反撃に向けて
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「現在首位は埼玉フォルテで5連勝と、序盤から独走に入っています!」
「埼玉フォルテは本当に今回好調ですね。若手とベテランの融合が上手く出来たり、エースの小熊選手が現在得点ランキング首位でゴールを量産出来てるのが大きいと思います」
サッカー番組で女性アナウンサーと、専門家がJ1の現状について語っていた。開幕から連勝を続ける埼玉フォルテが首位と、好調を維持してトップに立つ。
「一方信じられないのは、昨年覇者の東京アウラが5連敗で未だ勝ち点無しの最下位。特に2戦で8失点と守備に大きな課題が出ています」
「今年はどうも噛み合っていないように見えますね。サッカーもこの何試合かは弱腰に思えますし、今自分達のサッカーを見失ったり自信を失っているかもしれません。これを改善しない限り、最下位脱出は無いでしょうし降格も現実となってくるでしょう」
専門家から厳しい意見が飛び出し、映像では埼玉フォルテ戦で惨敗した試合が流れる。
「確かこの時、サポーターの方々が不甲斐ないと大激怒してましたよね。そこに神山勝也君がマイクを持って怒鳴った場面とか私見てて驚きました。ああいう事をやる選手が出て来たんですね」
「私から見てあまり褒められた行動ではありませんがね。感情のままに暴走して、サポーターの皆さんに怒鳴り散らすのは若さが悪い方に出てしまってます。もう少し冷静になってお互い話し合うのが一番だと思いますよ」
女性アナウンサーが勝也の行動に驚けば、専門家の方は駄目だと批判的な意見を述べた。
「東京アウラの巻き返しはあるのか、次節はアウェーで清水スピリッツとの試合となります」
「うおっ!?」
東京アウラの練習グラウンドにて、ジャレスが相手DFの1人を得意の踊るような、南米独特のフェイントで抜き去っていく。
「いただきー!」
「っ!?」
だが躱した直後を狙っていた弥一。ジャレスの左足が再びボールへ触れる前に、ボールを掻っ攫っていった。
「ちくしょうー!またヤイチかよぉ!」
弥一にはこうした練習で何度もやられており、ジャレスは悔しそうな顔で頭を抱える。
「はいはい皆声出して掛け合ってー!」
5連敗でチームの雰囲気が重い中、グラウンドでは弥一の明るい声が響き渡っていた。
「元気いっぱいだなぁ、あいつ。若いってのは良いよ」
弥一が声を出す所を、東京の左SDF佐々木はドリンクを飲んで休憩しながら見ている。その隣で、同じく司令塔の松川も休憩する姿があった。
「まぁでも……出ないだろ次もどうせ」
一度もメンバーに選ばれず、ベンチにも入っていない弥一。松川はまた留守番だろうと思い、腕を組んで練習風景を見守る音崎に目を向ける。
どんなにこの練習で良い所を見せても、彼は使おうとしない。なのでアピールしても無駄だと、2人とも弥一はまたベンチ外だろうと見ていた。
「次の清水戦について発表する」
その日の練習が終わると、音崎が選手達を集めて次の試合のメンバーが告げられる。
「GK、ロッド」
「!?」
今まで本道が不動のGKだったのが、今回彼は外れて新たにロッドがスタメンの守護神に選ばれた。周囲が驚くのに対して、ロッド本人は表情を変えず冷静そのもの。
続いてDFメンバーが発表されると、先程以上に周囲をざわつかせた。
「DF、神明寺」
「えっ!?」
音崎の口からまさかの名前が出て、思わず松川は驚くと声を出してしまう。他のメンバーも弥一がベンチを飛ばして、いきなりスタメン起用された事に驚く。
「(あれから決断したんだなぁ)」
この中で弥一はただ一人、康友と音崎の病院での会話を聞いていた。なので周囲と比べて大きなリアクションは無いが、スタメンDFに選ばれて満面の笑みを浮かべる。それから岩本、佐々木、橋田と4バックのメンバーが確定。
「MF、松川、風岡、宮崎、神山太一、勝也」
「!」
今度は勝也が驚く番だ。
前回後半の終盤しか出られなかったが、今回はスタメンから出場。兄の太一と組んで兄弟によるダブルボランチだ。
そしてワントップに堀田が選ばれ、システムは4ー5ー1で行われる。ジャレスの出場停止が解けず、2トップだったFWを1枚削って中盤を厚くさせた。
「(大胆過ぎねぇか?)」
「(神明寺やロッドとまだ出てない選手を一気に2人出して、10代の選手3人起用って……)」
試合に出ていない新人をいきなり起用と、口には出さないが選手達の心はざわついている。それぞれ戸惑いが起こる中、音崎が語り始めた。
「昨年の俺達は相手に読まれ、研究されている。ならば次の試合から昨年の東京アウラを捨てる」
開幕戦から5試合、去年のやり方で音崎や選手達は戦い続けたが、彼は次からそれを捨てると選手達に告げる。
「新人もベテランも関係無い。全員の力を合わせなければ、この状況を抜け出す事は不可能。次の試合アウェーでもなんとしても勝つ!」
最後に音崎が闘志を剥き出しにしながら、絶対勝利を手にすると彼らに力強いメッセージを送って、今日の練習は終了となった。
音崎による10代の選手3人起用、スポーツ紙では「5連敗で音崎代理監督、大胆起用!?」と世間にその動きが知れ渡る。
SNSでも「試合に出てない10代の選手を2人も使って勝てるのか?」「5連敗でもうヤケ起こしてない?」と、反応は多くあった。
東京アウラと清水スピリッツとの試合を前日に控え、試合前の会見が両チームの方で行われる。
「現在8位の我々としては上位に食い込み上に向かう為、決して負けられません。次はホームですから確実に勝ち点3を取りに行くつもりです」
清水スピリッツの監督は負けられないホームゲームで、必ず勝つと宣言。会見の場で無論具体的なサッカーについては、明かさなさったが攻撃的に行くつもりだ。
一方の別会場で前日会見を行う東京アウラ。会見の場には音崎だけでなく弥一、勝也、ロッドと噂の10代若手選手が揃って出席していた。
「クラブのワースト記録は7連敗でそれが後2敗と迫ってますが、今回の起用はそれを断ち切る自信があっての事ですか?」
「やってくれると信じての起用です」
記者からクラブの連敗記録を言われ、音崎は短く返答。この場で深くは語らない。
「勝也選手はお兄さんである太一選手と共に出場ですが、兄からアドバイスとかはもらっていますか?」
「あー、リラックスしていけとか言われはしましたね。後は……この前の事で滅茶苦茶怒られたぐらいです」
勝也に質問が振られ、答えていくと記者達は「ああ〜」と納得。当然彼らも勝也による、サポーターとのぶつかり合いは知っていた。
あの後に勝也は太一から強めの説教を受け、こってり絞られた後だ。
「僕はああいうマイクパフォーマンス好きですけどね〜♪」
その横で弥一はからかうような感じで笑うと、記者達の注目は小さなプロに向けられる。
「神明寺選手はロッド選手と同じく、今シーズン初参戦ですが緊張とか準備は大丈夫ですか?」
「勿論プロとして戦う準備は出来てますし、緊張も今は平気ですねー。まぁ実際ピッチに立ったらどうなるか分かりませんけどー」
大勢の記者達の注目を受けながらも、弥一は動画で喋り慣れてるせいか緊張せずスラスラと喋っていた。
「相手はリーグ屈指の得点力を持つ清水ですが、今の東京の守備で抑えられると考えてますか?」
弥一はこの時、記者達の心が見えている。何かインパクトある事を言ってくれないかと、欲しがってるようだ。これに弥一は小さく笑うと、備え付けのマイクを右手に持つ。
「あれぐらい抑えられますし、絶対無失点で勝てるって思ってますよ」
これには記者達だけでなく、勝也にロッド、音崎も弥一の方を向いた。皆が次の試合で絶対に勝利する、と強く思って目指す中で彼はそれだけで満足する気など全く無い。
狙いは相手を完全に制圧しての無失点勝利のみ、弥一はそれ以外の勝利など考えていなかった。
そして弥一の発言は明日を待たずして、ネット記事にて速報で掲載される。
「プロデビューの現役高校生が無失点勝利宣言!」
勝也「本当あの試合後にすっげぇ兄貴から延々と怒られたんだよなぁ……」
弥一「そんな怒られたんだー?」
勝也「お前は昔から後先何も考えてない!京子さんの時から何も学んでねぇのか愚弟コラァァ!とか」
弥一「ああ〜、色々思い当たっちゃうねそれ。って太一さん随分と変わっちゃうんだー?」
勝也「とにかく言えるのは、怒った兄貴はガチで怖い」
弥一「ていう修羅場のあの日にもう一つ修羅場があった、裏話でした〜♪」