その道を諦めきれない者
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「なぁ弥一、これバレてねぇよな?」
「堂々としてれば大丈夫だってー」
弥一と勝也はサッカーの試合会場へ、共にサングラスと帽子を装備してのお忍びで来ていた。
此処で行われるのは立見のリーグ戦で弥一達だけでなく、立見もまた長いリーグの試合を戦い続ける。今日は東京アウラの練習が無ければ試合も無い日なので、予定は何も無い。
とりあえず弥一と勝也で立見の試合をこっそり見に行き、その後で一緒に過ごす京子、輝咲と合流して食事でもしようというのが今日のオフの予定だ。
「こんなオフの日までわざわざ後輩の試合を見ようなんて、やっぱ勝兄貴サッカーバカだね〜♪」
「それに付き合うお前もお前だろうが」
「僕はご飯の方が楽しみだからー」
今の立見の試合を見ようと言い出したのは、そもそも勝也からで自分が抜けた後の立見がどうなってるのか、託したとはいえ気になってしまう。
「(大丈夫だと思うけどなぁ、間宮先輩に大門に優也とか特にあの辺りの熱が凄かったし頼れそうな後輩も何人かいたから)」
この前のサプライズ訪問で久々にサッカー部へ訪れた時、弥一はチームの様子を見て来た。2、3年が更に力を付けただけでなく自分達がいなくなっても、しっかり勝とうと頑張っている。
1年の後輩にも何人か良い選手がいて、特に心配はしていない。
「ま、とりあえず今日は1人のお客さんとして観戦しとこ♪ほら、エビせんべいあるからー」
「それは1枚もらうわ」
弥一の買ってきたエビせんべいを1枚もらい、勝也は弟分と共にパリパリと食べ始める。
2人がゆっくり味わっている間、今日の試合を戦う両選手がフィールドに現れた。着慣れたダークブルーのユニフォームは観客席から見ても分かり、エビせんべいを食べながらも勝也の目はフィールドをしっかりと向く。
GK 大門
DF 間宮、立浪、田村、水島
MF 緑山、詩音、玲音、川田、影山
FW 石田
「2、3年で固めずに実戦で1年を積極的に起用か。ま、一発勝負じゃねぇリーグ戦でまずは慣れさせるって所かな?」
「それかこれがベストメンバーで1回試したい、だったりしてねー」
監督の薫はこう考えて今日のスタメンを選んだのではないかと、弥一と勝也がそれぞれ予想。
立見高校と川木西高校の試合が今キックオフ。
川木西がボールを持つと、そこに影山が忍び寄っていた。相手選手から瞬時に奪い、あっという間に立見ボールとなる。
「カウンター!!」
フィールドに間宮の大声が響く。その声と共に左右のサイドにいる氷神兄弟がゴールに向かい、相手はそちらに目が行ってしまう。
「お、上手い影山先輩」
影山がフリーとなっている明にパスを出して、弥一は上手いと言葉が出て来た。
明はそのパスを受けると前を向き、左足で右サイドにパス。それを詩音はゴール前へ、ダイレクトで右足のクロスを上げる。
ゴール前には192cmの長身ストライカー半蔵が待つが、ボールはそこに行かない。
クロスに反応していたのは双子の兄弟である玲音。詩音のクロスに対して左のボレーで合わせ、川木西のゴールに向けてシュート。
ダイレクトプレーの連続で来られ、対応に遅れていた川木西はこれを止められず。難しいダイレクトボレーを決めた玲音は、真っ先に詩音へ駆け寄って抱きつく。
「話には聞いてたけどな氷神兄弟……あそこまでやるか」
「確か石立中学を全国優勝させたんだっけ?あの双子のコンビは凄いよねー」
「ホント良いルーキー入ったよなぁ立見、あんたらも安心だろ?」
「それはまぁ……ん?」
「え?」
スタンドで会話をしていると、弥一と勝也以外の声が聞こえてきた。共に聞き覚えがあると思い、声のした方へ振り返る。
2人の傍にいつの間にか座っていた人物は、元真島高校のエース鳥羽だった。弥一も勝也も変装していたはずだが、彼から見れば分かったらしい。
「よ、ご活躍みたいだな立見のビッグマウスコンビよ」
「なんだよ鳥羽、そのふざけたコンビ名は?」
「知らない?今あんたらって巷でそう呼ばれてるから」
「え〜、いつの間にそんな呼ばれ方してんのー?」
過去に真島とは因縁があるので、勝也は鳥羽の事を忘れてはいない。高校で争ってきたが今は互いに高校を卒業した身だ。
鳥羽から2人は今そう呼ばれてる事を教えられ、共に思い当たる事はある。弥一の入団会見での発言に、勝也がサポーターと衝突した時に言った数々の言葉だと。
「良くも悪くも騒ぎになったり、いやー見てて飽きねぇわ立見コンビ」
「つか真島だったお前が母校の試合見ずに何でこっちいるんだよ?」
東京アウラで色々注目される2人を見て愉快そうに笑う鳥羽に、勝也は何で鳥羽が立見のリーグ戦を見に来てるのか気になった。
「まぁ暇つぶし。本当ならデートだったんだけど、彼女が用事出来て予定潰れたもんだからさ。そんで選手権優勝した立見のルーキー達を見に来たって訳」
「へー、熱心だな?」
「それに立見の女性監督があの緑山薫って聞くし、美人だから実物を見たいだろ?」
「結局女目当てで来てんじゃねーか」
熱心なのかチャラいのか分からない鳥羽に、勝也は軽い溜息をつく。実際に薫は凛々しく美人で、現役時代も多くのファンがいた。
「鳥羽さんって今もサッカー続けてるんですかー?」
「そりゃ続けてるって、大学入ったのもステップアップの為だしな」
弥一からの問いに答えながら、鳥羽もエビせんべいを1枚もらってパリパリと食べる。
「俺だってプロ……行きたいしよ」
それまで軽い感じだった鳥羽の表情が、プロについて口にした時に真剣な物へと変わっていく。
「選手権での立見に八重葉と全国の凄ぇ奴らのプレーを見て、スカウトも何も無ぇ。けど諦めきれない。だから大学で鍛え直そうってなったんだ」
鳥羽の話を弥一も勝也も黙って聞いていた。軽い感じの鳥羽だが、心の中では必死に足掻いている。
照皇や狼騎に室といった年下のストライカーが台頭して、自分は注目されずスカウトにも選ばれなかった。
それでもプロへの道を諦めず道を進み続ける。これは鳥羽に限った話ではなく選ばれなかった他のプロを志す者達、多くが持つ気持ちかもしれない。
「同世代の2人がプロの舞台で活躍する、そりゃ俺だってやってやる!とかなるだろ。お前らの活躍ってめっちゃ刺激になるからよ」
弥一や勝也がJ1で活躍する姿を見て、鳥羽の中で大きな刺激となれば自分もそこに行く、という気持ちは強まるばかりだ。
「……行けるだろ、お前なら。すんげぇFK持ってるしよ」
かつて鳥羽のFKを前に、立見の全国出場を逃して悔しい思いをしている勝也。その武器を認めており、彼ならプロに行けるだろうと本人に伝える。
「鳥羽さんならその長所磨けば行けそうですし、意外と熱が凄いから僕も行けると思いますよー♪」
「意外とって言葉には引っかかるけどなチビ君よ」
軽口を叩きつつも弥一は鳥羽の心が本気で、絶対なってやるという強い気持ちが伝わっていた。
「おおお!」
「ん?」
鳥羽と話し込んでいて、目の前の試合に意識を向けてなかった事に気づき勝也は改めて試合を見る。
観客による歓声が上がったのは、川田の豪快な弾丸ロングシュートでゴールが決まったせいだ。
「おいおいおい、立見もう2桁得点やってるって!」
「わーお……」
鳥羽と弥一がスコアの方を見てみれば14ー0と表示され、サッカーのスコアか?と思う程の点差がつく。
立見が14点で川木西を大きく突き放していた。
「川木西ってそんな弱小じゃなかったはずだけど、それでこれかよ」
立見の勝利を勿論信じていた勝也だが、此処までの点差がついた事に驚かされてしまう。
氷神兄弟の連携、半蔵の高さ、明の天才的なテクニックと1年達が長所を見せて、更に途中出場の優也がゴールを荒稼ぎ。
これには弥一達だけでなく他の観客達も驚愕する。
「真島に桜王は今回の東京予選大変そうだなぁ」
「あれ、もう行くんですかー?」
「最後まで見なくても結果は見えてるって」
まだ試合中だが鳥羽は席を立って、うーんと背を伸ばす。彼の言うように此処から意気消沈した川木西が、この14点差を残り時間でひっくり返すのは不可能だろう。
「ま、久々に会って楽しかったし良い暇つぶしになったよ。俺はこれから他の女友達と遊んで来るんで、じゃな〜」
鳥羽はヒラヒラと手を振りながら、会場を後にした。
「サッカーに真面目なのか不真面目なのか、よく分かんねぇ奴だなぁ。本気でプロ目指すなら女遊びしてる場合じゃねぇだろ」
話していて女性関連の話が多かった事に、勝也は鳥羽に対して女好きなイメージが強まる。
「んー、もしかしたら言う程それやってないかもしれないけどねー」
「え?」
「こっちの話ー、試合終わったら京子さんと輝咲ちゃん達の所に行こうー♪[
勝也には見えていなくて弥一だけが見えていた。
目の前の試合を見せつけられ、鳥羽がジムへ行ってフィジカルを鍛えようと決めた事を。
ひょっとしたら近いうちにプロの舞台で再戦するかもしれないと、弥一はその時を密かに楽しみにしておく。
立見の試合はこのまま終了し、弥一と勝也の抜けた不安を吹き飛ばすサッカーを見せつける。
立見14ー0川木西
歳児4
詩音3
玲音2
石田2
緑山1
川田1
田村1
マン・オブ・ザ・マッチ
氷神詩音
峰山「鳥羽は結構遊んでたんだけどなぁ、大学入ってそんな事も無くなったよ」
弥一「おー、真面目になっちゃったんですねー?」
峰山「ジムに通ってるみたいだけど、そこのトレーナーのお姉さんに一目惚れして通い詰めてる……と俺は思ってるから。女好きのあいつを思えばあり得るから!」
勝也「そこは友人として信じてやれって」
峰山「だって部活サボって女子と遊んでた奴だぞ?照皇みたいなストイックになってたらむしろ引く」
弥一「ついちゃったイメージは簡単には取れなさそうだねー」




