崩される司令塔
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
ベルギーがボールを支配しており、序盤から日本陣内でのプレーは多くなっていた。
「10番囲め!」
龍尾の声と共にルイを勝也だけでなく、影山も囲んで相手の司令塔を自由にさせない。
「(右、トーラス行け!)」
ルイは後ろにてボールを持つ、セインを確認してから彼に後ろを向いたまま、右手でサインを出す。
それを見たセインは右のトーラスを使おうと、パスを送る。
「っしゃ!貰いー!」
だがパスは日本チーム最速の足、月城がインターセプト。
自慢のスピードでパスコースに飛び込んでいた。
「戻れー!」
すぐにルイの怒号に近い声が響き渡り、赤い軍団が自軍のゴールへ一斉に走る。
「(ちっ、戻りが速ぇな。流石欧州屈指の強豪となってくれば、こんなレベルになってくるか)」
日本ゴール前からベルギーの動きを見ていた龍尾。
攻撃から守備への切り替えが早く、チームの纏まりとレベルの高さが感じられる。
「前塞げ!走らせるな2番に!」
大声でドンメルからのコーチングが飛び出せば、月城の前にトーラスとケント、右サイドを守る2人が立ち塞がった。
「こっちや!」
「!」
月城の耳に関西弁の声が飛び込む。
自分の近くに想真がいると分かり、月城が左足で右へ出すと上がっていた想真がボールを受け取る。
それと同時に月城が走り、2人の間を抜けて行く。
「(ワンツー!)」
トーラスは想真に迫り、ケントは月城を追うと共に彼へ行くであろうパスコースに立つ。
2人はそう読むが、想真は照皇のいるゴール前へ、グラウンダーの速いロングパスを出していた。
照皇がこの長距離パスを受け取ると、すぐに後から2m近い長身DFが潰しに襲いかかる。
ベルギー守備の要、アキレスは照皇に張り付く。
「(こいつが日本の天才ストライカー、なら封じさせてもらうか。この真面目そうな奴を!)」
アキレスの狙いは照皇。
彼が日本のエースと目をつけて、大柄な体からショルダーチャージが繰り出される。
「ぐっ!」
フィジカルを鍛え上げてきた照皇の体に、ズシンと重い衝撃が伝わっていく。
照皇は右肩からアキレスに当たられながらも、なんとか踏み止まっていた。
ぶつかり合いでは不利だと感じた照皇は、次にアキレスが体を当てに来た瞬間、ターンで右回りにチャージを避ける。
だがそこに伸びてくる、アキレスの右足。
彼は素早く反転すると長身の長い足を、照皇のボールへ伸ばす。
「(しまった!)」
キープするボールを弾かれ、照皇がやってしまったと思ってすぐに、狼騎が転がった球に迫る。
だがそこはダイン、メラムのベルギーの誇るダブルボランチに阻まれ、ボールをクリアされてしまう。
「ちっ……!」
詰めきれず先に追いつかれ、狼騎は小さく舌打ちして悔しさを見せていた。
「10番は俺がマークするから!他を頼む!」
勝也は周囲にルイの相手は自分がすると伝え、彼を追走し続ける。
アドルフのゴール、そのアシストでルイが多いのは把握済み。
彼を抑えればベルギーの攻撃を大きく削げるはず、というのが勝也の考えだ。
「(とことん俺をマークする気かこいつ、雑魚に止められる訳ないだろ)」
攻撃の時に自分へ付き纏う勝也に、ルイは同じ10番のキャプテンを相手に負けるとは微塵も思っていない。
目の前の相手はただの踏み台でしかないと。
そのルイにメラムからボールが来ると、右足でトラップして勝也と真っ向から向き合う。
「っと!」
今までの海外選手と比べ、小柄なルイだがその分素早く、小回りの利く動きを得意とする。
素早さで翻弄してくるルイに、勝也はしっかりついて来る。
「(思ったよりかは食らいついてくるか!)」
すぐに振り切れたり抜けると思っていたが、勝也のしつこく追いかける粘りの守備に、ルイの右頬からも汗が伝ってフィールドに落ちてきた。
「(上手くて速い、けど止められないって程じゃねぇな!)」
これまで弥一、そしてディーンと1on1を経験している勝也から見て、ルイの動きは見失う事なく捉えている。
天才、化物とのサッカーで磨かれた力が、ベルギーのキャプテンに届きつつある。
「〜〜!」
すぐに突破出来る、そう思っていたはずがルイは抜かせない勝也に、粘られてしまう。
得意のフェイントをしているはずが、抜くことが出来ていないのだ。
「(くっそ!!)」
目の前の相手が抜けず業を煮やしたか、ルイは強引にパスを出そうと右足でボールを蹴る。
「(通すかよ!!)」
勝也はルイの蹴った球へ、左足を伸ばして素早く反応。
左足がパスを弾いてボールは宙を舞い、想真の所まで飛んで来た。
「光輝、右空いてるでー!」
「わぁっとるわ!」
想真から右サイドの光輝へとパスを繋ぎ、そのまま光輝は得意とするドリブルで、ベルギーのサイドを抉らんとする。
相手のダインを減速からダッシュと、緩急をつけて突破。
ベルギーゴールが近づいてきた。
「入れさせるな!」
ドリブルで中への侵入は絶対止めろと、ドンメルのコーチングが飛ぶ。
ベルギーゴール前には、ニアの照皇とファーの狼騎の2トップ。
そこに197cmの長身、アキレスを中心とした長身の赤い壁が、ずらりと揃う。
「(此処は低くやろ!)」
室や光明もいない今、アキレスやドンメルの高さに対抗は難しい。
長身選手相手に高さで勝負はせず、光輝はゴール前へ低く速いクロスを右足で送った。
そのターゲットはニアの照皇だ。
照皇が光輝からのクロスを、右足で完璧に捉えたボレーシュートを放つ。
「ぐおっ!」
勢いあるシュートがゴールへ飛ぶ前に、大きな赤い壁が行く手を遮る。
アキレスが照皇の強烈なボレーを、正面から胸で受け止めてシュートブロック。
「俺行く!」
ゴール前で高く舞い上がったボールを見上げ、ドンメルは自分が取ると伝え、落ちて来た球をジャンプして掴み取る。
照皇や狼騎も向かったが、190cmクラスの手が使えるGK相手では、高さで勝てる術は無かった。
「うわ〜、かったいねベルギーの守備もー」
「そりゃそうだろ。アキレスもドンメルも欧州のユースでトップクラスのDFとGKだし、他も優秀だからそこは堅めだぜ?」
攻め込む日本の攻撃を弾き返すベルギーを見て、弥一は相手の守備が相当堅い事を実感。
アドルフは自慢するように胸を張る。
「だから俺はお前を徹底マークって訳だヤイチ。お前のパスとかが一番怖いのは分かってんだからな」
ベルギーが守備の時、アドルフは迷いなく弥一のマークに行っていた。
得点の可能性が最もあるのは、弥一だろうと。
「やだなぁ〜。僕を徹底マークして、それで勝てると思ってるのアドルフ?」
「おっと、もうその手には乗らないぜ?心理戦じゃそれこそ勝ち目がねぇ」
弥一の言葉は自分を惑わす為、先程は勝也への警戒があって抜かれた失敗をしてるので、アドルフは気にせず徹底マークを続行。
「(だとしたら狙いは……)」
この時、弥一の目は勝也と争うルイに向けられた。
「はぁっ……はぁっ……(何なんだよこの日本人!?)」
オフ・ザ・ボールの時も離れず、振り切ろうと緩急をつけたり、切り返したりした。
だが勝也はルイの動きについて行き、追走を続けている。
優れたスタミナを誇る勝也に対して、ルイの方は息が乱れ始めてしまう。
そこにルイへのパスが来て、ボールを受けるとルイは勝也をドリブルで抜き去ろうと動く。
「(俺がこんな奴に負ける訳ないだろ!)」
意地でも突破してやる、何時の間にかそんな気持ちが芽生えると、ルイは左に視線をやりながら、左足で右へボールを軽く動かす程度に転がした。
そこから勝也の右側の突破を狙う。
「おらぁ!!」
「わっ!?」
だが勝也はルイが右へ転がした時、足元が離れた刹那、左足を伸ばしてボールを弾く。
ルイの目によるフェイントに釣られず、勝也がベルギーのキャプテンを止めてみせる。
そこに前半終了のホイッスルは鳴り響いた。
「(あいつ、雑魚だと思ったらこんな食らいついて来るなんて……!)」
ベンチへ引き上げる勝也を、ルイは後ろから睨む。
その顔は悔しさを滲ませている。
「ねぇ、ベルギーのキャプテンさーん♪」
「あ?」
苛立った顔のまま、声を掛けられたルイが振り向くと、そこには陽気な笑みを見せる弥一。
「同じ10番のキャプテンに負けたらあんた、それ以下の雑魚になっちゃうね?」
「!!」
ニヤリと笑う弥一の言葉が耳に入り、ルイはピキピキと青筋を立てて、怒りで体を震わせていく。
彼の方を見ないまま、弥一は小走りで日本ベンチへ走っていた。
「(はい崩れた〜♪)」
ルイの心が怒りで燃え盛るのを感じ、密かな弥一の仕事は成功。
プライドの高い司令塔を崩し、ベルギーの総崩れを狙う。
勝也「何かすげぇ顔でルイから睨まれたけど、あれ相当苛立ってんぞ」
弥一「勝兄貴に止められまくって、思い通りにプレー出来なくてイライラしてるんだろうねー♪」
春樹「(いや、お前がルイに囁いてる所ベンチから見えたし)」
月城「(絶対神明寺が何か言ったろ、挑発好きめ)」
狼騎「(てめぇが怒らせる事言ってんだろ煽り小僧が)」
弥一「(全部聞こえてますけどー?)」




