第35話 上演中止
サクの意識が戻ったのは、三日後のことだった。蒼月は仕事を中断して駆けつけた。サクは布団の上に体を起こして、薄い重湯を口にしているところだった。
「あ、蒼月様」
「咲弥、もう起き上がっても大丈夫なのか、どこも痛まないか」
「頭と肩が痛みますけど、起き上がれます」
あの高さから落ちてこの程度のケガだったのなら、かなり運のいい方と言えるだろう。蒼月は、心底安心して震えるような吐息を吐いた。
「本当に良かった。心配したのだよ」
「すみません…。ケガをした日にも来てくださったそうで、ありがとうございました」
「当然だ。しばらく舞台は休むのだろう?」
「それが…。この事故で神楽座をやめることになった人が何人もいて、私もこんなだし、凛音姐さんも責任を感じてしまっているしで、幕が上げられないって…。少人数でもできる演目を座長が考えてはいるんですけど、稽古もしなくちゃだし3か月は上演できないみたいで」
サクは涙目になって俯いている。大事故となってしまった舞台は上演中止、激怒した座長の調べで床板に細工をした座員たちはみなクビとなっていた。
「そんなに自分を責める必要はない。辞めた者たちが仕組んだ事故だったのだろう?咲弥は被害者ではないか。何はともあれ、しっかり食事をして元気を戻さないと」
蒼月の声は優しく響き、サクをなぐさめた。サクは涙を流しながら、重湯をすべて飲んだ。食事を終えて、涙をぬぐうと、サクは照れ笑いの顔で蒼月に言った。
「蒼月様、私、ここのところずっと行き詰っていたんです。どんなお役をやってもお役になり切れていないって言われて、でも自分では一生懸命やっているつもりで、何が悪いかわからなくて…。全然うまくいかないのに、お客さんが応援してくれて期待もしてくれて、でも神楽座の中ではみんなに嫌われちゃって、もう自分ではどうしていいかわからなくなってしまったんです。だから、幕が上がらなくなって、自分のせいで申し訳ないって気持ちもあるけれど、ちょっとホッとしている自分もいるんです」
「そうか…」
「少しケガが治ってきたら、私、一度村に帰ろうと思っています」
蒼月はわずかに目を見開いた。
「ヤタガノに?」
「はい。こっちに来てから一度もお父さんに連絡してなかったし、ちょうど祈年の祭の季節だし…」
サクが村を出てからちょうど一年が過ぎようとしている。自分を見つめ直す良い機会になると、サクは考えていた。
「それなら雷門を連れて行きなさい」
「でも、雷門はここに残りたいんじゃないかな。いま凛音姐さん、不安定なんで」
「舞姫が不安定?」
「それが…私が落下したのは、だれかが故意に足元の板を落ちるように細工したせいだったみたいで、嫌がらせがあったことを知っていたのに、止めなかった自分が悪いから引退するって言いだして。私は全然凛音姐さんに辞めて欲しいなんて思っていなくって。だから雷門が凛音姐さんについていてくれたらいいなって」
「そうか」
蒼月はわずかな時間も悩まず、こくりと一つ頷いて言った。
「わかった。それなら私が同行しよう」
「え?でも、蒼月様はお仕事が忙しいんじゃ…」
「心配してくれるのか?」
「え?ええ…」
「大丈夫だ。きみを一人で行かせるわけにはいかない」
真剣な顔でそう言われ、サクは少しだけ頬を染めた。
「しかし、まずはケガを治すことが先決だ。十日後、体調が回復していたら出発しよう」
「はい!」
十日後。サクのケガは無事、回復してきた。それを確認し、ヤタガノ村へ出発することとなった。王都に残るかと思われたライも一緒に行くらしい。しかも、歌姫凛音までも一行に含まれている。なぜそのようなことになったのか首を捻るばかりだが、さらにサクを戸惑わせるたのは―。
「蒼月様…?あの、この兵隊のみなさんは、いったい?」
サクの目の前には、百人ほどの兵隊がずらりと列を作っていた。




