表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

第二話 リクルート

「殺人鬼、食人鬼、強姦魔、爆弾魔……」


「ロクな人間がいないね!」


「お前がいえたことか!」


 カオスギルドの酒場、その一角にて三人の男女がテーブル一帯に並べられた手配書の写真を吟味しながら罪状を確認する。

 流石は犯罪者の楽園――又は魔窟というべきか、この場所にはありとあらゆる前科を持つ者がおり、表の世界では決して近づきたくない類の人間しかいない。当然のように手配書の罪状を読み上げ選別するレイラだが、彼女の口から発せられるその名前は悍ましいものであり、そのような人物がハイル達に近づこうとしていた事実に背筋が凍り付くような思いだ。


 そもそも何故テーブルに数多の手配書を広げ精査しているのか――話は数分前に遡る。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「こちらとしても申し訳ないとは思っています。手配書の取り下げが叶わないというのは我々の組織における信用の失墜……恥ずべき結果ともいえるでしょう」


「いや、その話はもういいんだ。急に失礼な態度をとってすまねぇ……代わりにさっき言ったカオスギルドへの貢献の話をしてくれ。その結果次第で取り消せるかもしれないんだろ?」


 殺気の充満した空間から解放され肩の力が抜けると精神的負担が軽くなる。その反動からか、痺れた舌が饒舌になり、言葉が濁流のように押し寄せる。


 数秒前、ハイルは選択次第で殺される寸前であった。それは受付嬢のセラに詰め寄ったことが原因であり、争いの気配に敏感なこの場の者達は次なるハイルの選択をじっくり観察していた。しかし、その視線はあまりにも冷たく、観察というよりは狙いを定める獣のようであった。

 このカオスギルドにおいて、均衡と調和を乱す者はすべて獲物になりうると、自ら実感した瞬間である。


「物分かりが良くて助かります。実は……」


 受付嬢らしい接待用の笑顔をつくったセラに手招きされ、意図を察したハイルは耳を傾ける。その話が他に聞こえぬようレイラとケイネスも壁をつくり近寄った。


「ここだけの話……実は数日後に大きな『依頼』が入ってきます。現在は情報の真偽確認の段階ですが、もし確定すればそれ相応の報酬も得られるでしょう」


「我々に対し優先的に伝えるのは先程の一件が理由ですか?」


「それもありますし、おおごとにすればするほど依頼の完遂は難しくなります。依頼主としては噂も立てたくないですからね」


 おおごとにはしたくないという人物からの依頼。その内容までは分からないが、おそらくそれなりに地位のある人物による極秘任務的な感じの依頼であるとハイルは察する。もしそうであれば先程の貼り出しにより内容は一気に知れ渡るだけでなく、機密性も失われてしまうためカオスギルド側も(おおやけ)にはしたくないわけだ。


「……それで依頼の内容はなにかな?」


「先程伝えたように真偽が不確かのため今はまだ明かすことが出来ません……しかし、依頼主が求めている募集人数は四名と判明しています」


「なるほどね。そういうことか……」


「お前なにがわかったんだ?」


 納得した素振りみせるケイネスは顎に指をあて、レイラも察したのか顎を引く。


「依頼の内容により依頼を受けられる人数は毎回違う。そして人数が多い場合は仲間をつくる必要がある。けど事前に人数を知ることができれば先に依頼を受けることができるわけだ」


「そしてあなたの口ぶりからして我々三人では募集人員数に達していない。だから依頼が許諾される前に協力者を探せと言いたいわけですね……」


 二人の丁寧な説明にハイルも納得する。あの依頼の貼り出しを見るに、依頼というもの自体、最初から早い者勝ちなのだろう。そのためこの数日以内にハイル達が募集人員に達する人数を揃えることができなければ、依頼は彼らの目にも止まり人数の足りない自分たちは受ける資格を失う。

 しかし、この話には納得できない部分がある。それは――、


「内容すら判明していないのに我々に同行する人なんているわけないですよね?」


 レイラの指摘はもっともである。自分達ですら知らされてない内容でどうやって他者を誘おうというのだ。また、依頼内容によっては必要な技能や人材が異なるため、依頼内容が判らなければ適任もみつけることもできないといった問題もある。


「先程申し上げた通り真偽の確認が済んでいない以上完全な情報を伝えることはできません。ただ……いま判明しているのは募集人数が四名……そして遠征先はイーデン王国ということです」


 またしても聞いたことのない国であり、レイラの方へ振り向いた。彼女はその国名を反芻しており、なにかを考えている。

 はっきりと言葉にはしないがセラの意図はおそらく、遠征先が同じ目的地の者をこの場所で探せということだろう。遠征先を先に伝えず小出しにしたのは不愉快であるが、依頼の真偽が確定していない以上彼女の考えも理解はできる。


「それで場所はわかるのかい?」


「イーデン王国はこの場所より南……アイレイン大陸にある国ですよ。でも……」


「でも……?」


「いま……その国は戦争中のはずです」


 レイラの一言に喉の渇きを覚える。

 彼女の言葉を指摘を正面から受けたセラはにこやかに笑い、受付嬢としての笑顔を崩さない。しかし、無言でありながらその表情がレイラの話を肯定していることを場の誰もが理解していた。


「戦争中の国……少数募集……極秘……おもしろそうな予感がするねぇ?」


 朗らかな表情の受付嬢に対しケイネスも笑顔で返事をする。

 やがて長い沈黙が訪れ、それに見かねた受付嬢が人数を募るための紙を渡したところで解散となった。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 そして数分後、あと一人必要な仲間を確保するため人数募集の紙を貼り出した結果、わずか一時間でこれだけの量が集まった。

 依頼内容は伏せているにしては随分と集まりが良く、思いのほか簡単にあと一人が見つかるとハイルは安堵していた――が、再び別の問題が浮上する。

 それは――、


「小児性愛者……誘拐解剖マニア……絞殺サディスト……」


 彼女の列挙する者達は度し難い前科を抱えており、彼らと協力するなどありえない。

 これまでレイラが単独行動を好む理由を、そのほうが気楽であることや報酬を分けずに済むといった理由が背景にあると勝手ながら考えていた。しかし、その実態はそもそも信用できる人間がいないことが原因であると理解させられる。

 彼女の中で自分やケイネスが信用に値するか否かをどう定めているかはわからない。しかし、手配書の人物たちよりは遥かにマシであり、口にするだけでも悍ましい数々の犯罪記録にはハイルも辟易する。


「――これで全部です。誰かめぼしい人はいましたか?」


「いや、マジなこというと全員嫌だわ……」


「そうかい? ボクは全員おもしろそうだと思ったよ!」


 意見が真向から分かれたが、レイラの方はケイネスの意見を完全に無視しており、ハイルもつっこもうとしない。

 正確に数えたわけではないが、手配書はゆうに百枚を超えていた。しかしそこから選ばれる者は一人もおらず、再びふりだしに戻ったことで沈黙が流れる。


 依頼内容も不明確であるが、今回の依頼は戦争中の国へ渡航する可能性があるため、レイラも慎重であり妥協する考えはないらしい。

 また、戦地といった特殊環境から、戦争犯罪といった環境により生じる犯罪が発生する可能性もあり、それが仲間の裏切りにより発生したともなれば全滅もありうる。そのため審査基準は戦力になるかではなく、仲間に引き入れることで安全か否かであった。


「――はありますか?」


「え?」


「ハイルはありますか? 他に仲間にする際の譲れない条件とか……」


 長考していたがレイラの声により我にかえる。


「譲れないってわけじゃねぇけど……オレはやっぱり歳の近い奴がいいな……」


「……理由はなんですか?」


「なんつーか……大人だと何考えているかいまいち分からないし信用できるかも怪しいだろ。それに歳が近いと話とか合いそうじゃん?」


 長考していた割には浅慮な理由でありそれはハイルも自覚がある。歳が近くともハイルとレイラでは人生における経験が完全に異なり、それが安全であるかを決める判断材料としても乏しい。しかしレイラは「検討します」と一言添えて、手配書に目を移すと今度は若者を優先的に選択する。


「逆にレイラはどんな奴が理想なんだ?」


「女性ですね。野郎はこれ以上いらないです」


「それって絶対譲れない条件なのか?」


「絶対です」


 きっぱりと答えるレイラに何も言い返せず顔を顰める。

 彼女からすれば情報に疎く、戦力として数えられず、足手纏いに等しいハイル達と今後も行動する時点でリスクは高いのだ。さらにそこに同じ様な人物が加われば絶望的である。

 無能な男達に囲まれていては自分の苦労が増えるだけであり、女が自分だけという現実からも同性の人物を望んでいるのだろう。


「とりあえず二十代以下で女性は……この四人ですね」


「で、こいつらの罪は?」


「左から……男児監禁犯、強盗殺人犯、放火殺人犯、そして毒殺魔です」


「最初の奴が霞んで見えるくらい後半エグいな……」


 若い女性であろうと犯罪者である事実はかわらず、つくづくこの場所がカオスギルドであることを実感する。この四人の中では男児監禁犯が一番マシに思えるが、レイラ的にはありえないらしく、それはハイルも同じだ。


「そもそもこの場所で真っ当な人間を見つける方が難しいでしょ。本気で仲間探しをするつもりならある程度の妥協は必要だよ?」


「妥協はお前がいる時点でだいぶしてる方だよ。これ以上異常者が増えたらマジでなにが起きるか分からねぇからな」


 と、軽口で反論するがケイネスの主張は的を射ており、この場所で正常な者を見つけるのは不可能に近いだろう。

 少なくともカオスギルドの一員である以上皆が前科者であり、比較的に軽犯罪の者はそもそもこんな魔窟に訪れることはないだろう。そのため必然的にこの場所は凶悪犯しか集まらない。


 またふり出しに戻ってしまい一向に話の進む気配はない。それを見かねたレイラは決意した様に立ち上がる。


「仕切り直しましょう。一時間後、再びこの場所に集合してください」


「どこか行くところでもあるのかい?」


「めぼしい人物を探します。この施設は広いので先程の募集を目にしていない者もいるはずです」


「それならオレも手伝う……って言いてぇけど、まずはトイレがどこか教えてくんね? 腹がいてぇ……」


 貨物車の荷台に詰められていた食料が腹に当たったのか、先程から締め付けられるような痛みが強くなっている。同じものを食べていたレイラやケイネスが何故無事なのかは不明だが、そんなことを聞く余裕はない。


「お手洗いはあちらの入口から地下へと続く階段です。壁や天井に標識があるので参考にしてください」


「おう……それじゃあまた一時間後……!」



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 用を足し目的を終えたハイルは周囲を観察しつつ、好奇心を走らせる。

 この場所がいつどうやって造られたのかは不明だが、あまりの大きさと設備の多さや人の数には驚愕を隠せない。

 まさか荒野の中心にある酒場の下にこの規模の地下都市があると、一体誰が予想できるだろうか。先程からハイルは新参らしくキョロキョロと周囲を見渡しており、目立つのは明らかだが、生憎好奇心の方が羞恥心よりも先行していた。


「武器に薬……普通に食いモンとかも売ってんだな……」


 商人も客も訳アリな外見をしているが、この場所における『掟』を守っているおり、その様子は地上の商人と変わらない。意外なのはこの場所では電子での決済は行われておらず、全て紙幣や貨幣で行われていることだ。

 一瞬この場所では技術や文明が遅れていると思ったが、機械などは普通にあるためカオスギルドなりの理由があるとみた。


「まぁ……この場所でスリは無理そうだな……」


 掟の支配下にあるのはハイルも同じであり、秩序を乱す者は即刻粛清の対象だ。地上と異なるのはもしこの場所で窃盗を犯せば確実に殺されることであり、絶対に追手から振り切るのは不可能である。


 ――歩き回って数十分、仲間探しの理由も含め周囲を観察していたが、未だ理想的といえる人物には遭遇していない。

 また、レイラの譲れない絶対条件である女性を中心に探しているが、目に入るのは年増な女性ばかりであり、体格が大きいだけでなく、いかつい刺青や下品な笑い声を飛ばす者達ばかりである。適当に選んだ結果レイラの機嫌を損ねるだけでなく、その人物からも個人的な恨みを買うのは御免だ。


 そんなこんなでさらに数分間歩き続けた後、一つの問題に直面する。



「やべぇ……ここどこ……?」



 魔窟で迷子――字ずらだけでは自殺行為であり、すぐに逃げ出すべき状況だが、そもそも逃走経路すら不明である。今となってはこの場所は地下都市ではなく地下迷宮であり、そこに迷い込んだハイルは恰好の獲物でしかない。

 とりあえず来た道をたどれば帰れると、そんな安易な考えで振り返った。


「――…―……」


「……」


 瞬間、奇妙な音に意識を捉われ正面を凝視する。


「……――…――」


 前方からこちらへゆっくりと歩みを進めるのは一人の少女であり、彼女の杖が地面を叩くことで音が反響する。


 膝に届くほどの長髪に雪のような服と髪色をしている。髪色に関してはハイルと似たような視覚情報だが、彼女の目は黒の眼帯により覆われており、性格な表情は読み取れない。レイラと同じぐらいの体格だが、この場所には似合わない神聖さを放っていた。


「……」


 直前まで迷子であったという悩みが一瞬にして消し去り、目前の少女――存在から目が離せない。

 美しいというよりは異質、『美』という言葉では形容しきれないなにかがあると本能で理解してしまう雰囲気を纏っている。


 白杖を酷使し音を拾い歩を進める姿勢は視覚障害者と変わらないが、彼女の雰囲気は不便性を覆い隠し、道具を使う姿はタクトを頼りに音を奏でる指揮者のようである。

 そんな彼女が悠然と歩を進めこちらへと近づいて――、


「――ふんっ」


「あっ!」


 彼女を追い抜くように背後から闊歩していた大男二人が少女にぶつかる。途端、少女の口から気の抜けた声が漏れると同時に転倒し、直前までの泰然とした姿は一瞬で消えた。

 前のめりに倒れた少女の手から杖は投げ出され、それを探る様に小さな手で地面を撫でている。


「これ……」


「――っ!」


「あっ! 悪い、目見えないんだよな……」


 ハイルの声に反応した少女は肩を跳ね上げるが、声音に悪意が無いことを確認するとすぐに安堵する。そして持ち手の部分が丸く漏斗状になっている特徴的な杖を渡された。


「さっきは驚いたよな。怪我してないか?」


「背後から接近していることは感知していた……けどまさかぶつかってくるとは思わなかったよ。アレは意図的だね」


「お、おう……あんま可愛くねぇ喋り方だな……」


「ははは! やっぱり若く見られるのは嬉しいね! けど残念、褒めてもなにも出ては来ないぞ? だが、私の持ち物を拾ってくれたことは素直に感謝する。ありがとう」


 少女的な外見には似合わない声音と口調であり、声帯が彼女が紛れもない大人の女性であることを示している。杖を拾った際、一瞬でも彼女を仲間として迎えようとしていた理想が一瞬で四散した。


「……ちなみに歳は?」


「デリカシー……なんてものを持ち合わせている奴がこの場にいる訳ないか……当ててみたまえ」


「じゃあ……二十六……二十七とか……?」


「あっ! もう好きぃぃぃ!!」


「うぉ! なんだこいつ――っ!」


 急に嬌声を上げたかと思えば凭れ掛かるように抱き着かれ、咄嗟の出来事に倒れそうになる。抱き着いた彼女を振り払おうとするが、不自由な矮躯を無理やり退かすわけにはいかない。そのためハイルの胸にうずくまるように顔を摺り寄せる彼女は――、


「――の臭い」


「ん?」


「血の臭い……君、ここ来る前に誰か殺してきたでしょ」


「――!」


「あ、いま落ちたね。汗が」


 直前までの配慮を忘れたように、反射的に距離をとったハイルは一転――目前の彼女を警戒すべき対象と第一印象を上書きする。しかし彼女は薄く微笑むだけであり、顔の半分を眼帯で覆っているため性格な表情は分からない。


「そんなに警戒しないでほしいな。別に取って食おうというわけでもない、そもそもそんな年齢でもないしね。逆に君は私に用があったんじゃないか?」


「どうだろうな……オレは単純にあんたが転んだから杖を拾っただけだ。オレはお前なんて知らないし用なんて最初から……」


「呼吸の速度……」


「――っ」


「瞳孔の広がり、癖、体格、性格、声音、思考、汗の臭い、息遣い――」


 列挙されるのは今のハイルを『ハイル』足らしめている情報の源流であり、その僅かな情報を頼りに彼女は『ハイル』と云う一人の存在を理解していく。そこには肉眼だけでは決して理解できないような情報も含まれており、彼女を不自由と一方的に決めつけていた自身の考えが余りも浅慮であったと自覚する。


「視界をあてに出来ない私にとって世界はパズルのようなものだよ。残りの四感を駆使し限られた情報から脳内に世界を形成する。目に映るモノ全てが真実とは限らない……目が使えなければ見えてくるモノもあるという話さ」


 ――見えていないが視えている。


 他者がハイルを一瞥した際に得られる情報よりも、目が見えない自分の方が一方的に情報を引き出すことができると言われている気がした。そしてそれは嘘が通用しないという意味にも解釈できる。


「……用があったのは本当だけど別にあんたである必要はなかったよ。オレは仲間になってくれる奴を探してたんだ」


「ほう……何のために?」


「とある依頼を受けるためだよ。募集人数に達していなかった」


 嘘が通用しないのであれば依頼内容といった重要事項は伏せたうえで正直に話せばいい。彼女をこの場に残し逃げることが最善かもしれないが、これ以上レイラ達と離れるのは避けたい。


「なるほど。その道中で偶然私を発見したというわけか。外見に惹かれて口説こうとしたにしては巧妙な言い訳だな!」


「何がなるほどだったんだよ……」


 意図的か否か、会話がかみ合わずため息をつく。しかし、そのおかげか強張った表情は緩み、彼女に敵意がないと察したため、肩透かしを食らった気分だ。


「君の意図は概ね理解したよ……しかし君の熱烈な誘いには乗れない。理由は二つ!」


 元気に二本指を突き出した彼女は鼻を鳴らすと指をそれぞれ左右に動かす。話し方や言葉づかいを除けば本当に少女のようだ。


「一つ! まず私は衰えた。戦いにおいて現役の時ほど役には立たない! そして二つ目! 実は私カオスギルドには所属していない」


「は!? じゃあなんでこんなところに――」

「暇つぶし兼旅行だ!!」


 驚愕と同時に前のめりになったハイルに対し彼女は更に腕を伸ばす。

 表の世界で畏怖される者たちが跋扈(ばっこ)する魔窟、それがこのカオスギルドであり、この場所に旅行と称し足を踏み入れる者など異常を超えて自殺行為だ。異常であるが故にこの場所にいると反論されてはなにも言い返せないが、彼女はカオスギルドに所属していない。この事実が更に彼女の存在を無理解へと昇華させる。


「旅行も意味わからねぇし……なにが楽しくてこんなところにいるんだよ。お前犯罪者じゃないのか?」


「どうだろうね? 私がやった行為そのものは犯罪かもしれないがそれは時代や国によっては正義として正当化される。つくづく狂った世の中だよ……」


「お前さっきオレが人を殺したとかいってたよな……じゃあお前はこれまで何人殺したんだ?」


「五……いや六……」


「意外と多いな……」


「五百から六百人辺りかな? 数えるのをやめたのは……」


「化け物じゃねぇか――ッ!」


 ハイルとは比較にならない次元の大量殺人である。この外見から殺戮を実行することを一体誰が予想できるだろうか。しかし、意気揚々と話す彼女から悪意を感じないのは隠すのが上手いからか、それとも先程口にした時代や国が異なることが原因か、追及したい気持ちを抑え深呼吸すると冷静を取り繕う。


「でも仲間になれないなら話は終わりだな。残念だけどよ……」


「こっちこそ役に立てず申し訳ない。君は自分と歳の近い人物を仲間にしようとしていた。概ねそんなところだろう?」


 何でもお見通しとばかりに彼女はにこやかに微笑む。

 今更だが、彼女は数秒置きに杖で地面を叩いており、歩行していない時でもやっていたため、癖になっていると思っていた。


「反響した音を拾ってんだな……」


「大正解だよ。おかげで君という存在の輪郭も手に取る様にわかる」


 反響した音を拾い空間認識能力とかけ合わせ、脳内にその景色を描いていく。エコロケーションと呼称される技法であり、視覚障碍者が扱う処世術である。しかし彼女はそれだけでなく嗅覚などにより音の反響だけでは拾えない表情や感情といった人間の細部まで読み取ることに長けていた。


「じゃあなんでさっきの男達は避けられなかったんだ?」


「後ろから接近していることは察知していたけど敵意は感じなかったからね。それに私は杖をついているし、こんなか弱い美少女を突き飛ばすなんて普通思わないだろう?」


「それもそうだな。あんた……名前は?」


「エカテリーナ・ソコロワだ。君は?」


「ハイルだ。拾い子だから苗字はしらねぇ」


 ここに来てよくやく互いの名前を知る。エカテリーナはハイルの名前を反芻すると、脳内で形成するハイルの造形の一片に加えパズルのように当てはめた。


「ちなみにだが、私の名前をどこかで聞いたことは?」


「いや、オレは馬鹿だからしらねぇ。有名人なのか?」


「この場所ではそうかもね。なんせ私は敵をつくりすぎたからね」


 相変わらずエカテリーナの目は見えないが、なんとなくこれ以上は野暮であると視線で伝えられた気がしたため口を結ぶ。

 そして一段落ついたことでなにか言いたげなハイルの様子を彼女は察知した。


「――なにかな?」


「ここから受付まで戻る方法教えてくれ」


「あはは! 目が使えない私にそれを訊くのか」


 吹き出すと同時に杖をつき、軽快な音が地下に響いた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「一体先程からなんの用ですか?」


「んー? もしかして気に障ったかい?」


「触るどころかイライラします。特に手伝うわけでもなく執拗について来て……」


「別に邪魔してるつもりはないんだけどなぁ。喋った覚えもないし……」


「ならついて来ないでください。それと目に入るだけで普通に邪魔です」


「これは厳しい!」


 ハイルと別れてから少一時間、単独で仲間を探すことを考えていたが、何故かケイネスが自分にくっついており、中々離れようとしない。それが理由かは定かではないが、仲間に加わることを承諾する者は未だおらず、背後について回るだけの無能かと思いきやこちらのイラついた表情を確認するとにこりと微笑む始末だ。


「本当にさっきから何の用ですか? 死にたいんですか?」


「君……なにか忘れてない?」


「――!」


 見当がつかず首を傾げた時、背後からケイネスは複数の短剣を取り出す。それはハイルとケイネスを強襲した時に使用した私物であり、カオスギルドに到着するまでの間、彼が押収していたものだ。

 それを反射的にひったくる。


 到着してから即座に返せばいいものをわざわざこちらから言及するまで黙っていたことは明白であり、その姿勢が気に入らず再び苛立ちが募る。


「あいかわらず粗暴だね君は! 返してもらえたんだから素直に喜んだらどうだい?」


「これがあれば私やハイルが『戦艦』に殺されかけることはありませんでした」


「どうかな? もしかしたら勝てたかもしれないよ? 危機的状況になったらハイルを見捨てて君だけ逃げ出すことでもできた。それも君の一つの選択だ!」


 悠々かつ軽快に話すケイネスの在り方は出会った時から変わらない。

 これまでレイラはこの男が自身の好奇心をなによりも優先にし、思いのままに生きていると解釈していた。しかし、好奇心旺盛の一言では説明できないほど異常性を内に潜めている――にもかかわらず反社会的というわけでもない。


 周囲への状況に合わせつつ自身の興味に忠実といった柔軟な思考と行動をしており、好奇心旺盛と日和見主義が合わさったような存在であるとレイラは定義する。

 一見すれば両立しないような概念だが、片方だけではケイネスという存在を正確に表現できないため、自分の中で納得のいくよう結論付けた。


「――ん」


「どうした……?」


 酒場に戻り再び手配書に目を通そうと思った手前、足が止まり背後のケイネスもつられる。

 レイラの視線の先、一時間前に座っていた端のテーブルに手配書が綺麗に積まれており、二人の女が座っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ