その声が力を与える
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『不調の東京アウラが先制点ー!!神明寺のロングスルーパスから神山勝也が18歳でプロ初ゴール!立見高校の先輩後輩がJで、プロの舞台で魅せてくれました!』
『神山君が深追いしてボールを奪われ、カウンターのピンチでしたが神明寺君がよく見てましたね!その後のパスに反応して持ち込んだ神山君、見事でした!』
スタジアムではどよめくホームの清水サポーター。対してアウェーの地に駆けつけた東京サポーターが、先制点を決めた事で大盛り上がりを見せていた。
「すげぇ読みと冷静さだなバンビーノ。攻守で的確に急所を突いて来やがった」
脱帽だとばかりに、マグネスが両手を軽く上げる。今の先制点は勝也も素晴らしいが、何よりも弥一抜きでは語れないゴールだ。
「ヤイチ……急にボールを取られて攻撃から守備へ切り替えるタイミングで、スタータに送って来るって見抜いていたのか?あの状況で?」
「そうじゃないと説明つかんだろ、今のプレーは」
マグネスがそうだと言う隣で、ジャレスは信じられないと思っていた。中盤の混戦の最中、急に相手ボールとなって東京の攻守の意識が切り替わる前に、清水側はカウンターを狙ってスタータに送る。
それを弥一は見抜いて奪い取っただけで留まらず、あの混戦にいた選手達をすり抜けるボールを蹴ったのだ。
まるで正確無比なレーザービーム。相手の攻撃を防いだと共にあんなキラーパスを放つ事が出来るのは、ジャレスの母国であるサッカー王国ブラジルでも、出来る者はそう多くはいないのかもしれない。
彼が次に何を見せてくれるのか、マグネスとジャレスは揃ってフィールドに注目していた。
『ホームで先制点を許した清水スピリッツ!再びスタータとバスティオの強力2トップを軸に攻めていく!』
「かざ……」
「左来てるぞ!」
「っ!」
弥一が左から上がってきている選手に気づき、声を出そうとした時ロッドの声が先に届く。おかげで後半から風岡に代わって入った賢人が寄せて、相手のサイド攻撃を未然に阻止。
「いいね、よく見てたねー♪」
「GKは基本最後尾。誰よりも選手の動きが分かるから、これぐらい当然だ」
ロッドのコーチングを弥一が褒めると、本人は当たり前だと表情を変えずに言葉を交わす。
新たなCDFとGKも良い連係を見せていた。
「おいどうしたスピリッツー!ホームだぞ!?」
「もっと前出ろって!負けてるぞ今!」
1ー0のまま時間が経過して、清水サポーター側から攻めろという声が多くなってくる。
無論清水スピリッツとて今負けているので、当然攻めたいという気持ちはあった。だが今日のゴールを守っているDFが、それを一切やらせない。
「(抜けた!)」
その時、ゴール前のスルーパスに反応して走るバスティオがボールを受けて、チャンスとロッドのいる東京ゴールマウスに一直線でドリブル。
ピィーーー
「っ!」
『清水、ダイレクトスルーパスからバスティオ抜け出したかと思ったら東京DFがラインを上げていた!オフサイドでチャンスを潰しました!』
「良い感じですよ先輩達ー!罠を仕掛けるのも天下一品ですねー♪」
さり気なくバスティオより前に出て、罠に突き落としていた弥一。オフサイドで攻撃を潰す事に成功したDF陣へ、ちゃんと褒める事を忘れなかった。
「(何か不思議だよなぁ。こいつに言われてると……やれるって思っちまう)」
弥一から褒められて背中を押され、佐々木は行けると最初よりも気持ちが前向きになっている。それが左サイドで攻守へ積極的に絡んでいく事へ繋がっていく。
「(正直何点取られんだって思ったりしたけど、俺達もやれば完封行けるよな)」
相手がリーグ屈指の攻撃力を持つチームと、連敗が影響してか萎縮気味だった橋田だが、頻繁に弥一から言葉をもらって俺もやれるんだと自信を取り戻す。
マグネスがいないと何も出来ない守備陣と、散々叩かれてきたが今日は無失点で来ている。このまま完封行け!という東京サポーターの声が飛んでいた。
「皆そろそろ完封勝利見たいよねー!?これから沢山見せてあげるからもっと応援してー!」
「おおおーー!!」
その声が聞こえたのか、弥一はプレーが途切れたタイミングで東京サポーターに向かって、もっと応援してと叫べば会場からは東京アウラを応援する声がより大きくなる。
それは前節、王牙がアウェーでやった時と同じ。弥一はそのやり方を真似して、チームだけでなく観客達も盛り上げていった。
『これは、凄い声援ですね!?一瞬東京アウラのホームなのかと思うぐらいです』
『神明寺君がサポーターの皆さんに言ってるように見えましたが、16歳で今日デビューしたばかりの若者がこういう事をする時代となりましたか』
「はぁ……はぁ……!」
35歳のベテランとして経験値は積み重ねてきたが、体の衰えがこのタイミングに出てくる。バスティオは大きく息を切らし、疲労困憊といった状態だ。
「おじさん、もう限界そうだね。無理しちゃ駄目だよー?」
マークする弥一の方はまだまだスタミナに余裕があるのか、楽しげな笑みを見せている。
「抜かせ小僧……!」
プロの先輩として、ベテランとしての意地が新人に屈する事を許さない。来たボールにバスティオは受け取ると、すかさず前を向いて弥一を巧みなドリブルで抜き去りにかかった。
「!!」
バスティオの目が見開く。あっという間の出来事だった。
彼のドリブルを見抜いていたのか、瞬時にボールを奪い取って弥一はスタータが詰め寄って来る前に蹴り出してクリア。
「くっそ!間に合わなかった!って、どうしたティオ?」
寄せが間に合わなかった事に悔しがるスタータだが、呆然としているバスティオの姿に気づいて駆け寄る。
「新人レベルじゃない……あの子供は……!」
弥一との一対一でバスティオは彼の強さを、骨の髄まで体感していた。自分と違う別次元だと脳が、体が理解してしまう。
ひょっとしたら世界トップクラスに匹敵か並び立つ程だと、彼の経験値がそう教えていた。
この後でバスティオとスタータは交代となり、今日の試合で無得点なのが確定。
やがて鳴り響く試合終了の笛。
『試合終了ー!!東京アウラ、アウェーの地で今シーズンのリーグ初勝利!清水スピリッツの攻撃を完封しての勝利です!』
「勝ったー!初勝利ー♪」
「おう、やったな!」
今日の試合でプロ初ゴールとアシストを決めた弥一と勝也。2人は互いに喜び、タッチを交わしていた。
「ゴール決めて勝ったんだから、絶対インタビュー呼ばれるよ?ほら、決めてきて♪」
「!お、おお……分かってるって!」
勝也は初のプロでのヒーローインタビューが来るとなって、試合の時より緊張してくる。何をどう喋ろうか、そんな事で頭がいっぱいになってしまう。
弥一に背中を押さながら、勝也はインタビューに向かう。
「神明寺、お前もインタビューするそうだぞ」
「あ、そうなんですかー?じゃあ行きますー♪」
そこへ弥一もインタビューを受ける事を伝えられ、兄貴分に続いて歩き出した。
「今日決勝ゴールを決めた神山勝也選手です、プロ初ゴールが決勝点と決めた時どんな気持ちでしたか?」
「えー、最初何が起こったんだろうって一瞬分かんなかったです。それで俺が決めたんだなと思うと、嬉しさが来ました」
リポーターからマイクを向けられ、勝也は緊張した面持ちで答える。
「勝也ー!今日はマイクパフォーマンスやらないのかー!?」
そこへサポーターの1人が今日は叫ばないのかと、インタビューの勝也にスタンドから叫ぶ。
「やらないって今日は」
自分の事はそう覚えられてるのかと、勝也は苦笑いを浮かべながらも答えていた。それから次の試合に向けて絶対勝つと意気込みを見せて、勝也のインタビューは終了。
「続いて神明寺弥一選手に来ていただきました」
「はいはいどうも〜♪」
勝也と違って弥一は緊張せず、サポーターに明るく手を振って応える余裕があった。
「リーグ屈指の攻撃力を持つチームを相手に完封勝利、プロデビューで大きな自信に繋がったと思いますがどうでしょうか?」
「んー、元々完封で勝てる自信あったんで、そんな変わらないですかねー」
此処でも飛び出す弥一のビッグマウス。
「無失点勝利と会見で言った事を有言実行、今の気分はどうですか?」
「とりあえずお腹空いたから今日のご飯、自分へのご褒美に何を食べようかなって考えてますよー♪」
弥一の言葉に会場からは笑いが起き始め、動画の時でも見せていたトーク力が此処でも活きる。
「皆こういう時って何を食べた方が良いかなー?」
「褒美なら寿司だろ!」
「阿呆か、シーズン中に生物は駄目だっての!」
「俺ならラーメン!」
「やっぱ焼肉しかねぇって!」
観客にも話を振ったりと、弥一はサービス精神旺盛な所を見せてサポーターを盛り上げていた。
5連敗からついに1勝。東京アウラはようやく、大きな一歩を踏み出して進む。
東京アウラ1ー0清水スピリッツ
神山(勝)
マン・オブ・ザ・マッチ
神明寺弥一
弥一「うーん、寿司にラーメンに焼肉と候補が結構出たねー」
勝也「お前間違っても寿司の方は行くなよ?俺らプロだからその辺を特に気をつけないと」
弥一「好きな物が食べられない所はプロって大変〜」
勝也「何処で厳しさ感じてんだ!?試合の方が高校の時よりレベル高くて大変とかあるだろ!」
弥一「悩んだけど焼肉にしようー♪肉肉〜♪」
勝也「プロでも変わんねぇやこいつ……」