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プロローグ とある噂

「やめてくれ! 死にたくない――ッ!!」


 正午が過ぎ、足取りが減ってきたアルケイン王国――その繁華街にて一人の男が半狂乱になりながら体を捩じるが、両脇はがっしりと抑えられ、抵抗する者の扱いに慣れている衛兵達は動じない。完全に拘束された状態であり、抵抗虚しく男の声は動揺する人々の波をかき分けていた。


「昼間から騒々しいじゃねぇの。なにがあったんだ?」


 その光景を酒場からまじまじと見つめるのは飲んだくれの禿頭の男であり、端正な顔立ちの男が衛兵二人に連行される姿を訝し気に観察する。それに反応するのは同じく酒場での仕事に一段落ついて共に飲んでいた別の男――。


「繁華街とはいえこんな場所に中央政府の衛兵が複数人来るなんて普通じゃねえだろ。あの捕まってる奴はだれよ?」


「知らんな。服装も別に貧相じゃないが、噂によると『歴史の禍根(オーパーツ)』を発見したらしい。それを質屋で売ろうとした結果いまに至るわけだ」


「はぁぁぁぁ、そいつはとんでもねえやらかしだ。死罪は免れねぇだろ。さすがに同情するぜ」


「所持、売買が発覚した時点で死刑は確定。もし偶然ソレを発見したとしても触れることなく速やかに政府機関へ報告することが義務だ。それでも発見しただけで極刑という噂がある分、匿名で通報することも珍しくない」


「それなのにあの野郎ときたら物珍しさに質屋に持ってくとはな!! この街にある質屋ったら、何年か前に他国から賄賂を貰って左遷された奴が経営してる店だろ? 元政府の役員が働いていたらそりゃバレるに決まってんだろ」


 死刑は免れず二度とこの街に戻ってくることはない。おおよそ、運よく高価な物を拾った、珍しい貴金属を手に入れたと、その程度の認識で有頂天となった結果――まさかそれが自分を死に誘うものであったとは夢にも思うまい。

 しかし、冷静に考えれば一つ疑問がある。


「そもそもよぉ、なんで他国から賄賂を貰った売国奴の刑罰は罰金と左遷だけなんだ? 普通ならこっちの方が死罪だろうよ。それ以上に重い罰を与えてくる歴史の禍根(オーパーツ)ってのは一体なんなんだよぉ!?」


「知らぬが仏だ。歴史の禍根(オーパーツ)に関する調査や詮索は国際条約で禁止されている。オレも実物を見たことはないが、もし道で何か不審なモノを見かけた時はソレだと思えとうるさく親に言われてきただろう? どのみちオレ達のような平民が知る必要はないモノだ」


 強盗や殺人、世の中には様々な罪に対し様々な罰がある。そして罪に対する罰が公平であるために法は存在し、それを厳守することで治安は保たれているといえるだろう。

 しかし、歴史の禍根(オーパーツ)に関する出来事はこの原則と明らかに乖離している。存在そのものが極秘であるようだが、実は一般人でも見つけることが可能であり、罪の内情が不明確でありながら罰は極刑。まるで悪法のようだが、この法律は全ての国々にて適応されており、例外は存在しない。


「考えてみれば最近やけに多くねぇか?この手の事件。一週間前に交易港でも同じように歴史の禍根(オーパーツ)が発見された話を聞いたぞ?」


「その三日前にデスマウンテンでも発見された。更にその五日前にはエルヴァン王国の国境付近でだ」


「まるで何かの前兆みてぇじゃねえか。災害の前に動物が暴れ出す的な感じか?」


「……幸か不幸か、恩寵か災害か、どのみちオレ達のような平民にできることは何も無いけどな。そろそろ、休憩時間も終わるし仕事に戻るとしよう。お前は?」


「オレはまだ飲むぜ。仕入れていた果物の在庫がもう空になったんで今日の仕事は終わりだ。お前なんかいい酒出してくれよ。昼間から美酒を片手に労働者を見るのは良いつまみになる!」


「良い性格をしているな。なら、先に金を払え。それとこの話はもう終わりだ」


「なんだよ、つれねぇ奴だな――っ! お前は今日まだ働くんだろ!? 休憩中とはいえ酒場の従業員が客と飲んでいたらそれこそ問題だろ! もっと聞かせろよ、その歴史の禍根(オーパーツ)の噂をよぉ――っ!!」


 と、酔いが回り呂律に興が乗ったかのように男は声をはりあげ立ち上がる――が、時を同じくして立ち上がったもう一人の男が肩を抑えることで静止し、強制的に落ち着くよう手に力を込めた。その込められた力に僅かな痛みを感じると同時に、目前の男に黙るよう眼光で脅された。


「――っ」


 無言の脅しだが効果てきめんであり、何が琴線に触れたのか分からぬまま口をつむぐ。それを確認した男は嘆息すると同時に耳を傾けるよう促す。


「――あまり大声で歴史の禍根(オーパーツ)や中央政府の話はするな」


「確かにうるせぇのは謝るが……急にどうした? さっきまで問題なく話してたじゃねえか」


「うわさ程度であれば、それ相応の声量で喋れという話だ。実はな、これも噂だが、最近中央政府は他国との技術開発の競争で躍起になっているらしい……」


「それは昔からそうだろ。別にいまになって始まったことじゃねえが……なにか問題でもあんのか?」


「表立って戦争ができない以上、他国の領土を侵略するのも難しい。そこでこの国の余った土地に再生開発の名目で都市化をさらに進行するって話だ。この建前の意味は分かるな?」


「あー、それで貧民街を平らにするってわけか。憩いの場や人権を無視して、そこにあるモノを全て排除しビルや工場を建てる。他国との競争に勝つためとはいえ、えげつないな……」


 自分も決して恵まれた人生を送っているとはいえないが、この繁華街で商人をやれている以上貧民街の奴らよりはマシだろう。生きる希望もなく、毎日時間だけが経過し、風に乗ってやってくる大気汚染に内臓がやられてしまっている連中だ。


 放っておいて死ぬだけの命――、


「……でもよぉ、流石に退去勧告はあるだろ?」


「一方的ではあるが勧告はあるだろうな。なんの言伝もなく地面を平らにしはじめたら人道に反すると他国から叱責を受け、経済制裁を与えられる可能性もある」


「貧民どもの拒否権は無視しているけどな! まったく可哀想な連中だぜ! その点、オレは平民として生まれた運のいい人間だ。あの集落の連中と同じ身分に生まれていたらオレは――っ――ッ!?」


 ――意気揚々と語っていた最中、横を通りすぎる影に体がぶつかる。


「――。」


 咄嗟のことであり顔は見えなかったが、体格からしておそらく男だ。若い男であり白く長い髪を後ろで止めている。

 しかし、その長髪は整えられているとは言い難く、くせ毛が多々あり、よく見れば服装も貧相で穴の開いた服の上からボロきれ同然のローブを羽織っている。


 判断材料からしておそらく貧民だ。そんな人間が後ろからぶつかってきたにも関わらず会釈は無く、それどころか衝撃のせいで男のグラスが揺れ、服に酒が飛び散った。

 その光景に二人は呆然とするが、服に付着した酒の臭いが男の鼻腔を刺激し、遅れて怒りがこみあげる。


「このガキーーッ!! 前見て歩けぇぇぇ!!」


 酔いと怒りにより顔が更に赤く変色し、立ち去る後ろ姿へグラスをおもいっきり投げつける。それがくるくると回転しながら白髪の男の背に直撃し、酒が飛び散ると振り返らぬまま白髪の男は走り出す。

 その脱兎の如く逃走する姿にいらだちを隠せず舌打ちする。


「ふざけやがって……貧民街の人間がこんなところで何してやがる。次見つけたらぶっ殺してやる」


「酔い過ぎだ。お前はもう帰れ。気持ちはわかるが騒ぎは起こすな」


 鼻を鳴らし荒い息を吐く男の酔いはかなり回っており、このままでは誰が相手であろうと噛みつかんばかりの勢いだ。

 今の騒ぎも周囲の人に見られており、これ以上続ければ酒場へ訪れる客の足取りも悪くなる。その前にこの男を帰さなくてはならない。


「とにかく今日はもう帰れ。お前の先程の不幸に免じて今日は安くしてやる。これでいいだろ?」


「へっ! 相変わらず気が利く野郎だ! 次は高い酒を飲ませて貰うとするぜ――っ……?」


 粋な計らいに機嫌を直し、洒落に甘えた状態で酒の会計をしようとポケットを弄る。しかし、手を動かそうとも掴むべきものがそこにはない。


「――っ!?」


 財布が無い。先程までは間違いなくあった。利き手にはグラス、反対は常にポケットに入れており財布はその時まで間違いなくあったのだ。床に落としたわけでもない。もう一人の男も事態の深刻性を察知したのか周囲の床やテーブルを観察するが、やはりそれらしきものはない。

 と、ここで違和感に気付き手が止まる。この場に二人も男がいながら財布が消えた事実、そしてこの事態が気づかぬままに発生した要因――、


「まさか……」


 猛然と振り返り人込みを凝視する。ありえないと感じながらも先程の白髪の貧民が辿った足跡を辿る様に。

 直後――、



 凝視した視線の先――人込みの頭上にて空の財布が宙を舞った。

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