周囲の顔を順番に眺めた。


 (しん)(らん)(かん)では、ここにいる六人——私、美里、町谷、黒栖、恵子、井口——に真渕を加えた七人で過ごすこととなる。私たちは、一時間ほど前に港で初めて落ちあった。その場で自己紹介をしあい、顔と名前を互いに把握した。船には四人までしか乗れないというので、恵子、真渕、井口の三人が先に別の船でやってきたのだった。


 従業員はいない。嵐が来ると分かりきったうえでの宿泊なので、つけてもらえなかったらしい。こちらの都合だから仕方がないといえば仕方なかった。


 ふとそこで、自分たちの荷物が見当たらないことに気づいた。恵子たちが先に持ち込んでくれているはずだ。恵子に尋ねるつもりで言った。


「あの、私たちの荷物は……」


「わっ!」


 驚いて声のした方を見ると、井口が目を丸くしてこちらを見返していた。今さら私たちの存在に気づいたらしい。


 恵子がフロントを指さしながら、私の質問に答えた。


「荷物はあの陰にまとめて置いてるわよ」


 フロントを回りこむと、荷物が雑然と並べられていた。


 何をしようか。読書でもするかと文庫本を取り出していると、美里の声が聞こえた。


「リフレッシュしたいからちょっと外()ーへん?」


「いいわよ。溝野ちゃんも行きましょ」


 恵子に手招きされた。断ることもないので頷き返した。本は元の場所に戻しておく。


 三人で庭に出た。庭には、外国産の珍しそうな植物が点々と植えられている。少し歩いてから、美里が小声で言った。


「正直、ここの男たち、性格に難ありって感じせん? 何もそそられないっていうかさ」


 私も近しいことを感じていた。恵子も深く頷いた。


「ろくに頼りにできないヤツばかりだものね」


 不覚にも笑ってしまった。そのとき、低いドスの利いた声が後ろから響いた。


「てめえら、俺の悪口でもほざいてるのか?」


 真渕の声だった。恵子はどこ吹く風といった顔で言い放つ。


「あら、おタバコは満足したの?」


「あん? 話をそらすな! オラァ!」


 真渕が、突然恵子に殴りかかった。勝手に体が動いた。


 気がつくと、私は真渕を地面に叩きつけていた。彼は腰を派手に打っていた。受け身の取り方を知らないらしい。


「あ、ごめんなさい……」


 私はとっさに謝った。美里は気にする素振りがない。


「望実ちゃんすごいな! 今の、背負い投げ? 柔道でも習ってたんか?」


「ちょっとかじっただけですけど。あの、大丈夫ですか?」


「そんなクズほっとき。あ、でも感想ぐらい聞いとくか。今どんな気持ちや、言うてみ」


 美里は勝ち誇ったような顔で、仰向けの真渕を見下ろした。真渕は、私と美里を交互に睨みつけた。


「舐めやがって。俺だって本気を出せば——」


「説得力ってもんを知らんのか? おとなしく帰れ」


 真渕は舌打ちを残して去っていった。勝てないと踏んだらしい。振り返ると、恵子が立ったまま硬直していた。


「まさかいきなり攻撃してくるとは思いませんでしたね」


 話しかけると、恵子は我に返った。それから、恨みがましい目で真渕が入っていった館の方を見た。


「あいつ、人殺しだわ。目がそうだったもの」


「考えすぎですよ。すごく弱かったし」


 そう笑ったとき、頬に何かが当たった。さすってみると、指先が濡れた。雨が降り始めたようだ。腕時計に目をやった。午前一〇時一五分。天気予報の通りだ。正確すぎてむしろ恐怖を感じる。


 時嶋空という天才エンジニアが世に現れたのが九年前。時嶋が制作したスーパーコンピューター『鳳凰』は、一秒間に十澗回もの計算ができるという。世界的に見ても、文字通り桁違いの技術らしい。


 この『鳳凰』の登場により、長年未解決となっていた「乱流の理論的なモデル」が完成された。このモデルは様々なことに応用された。列車や航空機の空気抵抗の減少、火力発電や水力発電の発電力向上、電子機器に含まれる部品の放熱機能の改善などなど。その他にも数えきれないような変革をもたらした。


 そのうちの一つが、天気予報の正確性の向上だった。改良が重ねられた結果、ついには一か月後まで外れないようになっていた。それも一〇分刻みというすさまじい精度だ。現時点で外れたことは一度もない。


 私は今朝、家で台風の予想進路を確認してきた。いや、もはや確定事項だから、予想とも呼ばない気がする。予知? 予見? どう表現したらいいのかは分からない。


 当然だが、台風の予報円という概念は時嶋の功績により消滅している。ちなみにこの神々島は、ど真ん中直撃らしい。危険なことこの上ない。


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