記録より大事なもの
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
電光掲示板に表示されていた0-0のスコア。後半アディショナルタイムに入り、片方の0が1へと変化される。
1-0
立見が桜王の守りをこじ開けた証、それがスコアに刻み込まれていた。
『決まった豪山のヘディングー!後半のこの土壇場で立見高校、神明寺の長いパスから後半出場の歳児が繋ぎ最後は立見の副キャプテン豪山が決めてくれた!桜王学園はこれが今大会初失点だ!』
『良い繋ぎをしましたね!歳児君が寄せられながら冷静によくあのチップキック蹴れましたし、いやはや…彼の精神力、メンタルには脱帽しますよ。そして豪山君、あのボールに完璧なヘディングでした。良いコースに飛んで流石の高山君もあれは取れませんでしたね』
この時間帯のゴールに立見の応援席は大盛り上がり。得点を決めた豪山への声が多く響き渡り、豪山は応援席へと向かって走り雄叫びを上げる。そこに成海が後ろから抱きついたり、他の立見イレブンも近づき皆で喜んだ。
決勝戦の後半。試合終了間際のゴールによって、会場全体のボルテージは最高潮を迎える。
「(くそぉ!歳児に意識が行き過ぎて豪山への意識が薄れちまった、俺のミスだ!)」
この失点の責任は自分にあると榊は己を責める。優也が10試合連続ゴールを狙いに自ら来ると思ったが、読みが外れてしまったせいだ。
「落ち込んでる場合か!すぐキックオフだ!!」
「!」
榊へと大声を出す蛍坂。まだ試合を捨ててはおらず、アディショナルタイムが残っている。
此処でDFも攻撃参加して捨て身の攻撃に出るしか、桜王は手段が残されていない。そんな時にキャプテンの榊が落ち込んでいたら困ると、蛍坂は叱咤激励し、榊を立ち直らせようとしていた。
他の桜王イレブンも急ごうと位置につき、キックオフの準備を整える。
「これで守りきって終わらせるよー!此処無失点で終わったらヒーローは僕達DFだからねー!」
この試合で10試合連続無失点がかかってる。達成すれば得点した選手より自分達が目立ちヒーローだと、弥一は味方を鼓舞し盛り上げていく。
攻撃は10回やって1回でも攻撃に成功し、ゴールを奪えばヒーロー。一方守備は10回に1回の失敗も出来ない。攻撃はやり直しがきくが、守備はそうはいかない。
無失点記録はその繰り返し、積み重ねの証だ。
そのご褒美として、たまには自分達がヒーローとなり、スポットライトを浴びても罰は当たらないだろう。
「(ヒーローなんてガラじゃねぇけど、たまにはなってみっか!)」
弥一の言葉に間宮は乗ると、軽く右拳を自らの左掌に当てて気合を入れ直した。
「(俺みたいなのでも……輝けるんだ!)」
疲労はしているが、川田も一度はそういうのになってみたいと思い、キッと前を向く。
「残り時間集中!締めてけよー!」
立見ゴールを守る大門が声を張り上げて、最後まで油断するなと伝え、手を叩く。
試合が再開され、東京王者の座を渡しはしないと、桜王が最後の猛攻に出る。時間もないのでシンプルなパワープレーで来ると、川田が体を張って立ち塞がり、相手のミドルをブロック。
セカンドボールを上がって来た榊が拾うと、ロングボールを放る。立見エリアに侵入したFWがこれに合わせに行くが、間宮の頭がボールを弾き返し、エリアからボールを遠ざけた。
クリアされたボールに冬夜が自慢の快足を飛ばし、詰める。
「(決めてやる!負けるかよ!!)」
優也にアシストを決められ、先制を許して、このままでは終われない。
自らのゴールで取り返して試合を降りだしに戻す。
元FWだからシュートは当然自信がある。この位置から撃って決め返してやる。
「(来る!)」
これに弥一が察知して動き出す。此処でも彼は冬夜の心を読んでいた。
想いを、渾身の力を込めた右足を冬夜は振り抜き、ボールに当てた。
次の瞬間、弥一は驚いていて走る足を止めていた。
シュートを撃った直後の冬夜もまた驚いていた。
「「……優也」」
偶然にも互いの声が重なる。
冬夜の右足のシュート。これを優也が至近距離で、自らの身体に当ててシュートをブロックしていた。
躊躇いもせず、冬夜の至近距離のシュートを受けに来た優也。相当な痛みが走るだろうが、それも彼は覚悟していたのかもしれない。
そんなものより大事な事があると。
「(攻めも守りもやって……アニメや漫画の主人公みたいに美味しい所持って行き過ぎだよ)」
弥一がそう思ったのと同時に、審判の笛は吹かれる。ボールは弾かれて前方へと向かい、左タッチラインを割っていた。
アディショナルタイムは既に過ぎている。此処で試合終了の合図は告げられた。
この瞬間、東京に新たな王者が誕生。
創部3年目にしての快挙だ。
『試合終了!1-0、立見が桜王を下して夏の東京王者に輝きました!!そして支部予選から全10試合連続無失点の快挙!』
「やったやったー!うちが東京王者になるなんて凄い!夢みたい!」
「あ~~、揺れます~揺れます~」
優勝が決まり幸が喜び、ハイテンションとなり彩夏の体を揺らしまくっていた。
「すっげぇ……こんな事……あるんだ」
歴史的な瞬間に立ち会えた摩央。ただ凄いと思うばかりで、他にどう表現すればいいか分からず、ただ立ち尽くすのみだ。
「(東京王者……勝也、やったよ)」
置かれた6番の立見ユニフォームの傍に居る京子。心の中で愛する者へ勝利の報告をする。
「やった!やったぞ!俺ら東京王者だ!」
「お、おお!夢……じゃないよなこれ!?」
「当たり前だバカ野郎!」
東京王者に輝いた事が夢のようで、現実じゃないのかと戸惑う成海に豪山は彼の背中を叩く。その後互いに笑い合い喜ぶ。
弥一は電光掲示板のスコアを眺めていた。
1-0で立見の完封勝利。派手なスコアではないが弥一はこの1-0スコアを気に入っており、ウノゼロの勝ち方が理想だと思っている。
どんなに攻められようが、得点されなければ負ける事など無い。そこにたったの1点でも決めれば勝てる。今日の桜王との試合がまさにそれだ。
「(まずは、予選全試合無失点達成!)やったー!」
改めて弥一は立見応援席の方へ向かい、皆と共に優勝を喜び分かち合った。
負けた桜王は座り込み、俯いている物が多数であり、冬夜はある人物を見ていた。
この試合で何度も攻守で争い、最後に自分のシュートを止めた優也。
走りでは負けていなかった。優也の10試合連続ゴールはならなかった。だが勝ったのは立見の方だ。
「(自分の記録より……勝利を取りに行った結果か)」
優也が記録に拘って自ら狙いに行っていたら、また違った結果になっていたかもしれない。記録に拘ったりFWとしての気持ちが先行し、ゴールを欲していると冬夜は思っていて、パスを考えず優也を止めに行っていた。
だが優也は自らの記録を捨ててチームの勝利を選び走り、そして体を張って献身的に守った。
「(……クソ!次は負けねぇ!)」
試合で負けた事に変わり無い。冬夜は次に立見と戦う時は必ず優也に、立見に勝つと心に決めて桜王のベンチへ引き上げて行った。
桜王は既にインターハイ全国出場を立見と共に決めている。なので選手権の前に立見へのリベンジの機会もあるので、監督達は選手へと全国に向けての言葉をかけて改めて気を引き締めさせた。
優勝校へのインタビューが始まり、顧問の幸は緊張しながらも選手達の頑張りを褒める言葉を伝えていく。キャプテンの成海、得点を決めた豪山とそれぞれインタビューが続くと、優也へと出番が来た。
「歳児君、今回は10試合連続ゴールとはなりませんでしたが攻守で見事な走り、そして決勝アシストを決めてくれました!その中で記録を更新してやろうという思いはありましたか?」
「いえ、全くありません。自分の記録とかそういうのは拘ってませんし、大事なのはチームの勝利ですから。結果として1-0で完封して勝てたので良かったと思ってます」
自分の個人記録には関心が無い優也。それよりもチームの勝利を優先しており、今回の試合がそう証明していた。今回勝てたのは優也の働きが大きかった。それは誰が見ても伝わるだろう。
そして表彰式が行われ、優勝した立見が表彰される。
東京予選の得点王に優也が輝き、大会MVPには弥一が選ばれて、その表彰も行われていた。
関係者の間ではMVPに関しては、弥一か優也で相当悩んでいたらしい。此処まで9試合連続ゴールを決めて、決勝でもよく動いた優也が良いという者が居れば、小さな身体で数々のスーパープレーを見せて、立見の無失点優勝に大きく貢献した弥一だろうという者も居る。
結果として弥一という声が大きく、彼が選ばれた訳だ。
その表彰式を前日同様に、高校サッカー界の王者八重葉が見ており、その中に照皇の姿もある。
大会MVPに選ばれ、観客へと手を振り笑顔で応える弥一。
彼と立見は全国への切符を勝ち取っただけでなく、東京王者という称号まで勝ち取って全国へ乗り込んで来る。
「マコ、何か楽しそうじゃねぇ?ライバルが勝ち上がって来てくれたせいか」
「気のせいだ」
隣の帽子を被った付き合いの長い友に茶化されるが、冷静に照皇は返事を返す。
春の練習試合の続き、それがインターハイで行える可能性が出て来る。
神明寺弥一との再戦を望む照皇の気持ちは誰よりも強かった。
立見1-0桜王
豪山1
インターハイ東京予選 優勝立見高等学校
大会得点王 歳児優也
大会最優秀選手 神明寺弥一
支部予選1回戦 VS遊歩 9-0
支部予選2回戦 VS前川 1-0
支部予選決勝 VS川木西 4-0
1次1回戦 VS壁代 2-0
1次決勝 VS岩城 3-0
2次1回戦 VS空川 3-0
2次2回戦 VS水川 2-0
2次準々決勝 VS音村 5-0
2次準決勝 VS真島 2-0
2次決勝 VS桜王 1-0
得点32 失点0
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