声のぶつかり合い
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
若き日本代表の初戦の立ち上がりは、決して良いとは言えなかった。
司令塔となる勝也のパスがチャンスに結びつかず。コスタリカの5バックがスペースを極力作らせないようにして、高校随一の快足を誇る月城、フランスで磨いたテクニックを持つ白羽の両サイドもチャンスを作れない。
攻撃をコスタリカに上手く守られ、ホームながらシュート数を0に抑えられたままだ。
「監督、交代で流れを変えた方が……」
日本の良くない流れを見た富山は、マッテオに選手交代を勧める。
「いえ、このままもう少し行きましょう」
だがマッテオは交代はまだ早いと首を横に振り、動かず静観の構えを保つ。
ボールは再びコスタリカが持つと、サリガンがドリブルで左サイドを走る。
「八神寄せろ！」
「想真中央行ってー！」
「(はぁ！？どっちやねん！)」
想真の指示で、弥一と龍尾のコーチングが重なり合う。異なる指示に想真はどっちだと思いながら、足はサリガンへ行っていた。
すると想真が寄せて来る前にサリガンは中央へ折り返す。その位置にはＤＦラインからキャプテンのカザトが上がり、ボールを左足でトラップ。
「キーパー来るよー！」
そこに弥一が振り向いて龍尾に伝えると、直後にカザトが左足のトラップで浮かせてから、右足でロングシュートを放つ。
龍尾も弥一と同じようにシュートが来ると見てたのか、慌てる事なく正面でロングをキャッチする。
「どうも流れが良くないですね……」
観客席から試合を観戦する輝咲。相手のコスタリカの方がシュートをしてきたりと、日本が押されてる印象を受ける。
「コスタリカが予想以上に攻撃的で、その対応に精一杯。このままだと得点はおそらく出来ない」
高校時代に勝也と共に、監督の役割をしてきた京子も真剣な眼差しで、我が子を膝に抱きながら日本の不利を口にした。
「亨！中央行け！」
「月城左来るよー！」
「(え！？いや、どっちだよ！)」
またしても重なる弥一と龍尾の指示。これに月城の動きが中途半端となってしまい、左から上がって来たナバールの対応に送れる。
独走されそうになるが、番がなんとかタッチラインに蹴り出して防ぐ。
「(弥一と龍尾……日本の天才って言われる2人だけど、多分あれ2人とも守備に関して我が強いな)」
若き日本チームの守備を支える弥一と龍尾。光明は見ていてもう一つ、日本の課題を見つけたかもしれない。
「神明寺！だから指示は俺に任せろっての！」
龍尾は弥一へ指示は自分がやると伝え、その表情には苛立ったような顔が見える。
ただ弥一からの返事はなく、龍尾からすれば無視されてるみたいで、それが彼の苛立ちを加速させていく。
日本にとっては幸運か、此処で前半戦終了の笛が鳴った。
「お前どういうつもりだよ！？」
主審が笛を鳴らした直後、龍尾が弥一に詰め寄る。黙ってろと言ったのに対して守らず指示を邪魔され、苛立ちを隠せない。
「どういうつもりも何も、好きにやってただけじゃん？」
弥一の方は何時も通りやっただけだと、怒る龍尾に対してさらりと答える。
「好きにやれと言ったのは動きだ動き！コーチングはすんなっつってんだ！そこは俺に任せろよ！」
あくまで自分がやると譲らない龍尾。そんな彼に対して弥一は言い放つ。
「2回も指示のミスして任せろはおかしくない？そっちのコーチングのせいで無駄にピンチ招いちゃったし」
「あれはお前の声が入り込んだせいだろ！そもそもこっちは一番後ろで動きよく見えてんだよ！」
「僕はちゃんと相手の狙い見抜いて言ってるから！そっち見抜いてないじゃん！？」
「おい弥一！」
「リュウ落ち着け！」
どっちも引こうとせず、弥一と龍尾が言い合いとなって勝也が弥一を、照皇が龍尾を止めていた。
その中でも2人は睨み合う。
「何だ日本、揉めてるぞ？」
「前半あっち押されてて、それでイライラしてんだろ」
コスタリカのエース、ライエンとキャプテンのカザトが日本側で揉め事が起きてると注目。
日本人は忍耐強いと聞いてるが、このチームは案外脆そうだと2人がこの試合もらったと思い、ロッカールームへ引き上げていく。
「一体どうしたお前？らしくないぞ」
先に弥一が勝也に連れられ、ロッカールームに戻っていったのを見れば龍尾はすぐに戻らずベンチにドカッと座り、ペットボトルの水を飲む。幼馴染の姿を照皇は見ながらどうしたんだと聞く。
「あいつがでしゃばるせいで守備がガタガタで、無駄にピンチ招いたり苦戦しちまう……！」
「即席チームだから息がすぐに合うというのは難しいだろ。この大会はその連係を高める為の貴重な機会だ」
弥一のせいで守備が乱れてると、龍尾のペットボトルを持つ右手は握り潰すぐらいに力が入る。余程彼に対してご立腹らしいと、照皇には充分伝わっていた。
「……だから大人しくあいつの操り人形になれってのか？」
「操り人形？リュウ、一体何の話をしてるんだ」
「いいから、お前も休めってのマコ！」
そう言うと龍尾はベンチから立ち上がって皆の居る、ロッカールームへと戻っていく。大丈夫なのかと思いながら、照皇も後に続いて戻る。
「(立見が……東京アウラが……あんな大躍進を見せたのは、あいつが陰でチームを操っているせいだ)」
通路を歩きながら龍尾の頭に、活躍している弥一の姿が浮かぶ。
彼を見ていると、頻繁に指示を出したり仲間と密かに打ち合わせをする姿が多く見られ、裏でチームを支配して操っているように思った。
「神明寺弥一ってマジ凄いよな。あいつ上手いし完封したりと、あんなゴールまで決めちまうし」
「そりゃ八重葉の天才ＧＫも勝てないって。つか国内の高校生で神明寺に勝てる奴なんかもう誰もいないだろ」
「ああいうのを真の天才って言うんだろうよ。絶対的な守備の要でもあるしな」
合宿に参加する時、静岡から新幹線で千葉に向かう車内で、龍尾はたまたまその声を聞いてしまう。その時はくだらない雑音と流したが、今になって思い出す。
このチームでも彼は裏から支配し、皆を操り人形として思い通りに操るのだとしたら、龍尾はそれが気に食わない。
此処まで自分は絶対的な守護神として、数々の試合で勝利を重ね、頂点の座を掴み伝説を築き上げてきた。
その自信とプライドが許さない。自分こそが守備の要で守護神だと。
「譲ってたまるか、あいつの操り人形に堕ちてたまるか……！」
愛用の帽子を深くかぶる龍尾の目は、獰猛な獣を思わせる。
「弥一、龍尾と仲良くしろとまでは言わないけどよ……ＤＦとＧＫの連係が大事なのはお前が一番分かってるだろ？」
ロッカールームへ先に戻ってた勝也は、連れてきた弥一に注意をしていた。ＤＦとＧＫの連係が、サッカーの守備でいかに重要かを。
「そうは言ってもさぁ、向こう無駄にプライド高いせいか突っかかって来るし。コーチングするな、は流石に納得出来ないって」
幼い頃からコーチングを覚え、徹底してきた弥一がそれをしないという選択肢は無い。結果として龍尾と指示が重なり、余計なピンチを招いても止める気はなかった。
それを教えた勝也もコーチングで、こんなトラブルが生まれるとは当時想定していなかっただろう。
「(あんな我の強いＧＫは初めてだよ……)」
これまで弥一が共にゴールを守ってきたＧＫとは、トラブル無しで仲良くしてたが今回は龍尾と衝突。
彼とどうやっていくか、新たな難関が弥一の前に現れる。
「光明、後半行けますか？」
「お、出番？何時でも行けますよーっと」
マッテオの方は後半に向けて、光明に声を掛けていた。このまま大人しくやられ続ける気は無く、反撃の準備が進む。
弥一「トラブルは避けられないもんだなぁ〜」
勝也「そりゃ相手は機械じゃなく感情ある人間だから、考え方は異なってくるけど……まさかあんな揉めるか」
弥一「会った時はめっちゃパンとか食べまくったり僕にカステラ分けてくれたんだけどねー」
勝也「ん？パン？カステラ分けた？」
弥一「おっと違う本編の出会いだった〜」
