首位の力
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「今日の試合、相当厳しそうだよねー。これ5連敗とかなったら最悪じゃない?」
「そこはもうちょっと信じてやれって、確かに相手はとんでもねぇけどよ」
東京のホームスタジアムにある選手用の観覧席。そこに弥一とジャレスは座って、今日の試合を見守る。
相変わらず今日も弥一はメンバー外で、ジャレスは前の試合の1発レッドによって2試合の出場停止を受けた為、彼も此処にいる。
弥一とジャレスも今日の相手が今までの試合で、一番とんでもない相手だというのは理解していた。相手は現在4連勝で首位を走る、絶好調の埼玉フォルテ。
チームの総合力においてJ1で1、2 を争い、サポーターの応援の熱さもトップを争う程で有名。日本の赤い悪魔として知られ、東京は今回その悪魔を相手にしなければならない。
「エースのオグマが得点ランキング首位を独走して、多く得点を重ねてるだけじゃなく、4戦連続無失点中と羨ましい戦績だよなぁ」
「んー、凄い無失点記録なら後6試合連続でやってほしいかな?」
「2桁かよ。お前に凄いと思われんのハードル高いな」
「え、優しくしてるつもりだけどー」
2人がそんな会話を交わしている間、今日の試合を戦う選手達がフィールドに現れた。
ホームの赤と青のユニフォームを身に着ける東京アウラに対して、白のアウェーユニフォームの埼玉フォルテ。
「ウィーアーフォルテ!ウィーアーフォルテ!ウィーアーフォルテ!!」
アウェーにも関わらず、多くの埼玉サポーターが大合唱でチームを応援する。これが日本一を争うサポーター達の熱だ。
「5連敗だけはマジで駄目だぞー!」
「首位の勢いを止めちまえー!」
ホームである東京サポーターも、声を張り上げて応援。彼らの方は何としても此処で連敗止まれと、埼玉の独走を止めろと、そういった声が特に多く聞かれた。
「うーん……」
「俊太どうかしたかー?」
「あー、いやなんでもないです」
小熊が相手の東京ベンチを眺めていると、チームメイトの先輩からどうしたと聞かれる。それに小熊はなんでもないと答えれば、円陣の方へと加わる。
「(まだ出ないのかぁ……あんまり待たせるなよ、なぁ与一君?)」
以前に弥一が名乗った偽名を彼はハッキリ覚えて、この場に弥一と会えなかった事が少し残念だと感じた。
「東京GOイェー!!」
「「GOイェー!!」」
太一がキャプテンを務める東京アウラ。今日も彼を中心とした掛け声で、試合前の儀式を終える。
「ウィーアービクトリーフォルテ!!」
「「ウィーアービクトリーフォルテ!!」」
キャプテンのDFを務める背番号6の男が、一際大きな声でチームの士気を高めていく。顔を勢いよく上げると共に表情が現れ、短めの黒髪が揺れ動く。
日本代表DFの要にして、闘将と言われる滝口王牙。日本随一のフィジカルを誇り、身長188cmで相手と空中戦でほとんど競り負けた事が無い。
東京アウラがゴールを奪う為には突破しなければならない、強大な壁として立ち塞がる。
「勝也君、今日なんかキミ目がキラキラしていませんか?」
「え?いや、そ……そんな事はねっす」
「(分かりやすい、嘘が下手で苦手というデータは昨年から更新しなくて良さそうですね)」
隣に座る勝也の様子に、賢人はすぐ何時もと違う事に気づく。勝也の目が普段より輝いているのが、とても分かりやすく伝わった。
「(滝口さん……本物だ、こんな近くでその試合が見れるってプロになれて良かった……!)」
日本の闘将と呼ばれ、キャプテンという位置を務めていた勝也にとっては憧れの存在。彼のようにチームを引っ張りたいと、サッカー選手としてだけでなく男としての憧れもある。
クラブでも代表でも数え切れない程、王牙の出る試合は見てきた。今日は敵として東京アウラの前に立ち塞がる。
『4連勝と4連敗、現在首位と最下位のチームが激突!東京アウラはこの悪夢に終止符を打てるのか!?それとも埼玉フォルテが容赦なく叩き落として首位独走態勢に入るのか!?』
『本当にチーム状態が真逆ですよね。東京はジャレス、マグネスと攻守の要である2人が出られなくて、埼玉はベストメンバー揃えてますから』
ホームの東京ボールからのキックオフで始まり、主審が時間を確認すると笛が吹かれた。
ピィーーー
「囲め6!」
東京スタジアムに集うサポーターによる大声援の中、王牙の大声によるコーチングが通って、中盤の混戦から抜け出そうとした太一を埼玉の中盤2人が素早く囲む。
太一のドリブル突破を許さず、2人がかりでボールを奪っていった。
「中盤めっちゃ良い動きしてくるなぁ〜」
「フォルテは中盤にすげぇ力を入れてるからな。中盤を制する方が試合を制するって言うし」
ジャレスの話を聞く弥一から見て、太一が中盤でボールを持った時に囲むまでが速い。それによって太一は咄嗟のパスも出せず、奪われてしまう。
「(それを動かしてるのは……あの人か)」
弥一の視線はフィールドで指示を飛ばす、王牙に向けられる。
ホームの大声援を受けて、東京が埼玉ゴールに迫り先制点を狙う。しかし3ー6ー1によって分厚い中盤となっている埼玉相手に、なかなかポールを前に運べない。
「ロングパスもやりづらいっスよね……」
「ええ、あれだけ寄せて来ると蹴る間を簡単には与えてくれそうにないですから。何より後ろにいるあの人が通してくれないでしょう」
「王牙さん空中戦凄いけど読みとかも凄いっスから」
埼玉の息継ぎを与えないプレスに苦戦する東京を見て、勝也と賢人がどうすれば突破出来るのか話し合う。
するとスタンドから大きく声が上がる。
『埼玉ボールを奪った!パスが通って小熊だ!』
中盤の選手がボールを奪うと共に、混戦の中でスルーパスを出した。そこに抜け出した小熊が左足で受けると、すかさず前を向く。
「(不味い!通せない!!)」
そこに岩本が追いつき、右からショルダーチャージを小熊に仕掛ける。
「わっ!?」
しかしボールを少し強く前に蹴り出し、そこに追いつく為に走るスピードを上げた小熊に躱されて、目測を誤った岩本はバランスを崩し転倒。他の選手が向かうも、小熊は既に本道と一対一の状況を迎えていた。
『小熊一対一!GK突っ込んでいく!』
本道は早い段階で大胆に飛び出しており、迫っていく事で相手にプレッシャーを与える。だが小熊はその姿を冷静に見ていて、GKの圧で慌てる事は無い。
ボールに飛び込んでいく本道。それを小熊が球を左足で巧みに動かし、GKを躱す事に成功。
「(撃たせるか!!)」
小熊が此処で躱すのに足を止めた間、太一がスライディングで滑り込み、右足で蹴ろうとしていた小熊のシュートをブロックに行く。
それすら見えたのか、小熊は右足で撃たずに切り返すと太一を躱してから、左足を一閃。ボールが無人のゴールに吸い込まれ、ゴールネットが揺れたと同時に埼玉サポーターのスタンドから、大きく声を発すると同時に一斉に立ち上がる。
『小熊決めたー!得点ランキング単独首位となる今シーズン7ゴール目!若手No.1と言われるストライカーの力を見せつけた!!』
『1人で岩本、本道、最後の神山まで躱してスピードと巧さを兼ね備えた素晴らしいゴールですね!』
「おおおーし!!」
真っ先に埼玉サポーターの所へ小熊は走り、共にこのゴールを喜んでいた。一方の東京はホームで痛い先制点を許し、多くの溜息が漏れる。
「(あら〜、あの人結構周り見えてて視野広めだなぁ)」
東京の選手を3人躱した小熊を見た弥一。足元の技術とかよりも、周囲がよく見えている視野の広さの方に注目していた。
冷静にしっかり見て、躱す技術を兼ね備えた若き日本のストライカー。彼を封じ込めるには骨が折れそうだ。
「(今日はあれよりヤバいのはこっちかもだけど……)」
この時、人々の感情を弥一は感じ取っていた。それは東京サポーターの一部に渦巻く心だ。
「(また駄目なのかよ)」
「(あっさり点取られやがって、守備ザルじゃねぇか)」
「(もうこいつら終わってんじゃねぇの?)」
連敗で不満の溜まっているサポーターから、点を取られた事で憎悪が膨らむ。
それは何時爆発してもおかしくなかった。
勝也「あ〜、滝口さんマジ格好良い……」
弥一「珍しく勝兄貴がうっとりしてるよ〜」
京子「勝也の部屋ってその滝口さんのポスターが多く貼ってあったりするから。雑誌も滝口さんがインタビュー受けてるのを買ったりとか、写真集も持ってて正直ちょっと大丈夫かな?って思った時もあった」
弥一「確かに身長高くてスラッとして、バラエティーで面白い事言ったりとか実はユーモアあって僕も好きですねー♪」
勝也「それが最大の課題だ……あの人を目標としてるけど面白さはむっずい!」
弥一「とりあえず今度僕とシュートスナイパーさんの漫才を見て学ぼっかー」