幕間 歯車
街明かりが遠くなるにつれ、夜空の星が解放されはじめる。
次第にそれは満点の星空となり、荒野の空に展開されるその景色は、まるで地上からのエネルギーを吸い上げたかのようであり、誰にも邪魔されることなく爛々と自由に輝いている。
その光景に見惚れてしまうのは単純に美しいからか、それとも自分もあのように自由になりたいという意思の表れなのかはわからない。
「――」
なんとなく天に向けて手を伸ばすが、当然星はつかめず、こちらの事情など気にも留めず輝き続けている。その光景に虚しさを覚え手を引くと目下にて熟睡する二人の人物へ視線を移す。
「呑気なものですね……」
――白い長髪が今では出血と返り血により真っ赤に汚され服装もボロボロの少年。独特な髪色と破けた服を着こなし体には傷一つ無い青年。
いつも通り賞金首を狩るつもりが激動の一日になっていた。現在に至るまで一日の間にこれだけ多く自身の死を覚悟した瞬間というのは久しぶりである。
「でも……意外と退屈凌ぎにはなりました」
同じことを毎日のように経験するのは御免であり、命がいくつあろうと足りやしない。しかし、普段は単独で行動しているため今日の出来事は実に新鮮であったといえる。
カオスギルドに到着すればこの関係は終わりであり、次にいつ会えるかわからない。まさに一期一会の関係で、この世界ではそう珍しくもない。しかし、それでも心残りに近いものを感じてしまうのは、彼らと歳が近く、出会う場所や世界が違えば友人になれたかもしれないという期待を捨てきれないからだ。
「私も随分と丸くなったものですね……まったく」
今後もやることは変わらない。一生暮していけるだけの大金を手に入れ、人の少ない自然の綺麗な場所で残りの余生を質素に暮らす。最も理想的であり、これまでの人生で失った時間を取り戻す。
ハイルとケイネス、彼らには彼らの人生があり、これ以上の親交は互いに過干渉にしかならない。
そもそもこの世界では仲間をつくることも命取りであり、一番の生存戦略は他者を信じないことだ。共に行動するとしても、一歩引いたところで自身と周囲の者を俯瞰で観察し、その場における人付き合いの最適解を見出す――これが鉄則だ。
「――っ!」
直後、静寂を破る鋭い音が胸元から響き、慌てて内ポケットからそれを取り出す。古い通信機であり、アラームを消す機能すらないため、こうして突然鳴りだすから心臓に悪い。
「おーつながった。もしもしー?」
「……一体なんのようですか? 野暮用なら引き受けませんよ」
「せっかちだね。君……そろそろお薬切れてる頃合いじゃない?」
「……」
内心を見透かされ表情が強張る。その変化する顔を直接目撃したわけでないにも関わらず、その光景を想像した通信相手は満足そうに鼻をならした。
「君が飲んでる錠剤……今月は特別に安くしてあげる。そのかわりにやって欲しいことがある」
「野暮用なら引き受けないと言いました。厄介事を押し付けないでください」
「それなら君に今後薬は売らない。残念ながら君に拒否権はないよ」
いまもこの通信機越しで神経を逆撫でるような笑顔が目に浮かぶ。
拒否権は無いと彼が語ったように、つくづく自分が未だに自由から程遠い場所にいると実感させられる。
「……要件はなんですか?」
「実は最近手元に面白いインプラントが回って来てね。これで改造手術を受けてくれる人間を探している」
「密入目的ですか?」
「うん?」
「違法な方法で取引されたそれを体に入れて、他国へ密入させようと?」
「あー違う違う。そんなんじゃないよ。それなら運び屋に流れ着いているだろうしね」
「ではどういう目的ですか?」
「単純に処理目的だよ。君は検体を紹介してくれるだけでいい。もし本人が手術を拒否したとしても薬を安い値段で処方することも約束しよう」
「……あなたに利益がないのでは?」
「私はインプラントを受け取る過程で報酬を貰っている。あとはこれを手放せばいいだけさ」
男の要望は単純明快であり、それ以上の要求は無い。ふと視線を外せばそこには未だ熟睡中のハイルとケイネスがおり、直前の会話は聞かれていない。目を瞑り自身にとっての最適な判断を下すべく熟考する。
レイラが常用する薬はこの先も不可欠であり、これ無しでは生きられない――故に優先順位は何よりも高い。
「少し……時間をください」
「りょーかい。賢い決断を待ってるよ」
消音と共に通信は途切れ、再び夜の荒野を静寂が席巻する。
夜空は変わらず輝いており、眼下の存在嘲笑していた。




