第7話 祈年の祭①
悠遊の許に戻った頃には、荷運びもほぼ終わるところだった。
「あ、蒼月様!大丈夫ですか?お顔色があまりよろしくないようですが」
「心配をかけてすまないね。私は大丈夫だ。それより悠遊、我々の仕事もあらかたうまくいった。明日は皆に休暇を与えて、祭りを見物していこうか」
「本当ですか?!わぁ、お休みがもらえるなんて、みんな喜びますよ!」
蒼月は小さく苦笑をもらした。
「悠遊が一番喜んでいるように見えるが?」
「あ!いえいえ、僕は仕事人間ですから!さぁ、もう一仕事頑張るぞ!あとは自分にまかせて、蒼月様は村長さんのお宅で休んでいてください!」
「じゃあ後は悠遊に任せるよ」
「はい!」
蒼月はゆったりとした足取りでその場を離れ、村長の許へと歩みを進めた。
「村長殿」
「これは宋様。お疲れでしょう、どうぞ拙宅へお入りください」
「明日が祭とか。我らの同行者たちも祭の雰囲気に心が浮き立っているようだ。明日は休みを与えようと思うが、祭を見せてもらってもよいだろうか」
「もちろんでございます!村の者たちも喜びます」
「せっかく来たので、村を案内してもらいたいのだが」
「それでしたら、うちの娘に案内させます。呼んでまいりますのでお待ちください」
「すまないね」
その頃チナは、不貞腐れて家にこもっていたが、祭の準備の音が聞こえて来ると、さすがにそわそわとしていることろだった。
「あ~あ、お祭りに行きたいな。でも、今さらどんな顔して出て行けばいいかわかりゃしないし」
口をとがらせて独り言ちる。巫女には自分がふさわしいと思ったが、サクの舞を見た瞬間、次元が違うことが分かった。チナは別に神楽を舞いたいわけではない。皆の注目を集め、賞賛を浴びたかっただけだ。もうそろそろ意地を張るのをやめて出て行きたい。
そんな時に父親から頼まれて蒼月の案内をすることになったのは、渡りに船であった。
「あなたが村長殿のお嬢さんかな?忙しいところ、私のためにすまないね」
話しかけた蒼月を見て、チナの顔が一気に真っ赤に染まった。
こんなに美しい男の人を見たのは初めてだった。
村には、そんな男はいない。
「い、いいえ、全然忙しくないです!ご案内します」
「ありがとう。せっかくだから、色々と教えてくれるかい?」
「はい、なんでも…!」
二人は連れだって村の中を歩き、チナは一生懸命に村のこと、祈年の祭のことなど、蒼月に聞かれれば何でも答えた。どんな話でも蒼月は興味深く聞いてくれるので、チナの緊張は、じきに解けた。
「そこの登山道を先日登ったのだが、一軒だけポツンと民家があるね?だれか住んでいるのかな?」
「ええ、友達の家だわ」
一瞬だけチナの表情によぎった複雑な感情を蒼月は見逃さなかった。
「どんな友達なんだい?」
チナは唇を少しとがらせ、拗ねたように言った。
「別に、ちょっと美人だけど、貧乏だし地味な子ですよ。その子が祈年の祭で神楽を舞うことになったの。本当は私が務めるはずだったのだけど、可哀そうな子だから、晴れ舞台を譲ったんです」
「君が神楽を舞う所も見たかったな。そんな大役を譲るなんて、君は優しいんだね」
そう言われてチナはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。
「いいんです。サクはお母さんもいないし、余所者だから村にもなじめないし、可哀そうでしょう?私はサクが持っていない物をたくさん持っているのだもの。このくらいのことは、してあげたかったんです」
「余所者って?」
「サクは生まれた時からこの村にいるけれど、サクの両親はある日どこからか移住して来たんですって。お母さんは隣国の踊り子だったそうなの。お父さんと駆け落ちでこっちに来たって話だけど、詳しくはサクも知らないみたいです」
「隣国って言うと、東雲国かな」
「どうかしら?でもまあ、この辺で隣国と言えば東雲のことです」
「そうなんだね。サクっていう子にも会ってみたいな」
「え…?別におもしろくないと思いますけど」
「あははは、神楽を舞うんだろう?それを楽しみにしてるよ」
チナの微妙に嫌そうな顔を見て、蒼月は切り上げることにした。
村長宅に戻ると、悠遊が心配そうに蒼月を待っていた。
「蒼月様!どちらへ行かれていたんですか?心配していたんですよ」
「村長殿のお嬢さんに村を案内してもらったのだよ。心配をするようなことは何もない」
「だって、さきほどあんなに顔色が悪かったじゃないですか。またどこかで苦しんでるんじゃないかって。隠したって駄目ですからね。僕知ってるんですよ。何か持病を隠していますよね!」
蒼月はわずかに目を見張ったが、無表情のまま悠遊の唇に右手の人差し指をたててそっと当てた。
「わかっているなら大声を出すな。隠している意味がなくなるだろう」
「うっ、そうですね!すみませんでした!」
「まったく…。変な所で勘がいいのだから・・」
秘密を知られたことへの不安感や不快感よりも、なぜかホッとしている自分の心には蒼月自身もまだ気付かなかった。