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第八話 耳

 建物の一角がえぐり取られたような穴が空き、衝撃と粉塵が静寂を蹂躙する。破壊の惨状だけみればそこでなにかが爆発したと察するような破壊規模だが、その爆心地には人影――否、そもそも人影と形容して良いのかすら躊躇ってしまう。


「ん……はずしたか……」


 砂塵から姿を現すのは巨大な影であり、想定とはかけ離れた結果に失望を込めて男は嘆息する。

 血を浴びたかのような紅髪を伸ばし、入れ墨だらけの肥満な体をした男だ。目に光はなく、恰好も清潔とは言い難いハイルのようなみすぼらしい姿である。しかし、体長は四メートル以上あり、外見から放たれる威圧感は強烈だ。

 そしてこの巨体であるにもかかわらず、ここまでバレずに接近した事実にハイルの中で警鐘が響く。


「戦艦のべラムース……なぜここに……」


「ん? お前は……金木犀……だったか? 確か名前は……」


「おいレイラ、こいつは一体なんなんだ……?」


 脳内の記憶を手繰り寄せるように大男――べラムースは頭を掻き、眠そうな眼でレイラを一瞥する。そしてハイルの疑問とともに目を開き、思い出したとばかりに口を開く。


「そうだレイラ……金木犀のレイラだ。随分と久しぶりに見たが……少しばかり成長したんじゃないかぁ?」


 舐めまわすような目つきでレイラを見つめ納得した様子を見せると笑顔を――否、頬を吊り上げ笑っているように見せかける。誰もがわかるその張りぼての顔は普通の人間が見せる喜びの表情とは明確に異なり、獣が襲う際に醸し出す剣幕でありながら、弱者を凌辱することを嗜好とする下劣さを備えている。


 この数日でハイルは何度も危機感や悪寒を意識することはあったが、これほどまで嫌悪と気持ち悪さを覚える相手は初めてであり、背筋を冷たい汗が流れると同時にレイラの方を見る。

 レイラもこれまで多くの者を手にかけてきた筈だが、この男はおそらくその比ではない。それどころかレイラとは違い殺戮を楽しむような人間であるとハイルは確信していた。


「マーロン街の連続殺人犯……べラムース。カオスギルドに所属する男ですよ」


「でも……仲間のようには見えないね」


「仲間なんて気持ち悪いです。誰が好き好んでこんなクズと……」


「おいおいつれないじゃねぇか――っ! カオスギルドの一員ってことは罪状や前科以前に同じ穴のムジナだろぉ!? そう邪険にすんなって! な!!」


 へらへらと笑い子供をあやす様な口調で語り掛けるが、レイラの表情は険しく侮蔑の意思がはっきりと読み取れる。

『戦艦』という異名に恥じないような体躯と連続殺人犯という肩書は強烈であり、同じカオスギルドの人間でも存在の在り方がここまで違う。そしてこの男がいまこの場に現れた理由はハイルも理解しており、固唾を呑むと思考を動かす。


「それにしても……お前が人と一緒に行動してるなんてどんなギャグだぁ? 珍しいしなんか面白そうじゃねえかよ。オレも一緒に連れて行ってくれよ!」


「気持ち悪いので嫌です。私にはこの後用事があるのでそれでは――」

「あァ? なにスカしてんのぉ? お前には拒否できねぇよぉ?」


「……」


「あーあ振られちまったぜ。これからデート行こうと思ってたのによぉ……せっかく晴れの日に気分は大雨だぜ……なぁ、お前もそう思わねぇか?」


「なにを言っているのかは存じませんが……どうでもいいことは確かですね」


 貼り付けた大男の破顔だが、声質は会話の内容によって若干の変化があり、寝た猛獣の尾を踏まぬよう辛うじて躱しながら会話しているようだ。

 事実としてべラムースからは夥しい殺気が漏れており、それを正面から受けながら平然と会話するレイラには尊敬してしまう。一方ハイル自身は震える体を抑え平静を装うので精一杯であり、ケイネスは後ろからは何を考えているのか分からない。


「――っ」


 ただ一つ明確なのは頭を動かしているこの瞬間を有効活用する必要があり、レイラが時間を稼いでいる間に場を切り抜けなければならない。

 と、そこへ背に手を回していたレイラに動きがあった。


「……」


 指を懸命に動かし、左の方向を示している。顔を逸らさず一瞬左方向を見れば、そこにはこの広場に繋がる別の路地へ通ずる道がある。ケイネスも意図を理解したのかレイラの合図を待ち、一瞬生まれるであろう隙を逃さぬよう見張っていた。


「それでその男二人は誰なんだ? レイラの新しい仲間かい?」


「あなたと同じで仲間じゃないですよ。利害の関係で行動しているだけ……それと名前を気安く呼ばないでください吐き気がします」


「仲間じゃないのかぁ……確かにオレ達の世界じゃあ仲間なんて足手纏いか裏切りや仲違いの原因にしかならねぇからなぁ……優しくねぇ世の中だぜ」


「優しくない世の中ですか……なら、その背中の傷もその世の中が原因で出来たものなのですか?」


「あ? 傷――?」


 べラムースが自身の背を確認しようと首を傾けた――刹那、ハイルとケイネスが走り出したのは同時だった。

 目指すは前方に見える通路――の、前に割り込むように出現した巨躯、それは瞳孔を開くと凶悪に嗤った。


 ――瞬間、岩のような拳がハイルの顔面を打ち抜いた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 世界の動きが遅延すると同時に拳が顔に直撃、鼻が拉げると視界が暗転し激痛が正面から後頭部にかけて波のように伝播する。しかし、それだけでは衝撃を逃しきれなかったのか、血を吹き出すと耳鳴りが劈き身体が吹っ飛んだ。


「――ヅッッ!!」


 自分が宙を舞っている事実、それを認識させるのは浮遊感と遠ざかる景色であり、痛みと警鐘が頭の中で反響していることから思考が正常に機能しない。

 直後、吹き飛ばされた体が壁に打ちつけられ、強い衝撃により沈みかけていた意識が現実に引き戻される。


「――っ」


 直前までの出来事を一瞬で回想し悲鳴を上げる体を自力で起こす。自分はあの男に殴られた直後、枝切れのように吹き飛んだ。その認識をハイルは反芻すると元凶であるべラムースを睨み――、


「避けて――ッ!」


「――ッ!」


 瞬間、点滅する視界にべラムースが出現した。遠目に見えていた朧気な影、それが一瞬で距離を詰め豪腕がこちらへ伸びる。咄嗟の判断で腕を上げ防御しようと試みる。

 しかし――、


「隙だらけじゃないかぁ……! 本当に一億の首かぁ? このまま簡単に死んじゃったら悲しいぞぉ? オレはよぉ」


 片手でハイルの頭部を鷲掴みにすると体ごと持ち上げ、そのまま背後の壁に再び叩きつける。途端亀裂が生まれ後頭部からは血が流れだした。再び激痛が走る――しかし、意識を失うほどの衝撃ではない。

 つまりこの男は調整しているのだ。生かさず殺さず、ハイルを最大限に痛みつけ楽しむために力加減している。


 先程感じていた恐怖が今度はより顕著なものになり、圧倒的な暴力と悪意が目の前にいる事実に戦慄する。無抵抗のまま蹂躙されて凌辱されて殺される――それがこの暴漢に襲われた者達の最後であり、自分のような少年でも例外はない。いっそ楽に殺してくれた方が救われると感じる人もいるだろう。

 しかし、この男は最後まで弱者を(なぶ)ってから殺害するとハイルは確信していた。


 ――だからこそ付け入る隙が生まれる。


「――っ!」


「――ぉ」


 ハイルを壁に固定する豪腕を下からはねのけるように両手で打ち上げ、同時に片足も蹴り上げる。その予想外の威力と抵抗にべラムースが面食らった一瞬の隙、もう片方の足で壁を蹴り前方へと転がると磔にされていた壁から距離をとる。


「頑張るなぁおま――」


 決死の抵抗に感心するべラムースが振り返った直後、跳躍したレイラの蹴りが一閃、靴底についた刃物が暴漢の顔を切り裂く。

 しかし、


「――最悪っ」


 右から左頬にかけて鼻を横断する傷を与えたが失敗である。目を狙ったつもりだったが、宙にいるせいで蹴りの軌道が逸れたことが原因だ。浅い傷ではないことが唯一の収穫といえる。


「ハイル、生きてますか――ッ!?」


「死にたいぐらい痛ぇけど生きてるよ!! くそ、まじで痛ぇし頭がうるせぇ――ッ!」


 献身的なレイラの声音が脳内で反響しており、外界からの音を拾う度に耳が(つんざ)く。点滅していた視界はようやく晴れてきたかと思いきや、今度は頭部からの流血が眼球を赤くし、結局視野が狭まるといった最悪続きである。


「お前……まだ刃物隠し持ってたのか……」


「でも奥の手です。さっきの奇襲は失敗、同じ手は通用しません……っ」


 人目につかない隠し刃は種を明かしてしまえば常に警戒されるため一度きりだ。失敗した事実に舌打ちし嘆きたいところだが、生憎そんな暇はない。ならばこの状況下でとるべき最善の選択は――、


「なぁ、オレを襲った時に使った刃物を使ってくれよ――ッ! こんな状況なんだし助け合わねぇと――」

「刃物は没収されたままです」


「は……?」


「数秒前にケイネスを説得しようとしましたが駄目でした。まだカオスギルドに着いていない。双方の合意が達成していないと……」


 レイラの落ち着きながらも怒りを孕んだ声音に愕然とする。横を見れば最初この広場へ到着した位置にケイネスがおり、そこから一歩も動かずこの戦況を静観していた。そして自分を見るハイルと目が合うとにこやかに笑う。


「アイツ……なに考えてんだ――っ!?」


 怒りを通り越して無理解に殴られる。

 元々ケイネスの賞金首は『死亡確認のみ』であり、ハイルは『生け捕りのみ』だったため、普通ならケイネスから狙われるはずだが、何故が先に殺されかけているこの状況。そして当のケイネスは逃げ出すことなくこの状況を寧ろ楽しんでいるようであり、後々殺されることをまったく気にしていないような素振りだ。


 ケイネスはあくまで約束を守っている気でいるが、それが全滅の要因となれば元も子もない。

 一瞬、べラムースがケイネスの仲間なのではないかと疑ったが、ケイネス本人は怪しい素振りを見せていないため考えられない。


「私達だけでやるしかないようです……」


「やるって……どうやって?」


「何とかして隙をつくって下さい。また私が強襲します」


「さっきより警戒してんだぞ? 隙なんて……」


「さっき鼻を切りました。狙いを外したとはいえ効果はあったはずです」


 運が良ければ狭窄(きょうさく)により呼吸が難しくなっているかもしれない。出血の量も多く、このまま消耗戦となればこちらにも勝機を期待できる――が、呼吸が困難なのは鼻を折られたハイルも同じであり、出血量もハイルの方がやや多いため不利である事実は変わらない。


 考えられる最善策といえば、べラムースよりも先にケインズを始末し強引にでも武器を奪うことだが――なにを思ったのか、自分はそれをしなかった。

 そしてそんな一瞬の判断がここでは命取りになるのだ。


「レイラぁ……ッ……お前がオレの嗅覚を先に奪ったのはある意味正解だぜェ? オレは血痕そのものじゃなくて……ッ……血の臭いでここまで来たんだからよぉ――ッッ!!」


 息切れする『戦艦』は未だ耳障りな口調と声音で語り掛けてくるが、先程とは異なり余裕がない。そのことから明らかに狼狽しているが、同時に余裕や嗜虐心はふつふつと憤怒に変化している。


「……カオスギルドの一員同士での殺し合いは御法度では?」


「そいつは……ッ……カオスギルドの施設内での話だろォ? それにオレにィ……ッ…先に攻撃を仕掛けてきたのはお前だよなァ!? クソガキ――ッ!!」


「確かにそうですね……」


 正面から穿たれる鋭利な殺意にハイルは奥歯を噛みしめる。

 先程の嗜虐心を原動力にしていたべラムースは疲弊している。しかし、それは先程の奇襲を受けた結果、かえって警戒心と緊張感を抱かせてしまった。それはレイラも自覚しており、ここから先は限られた互いの手札を如何にして読むかにかかっている。


 べラムース自身もハイル達を警戒しており、レイラがまだなにか奥の手を隠し持っている可能性を考慮し迂闊な接近を避けている。

 だから――、


「コレしかねェよなぁ――ッ!?」


 左腕を突き出した直後、手のひらが根元から折れると同時に腕全体が変形、駆動音とともに豪腕の中から金属製の機械が姿を現す。この『戦艦』」も数日前の男と似たような改造手術(メカニックシージャー)を受けていたのだ。そして、もしハイルの直感が正しければ、中から現れたのは銃身であり、こちらに向けられたそれは銃口だ。


「あぶねぇ――ッ!!」


 大声と同時に凍てつく冷光が射出される。攻撃の予兆はハイルとレイラの両者も感知していたため、回避は容易い――が、その安堵は一瞬にして消え去る。


「――ッ、やられた――っ!」


 左右に避けたハイルとレイラ、その間には氷壁が形成され二者は分断された。その事実にハイルも遅れて気付き、集団の統率が機能しなくなった際、捕食者が先に狙うのは脆弱な方であるということをハイルも知っている。


「二回戦とイこうかぁ――ッッッ!?」


 再び気迫を取り戻した『戦艦』は猛然と突撃しハイルの首を狙う。その鬼気に気圧され奥歯を噛みしめると回避に集中する。

 べラムースの勢いは先程と変わらないが、今度は相手を弄ぶことなく殺す気であり、逆に目的がはっきりしている以上明確な殺意がかえって攻撃を読みやすくすると考えていた。

 だから――、


「――ヅッッ!!」


「貫かれてイっちまいそうになったのかァ――ッ!?」


 紙一重で猛攻を回避していた最中、突如としてべラムースの足裏から蛇腹折りに収納されていた刃物が伸びる。前蹴りを後退することで避けた直後であり、なんの予備動作もないその攻撃はハイルの肩に突き刺さり、再び折りたたまれるとべラムースの足裏へ引っ込む。

 運のいいことに肩は貫かれておらず、多少腕が動かしにくくなったぐらいだ。


 ――しかし、戦況にて生まれたその一瞬の隙を『戦艦』は逃さない。


「おま――っ」


「ひはハハ――ッッ!!」


 再び距離を詰めた暴漢の食指を逃れるべく後方へ飛ぶ――が、回避行動が単調になったせいか、跳んだハイルの足をべラムースは片手で捉えた。そして抵抗する間もなく腕一つでその全身を地面に叩きつける。


「が――ッッッ!!」


「おいおい!? ばてるには早いんじゃァねぇのかァ――!?」


 頭が地面に叩きつけられ、咄嗟に防御した腕をも衝撃がぶち抜くとハイルは白目を剥いた。しかしそれだけでは終わらない。


「お前ッ! みたいなッ! 元気なガキはッ! 徹底的にィ――ッ!! 教育しちゃうからなァ!!」


 恍惚とした表情で吐き捨てるように吠えるべラムースは鞭の要領で何度も地面にハイルを打つ。


「――ヅッッッ!!」


 視界が暗転、光が差したかと思えば今度はボヤける。頭部から地面に向けて叩きつけられ、意識が飛び気絶しようと衝撃により脳が覚醒し再び意識が戻るの繰り返しだ。そのたびに地面に血が飛び、高音が頭蓋に反響し、身体中の骨と肉と細胞が悲鳴を上げる。


 その光景はまるで真っ白なキャンバスに人間大の筆で赤色の絵を地面に描くようであり、誰もまさかこの大量の赤が書きなぐられる筆の流血だとは思うまい。


「はぁはぁはぁ――っ」


 一連の動きで疲弊した戦艦は荒い息を吐き、手に握っていた筆を落とす。キャンバスはすっかり血の海であり、そこには芸術性なんてものは存在せず、殺戮と暴力の限りが痕跡として残された。

 しかし、


「――ぃ……ッ!!」


 乱雑に扱われた筆は折れることなく息を吹き返した。それどころか意識もあり、記憶を失っていなければ自身の置かれた状況も理解しているような眼光である。

 その状況にはべラムースも驚嘆せざろうえない。


「どうなってんだぁ!? 普通の人間ならいまの瞬間にはミンチだろ――ッ!? 一体なにが起きてやがる!?」


 ハイルの異常ともいうべき頑丈さにべラムースは驚きを露わにする。

 何度も何度も地面に体を叩きつけ、骨折どころか内臓が破裂してもおかしくない威力の衝撃が身体中を突き抜けたはずだ。にもかかわらずこの男は動いており、流血は損傷を大袈裟にみせるかような演出となって――否、そもそもこの出血量であれば確実に死んでいるはずだ。


「くそ痛ぇ……ッ……てめぇ良くもやってくれたな」


 体中が痺れまともに起き上がることができないが、それでも生きているだけ運が良い。そんなハイルの異常さにべラムースは追撃を躊躇う。

 その直後――、


「うわぁ……硬った……」


「――っ!」


「――ッ、ケイネス――ッ!!」


 一方的にハイルが蹂躙されるなか、徐々にべラムースの背後へと迫っていたケイネスが緊張の解けたタイミングで後ろからレイラのナイフで強襲する。しかし『戦艦』の皮膚は分厚く、改造手術(メカニックシージャー)を受けていることもあり、刃物はまったく通らない。

 結果、豪腕による裏拳を横顔に受けたケイネスは枝切れのように吹き飛んだ――その一瞬の隙を少女は逃さない。


「――っ!」


 気配を消し急接近したレイラはべラムースへ腕を伸ばす。しかし、べラムースも裏の世界で生きる者であり、ケイネスの杜撰な奇襲が囮であると予想、本命はレイラであると理解していた。


 接近戦にさえ警戒すればあの女は簡単に殺せる。例えナイフを投擲されようと内臓にまでは到達することはない。振り返りながら距離をとるべく後退し、追撃を画策して――、


「――ぁ?」


 突如、毒気を抜いたような、呆けた声が漏れる。

 こちらへと真っすぐ向かう少女、その手には刃物などなく、代わりに何かを握っていた。無謀な奇襲、捨て身の特攻、自殺行為と、そんな憶測がべラムースの頭の中を一瞬流れた――が、少女の目は死んでおらず、殺意はいまだ健在だ。


 その何かを警戒し足を上げると足裏の照準をレイラに向けた。直後にハイルを負傷させた刃物が伸びるもレイラはそれを難なく回避する。そしていまのが後隙の多い攻撃であるとレイラはべラムースの表情と長年の経験から察知し、一気に眼前まで距離を詰めた。


「が――っ!」


 驚愕したべラムースの口を無理やり開けた瞬間、握っていた何かをレイラはねじ込んだ。そして目的は達成したと示唆するように距離をとる。

 一瞬の攻防であり、先程自分が受けたべラムースの奇襲を容易く避けたレイラにも驚きだが、今しがた見せた彼女の行動にも驚きである。そして痺れがおさまってきたことで立ち上がり、再びレイラの隣に並んだ。


「お前一体なにをしたんだ……?」


「私もわかりません……でも、これが最適であるとあの男が判断したので……」


「は……? ケイネスが……?」


 彼女の視線の先には殴り飛ばされたケイネスがおり、頭部に受けた衝撃から未だ昏倒している。

 この瞬間まで参戦していなかった彼がどんな奇策を思いついたのか、ハイルには皆目見当もつかない。しかし、楽観主義者の彼が場に割って入ったということはなにかしら意味があり、それが先程レイラの不可解な奇襲と関係していると考えられる。

 一方、口内へ放り込まれた何かの正体に目途がついたのか『戦艦』は嘆息し、薄笑いとともに納得する。


「まさか毒かぁ? ずいぶんと女らしいヤり方じゃねえか! いっとくがそんなもん胃袋さえ洗浄しちまえば――」

「耳だよ」


「あ……?」


 話を遮った背後からの声に振り返る。

 衝撃で立ち上がれないのか、胡坐をかいたケイネスがそこにいた――が、本来あるべきモノがいま彼には無い。それにハイルも気づき息が詰まるなか、再びケイネスは口を開く。


「だから……耳だよ耳!」


 片耳を失いながらも明朗な表情で『戦艦』へと語り掛ける。左手にはレイラのナイフが握られ、右手で自身が切り落とした耳の付け根を指さす。

 突拍子もない異常な行動であり、べラムースを含め場の全員が無理解に脳を犯さる。

 そしてそれが困惑へと変化する刹那――、



「――ヅヅヅッッヅヅッッッッ!!」



 暴漢の眼球が破裂した。

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