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第19話 神楽座④

 


 彩喜は別の楽屋の暖簾をそっと手で除けて入って行った。その暖簾は藤紫の生地に流水の模様が入り、銀糸の刺繍で「彩喜」と書かれている。サクの着物よりもよっぽど高価な良い生地だ。

 サクも彩喜の真似をしてそっと暖簾を除けた。


「ここに座って」


 彩喜はすでに床に座り、その正面を手に持った扇子で指した。サクは指示通り、正面の床に、彩喜と同じように膝を揃えて座った。


「まずはお辞儀の仕方を教えるわ。あなたは今、この神楽座の最も下の存在。すべての人はあなたの先輩。先輩に対しては謙虚に、礼を尽くさなくてはいけないの。先輩のお言葉を聞くときは、かならずこのように座って、手を床につき頭を下げて」


 彩喜は美しく手をつき、頭を下げた。


「この姿勢のまま、先輩のお顔を見て、しっかりお言葉聞くの。やってみて」


 言われた通り、サクも手を付いてお辞儀をしてみた。


「ダメ。背中が曲がっているわ。やり直し」

「は、はい!」


 今度は背中を伸ばしてやり直す。


「ダメ。指先が揃っていないわ。指もきれいに伸ばして。やり直し」

「はい!」


 何度もやり直しをさせられた後、ようやくお辞儀を習得したところで、あいさつ回りへと出向くことになった。

 最初は座長の隣の楽屋、大きな個室である。


「ここは舞姫の凛音姐さんの部屋よ。さっきのお辞儀を忘れないで」


 小さな声で最後の注意を受けた。サクが頷くと、彩喜は楽屋の外から声を掛けた。


「凛音姐さん、失礼します。新入りを連れて参りました」

「どうぞ、入って」


 部屋の中から帰って来た声は、先ほどの公演で聞いた天女の声で間違いない。サクは急に頭に血が上り、ガクガクと動きが怪しくなった。


「し、失礼します」


 緊張で声が上ずったのは仕方ないとして、見るからにガチガチの状態で入って来たサクに、凛音はクスリと笑みをこぼした。サクは先ほどの練習を思い出しながら、膝をつき丁寧にお辞儀をした。


「この度こちらでお世話になることになりました、新入りのサクと申します。ご指導のほど、お願いいたします!」


 そう言って凛音の顔を見つめる。舞台化粧を落として素顔となった凛音も並々ならぬ美しさだった。彩喜と同じくらい、いやそれ以上に小さな顔に、柔和な表情、大きな瞳はウルウルと光って見える。薄桃色の波打つ豊かな髪も艶やかだ。凛音はやさしくほほ笑み頷いた。


「よろしく。彩喜の言うことをよく聞いて、頑張りなさいな」


 サクは緊張も忘れ、うっとりと凛音を見つめ、美しい声に酔った。すると、彩喜が扇子をパシンと自分の掌に打ち付け音をたてた。サクはハッとして、慌ててもう入り度深くお辞儀をして答えた。


「は、はい!頑張ります!よろしくお願いいたします」


 凛音の楽屋を出ると、サクの足がガクガクと震え、立っていられずしゃがみこんでしまった。


「ちょっと、大丈夫?」

「すみません…緊張、してしまって」

「今日は大目に見るけど、そんなことでは困るわよ。凛音姐さんに憧れて入ってくる子は多いけど、いつまでもお客様気分でいられたら仕事になんないのよ。憧れるのは当然だし、凛音姐さんのことを好きでもいいけど、それはそれ、きちんとけじめをつけてちょうだい」

「は、はい。すみません」


 彩喜の言う通りだと思った。自分はこれから凛音と同じ舞台に立ち、お客様にひと時の夢を見せる仕事をするのだ。

 サクは気合を入れようと、両手で自分の頬をパンと挟むように叩いた。かなりいい音がたったので、彩喜の顔が少しだけ引きつった。


「顔が腫れるわよ」

「平気です。気合が入りました。楽屋回りの続きをお願いします!」


 こうしてサクの神楽座での生活が始まった。



ご覧いただき有難うございます。

いよいよサクが神楽座の一員になりました!

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