約束と、旅立ちと
「…なぁ」
「ん?」
「これ、やるよ」
「…なんだよ。急に」
「お前明日から別部隊に異動だろ?だから、お守り」
「お前、そんな柄じゃないだろ」
「悪いかよ」
「いや、少し驚いただけだ。…ん?待て。これ、お前や俺の名前じゃないな」
「気付いたか?」
「まさかこれ…指切り(※小指の爪を鈴に入れた物。無事を祈ったり重大な約束をする時に用いる)か?一体誰の…」
「…セシア」
「返す」
「ダメだ」
「その人、お前の幼馴染で婚約者だろ?なぜ俺に渡す?」
「…俺はそれがなきゃ結婚できない。それはお前も知ってるな?」
「あぁ。だから、返すって言ってるんだ」
「そりゃ返してもらうに決まってんだろ。…ただし、戦争が終わったら、な」
「死んでも故郷に帰れるか分からないんだぞ⁉︎」
「なんとしても生きて帰らなきゃいけなくなっただろ?」
「お前…」
「…生きて俺に返しに来い。…ほら、いいお守りだろ?」
「はぁ…分かったよ」
「ハハッ、約束だからな」
…四十年後───
「…お爺ちゃん!」
「…ん?あぁ、もう朝か」
「何言ってるの?もう夕方よ」
「おお。そうだったか」
「まったく、またこんな所で寝て…風邪ひくよ?」
夕焼けの丘陵。
一本の古木が寂しく揺れるその丘で、二人の人間が話をしていた。一人は杖を携えた白髪の老人。もう一人は長い髪を後ろで三つ編みしたまだ年若い女であった。
「なぁ、ナヴィア」
「ん、なに?」
「さっき、夢を見たんだ」
「ふーん…」
「昔、友と約束を交わした日の夢だった」
「どんな約束?」
「また会ってこれを返すと」
老人が首元を手で触れる。
すると、胸元から何かをを取り出す。それは、紐付きの古びた鈴であった。
「お爺ちゃん、それ何?」
「指切りだ」
「…友達って女の人?」
「いや、男だ」
「…?」
「私のじゃない。友から預けられたんだ」
「珍しいね。それって普通、お守りとして自分で持っとくんでしょ?」
「そうだ。でもアイツはこれを私に託した。生きて返しに来いと言ってな」
老人が懐かしそうに空を見上げる。
日はさっきより地平線に沈み、空は少し紫がかっていた。
「…あれ?でも、なんでまだお爺ちゃんが持ってるの?」
「…待ってるんだ。あの日、この場所で約束を交わした時からずっと…」
しばしの沈黙。
日はもうすっかり落ち、淡い月明かりが二つの影を照らしていた。
「…帰ろっか」
「…そうだな。帰るか」
その日、数百年に一度と言われる彗星が世界各国で観測された。
…翌日───
朝。
小鳥の囀りが眠る街に日の出を知らせる。
日の光は徐々に家々の屋根を照らし、住民たちは新たな一日の始まりを知る。
「…お爺ちゃん?」
ナヴィアと呼ばれた女がある部屋を覗く。
その部屋は、あまり物が置かれていない質素な部屋だったが、生活感がありながらもきちんと整理整頓されていた。
中は最近まで誰かが居た形跡はあったが、誰もいなかった。
「あれ?もう居ない…せっかく今日の朝刊買ってきたのに…」
ナヴィアは残念がりながら、手に握る新聞に視線を落とす。
新聞自体はさほど珍しいものでもないが、見出しのひとつに一際異彩を放つものがあった。
〈謎の生命体「空から落ちてきた」〉
「はぁ、はぁ…」
郊外の農業地域。
広大な田畑が広がるその場所をひとり、老人が駆ける。杖もつかず、新聞片手に駆ける老人の様子は、何かを探しているようだった。
「どこだ?どこに……っ!」
不意に、老人が足を止める。
その老人の視線の先には、郊外にしては珍しく人集りができていた。
老人は導かれるように人集りに歩みを進め、その人々が集まった原因を視界に捉えた。
「見つけた。間違いない…」
老人はそれをジッと見つめる。
そこに居たのは…倒れていたのは、全長4mはある有翼の人型であった。
「あの日見た〈天使〉と同じ…」
老人はそれから少し考えたあと、何かを確信した様子で来た道を引き返し始める。
そんな老人の背筋は、前よりもピンと伸びて見えた。
…バタン!
「っ⁉︎ごほっごほっ…な、なに⁉︎」
突然の大きな音に水を飲んでいたナヴィアが咽せる。
その音の原因は、帰宅した老人が家の扉を勢いよく開けたことによるものだった。
「お爺ちゃん?そんなに急いでどうしたの…?」
「旅に出ようと思う」
「ふーん…え?」
老人はそそくさと自身の部屋にいこうとする。
が、ナヴィアが部屋に戻ろうとする老人を引き止めた。
「ちょっと、どういうこと?」
「だから、旅に出るんだ」
「いつ?」
「今から」
「どこへ?」
「天国へ」
「て、天国⁉︎何バカなこと言ってるの?変な〈魔法〉でも使った?」
「ここ最近は使ってない。それと、私は本気だ」
「だとしても、どうやって天国へ行くつもり?…まさか、自殺⁉︎」
「そんなくだらん死に方するものか。探すんだ。この足で」
「はぁ…で、天国へ何しに行くの…?」
「友との約束を果たしに」
ナヴィアはその答えを聞き言葉を詰まらせる。
そして、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「…私も行く」
「大学は?」
「退学する」
「研究はどうする?もう少しで完成だと言ってなかったか?」
「いいよ、そんなの。研究なんていつでもできるし。それに私も〈天国〉見てみたい」
「…分かった」
老人はその回答に少し驚きながらも、同行を許可した。
「出発は明後日。今日中に荷物をまとめておけ」
それだけ言うと、老人はナヴィアを避け部屋に戻る。
それを見ていたナヴィアは、小さく息を吐いた。
「〈天国〉か…。…あったらいいな」
…二日後───
街の北門。
白いレンガの街並みの中に伸びる大通りの端のその場所に、二つの人影…もとい、老人とナヴィアがいた。老人は杖と風呂敷に包んだいくつかの荷物。
ナヴィアは大きなリュックを背負っていた。
「ナヴィア、荷物が多くないか?」
「そう?お爺ちゃんが少なすぎるんじゃないの?」
「何言っとる。旅なんぞ金とナイフが有れば十分だ」
「食料は?」
「現地調達」
「寝床は?」
「地べたで十分」
「…お爺ちゃん、そんなので大丈夫だと思ってるの?」
「物資は途中の町村で補給できる。それに旅をするなら、いくらか身軽な方が都合が良い」
「はぁ…まぁいいよ。こうなると思ってお爺ちゃんの分も持ってきたから」
「そうか」
ナヴィアが呆れたような口調で言う。
それに対して老人はぶっきらぼうに返した。
「…そういえば、通行手形はどうしたの?発行するの結構時間かかると思うんだけど」
「それは大丈夫だ。これがある」
老人は首元から紐を引っ張り出し、その先に結ばれた金属製の飾りをナヴィアに見せる。
それは剣に巻き付く大蛇を模った白銀色のプレートであった。
「あれ?通行手形ってこんなのだっけ?」
「いや、これは昔軍で発行されてた手形だ」
「…それ、まだ使えるの?」
「少なくとも三十年前までは使えていた。無効の知らせは聞いてないから、まだ使えるだろう」
老人は、ナヴィアの心配をよそに門に近づく。
そんな時、門兵が老人に声をかけた。
「あ、ロスベルさん。今日もお出かけですか?」
「いや、今から旅に出るところだ」
「旅?それは凄い試みですね…いつ頃まで旅を?」
「〈天国〉を見つけるまで」
「て、天国?」
「あぁ」
「それは、えっと…頑張ってください?」
「言われずともそのつもりだ」
老人はそれだけ返すと足早に門を潜る。
後ろについていたナヴィアは門兵に大きく一礼し、老人の横へ駆けた。
...穏やかな春の風が二人の髪を揺らす。
まるで、新たな旅の始まりを祝福するように──




