第六話 少女
パン――ッと、両手を合わせたように鳴る破裂音が渇いた空気に響く。それが風船や包みの袋であればどれだけ大きな音であろうと数秒後に緊張は四散するだろう。しかし、破裂したのは人の身体であり、破裂と共に内部から弾けるのは空気ではなく鮮血だ。
「――」
返り血が飛び散り路地裏が一瞬にして血の海だ。弾けた血がハイルの顔にまで届き、付着したそれからは生暖かい体温の残滓を感じた。そして突然人の原型を無くしたケイネス本人は、ベチャっと鈍い音を立てて地面に崩れると肉塊と化した。
「は……えっ……っ?」
空いた口が塞がらず、目前の光景に脳の理解が追い付かない。数秒前まで会話していた人物がたったいま――死んだ。死んだのだ。その事実を否定しようと、目前の光景が暴力的なほどに現実を突き付けてくる。
ケイネスは動かず蘇生する見込みはない。当然だろう、横腹が突然破裂し、その余波で背骨が上下で別れたのだ。蜥蜴の尻尾切りとは比較にならない――明確な死だ。
血の海に沈むケイネス、その肉塊から視線をたどり、彼の立っていた位置に人影があることにそこで初めて気づく。
身長はハイルより低く追跡者の男と同様黒の外套を羽織っており、フードを深く被っているため表情がまったく見えない。しかし、手には短剣が握られており、破裂する直前にケイネスの腹を貫いたモノと同じだ。どういう原理かは不明だが、短剣によりケイネスが死んだのは間違いない。
「――ッ」
何故破裂したのかについての憶測は様々だが、もっともハイルの意識を絡めとる疑問、それはこの人物の素性だ。
いつからそこにいたのか。なぜハイルではなくケイネスを狙ったのか。足音ひとつ立てずどうやって接近したのか。
様々な疑問が脳内で飛び交うのは現状の無理解を脱するためか、それとも目前で人が惨たらしく死ぬ光景を目撃した事実から意識を逸らすためか――いずれにせよここに長居してはならないという結論だけはなによりも明確だ。
「――っ」
「――ッ!!」
瞬間、目前の人影が動いた――が、普通の動作ではない。一直線に向かってくるのではなく左右の壁を蹴り、縦横無尽の動きでこちらへと急接近する。握っていた短剣を手のひらで回転させ持ち返ると、上からハイルの首を狙う。
「っ――!」
後退と共にそれを避けつつ目前の脅威を睥睨すると唇を噛む。今の強襲は普段から壁を足場とし、様々な逃走術を磨いてきたハイルだからこそ初見で見切れた動きだ。しかし、見切れただけでは状況の打破にはならず、もっと有体に言えば死を少し先延ばしにしたに過ぎない。
本来であればいますぐにも逃げ出し、圧倒的な逃走力を見せつけ危機からの脱却を図る――が、本能が警鐘と共に叫んでいた。
この人物に背を見せてはならない――。
「くそ――っ!」
迫る刃を紙一重で躱しながら後退するが、相手の距離を詰める速度の方が早く、反撃の機会を窺うがその度に背中に冷水をかけられるような悪寒が走る。この刺客の動体視力は通常時のハイルに対しやや劣るレベルだが、いまの自分の肉体は疲弊しきっており、回避するだけでも精一杯だ。
窃盗の腕は一流だが、対人との戦闘経験は少ないほうであり、この人物は二日前に戦った中央政府の黒服達よりも明らかに強い。
「お前ら何者だ――っ!? なんだってオレを――」
会話を試みた矢先、喉元を刃物が掠め物理的に黙らされる。僅かな隙を生むための対話の空回りしており、交渉の余地がないことは明らかだ。かといってこのまま体力を削られれば、刃は今度こそ喉に届く。
であれば、返し刀がやはり必要だ。
「――っ」
迫る刃を避けると同時にハイルの身体は大きく仰け反り倒れる寸前までいく。このままいけば仰向けで地面に背をぶつけ、受け身を取れたとしても刺客が馬乗りになり刺殺される。
――ただし、その状況を意図的に生み出そうとしたのなら話は別だ。
「――ッ!!」
倒れたように見せかけて相手を懐まで誘い込む。瞬間、地面についた左足を軸に体を捩じり、右足を下から振り上げた。撓る足を鞭に模倣し、絶体絶命の状況から獲物が見せる予想外のカウンターだ。
短剣を持つ右腕はすでに伸びており、引き戻すよりもハイルの足が刺客の体躯に直撃するほうが早い。まさに返し刀が刺さった瞬間で――、
「……」
「なぁ――ッ」
刹那、右足が直撃する瞬間に刺客は体を同じように捩じる。しかし、そこは空中なのだ。軸となる地面はないのだ。
咄嗟の判断か計算された動作か、ハイルの右足を器用に往なし、そのわずかに接触した足から遠心力を得ると体を回転させた。まさに常人離れした動きであり、運動神経に自負があるハイルも開いた口が塞がらない。卓越した回避能力に見惚れるあまり、自分がいま殺されかけている事実を一瞬忘れるほどで、自身の死がより明確に見えた瞬間であった。
しかし、それとは別の驚嘆に直面する。
「女――ッ!?」
刺客が体を回転させると同時に黒のローブがはだけ、素顔が明らかになりおもわず驚愕が口から漏れた。
長いストレートの金髪に浅葱色の瞳をした少女だ。背丈がハイルよりも低く、ローブの上からも肉感が少なかったため、矮躯の刺客としか思っていなかった。整っているが幼さの残る顔立ちであり、化粧もしておらず年齢自体はハイルと変わらない。
しかし、その目に光は映っておらず、淡々と作業をこなす要領で彼女は刃を向けていた。
死の気配が充満するこの場において少女の存在は場違いであり、死神か天使か、自分の直面している状況を忘れ考えてしまうほどだ。
「……」
しかし、動揺するハイルの都合など刺客は意に介さず、刹那の時間に外套の中から短剣を握りしめた左腕が現れ鋭利な刃が煌めいた直後、投擲されたそれはハイルの頬を切り裂いた。
「――ッ!!」
掠り傷だが瞬きせず、痛みに耐えると少女の顔を睨む。そして止まっていた時間が動き出すように地面にハイルは倒れる――が、即座に体勢をうつ伏せから仰向けにした。
瞬間――、
「ぐっ――ッ!」
「――っ」
馬乗りになった少女が短剣を振り下ろし胸に突き刺さる直前でハイルの両手が阻止した。あと一秒遅ければ刃は心臓を貫いていた。
奥歯を噛み、少女が握る短剣を手放させるため両手に握力を込める。しかし、刃は離れず少女もハイルを殺すため全体重を両腕に込め、こちらの力が緩んだ直後に刺殺しようと必死だ。
「てめぇら何者だ――ッ!? なんでオレを狙ってんだ!?」
「……っ」
無垢な少女は応えず瞳にも光がない。それは殺意に突き動かされた者の在り方だが、生憎彼女との面識などハイルには無く、恨みを買うようなことをしたことも一度もない。これだけ目立つ外見だ。忘れるのも難しい。
この状況では交渉など到底不可能であり、場を切り抜けるために試行錯誤を繰り返すが妙案など思いつく筈もない。
はんば諦めかけの状態であり、もういっそここで刺された方が楽になるのではないかと――そんな悲観的な思考が頭を過った時だ。
「う――ッッヅ」
「――っ?」
突然血相を変えた彼女の目が見開き、両手の力が一気に緩むと弛緩した手から短剣が落ちる。その刃先が胸に刺さり一瞬だけ刺痛を味わうが、少女はその短剣を拾う素振りを見せず硬直したままだ。
突然の変化に困惑するのはハイルも同じであり、張り詰めた空気が何の前触れもなく緩んだ。
と、そこで少女の背後の人影に気付く。
「――目には目を、刃には刃を……って感じかな?」
この場に似合わない軽快な声音の人物であり、閑散とした路地に声が響いた直後、気を失った少女が前のめりに倒れ込む。その矮躯を受け止めることができず、未だ警戒を解いていないハイルは後ずさりし――彼女の背にナイフが突き立てられていることに気付いた。
「いやー随分と危ないところだったね! でも彼女も君の上にいた訳だし……もしかしてお楽しみだったかな?」
「お前……なんで……」
「だとしら申し訳ないことをしたね! とはいえ……ボクも彼女に刺された身だ。一体なぜあんなことをしたのか知りたいし」
破顔でこちらに手を差し出す人物――それは先程無残な死を遂げたはずのケイネスだ。彼が後ろから少女を刺したことでハイルを救った。しかし、丁寧に差し伸べられた手を掴むことができない。
「お前さっき殺されて……いや、血も……」
「それにしても恐ろしいね。ほら! この短剣の柄……高圧ガスが入ってると。刺した瞬間に柄を強く握ると内部から破裂する仕組みさ!」
朗らかな口調で自身の体験を淡々と喋るのはやはりケイネス本人であり、酷似した人物でも双子というわけでもない。しかし、後方を見れば血だまりは確かに存在しており、赤黒い飛び散った臓腑も散乱したままだ。ケイネスは間違いなく殺された、殺されたはずだ。
「お前一体何者なんだ……?」
「さぁ……ボクってなんなんだろうね? ボク自身も判らないや」
「お前さっき死んだよな……?」
「――? 死んでないよ? 死ぬってことは生き物が動かなくなることでしょ? ボクはこの通り」
腕や足を大きく動かし分かりやすく生きている証を表現する。
ハイルとケイネスの間で『死』に対する認識には差異が生じており――否、認識どころではない。根本的な理解が異なる気がしてならない。それが何なのかハイルは知らないが、先程の緊迫した状況でも楽観的な態度を彼が崩さなかったのはおそらくそれが理由だろう。
――無理解と困惑、動揺と憔悴。様々な感情が入り混じるハイルの表情を上から見下ろすケイネスの顔はいつも通りであり、そこには善意も悪意もない。
一見すればその姿勢は不気味に思えるかもしれないが、自分を助けてくれたことは事実であり、邪険にするのも申し訳ない。そのため、内心での評価は複雑である。
「お互い……隠し事は多そうだね」
「そうだな……で、これどうするよ?」
両者の間に挟まれるのは背後から刺され気絶した少女であり、傷口からは未だに血が流れている。ケイネスが刺したのは右肺であり、彼の温情か手元が狂ったのか、いずれにせよ心臓は避けたようだ。
「縦に刺したから多分肋骨で止まってるよ。内臓にも届いてないから大丈夫!」
「なにが大丈夫なのか分かんねぇよ……」
ただケイネスの言う通り傷は浅い方であり、臓腑も傷つけられていない――と、思う。少女が気絶したのはあの瞬間に過度なストレスを受けたからか、それとも自身が受ける痛覚に対しては敏感なのか、理由は不明だ。いずれにせよ、彼女をこのまま放置するわけにもいかないのは事実であり、かといってこのままこの場所で立ち往生するわけにもいかない。
先程追跡してきた二人の男、突然出現しては強襲してきた少女、次はいつどんな刺客がどこから現れるかわからない。そのためこの場から一旦退避し、身を隠すのが正解だろう。
「これ……抜いたらやっぱ出血量増えると思うか?」
「さぁ、どうだろ? 普通人を刺す時に刺した後のことなんて考えなくない?」
「普通は人なんて刺さねえよ……」
相変わらずかみ合わない会話に辟易すると少女を抱え再び路地を進む。
靴音が響いているにも関わらず、静寂に歓迎されている気がした。
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「う……ぉ! こ……どう……だ――ッ!」
「とり……し……だ――ぃで」
「おま……あぶ――ぉ!」
黒闇を破るのは不躾な耳鳴りであり、脳髄に反響する声音にふつふつと苛立ちが募る。
二者の混ざった声は無抵抗の鼓膜を凌辱し、不快感が意識を覚醒へと誘う。やがて意識が明瞭になるにつれ、己の肉体が覚醒に追いついてないことについても苛立つ。
――早く目覚めろと。
頭に突き刺さるこの騒々しい音を掻き消したいと、徐々に視界が開けていき、ボヤけた景色に色が写り始めて――。
「とりあえずこんなものかな……それにしても君も随分と律儀だね。自分を殺そうとした相手を助けたいだなんて」
「別に助けたいとかじゃねえよ。ただなんでこの女がオレ達を狙ったのか知りたいだけだ。また同じような奴と戦うのは嫌だからな」
「情報を引き出したいなら拷問すれば良いじゃないか。なのに相手から教えてもらうことを期待するだなんて随分とお人好しだね君――ぁ」
視界が晴れていき目に映るのは二つの人影だ。一つは目前にいる顔立ちが整っており、鼠色の髪に所どこ赤や緑の線がある人物――微かに薬品の臭いがする男と目が合う。こちらの眼を覗き込んでおり、膝立ちで奇妙なモノを見るように観察してくる。
後方には長い白髪が特徴的で、先程頭に響いた声のうるさくてやかましいほうだ。よく見れば私の鞄をあさっており、なにかを探すように物を取り出している。
「なにを……しているんですか……?」
「ああ、実はここ数日なんも食ってなくてよぉ、腹が減って死にそうなんだわ! だからこの女がなにかしら食いモンでもあれば……」
問いに対し意気揚々と答えるハイルだが、そこで声の主がケイネスではないことに遅れて気付き、首を傾けるとこちらを凝視する少女と目が合った。
「うおおおぉぉぉ! お前起きてたのかよ――っ!」
「起こされました。うるさいので」
恨み節を口にする少女は不満気であり、眠りを邪魔されたことに相当ご立腹である。だが実際彼女が人間らしい表情変化を見せるのはこれが初めてであり、淡々と殺人を行う際の顔とは似て非なる。
冷静に考えてみれば、彼女の喋り声を聞くのもこれが初めてであり、外見と同じように年相応の明るく張りのある声を落として喋っている。
「……っ――?」
「悪いけど拘束させてもらっているよ。ここで暴れられたら面倒だからね」
少女の両手は彼女自身が着ていたローブにより拘束され、それが背後の細い配管に結ばれている。また両足も靴紐同士が結ばれ簡易的ではあるが動きづらくなっていた。
「それで……なんであなたは上裸なんですか……?」
「お前から刃物抜いた後に血止めるためだよ。結構血が出てきたからびっくりしたぞ」
確かに背中に感じたはずの突起物の感触は無く、目覚める直前の騒ぎは引き抜いた際の止血によるものであったと察する。
「……それでここはどこですか? 私を殺すつもりならなんでわざわざ――」
「その前に今度はこっちから質問させてもらうよ。本来であれば君は質問できる立場でもないしね……」
「オレはお前の恨みを買うようなことなんてした覚えねえけど……なんでオレ達を狙った?」
と、少女の鞄の中にあった食料を咀嚼しながら質問する。肉や野菜が挟まったモノであり、瓶の中には水が入っていた。それを貪るように喉に流し込むと、数時間――否、数日ぶりに自分が生きていることを実感する。
そんなハイルを見るや否や、少女は嘆息し退屈そうに声のトーンを落とす。
「呆れました……私の所持品を漁っていたのにそんなことも知らないんですか……」
「これか……」
なんのことか理解できず首を傾げるハイルに少女は露骨に顔をしかめる。そんな二人を他所にケイネスが散乱した荷物の中から数枚の紙を拾い上げ、パラパラとめくり始める。
「なんだそれ?」
「懸賞金をかけられた指名手配犯だよ。そしておそらく……彼女は賞金稼ぎだね」
「つまり……オレ達を犯罪者だと思って狙ったってわけか? え、もしかしてただの勘違い?」
「いや、勘違いではないね。 ほら!」
「あ、オレ」
捲るページを止めた直後、ハイルの素顔を全面に載せた手配書を発見し、続いてケイネスも自身の手配書を見つけた。ケイネスの素顔は明瞭な写りだが、ハイルのは少しばかりくすんでおり、顔の輪郭にも若干の違和感がある。
「一、十、百、千……これいくらだ……」
「君は一億ξ、ボクは十億ξのようだね!確かにボク達を狙うにはもっともな金額だ」
「くそ、読める文字が少ねぇ……これはどういう意味だ?」
「『死亡確認のみ』……これは指名手配犯を拿捕する際の条件のようなものだね。つまり、ボクを狙う者はボクが死体でないと懸賞金をかけた政府から賞金は受け取れない。逆に君は『生け捕りのみ』のようだ」
「でもさっきこの女……オレのことまじで殺す気だったぞ? オレが『生け捕りのみ』なら賞金受け取れなくね?」
「殺したいほど憎まれるような恨みでも買ってたんじゃないかい? 君、敵多そうだし」
「そんなこと……ねぇよ」
これまで幾度と窃盗を繰り返してきたハイルだが、他者に対し殺したいほどの憎悪を抱かれるような行為をした覚えはない。窃盗によって得た物品も全て平凡なモノであり、大した価値にならないのは質屋で鑑定済みのため、誰かの命を奪うようなことに起因する盗みにも加担した覚えもない。
一方、直前までの会話に少女は耳をそばたてる。
「一億に十億……手配書を目にした時は異常な金額であるとは思ってました。初めて賞金が懸けられて一億以上に到達する場合は政府要人に対する弑逆や国家転覆を企てた者に対してのみです……あなた達は一体なにをしたんですか?」
少女の素朴な疑問はもっともであり、彼女の困惑にハイルとケイネスは顔を見合わせる。しかし、お互い詮索するつもりはないのか、はたまた興味ないのか定かではないがすぐに顔を逸らす。
しかし、ハイルにとって自分が狙われる理由を知れたことは収獲であり、彼女のような賞金稼ぎが次またいつ襲ってくるかわからない。そのためハッキリさせておくべきことがある。
「オレのこの指名手配……これを取り消す方法はないのか?」
「一応ありますがタダで教えるつもりはありません。それと教えたとしてもあなた方にその方法が適応されるかも不明です」
「含みのある言い方だね。つまり?」
「取引です。私を解放してくれるなら指名手配の取り下げ方法を教えます。そして二人に危害を加えないことも約束します。ただし、私の教えた方法でも取り下げが不可能の可能性もあることを了承してもらいます」
冷静な少女の返答にハイルは眉間に皺を寄せる。
一見すればこの状況で拘束されている彼女の方が交渉において不利な立場に感じられるが、生憎自分とケイネスは知らない事が多過ぎるため、彼女に頼りざるを得ない状況になっている。加えて彼女は自分の云う方法がなにかの不都合により成功しない可能性も示唆している。その内容が理由不明である多額の賞金額にあるのだろう。
はっきりいって完全に不利な交渉であり、そもそも取引としての正当性があるのかすら怪しい。なんせ先程殺そうとしてきた人物だ。彼女の言い分を信じろという方が難しい。
「いやいや! そんな面倒な事しなくても聞き出す手段は無数にあるでしょ?」
「おま、お前まさか拷問する気か――ッ!?」
「そっちの方が早いし正確な情報を引き出せそうじゃないか。現に彼女は拘束されて手も足も出せない。なら唯一動かせる口で戦おうとするのは当然じゃないか?」
「いや、それでも駄目だ! わかったらその危ないのオレによこせ――っ!!」
ここで少女を拷問しても彼女の口から真実が語られるかは不明であり、逆になにも聞き出せず殺害してしまったとしても、彼女のような刺客がまた現れるためキリが無い。そしてなにより、自分と年齢が少ししか変わらない少女が痛めつけられる姿を見たくない。
「あと補足ですが……情報を得た後で私を殺害しようと、指名手配は取り下げられません。何故なら指名手配を取り消すには特定の場所へ赴く必要があるからです。当然、口頭で繊細に説明しようと理解は難しいです」
自身が拷問される可能性も理解したうえで少女は交渉の卓についており、主導権は間違いなく握られている。その大胆さと冷静さはハイルには真似できない。
一体彼女はこれまでどのような人生を歩んできたのだろう。
「こいつを解放してやってくれ……」
「良いのかい? 彼女のいうことは何一つ信用に値するとは思えないけど?」
「オレはそもそも指名手配が最初から取り下げて貰えるなんて期待してない。でも、もし方法があるなら話は別だ。だからその方法が嘘……もしくは不可能だったとしても仕方ない」
それは紛れもないハイルの本心であり、これ以上の交渉は平行線だと感じた。その決断にケイネスはなにもいわず顔を背ける。
「ただし、お前の云う方法が達成するまで武器を持たないことが条件だ。それとオレの後ろも歩くな。いいな?」
「いいですよ。それと私の名前は『お前』ではないです。『レイラ』という名前で通っているのでレイラと読んで下さい」
そう名乗りを上げた少女――レイラは微笑する。それが緊張から解放されたからか、それとも交渉が成功したからか、はたまた欺くことに成功したからなのかハイルには知る由もない。ただ初めて彼女のような少女の、年相応の笑顔を見た。
「オレはハイルだ。で、こっちが……」
「ケイネスだよ。君の武器はボクが預かっておくね!」
「理解しました。では……ハイル、ケイネス、私の縄を解きなさい」
――その命令口調にハイルは顔を顰め、満足そうにレイラは笑ったのだった。