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第18話 神楽座③

 


「ふーん…あんた、いいもん持ってるわね。言っておくけど、舞姫になれるのはこの神楽座でたった一人。生半可では絶対に無理よ。血のにじむような努力をした者だけが勝ちうる最高の名誉なの。どれだけ多くの人間が挫折し去って行ったことか。あんたの夢が叶う確率なんて、ほんのこれっぽっちしかないわよ。それでもやりたい?」


「はい、やりたいです。舞姫にはなりたいというのが、とんでもなく身の程知らずでおこがましいってことはわかります。でも私、わかるんです。私は舞わずにはいられない。あの舞台で、神楽を舞いたい!」


 紫苑は腕を組んで矯めつ眇めつサクを吟味した。見られている間、サクはドキドキと鼓動が速くなり、ぎゅっと手を握り締めていた。


 自分は田舎者だ。王都に出てきて、よくわかった。この広い王都で、自分は何者でもなく、何も持たず、なんてちっぽけな存在だろうか。紫苑に見られても、サクには見せる物など、何もないのだ。何もないただのサクを、ありのままに見せるしかない。


 サクはしばしの沈黙に耐え、紫苑に見られるがままにした。すると、紫苑は再び煙管を手に取り、新しい葉を詰めて火を付けた。


「まあいいでしょう。あんたがどれだけやれるか、見させてもらうわ」


 そう言われ、はぁ~と緊張から解ける。


「で、そっちのあんたも入団希望かい?」


 紫苑は煙管で悠遊を指す。悠遊はびしっと直立不動の姿勢になった。


「自分は案内して来ただけの役人です」


「あっそう。かわいい顔をしているから、あんたも役者希望かと思ったけれど。気が変わったらいつでも引き受けるわよ。じゃあ、この手紙を書いた清切様の部下なの?清切様はまだ礼部にいるのでしょう?」


「清切様は礼部にいらっしゃいますが、自分は清切様とはまったく関係のない兵部の下っ端であります」


「兵部の下っ端ごときが、どうして清切様の手紙を持っているの」


「自分の上司が清切様のご友人であられまして、清切様はご友人のためにこの手紙を用意してくださったと聞いております」


「そうだったの。さすが清切様ね。かっこよくて仕事ができるだけじゃない、友人も大切にするお優しさ。ますます好きになってしまったわ。お返事を書くからちょっと待ってちょうだい」


 色っぽくそうつぶやく紫苑に、サク、ライ、悠遊はドギマギして俯いたり目をそらしたりする。この色っぽい紫苑に好意を持たれる男。サクは見たことのない清切を想像した。しかし色男の見本を持たないサクは、蒼月の姿しか思い出せなかった。


「さ、この手紙を清切様に渡してちょうだい。あんたたち、名前は?」

「私はサクです」

「おらはライ」

「ライ、お前はお囃子をやってもらうわ。笛を練習しなさい」

「笛?!オラ、指笛なら吹ける」

「指笛ができるなら横笛も簡単でしょう。サク、お前は先輩の神楽師に師事して教えを請いなさい。だれか、彩喜を呼んでちょうだい」


 紫苑が声を張って楽屋の外に声を掛けると、サッと用を足しに行った者がいた。付き人の一人である。


「神楽師になるには、まずは先輩の神楽師の付き人として共に過ごし、すべてを観察して技を盗むの。彩喜は年はお前と大して変わらないが、幼いころから神楽を始めた有望株よ。詳しいことは彩喜に聞いてちょうだい」


 間もなく、彩喜がやって来た。暖簾をくぐってやって来た姿からして絵になる、品の良い若い女性だ。見たことがないほど小さな顔、スッと長い首、白い手足。あまりにも顔が整っているので、サクの目は釘付けになった。周りがぼやけて見えるほど、彩喜のことしか見えない。


「お呼びですか」


 彩喜はちらっとサクを見たが、すぐに目をそらし紫苑に話しかける。その声はやや高めで、澄んだかわいらしい鈴のような音だった。


「新入りの面倒を見てちょうだい」


 そう言って紫苑が煙管でサクを指すと、今度はじろりとしっかり目を合わせて来た。サクは緊張して目がチカチカする。


「さ、サクです!お世話になります!」


 大きな声で挨拶をし、ぺこりとお辞儀をする。彩喜はにこりともせずサクに付いてくるよう指示し、さっさと紫苑の楽屋を出て行く。サクは慌てて紫苑にお辞儀をして、彩喜の後を追った。




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