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第四話 『■■』

 家具や衣服、ガラスや木材の断片が床に散乱しており、血が点々と床にこびりついている。荒れ果てた室内では、なにかがあったと理解するのに時間はかからず、その原因が目前に立つ男たちであることは明白だ。


 全身黒スーツであり、その上から黒の外套を羽織っている。頭にも黒の帽子を被り、色合いから陰湿な印象を抱かせる。しかし、佇まいは貧民街の人間とは異なり、スーツ自体もきめ細かい繊維で構成され、高価なものであるということを理解する。

 ――三人。身長の高い二人とそれに挟まれて立つ太った禿頭の男だ。


「お前ら誰だ――ッ!! ここでなにをしていた――ッ!?」


「またうるさいネズミが現れたな。外来種の駆除に来たんじゃないってのに……」


 ポリポリと頭を搔きながら禿頭の男は嘆息し振り返る。そして男の顔を見るなりハイルは息を呑んだ。

 後ろ姿ではわからなかったが、顔の一部が皮膚ではなく鉄で覆われており片目は義眼であった。また、それはただの義眼ではなく、視線が動く度に瞳孔から機械音が漏れ、こちらを観察する視線は眼球よりも正確であるかのように感じられた。


 茶色の瞳孔と蒼く光る義眼。一つの身体に別の概念的な事象が同居しているようであり、その異質な姿に直前までの気迫が緩んでしまう。そんな気圧されたハイルに対し男は退屈な姿勢を崩さず欠伸をした。


「また随分と身なりの小汚いガキが紛れ込んだものだ。ここになにをしに来た?」


「――っ! それはこっちのセリフだ!! 母さんになにをした――ッ!!」


「お前の想像するようなことは何もしてない。貧民の大半は疾患持ち、なにを移されるかわかったもんじゃない」


 男の足元で咳き込むナターシャは腹部を抑えており、苦しんでいるのは明らかだ。しかしそれは身を蝕む腐灰(コレア)の症状によるものではない。


「邪魔だったんで蹴り飛ばしただけだ。この貧民街は開発指定区となった。そのため立ち退きは決まっているのだよ。にも関わらずこの女と来たら――」


「――ッ!!」


 目前で横になるナターシャを再び蹴り飛ばし、つま先の突き刺さる鈍い音と共に苦鳴が漏れる――刹那、血相を変えたハイルが距離を詰め男の顔へと手を伸ばした。

 一度ならず二度も母を足蹴にしたこの男は許さない。政府の役員だとか、国の偉い人間だとか知ったことではない。

 母親を傷つけた――この事実がこの男が報いを受けるべき理由であり、必ず後悔させてやる。


 普段は窃盗に使う手が今は明確な殺意により振り上げられ、男の命を奪い取らんばかりに伸びていた。

 瞬間――、


「――っ!!」


「――」


「この女と来たら――ッ!! ここはお前たちが立ち入っていい場所じゃないだの! 脅しには屈しないだのくだらない能書きを垂れやがって――ッ!! 何様のつもりだぁ!? なぁ!! お前らゴミ共の意見なんざ求めてない。これは命令なんだよ売女――ッ!!」


「――ッ!! やめろ――ッ!!」


 胡乱な目をした男の表情が一瞬のうちに憤怒に変わり、感情に任せてナターシャを何度も蹴りつける。目前にいるのが病気で衰弱した女性であるのにもかかわらず、踏みつける足には容赦がない。まるで虫を踏みつけるように、何度も何度も暴力を振り下ろす。


「くそ――ッ! 邪魔すんじゃねえ――ッッ!!」


 飛び掛かかろうとしたハイルが思わず後ずさりした理由、それは踏みつける男の側近二人が目前に立ちはだかり刃物を向けて来たからだ。それもただの刃物ではない。それは()()()()()()()()()()()


 黒服の側近二人――両者の片腕は義手であり、その義手を外すことで仕込み刀が出現する。ハイルがナターシャを蹴りつける男へ向けた殺意に応えるように、側近も腕を振り下ろしハイルの命を刈り取ろうとする。

 それをなんとか躱すが、その間もナターシャへの暴行は続いている。


「クソッたれが――ッ!!」


 紙一重で攻撃を躱しながら床に散乱した家具の残骸を投げつけ距離をとる。文字通り腕の長さほどある強靭の刃は、ハイルを斬りつけることに抵抗がなく、こちらを本気で殺そうとしていた。

 ふと思い出すのはここに来るまでの道中で遭遇した貧民街の住人たちであり、流血しながら息を引きとったその姿が目に浮かぶ。彼らを亡き者にした原因と凶刃、それが目前の男達であり、人の命をなんとも思わない奴らに対し腸が煮えくり返る。


「――オッラァァァ!!」


「――ッ!!」


 銀色に迸る刃の一突き、それを避けた一瞬の隙をついて男のみぞおちへ拳を叩き込む。その予想外の一撃と威力に悶絶するがハイルの怒りは収まらず、腕を引き抜くと同時に体を捻り、横から強烈な蹴りをこめかみへぶち込む。鈍い音が響き、顎の骨が折れたと確信した直後に男は気を失った。

 しかし、体勢を立て直そうとしたハイルを二人目の男が逃さない。


「――ヅッッ!!」


 不自由な体勢、その足元へと刃が迫り咄嗟(とっさ)の判断で後退するが、足を切断しようとした凶刃は軌道を変え、頭上目掛けてふりあげられる――瞬間、胸元がバッサリと切り裂かれ、激痛にハイルは苦鳴をあげた。


 右腰から左肩にかけて真っ赤な線が生まれ、反射的に胸に手をやるとベットリした鮮血が手に着いた。激痛ではあるが、傷は浅く内臓にまでは達していない。ただ、いまはその事実だけで十分であり、安堵している余裕はない。

 再び迫る刃を目前に拾い上げたガラスの破片を投擲し、男が避けた一瞬の隙に距離を詰める。鋭利な刃物の間合いへと急接近したハイルに男は動揺し、即座に腕を振るうが間に合わない。横からの拳が驚いた表情を打ち抜き二人目の男も地面に転がった。


「はぁはぁ――っ!」


 荒い息を吐いた直後、焦燥感が襲う。

 僅か一分にも満たない攻防であり、傍から見れば数秒程度でしかないが、ハイルにとっては長時間であり、命懸けの状況を何とか生還したと実感した。

 胸元の大きな傷はジクジクと痛むが、今となってはこの痛みのおかげて意識を保てている気がした。


「なんだ……? もしかしてやられたのか?」


 そこへ禿頭の男が背後の静寂に対し違和感を持ったのか、振り返り倒れた側近の様子に眉を細める。

 驚きとまではいかずともハイルにより二人が倒されたことは予想外であり、何を考えているのか分からない義眼でこちらを捉えた。

 しかし、ハイルの目には男は映っておらず、その後ろで血らだけになった母しか見えていない。


 もともと危篤(きとく)だった症状がここ最近で悪化し吐血の回数も増えていたのだ。そんな日に日に衰弱する身体を何度も足蹴りにされ、足が振り下ろされるたびにナターシャは血だけでなく、胃液や吐瀉物まで地面に吐き出した。

 もはや衰弱どころではなく瀕死に等しい状態だ。おそらく骨も何本か折られている。内臓への影響は考えたくもない。


「なんで――っ」


「ん……?」


「なんでお前らはこんな事ができる――ッ!! 母さんだけじゃねぇ!! ここにいる奴らもそうだ! 子供だっていたぞ――っ!? 人の命をなんだと思ってやがる――ッ!!」


 ここに来る前に多くの死体が貧民街には転がっていた。貧民街自体決して景観が良い場所ではないが、それでも貧しいなりに逞しく生きる人々がそこにはいた。しかし、それが数時間足らずで地獄絵図へと変容し、絶叫や号泣が響く場所となる。

 その惨状を簡単に生み出し、人の尊厳を踏みにじり、絶望を与えたこの男は――、


「――『人権』、というのは誰もが持ち合わせた人が人として生きる上での権利――と、無知蒙昧な貴様らは思うだろう。しかし現実は違う。その原則は貧民街(ここ)では適応されない。つまるところ……お前らは虫だ」


「――ッ!」


「虫……そう、貴様らは虫けらなのだ。そのため『人権』は適用されない。それどころか虫である以上積極的に駆除されるべき存在だ。それを我々はささやかな温情により見逃してやっているにも関わらず……この女ときたら――っ!」


 思い出したかのように禿頭の男は血相を変え、再びつま先がナターシャの腹を抉る。直後、殺意を込めたハイルの拳が空を切る。

 側近の二人は倒れており邪魔はない――即ち、ハイルの手は届く。


「くたばれ――ッ!!」


 直後、こちらへ向き直ろうとした禿頭に渾身の一撃を叩き込む。側近二人を一撃で昏倒させた威力、それがモロに横顔へと直撃し、同じように気絶し――、


「――ヅッッ!!」


「まったく教養がないな……」


 瞬間、打ちつけた拳に鋭い痛みが走り、即座にハイルは手を引いた。今の一撃で指の骨にヒビが入り、血が滴ると予想外の激痛に表情を歪める。一方、殴られた男の方はケロッとしており、表情はむしろ退屈そうにしている。


 一体何が起きたのか理解できず、ジクジクと流れる血がことの異常性を示していた。そんなハイルに対し、男は拳をつくり挑発するように自身の頭を軽く叩く。


「なかなか痛いだろ?顔の半分以上は鉄でできているのさ。『改造手術(メカニックシージャー)』というものだが、まぁ肉体の強度や精度を上げるためのものだ。おかげでお前のような不届者に狙われた際も自衛が容易い。さて……」


 聞いてもいないことをツラツラと喋り、自身の優位性を語ると眼光が揺れる。それは直前のハイルの蛮行に対する静かな怒りであり、貧民街の人間にかける情けなど存在しない。


 瞬間、激痛に手を押さえるハイルの目前に男が腕を伸ばす。それと同時に指の関節が拡張し、手のひら全体が大きくなった直後、その中心にポッカリと穴が出現する。

 機械的な手のひらの駆動に対し、これが先程説明していた『改造手術(メカニックシージャー)』であることを直感で理解していた。しかし、直前までの激痛と現在にいたるまでの焦燥、そして胸から流れる流血が意識を混濁させ、疲労が遅れてやってくる。


「―――っ」


 そんなハイルの目前で男の手にある穴が発光し始める。同時に微かな熱を感じ、それが穴の中から漏れていることにも遅れて気付いた。意識が遠退くのに対し、発光の光はより煌びやかになり、温度は上昇していく。

 目前の光景がなにを意味するのか――頭のまわらない自分でも本能で理解していた。


 このまま死――、


「――ヅッッ!!」


「なんだ……? まだ動けたのか?」


「母さん――ッ!?」


 刹那、幼虫のように状態をゆっくりと起こしたナターシャが男の背後に飛びつく。

 下半身に凭れ掛かる体勢であり、第三者がこの場に居合わせていたら目前の光景は裕福な人間に媚びる乞食、それか借金の取り立てに必死に抵抗する惨めな者の姿に見えただろう。しかし、ナターシャの目は死んでおらず、文字通り最後の力を振り絞り抵抗する。


「ハイル――ッ! 逃げ――ッ!!」

「手間取らせやがって……っ」


 男は腕を振るいナターシャを振り解くと後方へ蹴り飛ばす。

 そして死を想起させる腕を向けて――、


「やめ――ッ」


 ――爆炎と共に母の姿が消えた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 炎の熱が大気を焦がし、灰燼(かいじん)が舞い上がる。時同じくして破壊の余波で壁が消えた建物に外の冷たい空気が参入し、灰と塵が混ざり合う。爆炎とともに室内は荒れ果て、その場所はすでに人が住める環境ではなくなっていた。


 昏倒する意識をなんとか繋ぎ止め、横渡った自身の体躯を渾身の力で引き起こす。

 意識は朦朧(もうろう)としている――つまり、死んではいない。


「――」


 ゆっくりと、無造作に起き上がる。いまの己を形づくる身体が崩れないようにゆっくりと。

 まるで悠久の時をすごしているかのような感覚であり、一体どれほどの時間が経ったのか、気がつけばハイルは膝をつき宙を舞う()()()()()()()を眺めていた。


「――――」


 意識は未だ明瞭ではない。しかし、直前の光景は網膜に焼き付いており、否定しようにも周囲にナターシャの姿はない。彼女を想起させる家具や洋服も直前の爆炎とその余波により完全に破壊され、彼女が生きた証はもう残っていない。


 その事実に対しただ茫然としていた。一瞬の出来事であり、圧倒的な破壊を前に声が出ない。ただただ動悸と呼吸がうるさい。


「絶叫するかと思っていたが……とんだ茶番だったようだな。虫けら同士の家族愛なんざ特別なことを期待する方が間違いだったか……貴様らもさっさと起きろ、いつまで昼寝をしているつもりだ?」


 声がした方向には母を焼いた男がおり、一仕事終えたつもりなのか葉巻を吹かし、気絶した側近の男二人を蹴っていた。それに反応するように男達は頭をさすりながら上体を起こすと服についた埃や木片を振り払う。


「代官殿、あいかわらずやり過ぎですよ。我々もいずれ巻き沿いになってしまいます……」


「黙れ。貴様らが無能だから私の仕事が増える。本来であれば歯向かう虫を始末するのは貴様らの役割だ。そこにいる小僧もはやく片づけろ。まだ退去勧告を受けていない奴が何匹もいる」


「毎度思いますけど退去勧告なんてする必要あります? 行く当てのない彼らはどうせ死ぬんです。さっさと掃除するのが吉だと思いますが……」


「卑下の対象としては役立つ。この国の者に『貧民(むし)のようにはなりたくない』と、そう感じさせる対象が存在するだけで労働は保たれる。人を怠惰にしないためには上を目指すより、下との距離を確認させ自身の足場を形成する牙城が正常に保たれているかを確認させるのが一番だ。もっとも――」


「――」


「虫はすぐに繁殖するぶん、駆除すると決めたら殺すがな」


 茫然自失したハイルは動かない。抜け殻となった体は生命活動のためだけに息をしており、虚ろな瞳はまだあるかもしれないナターシャの面影を探していた。

 そんな姿を気にする様子もなく、側近の男達は刃を研ぎ、虫の息であるハイルの首を跳ねとばすために近づく。『代官』と呼ばれていた男はすでに興味をなくしており、次の住処へまわるため外へ出る直前であった。



「ん……?」



 しかし、側近の一人が漏らした声音に場の全員が動きを止める。


「どうした?」


「いや、これは一体……」


 茫然自失したハイルの足元に何かが流れていた。

 それは虹色の油模様をした液体であり、破壊された家具の山の下からこちらへ伸びていた。


「原油でも石油でもない。なにかの化学薬品か?」


「いや、見たことがないものなので……」

「どけ――っ」


 吟味する側近を押しのけた代官が液体の原因を探るべく残骸を蹴り飛ばす。そこに現れたのは液体と同じ色をした奇妙な『鍵』の形をした物体であった。

 不規則に変化する油模様の表面は滑らかであり、鮮やかな光沢に目を奪われる。それが安物でないことは一目瞭然だ。どういう経緯かその鍵は溶けつつあり、原型を少しずつ崩し液体状へ変形している。


 これが一体なんなのか、何故このようなものが貧民街にあるのか、何故溶けているのか――。

 凝視したところで疑問は増えるばかりであり、側近の一人が視線を代官へ向けた。

 瞬間――、


「代官殿……?」


 血相を変えた代官の横顔が目に入り反射的に悪寒が走る。表情は険しく腸が煮えくり返るような憤怒の形相であり、文字通り血眼となって目前の物体と少年を睨んでいた。

 只事でないのは明らかであり、一気に緊張が走ると全身の毛が総立ちする。直前までの泥酔したような眠気の残る代官ではない。

 まるで何かに対し恐怖するような、明確な敵意を示す表情で――、


「何をしている――ッ!! はやくそのガキを殺せ――ッ!!」


「――っ!」


 逡巡する間もなく腕を上げ、首を落とすべく刃が水平に空を切る。

 しかし、そんな刹那の時間すら遅すぎた。


「―――ヅッッッヅヅ」


 爪で壁を引っ掻くような不快な音が響いた――瞬間、足元に流れていた謎の液体が一瞬で凝固化し、まるで剣山のような形に変化すると即座にハイルを取り囲む。それが首と刃の間に入り斬首を防いだ。

 しかし、それでは終わらない。


「――ッッッヅヅッッヅヅヅ」


 再び不快な音が響くと同時に液体の元であった鍵そのものが破裂した。しかし、破裂した物体は四散せず、あろうことか断片が空中で静止している。

 それはまるで巨大な鳥が翼を広げているようであり、中心に座るハイルを囲うように存在を主張した。


 野生動物が天敵に対し自身を大きく見せる威嚇の姿勢を想起させられる。しかし明確に異なるのはその行為が無機物によって行われ、中心に座り込んだハイルは一切関与していない。


「――っ!」


 側近二人はもはや何が起きているのか理解できず、僅か十秒にも満たない時間に強い拒絶感を抱く。

 一方、目の端に映る代官はなにか目前の光景に思い当たる節があり、次の一手を実行すべきか躊躇っていた。

 しかし、膠着したこの場で最も早く行動したのはハイル――否、異物である。


「―――ヅッッッヅヅッッ」


 再び不快な音を立てた直後、今度は凝固が解除され流体に戻ると同時にそれがハイルの後頭部を目掛け吸い込まれる。明らかに異様な光景であり、立て続けに起こる不可解にもはや思考放棄した方が楽なのではないかと思うほどだ。

 そんな猜疑と困惑の目線など気にすることなく、ハイルの後頭部へと吸い込まれた謎の液体は消えてしまった。その光景は蛇口から出る水が排水される一連の流れと似ており、後頭部を穴と見立てた液体は痕跡を残さない。

 やがて数秒の沈黙が流れたのち、側近の男が口を開く。


「代官殿……いまのは一体……」


「……歴史の禍根(オーパーツ)


「え?」


「……いまのはおそらく『歴史の禍根(オーパーツ)』だ。だが、あの『鍵』のようなタイプは見た事がない。何故あんなものがここにある?」


 貧民街にて思わぬ発見をしたわけだが、それが偶然の産物とは思えない。何故こんな場所にあったのか、何故目前の小僧を守るかのような駆動をしたのか、何故突然消えたのか――、


 自問自答しようと納得のいく結論は得られず、寧ろ謎は深まるばかりだ。このまま長考したところで無意味だと察し、代官は頭を切り替える。

 本来であれば小僧を始末し次の民家へ移動するが、『歴史の禍根(オーパーツ)』が発見された以上平然としてはいられない。側近二人も事態の重さをすべて理解しているわけではないが、代官の張り詰めた表情と歯切れの悪い声音に緊張感が増し、直面している状況の対処が火急であると本能で悟る。


「お前は王都に戻ってこの事を政府へ直接伝えに行け! お前はここら一帯に虫一匹近づかぬよう警戒しろ!! こいつは――」


 代官の命令に側近は迷うことなく動いた――直後、ハイルの身体が起き上がる。

 まるで椅子から腰を上げるようにスッと前触れなく立ち上がり、無造作かつあまりに自然な動作に場の全員の反応が遅れた。


「――」


 前傾姿勢であり足元を見つめているのか表情が見えない。しかし暖簾(のれん)の様に垂れ下がった腕と全身血だらけの様相、そして物言わず立ち尽くすその姿に形容し難い不気味さを感じた。


 誰から出たのか、ヒュっと喉の奥から声が漏れる。それと同時に側近の一人が正気に戻り、直前までの出来事を想起すると受けた命令を果たすため外へ出ようとした。

 瞬間――、


「ァ―……――」


 小僧の口元から吐息のような声が這い出ると、首だけがゆっくりと動き、目が合った。

 その姿に脳を掻き毟られるような畏怖をいだく。


「――っ!」


 それは先程自分達へ不敬を働いた者の目ではない。むしろもっと異質な存在へと変貌していた。

 翡翠色の目は巨大化しより深みを増すと、瞳孔は歪な模様を描き、白目は真っ黒に変色していた。そして壊れた機械のような声が口から零れ、見る者の不快感をかきたてる。

 それはもはや人間の目――否、獣でもこの様な眼はしない。おおよそ生者のものとは思えない眼だ。


 蛇に睨まれた獲物は動けなくなるというが、これはもっと恐ろしく、死の気配そのものとしか形容できない。

 そんな強烈な眼光が代官を射抜き、誰もが動かぬ刹那の時間――本能的にハイルは死の眼を外へ向かう側近の一人に定めて――、


「――ぃ」


 直後、ハイルの姿が目前から消えると同時に、短い喉を潰したような悲鳴が横から聞こえた。まるで霧が四散するように目前から姿を消した死の気配、その呪縛から逃れられたと反射的に代官は安堵する――が、それも長くは続かない。


「ああ、あああああ――ッ!!」


 横には頭部をもがれた側近の胴体が噴水のように血を流し、既に命が消えた肉体は力無く地面に崩れ落ちる。非現実的な光景だが、首から頭にかけて伸びる脊髄が露出しており、それが紛れもない死であると理解させられる。


「一体何が――ッ」


 理解を拒む思考を動かし背後へ振り返った直後、言葉に詰まり、同時に点と点を結ぶように状況を把握した。

 部屋の一角、天井近くに虫のように張り付いた存在がこちらを吟味――否、品定めするような形相でこちらを見据え、片手にはもぎとった側近の頭部がある。そしてすでに絶命したそれを興味無さげに放り出すと、殺気立った眼光が揺れた。


「虫けらが――ッ!!」


 濃密な死の気配を感じ取り冷や汗が背筋を撫でる。その恐怖に逆らうように改造された腕を上げると照準を合わせ、再びハイルを焼き尽くすべく閃光が手のひらに集まる。

 しかし――、


「――」


 壁を蹴ったハイルの体躯が宙を横切るともう一人の側近の首をもぎとり、今度は明確に背骨が引き千切られる音を遅れて聞いた。


「――ッ!!」


 ――逃げられない、次は自分だ。


「うあああ、あああああ――ッッ!!」


 先程まで傲慢に振舞い権力を振りかざしていた男の姿は悲壮感に呑まれ、死に対する恐怖か、あるいは自らを奮い立たせるために叫び声をあげる。

 振り返ると同時にこれから飛び掛かる目前の体勢であるハイルと眼光が交差し、即座に腕の照準を合わせると灼熱の炎が放出された。


「――ヅッッッ!!」


 熱風と灼熱の余波により建物が倒壊すると、砂塵と火の粉が舞い上がる。

 その轟音は貧民街に響き渡り大気を震撼させると、数秒後に今度は何事もなかったかのように揺れは止んだ。


 とっさの出来事であったため照準が正確ではなく、それが建物に対し予想以上の損壊につながった。足場を失ったことで下階に落ちた代官は瓦礫をどけ、自身がまだ生存していることに安堵する。

 一瞬の判断であったが、攻撃は確かに直撃した。であれば脅威は排除され、自分を脅かす者はもうこの世にはいな――、


「――」


 直後、悪寒を感じると同時に黒煙と砂塵を凝視し戦慄する。

 人間の肉体など一瞬で灰燼と化すほどの火力だ。生きているはずがない――ならば、あれは一体なんだ。


 砂塵と黒煙が視界を遮る前方、そこには先程と同様に獣が飛び掛かる体勢を維持したハイルが黒焦げとなって原型を留めていた。その時点ですでにおかしな話だが、視界が徐々に晴れるのと比例するように、黒焦げとなった肉体にも変化が起きる。

 パリパリと音をたてて焦げた皮膚は剥がれ落ち、炎が直撃する前の正常な状態へと戻っていくのだ。昆虫が成長する際に殻を破る行為に等しく、脱皮と共に羽化すると真なる姿を見せる。


「ひ――っ」


 再び異常な眼をしたハイルと目が合い、代官の喉から短い悲鳴が漏れた。

 瞬間――、


「――ヅヅヅッッッッヅヅッッッッッ!!」


 背中が不自然に膨張し、蠢くなにかが皮膚を突き破る。火山が噴火した直後のように、大量の血を噴き出し、破壊された建物の内装はさらに(おびただ)しい惨状へと変わり果てる。

 背中から現れたそれは金属のような光沢をしており、円柱や円錐といったまるで積み木のような造形が弱々しい光を主張していた。


 もはや何が起きているのか分からない代官にとって、思考放棄することが一種の救済なのではないかと錯覚する。恐怖と焦燥と無理解と怒りが己の中で渦巻いており、なぜこうなってしまったのかと遅すぎる悔悟の念を抱いた。

 震える手のひらをハイルへと向け、再び熱を集める。先程は失敗したが今度は殺せるかもしれないと、そんな淡い期待とともに敵意を向けた。


「―――ッッッ」


 それに呼応するようにハイルの背にも変化が生じる。

 重低音と共に背が光ると二つの円柱の側面に紫の輪が出現する。それが徐々に上にのぼるにつれ音は大きくなり、ついに円柱の頂上に達した直後、光は消失――、



 ――瞬間、代官の身体が一撃で押し潰された。

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