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第一話 カオスギルド

 照り付ける陽光が眩しくなり、瞼を貫通し視界が明るくなると意識が浮上する。数度瞬きを繰り返すことで視界は晴れていき、やがて意識が覚醒すると昨日の出来後が脳内で想起され、自身がどこにいるのかを理解する。


「――」


 ぼやけた視界は徐々に明瞭となり、空からの日光に思わず手をかざし、のっそりと上体を起こす。貨物車に密乗したのが昨日の夕方であり、そのまま夜を越したため今は朝か昼といったところだろうか。ふと横を見れば、梱包された食品を刃物で破り、中から盗んだそれを食べるケイネスがいた。


「お目覚めだね。君も食べるかい?」


「あ……うん、頼むわ」


 寝起きであり頭が回らないため無造作な返事を返すと立ち上がる。この貨物車自体が地面と接触することなく浮いているため、走行中の凹凸や揺れを気にすることはない。そのためハイルは熟睡してしまい、昨日の緊張感は完全に無くなったといえる。

 貨物車の壁の上ではレイラが腰かけており、ケイネスと同じように食料を頬張っていた。


「みんな朝早いんだな。昨日色々あったのに直ぐに起きれるのスゲーよ」


「今はもう昼ですよ。私からすれば昨日の一悶着を経験して悠長に熟睡できる方が不思議です」


 そのやや棘がある言い方によりハイルは顔をしかめるが、レイラは気にせず食事を続け、壁の上で腰掛ける彼女は遠くを見ている。

 それが気になり壁をよじ登り――、


「おおぉ……すっげぇな……」


 無意識に感嘆の声が漏れる。

 視界に広がるのは一面の荒野だ。照り付ける太陽が水分を吸い上げ、地面は干からび、僅かな生命しか生きることが許されない世界だ。干ばつによる地面のひび割れは果てしなく続いており、水平線の彼方まで生命の気配は感じられない。

 そこはまさに死の世界でありながら、都市から離れたことのないハイルにとっては絶景そのもので、自然が生み出した景色に圧倒される。


「この国にこんな場所あったんだな……」


「都市から出たことがないのですか? 世界はもっと広いですよ」


「まじか。いつか行きてぇな世界……」


 都市から少し離れただけでこれだけ景色が劇的に変化したのだ。更に先へ進めばより神秘的な秘境へとたどり着けるに違いないと妄想してしまう。これからは人助けをして生きていきたいと昨日考えていたが、その人助けによって得られた資金を元に旅に出るのもいいかもしれない。そのためにも早くカオスギルドに着かなくてはならない。


「そういえば……カオスギルドはこれから行くトムキンズ・タウンってところにあるんだよな? そのトムキンズ・タウンってのはどんな街なんだ?」


「街……というより村ですね。荒野の中心にある面白みにかけるような場所ですよ。加えて浮浪者が多くて治安も悪く、人口も約三百人に対し一日の犯罪件数は十件といった具合です。しかし、こうも簡単に人が死ぬような環境のため逆にカモフラージュしやすいです」


「あ? どういうことだ?」


「なるほど。治安が悪い環境だからこそカオスギルドの場所自体を隠しやすい……そう考えると地下にあるのかな?」


「ご明察です」


「最初から治安の悪い場所にあれば興味で近づくバカも減るってことか……」


 もしカオスギルドに関する噂が流れようと、その道中で危険に晒されるようなことがあれば人はそれ以上の追求を躊躇う。ましては、それが噂といった曖昧なものでしかないため、与太話のために命まで賭けようとは思わないだろう。

 木を隠すなら森の中というように、犯罪者の巣窟を隠すなら最初から治安の悪い場所というわけだ。

 そして――、


「――見えてきましたよ」


 貨物車の進行方向、地平線に薄っすらと影が見えてくる。それが徐々に大きくなり近づいてくる。

 目前に見えるはトムキンズ・タウンであり、数時間あまりのくつろぎが終わりを迎えることを肌で感じた。


「……到着する際に車体は減速するのでその瞬間に降ります。降りた後は私に着いてきてください。私語厳禁だけでなく、周囲への散見も控え、人とは目も合わせないでください」


 レイラの口調が固くなると同時に緊張感が押し寄せる。彼女の言い分がこれからどのような場所に行くのかを物語っており、指示に背く行動が命取りになると理解した。ケイネスはにこりと微笑んだが、彼にも緊張は伝わっており、ここは素直に従う気らしい。


 動悸が速くなるにつれ、トムキンズ・タウンの全容が見えてくる。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 減速し方向転換した貨物車は村外れにある専用の交易場へと向かう。その直前に飛び降りた後、周囲の目に入らぬよう足を進め、一同はトムキンズ・タウンへと入る。


 荒野の中心にある所以というべきか、建物の多くは木造建築だが劣化しており村全体は生気がない。陰鬱な雰囲気は貧民街と変わらないが、違いといえば老若男女がいるなかでもそれぞれが他者に対し懐疑的、もしくは敵対的な視線を向けており、一触即発の空気が漂っている。

 レイラが目を合わせるなと忠告していた理由はまさにこれであり、一体どんな因縁をつけられるかわからないだけでなく、急に襲ってくる可能性も十分に考えられた。


「――っ!」


 後方で硝子(ガラス)が割れると同時に怒号が響いたが、釣られずレイラの歩調に合わせて進む。村人同士でも互いを信用している様子はなく、それはハイル達一向も同じである。しかし明確に異なるのは、この村の住人達は他者と争う理由を探している気がしてならない。


 ――嫌な場所であり、あまり長居したいとは思えない。そんなハイルの考えを他所に回転草が一同を追い抜いた。


此処(ここ)です」


 足を止めたレイラに釣られ、目前の建物を見定める。他の民家より一回り大きな三階建ての木造建築であり、屋根の先に風に煽られた風車が弱々しく回っていた。

 臆面することなく慣れた足取りでレイラが先に入り、ハイルとケイネスもそれにつづく。


「ここは……酒場か?」


 正面にはカウンターがあり、膨大な酒瓶の前で無精髭の似合う老人がグラスを磨いていた。室内は広いが閑散としており、客が数名いるだけで殆どが昼間から潰れている。また、空のまま放置された酒瓶や杖など、ここに訪れた者の名残が放置されており、老朽化した建物の外見に引けを取らないぐらいの散らかりっぷりだ。


 本当にこんなところにカオスギルドがあるのかと疑問を持ちたくなるが、そのような疑念を抱かせることがむしろ狙いなのだろう。


「……喉越しの滑らかなモノを三人分お願いします」


「帰りなお嬢ちゃん。ここは子供の来るところじゃない」


「……ザーヴォック・ヴァルカル・マルグリン」


「――。」


 突き放すようにレイラをあしらった老人の表情が一変、鋭い目つきでレイラを凝視し背後の自分達へ同じ視線を向ける。やがて納得したのかそれ以上は何も言わず、無言でついてくるよう首を傾けた。それに従いカウンターを離れると裏の部屋へと通される。

 そこは様々な種類の酒が並べられた酒蔵であり、醸成した酒樽が複数ある。そのうちの一つに立ち止まり鏡板を強く押した。

 直後、鏡板が回転し、開くと内部に地下へと通ずる階段が出現する。


「――」


 呆気にとられるハイルを気にすることなく悠然とレイラは歩を進め、ケイネスも躊躇う事なくそれに続いた。そしてハイルもそれに続くと背後で老人が鏡板を閉め、酒樽は元のあるべく姿に戻る。


「すげぇ……隠し通路かよ!」


「ここまでくれば警戒することはないです。もう肩の力を抜いて良いですよ」


「それにしても意外だったね。隠されているとはいえ……結構あからさまだし、もっと警備が厳重と考えていたよ」


「警備が厳重である必要はないですよ。そもそもこの場所に集う全員が犯罪者なので守りたい者も最初からいないですよ」


 緊張の糸が途切れたせいか、安堵と共に饒舌になる。その間も地下へ階段は続いており、細い通路の合間に篝火が添えられ、薄暗い地下を申し訳程度に照らす。

 やがてハイル達は踊り場へ辿り着き、そこで枝分かれした道から一つを選択し更に地下へと進む。


「なんか蟻の巣みたいだな……こんなに道あったら迷わねぇのか?」


「迷いませんよ。道は複数ありますが、結局全てカオスギルドに通じてますから」


「じゃあこんな風に分かれてんのは……」


「迂闊に誰かと鉢合わせしないようにするためですよ。いつどこでどんな理由で争いが勃発するかわからないので」


 その一言で再び息を呑む。トムキンズ・タウンは町全体が陰鬱で一触即発の雰囲気を漂わせていたが、このカオスギルドは違う。ここは犯罪者の魔窟であり、あえていうなら()()()()()()()()()()()()()

 明確な前科があり、睨み合いや吟味はなく、鉢合わせれば即座に争う可能性がある。そのため、人の気配を未然に感じ取ったレイラが進行方向を取捨選択し、接触しないよう安全な道を進んでいた。


「やっぱり……誰とも話さない方が良いか?」


「それは自由ですね。そもそもカオスギルドの敷地内で争いは禁止されているので」


「は? そうなのか? ならこんな面倒くさい道を進まなくても……」


「争いそのものが禁止されていても因縁をつけてくる相手はいます。そして敷地から離れた所で殺し合いというのもよくある話ですよ」


「……確かに犯罪者だらけの環境とはいえ組織を統括するには一定の掟はあるよね」


 犯罪者や闇の住人が巣食う無法地帯――正に『混沌(カオス)』である。しかしその環境を永続させるには制約が不可欠であり、それがカオスギルドでの争いを禁ずることである。

 法を犯すことで自身のアイデンティティを世に知らしめている者にとって、その制約を遵守することは簡単ではないだろう。しかし、こうして組織として存在している以上、争いを禁ずる掟はどうやら効果があるらしい。


「でも不思議な話だね! 法を厳守しない犯罪者がこんな場所の掟なんかを律儀に守るんだ……」


「その理由は大きく分けて三つです。一つ目はこの場所を憩いの場と捉えている人が多いからです。外で殺し合うのは自由ですがここでは許されないためある意味安息の地です。二つ目は万が一争いを起こした場合、カオスギルドの掟に背いたとして将来的に粛清される可能性が高くなります」


「争う依然にできるだけ恨みを買うなってことか……」


「――そして三つ目は情報交換です」


「情報交換?」


「ここでは裏社会のあらゆる情報が出回っています。それこそ小さな街の未解決事件から国家を揺るがすスキャンダル、都市伝説レベルのものまで様々です」


「話は分かったよ。けれどそれが掟を守ることと何の関係があるんだい?」


「単純に情報交換の場として優れているため壊されては困るという話です。一つ目の理由と同じようなものですね。表社会で出回らないような情報はここではそれなりに価値があります。そんな場所で争いが起きれば下手な情報漏洩につながるかもしれませんし……」


 無秩序の中でも生態圏を持続させるためには自ずと制約が生まれる。それをここに巣食う者達は理解しており、傲慢に振舞うことなく利口に従っているようだ。法を犯す者達は皆が利己的に生きていると考えていたが、このカオスギルドでは必ずしもそうでないことが意外だ。

 無論、掟に背いたことによる粛清を危惧しての姿勢ともいえるが、それでもこの魔窟で秩序ある社会が形成され機能している。


「そろそろですね……」


 階段を下る先、明かりと共に声量が増し、徐々に静寂が遠退いていく。

 そして視界が開けた場所に出た。


「おお……すげぇ……!」


 気付けば感嘆の声を漏らしていた。

 目前に広がるのは地下に突然姿を現した巨大な地下施設であり、眼下の階層には大勢の人たちがテーブルを囲んで酒を飲み談笑している。

 地下施設の構造は劇場のようであり、現在ハイルがいる階層から下と上が一望できる円形状となっている。また吹き抜けの内装は粗雑で装飾などなく荒々しい外観から、劇場以外にも闘技場という印象を抱かされる。


 もう少し殺伐とした場所を想像していたが、実体は和気藹々としており、地上のトムキンズ・タウンには一切感じられない活気な雰囲気がここでは満ち溢れていた。


「ひとまず受付に行きましょう。そこで賞金首の取り下げ申請ができます」


「なんつーか……バカでかい酒場って感じだな。争い禁止とはいえもっと怖い場所だと思ったぞ」


「怖い場所という解釈は間違いではないです。真っ当な人間なんてここにはいませんから」


「受付に酒場……他にもなにか施設の用途はあるのかい?」


「宿泊施設はもちろん……武器売店や麻薬売店……あとは改造手術(メカニックシージャー)の施術室とかです」


「ここでも取引されてんのか……」


「当然ですよ。むしろ表で出回らないようなモノはこういう場所でしか手に出来ませんから」


 軽快な空気のある場所だが、それでもここは暗部の住人が生きる世界である。そのため周囲への警戒を怠ってはならないとレイラに無言でいわれた気がした。

 そして一階層に降りると受付と酒場以外の人だかりに気付く。


「あの人が群がってやがるところはなんだ?」


「あれはカオスギルドが依頼者から受注した依頼の貼り出しです。誘拐や強盗、暗殺まで様々ですよ。ハイルやケイネスの賞金首をあそこに貼られていました」


「こっわ! オレのこと襲ってきた奴ら全員カオスギルドからだったのかよ……」


「それじゃあ、あっちのひと際少ない人混みはなんだい?」


「あれは協力者を募るための募集ですね。依頼内容によっては人数の制限や特定の分野に精通した人物が必要となるので」


「なんでだ? 人数が多い方が楽じゃねぇのか?」


「必ずしもそういう訳ではないです。人員が多くなれば情報漏洩や裏切りのリスクも高くなります。ここでいう良好な関係というのはあくまで利害の一致であり、仲間という意味ではありません」


「依頼内容によっては実行する側にもリスクがある。確かに慎重にならざろうえないね!」


「加えて……もし実行者が依頼に失敗し最悪その情報が漏れた場合カオスギルドの信頼は落ちてしまいます。そのための受注した依頼内容をカオスギルドが先に精査した後、人数と報奨金が決定します」


 表では扱えない汚れ仕事を取り扱うため、依頼者からの信頼を損なえばカオスギルド全体の権威が下がり兼ねない。そのため依頼を許諾する際はカオスギルド側も慎重であり、依頼主とカオスギルドの裁量で依頼が成立しているわけだ。


「依頼に対する報奨金は依頼主とカオスギルドのどちらが出しているんだい?」


「それは依頼主ですね。そこからカオスギルドが何割か引いたものが彼らの報奨金となります」


「金額次第で依頼の難しさも変わるんだよな? そうなると依頼者が誰かも分かるのか?」


「いえ、依頼者は基本匿名なことが多いです。証拠を残したくないから犯罪を外注しているわけですし……でも、金額の大小によりどのような人物が依頼しているのか透けて見えることもあります」


「つーことは、難しい依頼や高いカネ払ってる奴はそれなりの奴ってことか……」


 そのような人物は表社会でも絶大な権力を持っているに違いない。そして権力者の経歴には尾ひれがつくものであり、このような犯罪組織と関わっていたとなれば、それこそ大問題だろう。

 依頼を許諾するカオスギルドは当然正体を知っているだろうが、実行者に対しての匿名性は担保されているため、余計な情報が洩れることもなければスクープやスキャンダルになることもない。しかし行われているのは紛れもない犯罪であり、情報に対する保安そのものが良いのか悪いのか、ハイルの心境は複雑だ。


「――こんにちは」


「あら、あなたは金木犀の……生きてたんですね!」


「その呼び方やめてください。いまはレイラです」


「そうでしたね。あ、そういえば一月前に注文していた短剣が届きましたよ」


 受付に辿り着き、カウンターの奥に座る人物がレイラと対峙する。茶色の短髪に大きな丸眼鏡をした女性であり、朗らかな笑顔を振りまいている。浅葱色の瞳はレイラと似たものであり、はっきりいってかなりの美人だ。

 犯罪者の魔窟には似合わないような女性であり、何故こんなところで働いているのか正直わからない。


「ラグナマイト鉱石を精密加工した特注品です。切れ味抜群なのはもちろん軽量化も実現した一級品らしいですよ!」


「ん……確かに良いですね」


 カウンターに出されたのは二本の短剣だが、それは元々レイラが所持していたナイフよりも大きく、禍々しい外見をしている。黒い光沢に鋭利な刃が煌めいており、手で双剣を回転させる柄を握り感触を確かめる。やがてそれに満足したのかレイラは一礼し横に退けた。


「次の方どーぞ!」


「あ、おぉう!」


 ケイネスに背中を押され前に出ると受付の女性と再び目が合う。しかしなにをすれば良いのかわからずレイラに助言を目線で求めるが、彼女はなにもいわず自分でやってみろと言わんばかりの表情だ。


 今思えば現在に至るまでレイラには助けられることが多々あった。しかし、ここでの一件が済めば晴れて彼女とは他人であり、自分はこの先一人で生きていく必要がある。そのため他者に頼りっきりであってはならないと薄々自覚していた。


「あのー」


「……どうかなさいましたか?」


「いや、名前なんていうんですか?」


「名前……私のですか?」


「……」


「あはは! 私はただの受付嬢ですよ? なのに名前を知りたいなんておかしな人ですね!!」


 破顔する女性はケラケラと笑い横を見ればレイラが眉間を指で押さえていた。なにか間違いを犯したのかと再び向き直れば、一呼吸ついた女性が双眸を向ける。


「セラですよ。カオスギルドの受付嬢です。それであなたのお名前は?」


「あ、ハイル……って言います。賞金首を取り下げたくて来たんすけど……」


「ハイル……ハイル……これまで申請は無いですね。もしかして初犯ですか?」


「まぁ、そんな感じです……」


「それで隣の方は?」


「ケイネスです。苗字はまだ知らないです……なのでそのままケイネスという名前です。彼と同じ初犯ですよ」


「ケイネス……ケイネス……あなたもやはり登録されてないですね。少々お待ちください」


 そういい残した受付嬢のセラは後方へと下がり、棚に整理された書簡や資料を指でなぞり、内容を確認しては吟味を繰り返す。


「セラさんか……美人だし良いな」


「バカですね。本名だと思ったんですか……」


「え、違うのか!?」


「ここで受付嬢をしている人がただの人間な訳ないでしょ。彼女にこやかにしていたけど……間違いなくこっち側の人間だよ。どういった経緯でこんな所で仕事してるのかは知らないけどね」


「まぁ、確かに本名を名乗るわけがねぇか……」


 犯罪者か否かはともかく、この場所で働いている人間が普通なわけがない。それはセラも同じであり、花のような笑顔も実はつくりもので、本性は別にある――と、いわれてもハイルは信じられない。そういった見分けのつかない部分が、彼女がカオスギルドで就労していることの裏付けでもあるのだろう。


「お二人の前科を拝謁しました。これは確かに只事ではないですね……ふむふむ……ハイルさんとケイネスさん……お二人とも国家機密に触れていますね。ハイルさんはアルケイン王国、ケイネスさんはエルヴァン王国……」


「なんだ? お前も政府の人間を殺したのか?」


「いやぁ? そんなことした覚えはないね。君と同じような言い訳になるけど」


「その割には懸賞金額に随分と乖離がありますね。加えて『生け捕りのみ』と『死亡確認のみ』二人とも本当は政府の人間の暗殺以外の罪も重ねているんじゃないですか?」


 自覚がないとはいえ、まさかケイネスも政府の者を手にかけていた事実は初耳だ。しかし、レイラが言及したように政府の者を暗殺だけではハイルとケイネスの間には随分と賞金首としての扱い差がある。その違いが何なのか、ハイルは分からないしケイネスの口から語られることはないだろう。


「確認がとれました。結論から云うと、賞金首の取り下げは限定的になります」


「限定的ってのは……」


「まずハイルさんですが、賞金首が撤回されるのはアルケイン王国のみでの話となります。そのため国外に出れば依然として条件に変化はないです」


「は? ちょっと待てよ」


「それとケイネスさんですが『死亡確認のみ』だけでなく『生け捕りのみ』のどちらかといった追加の要項が加えられました。これは随分と珍しいですね。あと、あなたはハイルさんと異なり、賞金首の取り下げ要請を一時保留します」


「いや、だからちょっと待ってくれよ。それってつまりオレ達の指名手配は完全には取り消せないってことか?」


「部分的にはそうですね」


「ふざけんじゃねえよ。ここに来るまでどんだけ苦労したと思ってんだ?」


 ふつふつと苛立ちが募る中、横に立つレイラを睥睨する。彼女にとってもこの展開は予想外であり、不測の事態に動揺しているのはハイルだけではない。しかし、当事者のハイルにとってここで懸賞金を取り下げることが不可能なのは死活問題だ。


「ここに来れば指名手配は無くなる。そういわれたからオレはここに来たんだぞ!?」


「何事においても例外は存在しますよ。カオスギルドの権力は確かに絶大ですが……一国が棄却を望む場合、双方にとっての妥協点を見つけなければなりません。それでこのような結果になったわけです。納得頂けましたか?」


「出来るわけねぇだろ――ッ!! この国から出ても狙われるなら意味ねぇじゃねえか!! それにこの国から出なかったとしても指名手配が無くなるだけで追われる身であることは変わらないんだろ!?」


「それも間違いないです。とはいえハイルさんのおっしゃる通りこれはカオスギルドの機能不全、はては信頼を欠くに等しい惨状ともいえます。そこで私から提案です」


「あ!? 提案――っ!?」


「受注している依頼をいくつかこなしこのカオスギルドに貢献してください。それと引き換えにこの指名手配を発行した者と交渉……及び圧力をかけ例外の無い懸賞金の完全撤廃を目指します」


「ふざけんじゃねぇよ、信用できるか――ッ!!」


 苛立ちが怒りに変わり視界が真っ赤に染まった瞬間、気が付けばセラの胸倉を掴んでいた。それでもハイルの怒りに動じることなく、受付嬢は淡々と説明をこなす。


「完全撤廃が叶うかは未知数であり、我々も可能な限りの努力を約束します。もしよろしければ、この施設内の宿泊費用も当分は無料でいいです」


「だからそれだと話が違うじゃねえか!! オレが欲しいのは完全に指名手配が無くなることなんだよ!! この国から一歩も出なかったとしても、どこかで拉致られて別の国に連れていかれた後に引き渡すなんてこともあるかもだろ――ッ!? そうなってからじゃ――」

「あまり図に乗らないことを推奨します」


 ――刹那、凍てつくような声に意識を奪われ、直前までの剣幕が一瞬で消失する。


「ひ――っ」


 瞬間、耐え難い悪寒に全身をつつまれ、短い悲鳴が喉の奥から漏れると反射的に掴んでいたセラの胸倉から手を引き抜く。理由は彼女の目だ。


 目の奥に光が無い、氷のような冷たい目をしている。それはレイラと最初に接敵した際、一番最初に見せられた人の命を奪う事になんの抵抗もない者の目だ。表社会でこの目をする者などいない以上、それはある意味もっとも強い警告であり、あまりにも分かりやすい殺意だ。


 喉を鳴らし息を呑むとハイルは口を紡ぎなにもいわない。その従順な姿を確認したセラは瞑目し、再び目を開くとハイライトの戻った優しい瞳に再び変化する。


「ご理解いただけましたか? ここは人生相談を受ける場所でもなければ福祉施設でもない。反社会的衝動を持つ者の肥溜めです。故に所属するのであればこちらの要求は絶対の意味を持ちます」


「――っ」


「犯罪者が跋扈するこの組織において最も重要なこと……それは均衡です。それ故均衡を崩そうとする者は粛清の対象となります。しかるに、あなたのような我利を押し通さんとする傲慢な者もいます。そんな人間がどんな結末を迎えるか……知りたいですか?」


 その一言で気づく。遅すぎる違和感に――、


「……」


 背後からまったく音がしないのだ。これまで活気づいていたカオスギルド内部が病的なほどの静寂に席巻されている。こめかみを冷たい汗が流れ喉を鳴らすと、違和感に動かされ振り返る。


「――ッ」


 直後、明確な恐怖に足がすくみ短い悲鳴が口から漏れた。

 違和感の正体、それは目だ。セラが見せた人殺しの目、それがカオスギルド中から向けられており、無音の空間で突き刺すような視線がハイル達に集中している。それは上の階層からも向けられており、この場をかき乱す無法者に対しての凍てつく殺意である。

 目が大きく開き、静寂の中でこちらを見る者たちは観察しているのだ。次なる発言や行動、それが死に直結するか否かを――、


「……っ」


 ふと横を見れば、レイラはいつの間にか剣を抜いており、同じく光の無い瞳でこちらに視線を向ける者たちを観察している。しかし恐怖か武者震いか――いずれにせよ手は震えており、その微弱な動きだけがこの場で動くモノとして観測できる唯一の動作であった。


 濃密な死の気配が充満しており、いつ爆発してもおかしくない。それを肌で感じ取ったハイルはセラに向き直る。


「悪かった――ッ! オレが悪かった――ッ!! 反抗するつもりはないからもう少し話を聞かせてくれ!!」


 瞬間、背後での緊張感が突如として四散し一気に騒がしくなる。その突然の変化に何事かと振り返れば、周囲の人間は談笑を再開しており、ハイル達一向に視線を向ける者はもはや誰もいない。

 まるで止まっていた時間が動き出したようであり、あまりの劇的変化にハイルは再び恐怖を覚える。


 この場所では犯罪者が跋扈し、無法地帯でありながら各々の理性と制約により均衡が保たれている。故に適応不可能な反乱分子は粛清の対象であり例外はない。

 その事実を再認識し、再び受付嬢のセラに向き直ると、歓迎するようにはにかみ告げられる。


「――カオスギルドへ、ようこそ」

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