馬鹿になる事
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『前半、両者フィニッシュまで行く事が出来ないまま前半の残り時間は僅かとアディショナルタイムを残すのみ!』
『これは双方のDF陣を褒めるべきでしょう。彼らが上手く相手の攻撃陣を抑えて、エリア内でのシュートを一本も許していませんからね』
日本、ウズベキスタン共に弥一やシャッドといったDF達が、先制点を狙う攻撃陣を寄せつけない。
時間ばかりが過ぎ去ると0ー0のまま、前半終了の時間が迫ってきている。
「あれ結構きっついな」
「やっぱ室がいない影響が想像以上に響いてんだよこれ。向こうの高さで良い勝負出来てんの、最終ラインぐらいだしよ」
ベンチから戦況を見守る光明が呟けば、隣に座る月城が苦戦してるのは室の負傷退場が、思ったよりも痛手になってるせいだと言葉にした。
「(それだけ、じゃないと思うけど)」
光明の視線の先には、この試合まだ実力を発揮出来ていない照皇の走る姿。
彼の長く暗いトンネルが続いている事が、光明には何となく分かり、彼のスランプも苦戦してる原因の一つと考える。
「(こういう時こそ落ち着き、冷静な思考が必要だ……!焦ったら周囲が見えなくなってしまう!)」
照皇は自らに降りかかる逆境に対して、落ち着けと自分に言い聞かせれば冷静さを保ち続けていた。
焦っている時こそ、歯車が噛み合わなくて上手く行かない今だからこそ、取り乱さず冷静でいなければならないと。
「てぇぇっ!」
「っ!」
体格で相手に劣るものの、剥き出しの闘志と共に右足を必死に伸ばす勝也。
彼の気迫が実ったか、キープするカラーゼのボールが弾かれる。
セカンドとなった球が日本の前線に転がっていくと、反射神経に優れた狼騎は即座にダッシュを開始。
相手の守備陣より早く追いつき、ショートカウンターに繋げるチャンスだ。
『神山の弾いた球を酒井が取った!日本、前半の終了間際にこれはチャンスか!?』
相手の寄せは速く、狼騎に対して2人がかりで向かっていく。
「(ちっ!鬱陶しいんだよ!!)」
狼騎は目の前にDFが立ち塞がるのも構わず、右足でシュートを繰り出す。
「ぐぅっ!?」
強引に狙った勢いあるシュートがポポフの胸に当たり、狼騎のボールをブロックして弾く。
球は大きく跳ね上がって上空を舞うと、照皇が落下地点へ素早く詰めていた。
「フンッ!」
「っ!?」
ボールに向かって跳躍した照皇だが、同時に跳んだシャッドの方が頭1つ高く、ヘディングで弾き返す。
『これもシャッドが立ち塞がる!っと、しかし弾いた球を天宮が取った!』
「(スペース見つけた!!)」
一瞬見えたゴール右にポッカリと空いた空間、そこを狙って春樹は右足で送った。
そこに着地した後の照皇がスペースを目指して疾走。
だが、シャッドも同じように反応すると照皇に並んで走る。
彼のマークが離れる事は無い。
「くっ!?」
照皇がスルーパスに追いつくよりもシャッドの足が速く、右足でボールを蹴り返してクリア。
『照皇、抜け出したかと思われたが相手DFのシャッド、パスを通しません!』
『このシャッドを中心にウズベキスタンの守備が機能して、日本の攻撃を防いでいますからね。今大会無失点と流石の守りですよ』
決定的なチャンスを両チームが迎えられないまま、時間が経過すると主審は笛を鳴らした。
ピィ────
『此処で前半戦が終了!日本、室の負傷というアクシデントもあって厚い守備を崩せないまま後半戦に備えます』
『ううん、やはり室君の高さを失ったのが痛いかもしれませんね。酒井君へマークが集中してたり、照皇君が決めてほしいですが本調子ではないですから……』
「11番は正直余裕だな。警戒するのは18番だけで良い、ヤツのスタートダッシュや反応の方が厄介だ」
チームメイトの守備陣と後半に向けて打ち合わせをする中、シャッドは照皇を警戒する必要が無く、狼騎を徹底マークで抑え込んだ方が良いと話していた。
不調のストライカーなど自分達の敵ではないと──。
「あいつらデュエルとか結構強いぞ」
ロッカールームへ戻って来た冬夜が到着して早々、椅子に腰掛けて水分補給をすると、想像以上に相手選手達の手強さを口にする。
「中央が堅いなら俺達サイドで掻き回して揺さぶるべきだろうけど──簡単じゃないな」
相手が強い事は勿論だが本戦出場の懸かった大一番、独特のプレッシャーを感じてるのか、辰羅川には上手くいってないように思えた。
ボールの支配率は日本、ただシュート数は少なくフィニッシュにまで繋げられていない。
「(何故こうも通じない……?)」
ロッカールームの隅に座る照皇は1人で考え込む。
自分の力が通じていない現状について。
「(守備への参加、速攻からの動き出し、オフ・ザ・ボールでの動きは間違っていないはず……単純な身体能力の問題か……?)」
冷静に考えを纒めて答えに辿り着こうとするも、明確な答えが見つからなくて焦りも出て来る。
後半開始にまで答えを見つけなければ、また相手に跳ね返されるだけだと。
「──難しい顔して考え込んじゃってるねー照さん♪」
こんな状況にも関わらず、弥一が明るい表情で隣の椅子に座ると声を掛けてきた。
「それは……そうなるだろう。今日の負けられない試合で俺は相手に跳ね返されて、何も出来ずチームの足を引っ張ってしまっている」
「僕達は思ってないけど向こうは照さんの事を舐めてたなぁ。前は狼騎さんだけ気をつけてれば良いとか」
弥一は前半戦の終わったタイミングで、相手の心を読んでいた。
──照皇に対して警戒する必要は無いと。
「だろうな、酒井の方がスピードや反射神経と瞬間的な動き出しが俺よりも優れている。そっちを警戒するのは誰だって同じだ」
自分を甘く見られている事に対して照皇は冷静で、相手に思われている評価を受け止めた。
「前から思ってたけど──照さんって同じ高校生で悟りを開いた、お坊さんぐらい落ち着いてるよねー」
同じ年代で、あまりにも冷静過ぎる。
感情的には決してならず機械に近い程、気持ちを表さないと弥一は照皇の目を見て言う。
「サッカーはメンタルも重要、だから肉体だけでなく精神面も鍛えようと座禅を組んだりもしている」
幼い頃から心が乱れぬようにと、精神面を鍛えるトレーニングを重ね続けてきた。
肉体も精神も弛まぬ努力で両方鍛えられたからこそ、今の照皇誠という超高校級の天才が出来上がる。
「確かに大事だねー、どんな時も動揺せず焦らなくて相手を冷静に観察出来るってのは凄い強みだよー♪」
弥一は照皇の努力を凄いと笑顔で評価。
ただ次の瞬間、弥一の笑顔は消えていた。
「けど僕から見て怖い相手とは思わない」
「!」
全てを見通すような目が照皇に突き刺さり、彼の背筋をゾクッとさせる。
「頭良く冷静なのは良いけど、時には必要だと思うんだよね。馬鹿になる事も」
「馬鹿……?すまないが言っている意味が分からん」
弥一の言葉を受けて考える照皇だが、彼の頭では答えを導き出せない。
「答えなら僕達の10番を試合で見てれば分かるよ」
自分達の10番と聞けば照皇は勝也を思い浮かべ、彼の方へ視線を向ける。
その勝也はチームメイト達と後半に向けて、話し合っていた。
「また怖い天才ストライカーになる時、待ってるからさ♪」
照皇から離れると弥一も勝也の話し合いに加わっていく。
「(馬鹿になる……勝也さん……これは神明寺が勝也さんを馬鹿と思って言っているのか?)」
言われた言葉の意味を考えると弥一が勝也に対して、そうなのかと思ってしまう。
とにかく勝也をよく見てみる──アドバイスを聞き入れるとハーフタイムは終了となり、選手達は再びフィールドに戻る。
「現ミランのDFさーん」
選手達が通る入場口の前で、弥一はシャッド達の姿を見つけて明るい声で呼ぶ。
シャッドだけでなく他のチームメイトも、自分達を呼び止めた小柄な選手に注目。
「後半、うちの11番に気をつけておいた方が良いと思うよ?」
「!?」
自分達が照皇を甘く見ている事を知っていたのかと、大柄な選手達が驚く中で弥一はニヤリと笑って、彼らより先にフィールドへ向かう。
味方のスランプをも心理戦として利用し、彼らの心を惑わせる。
勝つ為なら使える物は何でも使う、それが神明寺弥一のやり方で強みの一つ。
後半のキックオフ前から既に弥一は動き出していた──。
弥一「座禅ってあれだよねー?瞑想して心が乱れたら後ろから棒か何かでバシッ!てやる感じのー」
照皇「そのタイプじゃない、1人で静かに行う方だ」
弥一「てなると食事も肉とか魚無しのー!?」
照皇「筋肉を作る為に肉は必須だ。魚も定期的に摂るようにしてる」
龍尾「つか俺らが持たねぇわ肉、魚無しは」
月城「八重葉食堂のおばちゃんが作る、ささみのチーズ焼きとかマジ美味いんで」
弥一「え、じゃあ1日体験入部で〜♪」
勝也「普通に無理だろ、飯に釣られて静岡まで行くな」




