第6話 隠れ里との交渉③
ライは素早く踏み込んで蒼月の胴体を薙ぎ払った。この速さには付いて来れまいと高を括っていたが、あっさりと蒼月の刀に受け止められ、ライは目を見開いた。それも一瞬のことで、蒼月が反撃に出るとガツンと手に衝撃が走り、持っていた槍が吹き飛ばされていた。
「あっ…」
目の前にいたはずの蒼月を見失うと同時に、後ろから回された刀に首元をぴたっと狙われ、身動きが取れない状態に陥った。
見物していた者たちは、瞬く間の出来事に唖然として静まり返ったが、次の瞬間ワッと歓声が上がり、拍手やら口笛やらの音が入り混じる大喝采となった。
「お見事!」
ひときわ大きな声で蒼月を讃え、満面の笑みで里長が進み寄って来た。
「この勝負、お主の勝ちだ。契約は成立だ」
それを聞いて蒼月はライを放し、丁寧に里長に礼をした。
「ありがとうございます。里長殿、改めて、よろしくお願いします」
「オレの名は剛虎だ。お主を気に入った!これからは名で呼ぶがよい」
「ありがとうございます、剛虎殿」
するとライが仮面を外し、初めてその素顔を蒼月に見せた。まだ10代と思われる若々しい顔に少なからず蒼月は驚いた。
「おめぇ、強いな!おらはライっていうんだ。おらのことも名前で呼んでくれ!」
「ライ、あなたの強さも目を見張るものがありますね」
「おらが負けたのに褒めたって説得力ねぇだ」
潔く負けを認めたライに、蒼月は微笑みを浮かべた。
「さぁさぁ!宴の準備をしろ!さっさと契約を済ませて宴会だぁ!」
速やかに契約書を取り交わすと、場は一気に砕けた空気となり、歓迎の宴が用意された。
その頃になるとさすがに従者たちも警戒を解き、里の男たちと一緒になって飲めや歌えやの大宴会となった。
蒼月は剛虎の隣で静かに杯を傾けていた。
「何を考えておる。此度の東雲がそれほど強敵か?」
蒼月はゆっくり瞬きして、剛虎を見た。
「まさか。内輪もめをしているような国には遅れを取りませぬよ」
「では何を思い悩んで居る」
「剛虎殿は、下の村へは行かれたことがおありですか」
「ヤタガノか…。そりゃ、時々はあの村とも取引があるからなぁ。何かあったか?」
「いえ、ただ、村はずれに東雲国の建築様式で建てられた民家があったのです。それが気になりまして」
東雲の狙うたたらの里付近に密偵が入り込んでいるとなれば、国としては看過できない大問題である。
「ああ、あれか。たしかに東雲の人間が潜り込んでいる」
剛虎は杯をあおり、酒を飲みほした。
「やはり…」
「ただなぁ、入り込んだのはここ最近のことじゃねえ。十数年前にやって来て、しばらくあちこち嗅ぎ回っていた。ここも探っているようだったが、見張りとぶつかり合うほどは寄って来ねえ。こっちも気にして見ていたが、そのうちにヤタガノに住み着いちまった。ヤタガノの連中も警戒しとったが、狩りをして肉を獲って来るんで、重宝されるようになって、なんとなく受け入れられた」
「なるほど…。東雲と接触している様子はあるのでしょうか」
「さあな。目立った動きはねぇが」
「わかりました。貴重な情報を有難うございます」
夜更けまで盛り上がった宴の後、一夜たたらの里で過ごし、蒼月一行は朝早くに出立してヤタガノ村へと向かった。里の男たちの一団も付いて来ている。約束の通り、ヤタガノ村に用意してあった塩、香辛料を十袋と酒二重樽を引き渡すと、里の男たちが威勢よく運んで行く。それらを取り仕切っている最中に、突然、蒼月を激しい発作が襲った。
「うっ…」
「蒼月様?」
「すまないが、ここを頼む」
「はいっ」
蒼月は冷や汗をかきながらも、心配そうに見つめる悠遊に指示し、人目の届かない茂みに身を隠した。
全身が焼けるように痛み、呼吸もままならない。手首の当たりから腕を昇って、青黒いツタのような紋様が浮かび上がり、蒼月の全身を覆う。大きな木の根元に座り込み、苦しみに耐える。蒼月の身に巣食った呪いが、蒼月の魂を食い破ろうと暴れているのだ。
呪いの発作は蒼月の意思と関係なく、時と場合を選ばずに起きてしまう。発作を制御するよう幼い時から精神力を鍛え、なんとか耐えている。常人だったらば、とうに気が狂っているだろう。
四半刻ほど集中して発作を抑え込むと、ようやく前進の痛みが引き、呼吸が楽になって来た。深く息を吐くと、汗をぬぐい、平然とした顔を取り戻した。