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第49話 魔力の暴走

 

 サクを見つめる上皇の目は、うっすらと涙の幕がかかっていた。天女の悲しみに感化されたのか。それとも、サクの向こう側にマウキの懐かしい姿を思い浮かべたのか。


 しかし、涙が零れ落ちることはなかった。もう少しで曲が終わるという時に、腹に響くようなダーンという低い重い音が外から響き、全員が飛び上がるほど驚いたからだ。


 天女に入り込んでいたサクですら、身がすくんで舞を止めてしまった。


 その一瞬後には、屋敷にも衝撃が直撃し、扉という扉すべてがガタガタと音を立てて揺れ、屋根の瓦もガランガランと騒音を立てて飛ばされた。突風が吹き抜けた後、だれもが言葉を失い、ほんの一瞬だけ静けさが降りた。


 そのすぐ後には蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。慌てて庭へ続く縁台の引き戸を開いて見れば、石塀が倒れ辺り一帯土煙が立っている。先ほどまでは晴れていた空は、黒い雨雲が渦巻き、不穏な空気を醸し出す。


 使用人たちが指差し、何事が騒いでいる西の森を見れば、木々が爆風に倒れ、その中心から、すさまじいエネルギーを放つ球体のような光る塊が宙に浮きあがっている。


「なんだ、あれは!」

「こっちに来ていないか?」

「ひ、逃げろ」


 腰を抜かす者、我先にと逃げ出す者、上皇を守ろうと駆け寄る者と様々が入り乱れる。穏やかな表情をかなぐり捨て、光る球体を睨むように見ていた上皇が唸る。


「あれは、魔力の塊だ…!」


 サクは間近で上皇の呟きを聞き、首をかしげる。


「魔力?」


 遥か昔、魔力を操り様々な奇跡を起こすことのできる魔術師が存在したことは、サクでも知っている。しかしそれは神話の中に語られるような、遠い遠い昔のことで、実在した証もない夢物語だ。


「今は魔力を持つ人間はほとんどいない。しかし時々、先祖返りのように強い魔力を持つ者が現れることがあるのだ」


 その時、光る球体もとい魔力の塊から、何か空気を揺らす波の様なものが出力され、すごい速度で辺り一面に波及した。


 あっという間にサクのもとにも、空気の波がやってきた。波がサクに触れた瞬間、あっ、とサクは小さく呟いた。


(蒼月様…!)


 魔力の波は、サクに蒼月を感じさせた。蒼月の魔力がサクを見つけ、辺り一面に散っていた力がサクの周りに集結し始める。サクの周囲をぐるぐるとすごい速さで魔力が巡り、風が巻き起こる。静電気を伴ってパチパチと小さな光の瞬きが起きているが、中心にいるサクは痛みも何も感じない。ただひたすら、蒼月の苦しみ、悲しみがサクに伝わって来る。


(蒼月様が苦しんでいる…!)


 サクは蒼月を抱きしめたいと、渦の中で手を伸ばした。サクの体が徐々に宙に浮き、ぐぐぐと魔力の塊に向かって引き寄せられていく。


 周囲の者たちは驚愕して浮遊するサクを見上げている。サクは不思議と恐怖も感じず、蒼月の心を受け止めていた。サクは蒼月の魔力を介して、幻想のような蒼月の心の世界に足を踏み入れたのだった。


(蒼月様の中に、誰かいる?)


 サクの脳裏に蒼月の中の男性の人生が、絵巻物のように映し出される。


 生まれながら高貴な身分を持つ少年が、一人の美しい巫女に恋をする。惹かれ合い、交流を重ねる少年と巫女。甘く切ない恋心が蒼月を通してサクにも流れて来る。王太子となった少年はついに巫女に愛を告げ受け入れられる。想いが通った二人を、しかし王は許さなかった。


 王太子を部屋に監禁し、その間に巫女を遠くの地に送ろうとしたが、思いもよらぬことが起きる。王の家臣が独断で巫女を殺害してしまったのだ。


 それを知った王太子は怒りと絶望に染まる。身の内から湧き上がる魔力が暴走、辺り一面を吹き飛ばしてもまだ止まない。魔力の渦が巻きあがり、空には暗雲が立ち込め激しい雷雨となる。


 来る日も、来る日も、王太子の怒りは荒れ狂い、雷雨は止む気配もない。川は氾濫し、山は土砂崩れを起こす。田畑の作物は根腐れを起こし、大規模な飢饉を引き起こした。



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