サイキッカーDFのサプライズ訪問
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「うう〜……」
弥一は目の前の事に頭を悩ませていた。
いくら考えても答えが出て来ない、果てしなく続く難題を前に彼の心は挫折しようとしている。
「(駄目だ、分からない……!)」
プロサッカー選手として活躍し始め、現役高校生のプロが目の前の壁を越えられずに苦しむ。
「はいテスト終了〜、皆集めて集めてー」
立見高校の2年の教室にて、幸がテストの終了を告げると生徒達の手で答案用紙が集められていく。
「あ〜全然出来なかったぁ〜……」
この日は弥一が苦手としている数学のテスト。とりあえず悪戦苦闘しながらも、弥一は答えを埋めて机に突っ伏していた。
外国語の授業やテストなら独壇場だが、それ以外の勉強では今一つ。プロ選手と同時に現役高校生の弥一にとって、試合の連戦よりも過酷さを越えていく。
「大丈夫か?注目のプロ選手が赤点で追試とかなったら、それはそれで面白ぇネットニュース辺りになりそうだけどな」
そこへからかうように摩央が弥一に言いながら、彼の答案用紙を回収する。
「え〜、そんなニュース流れるの嫌だなぁ〜」
机に突っ伏したまま、弥一はそういう記事が出回らない事を密かに願う。と言っても自分が良い点をとれば済む話だが。
摩央の方は弥一の呟きを聞く前に、幸へ集めた答案用紙を提出に向かう。
「は?待て、お前そんな予定は聞いてねぇぞ」
「うん、今決めて言ったからね〜」
今日の授業が終わり、多くの生徒が帰宅や部活に向かう中で摩央は弥一から耳を疑うような事を聞く。
「何時もは動画の打ち合わせやら、東京の練習とかで忙しいってなって部活行ってねぇだろ。まだ会ってない新入部員とかびっくりしてパニくるぞ多分」
「会ってないから先輩として1回顔見せて挨拶ぐらいはした方が良いでしょー?」
本来予定してなかった部活への訪問を、弥一はついさっき決めていた。誰もこの事は無論知る訳がない。
「あの新人君達の初練習から忙しくて顔見せてないし、今の立見サッカー部がどうなってんのか気になるしさ〜」
「はぁ……せめて薫監督には弥一が来るって報告はしとくからな。今更やっぱ止めたは聞かねぇぞ」
摩央は弥一の気が変わる前に、スマホで薫へ急遽弥一が部活に来ると、報告のメッセージを打ち込んで送る。
「そうそう、その薫監督にも体の休ませ方について学ばせてもらったし、お礼言っとかないとね♪」
弥一は以前勝也と共に薫から、プロの世界でのコンディション維持について教えてもらっていた。
事前に土産でも持参した方が良いか考えたが、手土産持参で喜ぶような性格の女性新監督ではない。その事を思い出して、弥一はそのまま向かう。
「皆揃ったかー?」
「遅れてる摩央君以外は揃ってますよ〜」
3年の新キャプテンとなった間宮。全員揃っている事をマイペースながら、しっかりと確認していたのは2年マネージャーの彩夏だ。
「すいません、遅れましたー!」
「おいおい摩央、1年の後輩の前で示しつかねぇから気をつけ……」
摩央の声が聞こえて間宮が振り向き、軽く注意をしようとした時。
「同じく遅れました〜」
「!?」
今日来るはずのない弥一が、摩央と並んで現れた姿に間宮はギョッと驚いてしまう。
「わっ!?神明寺先輩!?」
「うわー、スマホで見てたあの人いるよ!」
「本物だー!」
まだ実際の弥一と会っていない1年の後輩達は、その人物の登場に大きくざわついて盛り上がる。
「後輩の皆は初めまして〜、立見サッカー部2年の神明寺弥一です♪」
後輩達の前で弥一は陽気に笑って、後輩への挨拶を済ませる。
「待て待て待て、弥一お前何してんだ!?」
「え?何って部活行って挨拶しようと思いましてー」
「聞いてねぇし、そういう事は事前に言え!サプライズいらねぇから!」
「後輩君はビックリして喜んでるみたいですよー」
注意する間宮を前にしても弥一のマイペースは変わらずで、間宮はこのまま弥一の相手をしていたら、練習の時間が無くなるとため息をついた。
「はぁ……もういい、練習開始!ほら動け動けー!」
パンパンと手を叩いて、間宮は部員達に練習するよう伝えていく。
「弥一、忙しそうだけど体大丈夫なのか?」
「ずっと試合出てなかったから、今は丁度良い運動になってるよー♪」
練習へ向かう前に大門が弥一の前へ現れ、体調について聞く。2年となって、弥一から見れば大門は少し頼もしい感じに見えていた。
「そっか、今年の立見ゴールは俺が守るから弥一は安心してプロの世界で暴れてきてくれよ」
「おお〜、言うねー?その調子で龍尾から高校No.1の座も奪っちゃいなよ♪」
今シーズンは今までのように、ゴールを共に守るという事は難しい。1年の時は弥一の守備に頼って甘えていたので2年になった今、俺がしっかり守ろうと強い責任感を持つ。
その心は弥一にしっかり届いており、練習に向かう大門を見送る。以前よりも大きく感じる背中に、弥一は大丈夫そうだなと小さく笑う。
「1年もっと声出せー!縮こまるなよー!」
「ここ、体はもうちょっとこっち寄せれば……」
1年の練習を見て、川田から積極的に声を出せと指摘。その横で翔馬が後輩の1人に守備の指導をしている。
「へぇー、あの2人が後輩の指導とかするようになっちゃったんだねぇ〜」
「あいつら後輩が出来るから、しっかりした先輩でいたいって張り切ってたんだよ」
別メニューで軽いストレッチをしている武蔵から、弥一は彼の背中を押して手伝いながら話を聞いていた。
「先輩やってんねー」
弥一からすれば全国でガチガチに緊張していた2人。それが後輩を堂々と指導する立場となって、成長が感じられる。
「(あっちは相変わらずかぁ)」
急に来た弥一には目もくれず、後輩に混じってサッカーマシンを使ったセットプレーの練習に優也は集中。
高速で飛んで来るクロス。後輩達が苦戦する中で優也が左から速いスピードで飛んで来た球に、左足で合わせてボレーシュートを決めてきた。左足の精度がかなり上がっており、弥一の知らない間に相当磨き上げたようだ。
プロになった弥一に負けられないと、ひたすら優也は弥一を追い続けている。
「あれ、マシンもう1台あるじゃんー?」
「部員達が増えてきてグラウンドも増やしたし、黛がもう1つ追加で頼んで持ってきてもらったんだよ」
同じマシンがもう1代ある事に気づき、摩央の話を聞きつつ弥一が近づく。全く同じタイプのマシンで、台数を増やした事により全体に行き届いて練習の効率を上げる狙いだ。
こんな事は黛財閥のお嬢様である彩夏にしか出来ない。
「ふーん、じゃあ折角だから摩緒ちょっと付き合ってー」
「え?」
楽しげに笑う弥一に、摩央は付き合いが長いせいか彼が何か悪巧みしてそうだと気づく。
「え、何?神明寺先輩何が始まるの?」
「特殊な練習方法やったりするのかな?」
氷神兄弟を筆頭に、1年達がフィールドでゴールを向く弥一へ注目が集まる。そのゴールマウスの横には、サッカーマシンが置かれていた。
「弥一!マジでいいのかよー!?お前ここで怪我とかシャレになんねーからな!」
「大丈夫だって!気にせず思いっきり来てよー!ちゃんとフルスピードに設定してねー!」
距離のある2人は声を大きくしてやり取りをする。その会話を聞くと、あのサッカーマシンを最も速い設定にして何かするつもりだと見守る者達は理解した。
ゴールから30m程離れた中央の位置に弥一は立つ。そこに向かうよう摩央はマシンを設定すると、ボールを機械にセット。
発射台からボールが放たれ、瞬きをする間もなく球は弥一に向かって飛んで来る。それはまさに弾丸シュートを思わせるスピードだ。
「ここぉ!!」
「!?」
それに弥一はタイミングを合わせるかの如く、高速のボールを右足のボレーで捉えて弾き返してみせた。
カウンターのボレーシュートがゴールマウスに飛ぶと、左ゴールポストをガゴォンッと派手に叩きながらも、ゴールの中へ入っていた。
「うわぁぁ!カウンターシュート!!」
「生で見れた!すげぇぇ!!」
「あんなの合わせんのか!?」
選手権で立見を全国優勝へ導いた伝説のプレー。1年達は間近で見られると思ってなくて、皆が大興奮で目を輝かせている。
「皆ー、沢山練習や試合重ねてこういうの出来るようになってねー♪いきなりやろうと思わず最初は基礎とか声掛けとかちゃんとやるんだよー?」
「「はーい!!」」
惜しげもなくカウンターシュートを披露した弥一。後を託す後輩達へ声を掛ければ、彼らは揃って元気よく返事をする。信者レベルの氷神兄弟を筆頭に、やはり弥一に憧れる者はかなりいるようだ。
「随分と個性的な士気の上げ方をするな神明寺」
「あ、疲労回復の勉強役立ちました薫監督♪」
ワンプレーを終えて、フィールドから弥一が出た所に薫が目の前に現れる。
「それは上手く実践したお前の功績だ。私は方法を伝えただけに過ぎない……正直すぐプロの戦いへ適応してきた事に驚いたぞ」
薫は弥一の試合を見て、彼が今までと違う環境ですぐ慣れ親しむ姿に内心驚いた。男女問わず様々なプロ選手を見てきたが、その中で弥一は群を抜く適応力を持っている。
「上手く肌が合ってくれたおかげですねー、おかげで楽しくやらせてもらってます♪」
「たいした大物っぷりだ。怪我だけには気をつけろよ?プロは大体がそことの付き合いになってくる」
「痛いからそれは付き合いたくないですよ〜。あ、次はアウェーで福岡行きますけど何かお土産リクエストありますー?教えてくれたお礼に買ってきますから♪」
「子供がそんな気を遣うな。勝つ事が私への最高の土産だ」
薫の土産は何がいいか、弥一は本人から直接リクエストを聞こうとするが薫はそれを断る。
「(ひよこ饅頭を明と食べたいけど、頼みにくい……)」
弥一は薫の心をしっかり見ており、福岡でひよこ饅頭を買う事が確定した。
「じゃ、先輩達。この辺りでお先です♪」
「もうサプライズで何の連絡も無しに訪問とか、これっきりにしろよ?」
「同じネタ2度目はウケ難いからやんないですよー」
弥一は間宮へ先に戻る事を伝えると、そこには影山と田村の部を支える3年の要3人が揃っていた。
「弥一、今度奢れよー?お前美味い飯に目が無いし良い所知ってそうだしよ」
「え〜?そこは先輩なんだから田村先輩の方が奢ってくださいよー」
「なけなしの小遣いで生活する高校生とプロ契約にCM契約してる高校生なら絶対お前の方が持ってるだろー!バイト出来ねぇし!」
稼いでそうな弥一から、今度ご馳走してもらう事を狙った田村だが、あえなく一蹴される。
「すっかり遠い世界行っちゃったなぁ。少し前まで一緒にサッカーしてたのがもう懐かしいや」
「案外影山先輩はすぐこっち来るかもしれないですけどねー」
「いや、まさか。それは僕を買い被り過ぎだよ弥一」
弥一は天性の影の薄さを持つ影山なら、同じ舞台に何時の間にか来るかもと考えていた。
「おい弥一、勝也先輩の体調とか大丈夫だろうな?迷惑かけてねぇよな?」
「そこは大丈夫ですってー。そんな気になるなら自分で連絡してくださいよー」
「馬鹿野郎、いちいち俺が連絡したら迷惑になっちまうだろ!そこは最低限、試合前のエールと勝った祝福と決めてる!」
弥一よりも間宮は勝也が気になり、後輩にしつこいぐらいに体の調子を聞いていく。
ちなみに勝也曰く、多くのメッセージの中にかなり長文の物が2件ぐらい届いていたらしい。
「まぁとにかくだ……こっちは俺らに任せてお前はプロの舞台で大暴れして来い」
「はーい♪」
立見サッカー部は大丈夫。勝也が築き上げた場所を皆それぞれ守っており、弥一は安心してサッカー部を後にする。
春樹「素晴らしいゴールでした。まさに今の東京の勢いを象徴する得点……」
五郎「春樹先輩さっきからずっと険しい顔でスマホを睨んでブツブツ言ってますけど、何かあったんですか?」
佐竹「……憧れの先輩へのメッセージを考えてるだけだ。気にするな、牙裏では何時もの事だ」
春樹「ああ違う!これは前回使ってるから被っててワンパターンになってしまう、駄目だ!浅いメッセージだと思われる!」
五郎「普段の練習より真剣に見えますよ?」
狼騎「うぜぇから無視しとけ」




