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第17話 神楽座②



 天女と思われる一層美しい衣装の女性が中央へ進み出ると、一転悲し気な曲調に変わり、いつの間にか天女以外の者たちは袖に捌けていた。この天女が舞姫に違いなかった。

 圧巻の舞―。

 スッと動かされる手の動き一つに心が揺さぶられ、ひらりと翻る裾に目を奪われる。舞姫の視線が動くと、天女の心情が手に取るようにわかる。場面によって、舞姫は歌も歌った。高く澄んだ美しい声には深みがあり、あまりのすばらしさに観客の中には泣き出す者もいた。


 サクにはもう、舞台しか見えない。物語の世界に引き込まれ、舞姫と共に天女となってそこに生きているような心地さえした。


 気が付いたときには舞台は幕が掛かり、サクの頬は涙が滝のように流れたままにぬれていた。


「あらら、姫ちゃん、涙をお拭き。姫ちゃん?おーい姫ちゃん」


 ようやく焦点があった目で悠遊を見た。差し出された手拭いを受け取ると、顔をごしごしと拭き取って、目をキラキラとさせた。


「すごかった!すごかったです!私、ぜったいに神楽座に入りたいです」


 ニコニコとうなづく悠遊の隣で、ライが呆けているのに気が付く。


「ライ?」

「…おら、見つけちまっただ。おらの女神様…」


 ライの頬がぽぉっと赤く染まる。ぎょっとしてサクと悠遊は顔を見合わせる。


「まさか…舞姫に恋をしちゃった…?」

「おい、サク!なんとしてもこの神楽座に入るべ!しっかり面談しろや!」

「はい!」


 来た時とは打って変わりやる気に満ちたライが、案内してくれそうな裏方をさっとつかまえてきたので、三人は座長に会うべく楽屋へと進んだ。楽屋は大勢の役者でにぎやかだった。先ほどまで舞台に出ていた役者たちが化粧を落としたり、今日の公演を振り返って意見を交わしたり。その様子も興味深く、サクはじっくり観察したかったが、ライに急かされてしまった。


 この大部屋の楽屋には、座長も、舞姫もいない。もっと奥の個室が、重要人物の楽屋らしい。一番奥の小部屋の入り口には、濃い紫色の品のいい暖簾がかかっており、そこには「紫苑」という文字が大きく描かれている。それが座長のお名前なのだろう。案内してくれた裏方の男が、暖簾越しに座長に呼びかけた。


「座長、お客様です」


 すると、部屋の中から中低音の女性の声が聞こえた。


「お通しして」

「へい。…では、こちらでどうぞ」


 一同を代表して、まずは悠遊が先頭で部屋に入った。その後に、サク、ライが続く。

 紫苑は部屋の奥に悠然と座り、煙管をふかしていた。舞台で着ていた衣装は脱ぎ、色っぽい襦袢姿だったので、悠遊は挙動不審となって挨拶もままならない様子だった。若くはないが、色気たっぷり、脂の乗り切ったいい女だ。

 差し出した清切の紹介状を受け取りながら、紫苑はぷかっと煙をくゆらせた。


「ふ~ん、ここに入りたいのかい?」


 サクより先に、ライが勢い込んで答えた。


「絶対に入りたいだ!おらの特技は、槍と弓だ。それから斥候も任せてくれ!おら、何でもやるだ。客になりそうなやつを捕まえて連れてくればいいか?それとも野次った客をひねればいいか?舞姫の身辺を嗅ぎまわる奴を身ぐるみ剥いでやろうか?」


 それを聞いて、一瞬、紫苑は唖然とその美しい唇を半開きにしたが、すぐににんまりと笑顔を作った。


「あははは、えらいやる気だね。舞姫に惚れたかい?なんでもやると言うなら、いいだろう、入れてやる」

「ありがとうございます!おら、がんばるだ!」


 まさか、ライに先を越されるとは思わなかったサクは、慌てて自分も、と声を上げる。


「私も絶対に入りたいです!私の特技は、えーと、山菜を取ることです。山菜料理もできます。私だって、何でもやります!あ、でも、舞姫になりたいです!」


 紫苑はくすくすと笑った。


「舞姫になる?そんな骨のある奴は久しぶりだね。舞姫になるには、今の舞姫より実力、人気共に上ってことを証明しなくてはならない。さっきの公演を見たのでしょう?うちの舞姫を見て、太刀打ちできると思ったの?」


「いいえ!全然太刀打ちできると思いませんでした!でも、あんな風に舞ってみたいと思いました。舞台の上で、天女として生き、もがき苦しみ、涙を流す。本物の天女でした。私、心が震えました!私もあんな風に、舞台で生きてみたい」


 それを聞いて、紫苑は持っていた煙管をカタンと文机に置いた。




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