初勝利に向けて
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「勝兄貴」
「うん?」
「東京こんな事になるとか、思ってなかったよね」
「まぁな……思いもしねぇだろ」
J1第3節、東京アウラとアニモ札幌の一戦。今シーズン2度目のホームゲームを迎え、再び弥一と勝也は選手専用の観覧席で今日の試合を見守る。
東京アウラは開幕前、まさかの監督を務める工藤康友が交通事故で半年の入院。代わりに指揮を任された音崎と共に、チームは奮闘するもリーグ戦2連敗と、決して良くない立ち上がりだ。
「またマグネスや風岡さん不在のままだし、不味いんじゃない?」
「けど今日の札幌はこっちと同じ2連敗スタートで、向こう前回大量失点して悪い負け方してるから。うちより流れは悪そうだよな」
勝也が調べたアニモ札幌は2試合を戦って勝ち点0。東京も同じだが、得失点差の関係で札幌より上の順位を行っている。
弥一の言うように前回のストレングス大阪戦の時と同じく、チームの要であるマグネスと風岡は代表戦の為に不在。だが今日の札幌は彼ら無しでも、充分勝ち目はあるだろう。
「今日こそ勝て勝て東京ー!!」
「ホームだそホーム!」
「そろそろゴール決めてくれー!」
3連敗は避けたいと、東京サポーターの応援もそれぞれ力が入っているのが感じられた。此処でもう悪い流れを断ち切りたい、選手だけでなくサポーターも強く願っている。
その両方の心が伝わっているのは弥一だけだ。
「弥一、勝也」
「おうロッド」
「ようこそー♪」
2人が話していると、そこに私服のロッドがやって来る。何時もはジャージだったり、ユニフォームといった格好が多いが、彼のこういう姿は新鮮に見える。
試合に出られない者同士。彼らは共に練習して、交流を深めていた。
「今日の試合が重要で居ても立ってもいられなかった。テレビやスマホで見るより現地で見るのが一番だ」
「そりゃ生の迫力に勝る物は無いからねー。というか今日行けないと、多分上位陣が連勝で勝ち点を重ねそうだしさ」
連敗脱出の為の大事な試合だとロッドは理解しており、弥一も今日勝たないと成績上位のチームが抜け出して、追いかけるのが難しくなりそうと見ている。
「やってくれんだろ、絶対……なぁ兄貴……!」
勝也は祈る思いでフィールドの、東京アウラの背番号6を背負う太一を見守る。
『昨年王者の東京アウラがまさかのリーグ2連敗スタート。こんな事は誰が予想出来たのか?やはりサッカーは何が起こるか分からない!悪い流れを断ち切れるのか、この4万人を超える観客達の前で勝利をなんとしても届けたい事でしょう!』
『今日のアニモ札幌も2連敗と苦しいスタートですからね。しかも前節は悪い負け方をしてますし、流れを断ち切りたいのは彼らも同じでしょうね』
「今日絶対勝つぞ!東京GOイェー!!」
「「東京GOイェー!!」」
今日のゲームでキャプテンマークを身に着けるのは太一。声を張り上げていく所は、やはり勝也の実の兄貴だと思わせる。
「(今日こそ絶対勝つ……!)」
並々ならぬ闘争心を持って、太一は今日のゲームに臨む。昨年のリーグ覇者、常勝軍団としてもう負けられない。
「勝兄貴、今日は太一さん良い感じで気合入ってそうだよー」
「そりゃこっから見ても伝わる。ああいう時の兄貴はやってくれるからよ」
弥一と勝也は今日、太一はやってくれるとそれぞれ感じていた。そんな中でロッドは空の方を見上げる。
「(雨……降りそうだな)」
スタジアムの空では雨雲が発生。空は今にも泣き出しそうで、雨が何時降ってもおかしくない。
ピィーーー
東京ボールからキックオフ。司令塔の松川を中心に、今回はゆっくりとボールを回していく。
「来てる!」
そこに太一が声を出すと共に、松川へ相手の札幌選手が迫って来た。取られそうになるも、かろうじてバックパスで太一に預ける。
「何か危なっかしいよー。パス回しが不安定だ〜」
「今の所メンタルで負けてるな。相手の方が勝つ気持ちが強く見えるぞ」
ハラハラするような感じで、弥一が試合を見ている横でロッドは腕を組み、難しい顔を浮かべれば東京は現時点で負けていると思った。
試合は膠着状態となり、互いに展開が動かない。これではつまらないと、試合を見守る量チームのサポーターから攻めろとブーイングが飛び始める。
『前半両チームあまり動きませんが、おっと?雨が少し目立って来ましたね』
『試合前もポツポツと降ってましたけど、時間が経って本降りに近づきつつありますかね?ボールや芝生が雨で濡れてやり難い環境になってきますから、両陣営降るな!と思ってそうです』
「やだな〜、雨降ったらすっごい不利になりそう〜。ほら、漫画とかでよくあるじゃん?雨降って主人公のチームが劣勢になっちゃう展開がさぁ」
「現実なら漫画と違って互いにやり難くなっちまうだろ。雨で相手だけ有利なんてあり得ねぇよ」
サッカーの漫画を暇つぶしに読んだ事のある弥一。その中で雨の時は苦戦しやすいというイメージがあって、アウラもそうなってしまうのではないかと不安が過ぎる。
そんな事無いだろ、と勝也が思っていた直後だった。
『おっと佐々木!足を滑らせてしまったか!?札幌、田中が右サイドを抜けてドリブルだ!』
「あー!ほらー!」
「マジ!?ヤベェって!!」
雨の影響で予期せぬピンチを迎え、弥一と勝也は揃って危ないと叫ぶ。やはり雨は良くないのかと、札幌の選手がドリブルで突き進むのを見ている時。
そんな事は無いと言わんばかりに、1人の選手が立ち塞がってボールを奪取。
『奪い返した神山太一!味方のミスを帳消しにしてみせた!』
『カバー広いですね。流石神山は良い守備をしてきますよ』
「(雨強くなって来たな……!)」
東京のゴールマウスに立つ本道は雨に打たれ、本降りへと変わって来た事に気づく。会場のサポーターもほとんどがレインコートを着用して、雨の中でも声援を送る。
「遠目からでも良い!積極的に狙え!」
音崎は着ているジャージが雨で、ずぶ濡れになるのを気にせず前に出て来ると、遠目からでもシュートを撃てと伝えた。
この雨だ。ボールは雨で濡れてGKも普段のキャッチが難しくなり、セカンドとなる可能性が増していく。だが札幌のDFもそれを対策してか、キック力のある東京選手をそれぞれマーク。簡単には撃たせない状況を作り出す。
『なかなか攻められない東京!2戦を戦い、勝利だけでなくゴールも無い!今日も1点は遠いのか!?』
「1点……それさえ取れれば流れは一気に変わるもんだと思うけどな」
「うーん、前半そろそろ終わっちゃうよ」
悪い流れはゴールを決めれば一気に変わる。それがサッカーだとロッドは理解していた。横の弥一がスマホで時計を確認すると、前半終了の時が迫る。
「ぐっ!」
相手選手の厳しい当たりに遭いながら、松川が右足で札幌ゴール前にパスを送る。
「(駄目だ!長過ぎた!)」
「オーライー!」
蹴った瞬間、松川はミスキックと確信してしまう。ゴール前のジャレスに向けたボールのつもりが、相手GKにまで行ってしまう。俺に任せろと周囲に声を掛けると、高く上がったボールをキャッチする。
「あ!?」
しかしボールが雨で濡れて、GKのグローブからスルッと逃げていくように球が零れた。それを見逃さなかったのはブラジル人ストライカー。
相手に拾われる前に素早く詰めれば、右足を振り抜く。雨の中でもしっかりコントロールされた上、パワーのあるシュートが豪快に札幌ゴールネットを揺らす。
その瞬間、スタジアムの東京サポーターが総立ちで叫んだ。
『ジャレス押し込んだぁぁぁ!東京アウラついに3戦目にして今シーズン初ゴール!待ちに待った得点が生まれました!!』
前半終了間際の得点で選手達が喜ぶ中、決めたジャレスはクルッとバク宙を決める、アクロバットのゴールパフォーマンスを披露。自身の身体能力を見せつけた後、スタンドに向かって猛々しく吠えた。
「(雨じゃなければGKも普段通りキャッチ出来たかもしれないが……降った時は色々気をつけなきゃいけないな)」
キーパー目線からロッドは雨が大きく影響して、キャッチミスが起こったと味方チームが決めて喜ぶよりも、静かに分析していた。自身もGKなので何時そういう試合に出るか分からないので、決して他人事ではない。
「待たせ過ぎだよ初得点ー!雨でやらかしたのあっちで良かった〜♪」
「おーし!良くやったジャレスー!」
まるで普通の観客のように試合を楽しみ、アウラの得点を見た弥一と勝也は共に喜ぶ。
前半アディショナルタイム、東京アウラがジャレスのゴールで1ー0のリード。前半はこのまま終了してハーフタイムに入る。
弥一「高校サッカーの時は雨でサッカーやんなかったねー。それ思うと天候に恵まれまくり?」
勝也「立見や対戦校に雨男がいないとか、結構な運だと思うけどな。何試合もやってりゃ雨や強風に雪とかありそうだったろ」
弥一「だからこういう雨の試合は珍しいかもねー。やっぱ出てる選手達は色々大変だけどさ〜」
勝也「ボールコントロールが普段より全然難しかったりするからな。勿論雨の試合を想定して練習する時もあるけどよ、雨の中で試合形式をやったりボールを水で濡らしたりとか」
弥一「ちゃんと雨対策の練習を陰でやってました♪」
勝也「そういう雨対策はアウラも当然やってるだろうし、行けると思いたい!」