試練は続く
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「勝也、お前は今日の試合ベンチ入りだ」
「!まじっスか!?」
アウェーの名古屋戦の前日。勝也はコーチから明日の試合で、初めてプロの試合でベンチに座る事となった。
まだ試合に出られる訳ではない。だがベンチ入りすれば、出場の可能性はあって、ベンチ外の時とは全く違う。大きくプロの舞台に前進出来たと、勝也は小さく拳を握り締めて喜ぶ。
「(何時呼ばれても大丈夫なように、しっかり準備やんねぇとな!)」
次に目指すは公式戦のフィールドで試合に自分が加わる事。確実にプロデビューの時を一歩ずつ進んでいた。
『公式戦3連敗、前回覇者の苦戦が続く中で始まります今日の東京アウラ対名古屋エポラール!東京としては連敗を断ち切りたいのに対して、名古屋は此処で勝って上位陣に食い込んでおきたい!』
『今回東京は相当苦しいですね。風岡は戻って来たんですが柱のマグネスが負傷で欠場と、かなり大きな穴が空いてしまいましたから』
「今日こそ勝てー!東京ー!」
「風岡!チーム救ってくれよぉ!」
アウェーの地にも関わらず、多くの東京サポーターが名古屋のホームスタジアムまで足を運び、一生懸命に声を上げて応援している。
横断幕には「そろそろ勝ってくれ!」「連敗を止めろ!」といった文字が目立って見えていた。サポーターの望むことは1つ。東京アウラの勝利、そして連勝して昨年覇者としての輝きを取り戻し、優勝を争う強い姿を見たい。
『そして東京はこの試合に神山太一の弟、神山勝也がベンチ入りしています。プロの舞台に兄弟が揃って立つ時は来るのか!?』
『彼は高校の選手権で立見を引っ張って、闘志溢れるプレーで攻守において貢献してましたからね。そのプレースタイルはお兄さんそっくりな所ありますよ』
「(前線には日本代表FWの大里、中盤にはコロンビア代表のコルド、CDFにはベテランの笹本、GKは元ドイツ代表のクルーガ。若手やベテランの融合で向こう縦のラインしっかりしてんだよなぁ)」
初めてベンチに座り、チームのジャージを着た勝也はフィールドに立つ敵チームについて、しっかり調べていた。
名古屋エポラールは2勝1分けと負けなし。前線の大里やコルドを中心に点を取り、それを笹本やクルーガといった経験豊富なベテランが守って勝ち点を重ねている。
3勝目が出来れば、まだまだ上位陣から離されず食らいつける。選手達は絶対にホームで勝つと意気込み、多くの名古屋サポーターも後押し。
今シーズン不調の東京相手なら行けると。
「絶対勝つぞー!!東京GOイェー!」
「「東京GOイェー!!」」
今度こそ連敗から脱出すると、キャプテンマークを着ける太一の掛け声に皆も気合を入れた。
札幌の時とは違う、好調なチーム相手で更にアウェー戦。だがそんな事は関係ない。初勝利に向けて彼らは戦うのみだ。
ピィーーー
『名古屋のボールからキックオフ!ホームの声援に後押しされて、序盤から仕掛けに行く!』
『かなり積極的ですね名古屋』
相手の東京には守備の要にして、精神的な柱のマグネスが不在。今の東京相手なら行けると、名古屋は計算して序盤から攻撃に出ていた。
「立ち上がり集中しろ!受け身になるな!」
音崎が早くもベンチから立ち上がって、前に出て来れば声を掛ける。ボールを名古屋が支配すると、コルドに渡って南米独特のリズムによるドリブルで、相手を1人躱していった。
「(強靭な体で軽やかな動き……ああいうの理想の一つだよなぁ)」
相手選手の動きを勝也はじっくりと観察。しなやかな筋肉の鎧に包まれながらも、身軽な動きをするコルドを一つの理想形として見る。
中盤は相手との激しいぶつかり合いが多く起こり、チャージに耐えるか躱さなければならない。それをしながらボールを繋ぎ、時にはシュートや守備をする事が求められる。
側で見ていて分かる高校サッカーを凌ぐ身の削り合い。互いの人生が常に懸かっているので、負けられない真剣勝負の連続だ。
「アップまだ言われてませんよ勝也君」
そこへ同じベンチに座る、今回控えの賢人が話しかけて来た。
「何もしてねぇっすよ?」
「キミの顔を見てたら分かります。出場したくてウズウズしているのが」
落ち着かなくて、そわそわしていたのが見えたようで賢人はそれで分かったらしい。今にも勝手にアップに向かいそうだと。
「アップのタイミングはちゃんとコーチから伝えられます。無駄に動いてアップし過ぎで出場前から体力を消耗するのはチームにとって迷惑です」
「……すんません」
何時出番が来るのか分からないのに、自らアップに動くのは非効率的だと賢人から指摘を受けて、勝也は大人しく試合を見守る。
「しかし引いてますね守備陣」
賢人の前にはフィールド上で名古屋の猛攻を受けて、防戦一方な東京の姿が見える。何度も苦し紛れのクリアで凌ぎ、マイボールにする事が出来ていない。
「前線でキープ出来てないから、あれじゃDFの息継ぎ出来てないっすよ」
勝也から見ても東京の守備陣に、大きな負担がのしかかっているのは明らかだ。あれではいずれ破られる、そう思った時。
前線で体を張ってボールキープする大里。岩本が張り付いて奪おうとしていたが、大里は後ろを向いたまま右踵を使って、中央の僅かに空いてるスペースへパスを出す。
そこに来るだろうと分かっていたのか、コロンビア代表コルドがパスを受け取ればドリブルで中央突破。そのままエリア内まで侵入して、右足でシュートを放つ。
際どい左上のコースにボールが飛ぶと、本道はダイブして右腕を目一杯伸ばす。だが触れる事は出来ず、東京のゴールネットが揺らされた。
『名古屋先制点ー!日本代表の大里からコロンビア代表のコルドと、鮮やかな連携と個人技が炸裂!アジアと南米の代表共演だ!!』
スタンドに大里と共に走って、ゴールを喜ぶコルドにホームの名古屋サポーターは大盛り上がり。一方の東京は守り切れず先制点を奪われ、天を仰ぐ。
「源田、アップ」
「はい」
ベンチでは動きがあって、賢人にコーチからアップが命じれれば席を立って軽く走りに向かう。
「(俺も、早く……!)」
自分を早く呼べと強く願いながらも、勝也の前で試合は再び再開された。
『風岡走る!名古屋の左サイドを独走だ!』
左サイドを自慢の足で走り、そこに松川からのパスが来て左足でトラップ。ゴール前チャンスだとなって、東京と名古屋の両サポーターから大きな声が上がる。
「シンジ!」
ゴール前でベテランDF笹本の声に、DFが風岡の前に立つと風岡はすかさず切り返して左から中央へ向かう。そこからDFを避けて進むが、罠が待っていた。
「っ!?」
そこに来ると分かって、待ち構える笹本が風岡からボールを奪い取る。
彼は風岡をあえて走らせながら、ドリブルのコースを限定させて此処まで誘導していた。ベテランの経験値あってこその守備だ。
『風岡止められた!元日本代表の笹本、熟練の技が光ります!』
決定的なシュートまで持っていく事が出来ない。東京の反撃を名古屋の守備が阻み、同点ゴールは許さんと大きな壁として立ち塞がる。
「野郎が……!」
この試合がでボールが来ず、チャンスも巡って来ない。ブラジル人のエースFWジャレスは苛立っていた。
チャンスが来たら絶対決めてやると、名古屋ゴールを睨みつけた後に彼へボールが送られる。
「ウオっ!?」
後ろから強く押された感覚が伝わり、ジャレスは前のめりに倒れてしまう。
『これは反則!名古屋DF山本、後ろからジャレスを押したとされてファールを取られました!』
「お前邪魔しやがって!!」
「うわぁ!?」
「ジャレス!」
ファールを受けてカッとなったのか、ジャレスは怒りのままに相手の胸辺りを右手で強く押した。押された相手が倒れると両選手が駆け寄り、太一と風岡が2人がかりでジャレスを止める。
スタジアムに緊迫した空気が流れ出す。
『あーっと!ジャレスが山本を突き飛ばした!これはいけません!』
主審が何度かの笛を吹いた後、彼はジャレスの前に立って胸ポケットに入っているカードに手をかける。そして右手に掲げてジャレスや周囲に見せたのは、赤いカードだった。
レッドカード、つまり1発退場だ。
「マジかよ……最悪過ぎんじゃねぇか」
東京サポーターからはブーイングが飛び、監督の音崎は深刻な顔で腕を組む。
「っ!!」
ジャレスは太一と風岡を振り払うと、怒りが収まらないまま芝生を踏み潰すように歩く。
10人となった東京アウラ。更にジャレスは出場停止となって次の試合は出られない。
連敗中のチームに最悪の流れが来てしまっていた。
詩音「大丈夫なの!?アウラかなり滅茶苦茶じゃん!」
玲音「もう堕ちる所まで行くよこのままだと!」
詩音「そこはやっぱり神明寺先輩の出番でしょ?窮地の時こそヒーローが輝く!」
玲音「そうそう、あの人が出てチームを救う……ヤバ、想像しただけでも格好良くて痺れる……!」
詩音「うんうん、活躍して早く例の掲示板でイタリアさん復活してほしいよねー」
玲音「イタリアさん神明寺先輩が出ないってなってから全然書き込みしてくれなくなったからねー」
摩央「ツッコミ不在だとあいつらの弥一トーク止まんねぇよ!あの双子だけでやらせようと言ったの誰だー!?」