何よりも優先すべき事
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
都内にある遊園地の前、そこでサングラスをかけて黒いキャップをかぶり、白いダッフルコートを着る弥一はそわそわした様子で誰かを待っている。
「(うーん、早く来過ぎちゃったかなぁ?)」
普段の学校や部活でも、そこまで早く来る事の無い彼が今日に関しては、約束よりも30分早く来ていた。今日この場所である人物と会うのが楽しみなあまり、結果早過ぎたようだ。
「弥一君ー!」
自分を呼ぶ声が聞こえて来ると、弥一は振り向いて満面の笑みで手を振る。
「輝咲ちゃーん、こっちこっち〜!」
急いで駆けつけて来るのは、黒いライダージャケットを身に着けた長身の女性。ボーイッシュな彼女にはよく似合い、そこらの男よりも男前に着こなしていた。輝咲の姿を見つけた弥一は、実に嬉しそうに手を振って自分のいる場所を伝える。
なかなか思われないだろう。見た目は男兄弟な2人が、実は付き合っている高校生の男女だとは。
「もしかしたら早く来るかなと思って早めに家を出たけど、僕より早く来てたなんてね。待たせちゃったかな」
「ううん、待ってないー。遊園地どう楽しもうか考えてたら来てくれたから♪」
弥一と輝咲はこの日に遊園地で遊ぼうと、デートの約束をしていた。弥一が今忙しい立場なので、輝咲は予定のキャンセルもあるのではと思ったが、そんな事は全く無く彼はきっちり約束を守る。
「確か輝咲ちゃん、これ乗りたがってたよねー?混んじゃう前に行っちゃおうか」
「そうだね、人気で数時間待ちとか全然あるからね」
開園前に弥一と輝咲で、どう遊んで行こうか話している間、時間は進んで開園時間を迎えた。
桜見遊園地は家族での来園が最も多く、女子グループや男女の恋人同士の姿も多く見られる。その中に溶け込み有名人だと騒がれず、2人もチケットを買って通った。
「わー!?落ちる落ちるー!」
「まだ此処からだからねー!?」
「わぁぁ〜〜!」
落差の激しいジェットコースターに乗る2人。輝咲は絶叫系が好きなようで、怖がる事なく高速の世界を楽しむ。弥一も苦手ではないが、想像以上だったようでかなり驚いていた。
「多分あれ勝兄貴とか秒で気絶するかなぁ〜」
「彼そんなジェットに耐性無いのかい?」
「京子先輩とデートの時かなりヤバかったそうだよー」
輝咲が乗りたがっていたジェットコースターへ、真っ先に乗った弥一は前に京子から聞いた、勝也との遊園地について話していた。2人が会話をしながらも園内の売店に向かい、飲み物と軽食を購入。
「これこれ〜♪名物のギザ耳クッキー食べたかったんだ〜♡」
「それはSNSでも映えのスイーツとして紹介されてるね。立見の女子達も話してたから」
「あ、そうなの?じゃあ記念に1枚っとー。輝咲ちゃんも入ってー♪」
食べる前に弥一はスマホを取り出して、クッキーを手に持つと輝咲もそこに入れば、自撮りで記念の1枚を撮る。
「(何か贅沢だなぁ僕は)」
今や彼は高校サッカーにおいて時の人。個人でCM契約をしたり、プロ契約も結んでPRの為に動画出演まで果たし、様々な活動をしたりと忙しい立場になってしまった。
弥一を必要としている者が大勢いるのに、彼の時間を今独り占めしている。名物のクッキーを幸せそうに食べる彼を見て、輝咲は贅沢かなと思いながら共に同じ物を食す。
「弥一君、明日とかこの先の予定に響いたりとかしないようにね?」
「大丈夫だよー。打ち合わせとか終わってるし、次の試合も僕出られない上に大阪への遠征行けないからさぁ〜」
輝咲は弥一の体調を気遣い、無理はしないよう言うが弥一はペロリとクッキーを平らげた後、予定は何も無いと若干残念そうだった。
その原因は大阪の遠征が出来なくて東京で留守番。学業とPRの仕事に専念してもらいたいと、クラブから言われて彼の大阪グルメを味わうという、密かな野望は達成出来なかった。
メリーゴーランドにコーヒーカップ、ゴーカートにお化け屋敷と様々なアトラクションがあって、1日だけでは全て行けないかもしれない。
また今日はステージにて戦隊ヒーローによるショーも行われ、子供達は時間になるとそちらへ集まっていく。
「あ〜、確か戦隊物とか勝気君好きだっけなぁ」
「そうなのかい?」
「家に遊びに行った時、一緒に見てて目を輝かせてたからねー」
勝也の子供、勝気の面倒は弥一も何度か見ている。子供好きなせいか、弥一は勝気を可愛がってて、彼の方も懐いていた。
なので好みについては大体把握している。
「僕も将来息子とか出来たら一緒にヒーローショー見たりとかするかな〜?でも興味持つと限らないし、娘だったらまた色々変わるかもだから〜」
「(将来、か……)」
弥一が楽しそうに話す横で、輝咲は弥一の将来どうなるんだろうと考えていた。
彼はサッカーの天才。これから彼は更なる活躍を見せて、より遠い所に行くかもしれない。そうなったら支える存在が必要となってくる。
いずれ自分の手が届かない所まで行ってしまう。弥一の人生でそれがベストだと理解するも、それを考えると輝咲は寂しく悲しいと思った。
「弥一君、次行こうか!」
「あ、うん」
自らの気持ちを振り払い、切り替えて輝咲は明るく振る舞う。
それに弥一も頷けば次のアトラクションに向かった。
「おお〜、間近で見るとめっちゃ大きい〜」
1日遊園地を楽しみ、弥一と輝咲は最後の乗り物となる巨大観覧車の前に来ていた。桜見遊園地でこれが目玉となっており、カップルの人気が高い。
現に2人の周囲は多くのカップルの姿が、観覧車を待っている。
「もうすぐ夜になるから、夜景とか見えそうかもね」
「それ綺麗そうだよー♪」
2人が話してる間に順番が回って来て、係員の案内で共に観覧車へ乗り込む。
ゆっくりとしたペースで上へ登り、徐々に地上からは遠ざかっていく。
「おー、綺麗〜♪」
「本当だ。美しいな……」
一番上まで観覧車が来ると、丁度空は闇に包まれて夜の姿を迎える。その時、観覧車から見えたのは多くの光で照らされる、桜見の綺麗な夜景だった。
「あ」
すると弥一のスマホが鳴る。通話の相手が画面に表示されると、仕事関係からの電話だと分かる。
だが弥一は迷う事なく拒否をタップした後、スマホの電源を切った。これで再び電話がかかる事はない。
「弥一君……いいのかい?大事な電話だったらどうするんだ?」
「いいよ別にー」
「今の時間より大事な事なんてこの世に無いから」
「……!」
はっきり言いきる彼の表情は真剣そのもの。弥一の顔、目を見て輝咲は大きく胸が高鳴った。
大事な仕事の電話だったかもしれない。だが弥一は耀咲との時間を一切邪魔されたくなかった。それだけ彼にとって、今の時間は全てに優先する事だ。
仕事よりも、仲間よりも、家族よりも弥一は彼女を一番にしていた。
「弥一君……」
その時、輝咲もスマホを切って他からの連絡を一切来なくさせる。
「僕も同じだ。今より大事な事なんかこの世に存在しない……」
彼がそう思ってくれる事が何よりも嬉しく、輝咲の心をとても暖かくさせてくれた。
「(……このまま観覧車も時も、止まってほしいなぁ)」
弥一と輝咲は寄り添い、共に同じ夜景を眺める。
この時間が終わってしまうのがあまりに名残惜しく、弥一は彼女との時間がもっと続いてほしいと密かに願う。
勝也「凄ぇ満喫してんじゃねーか」
弥一「明るい時間から暗くなるまで堪能しました〜♪」
勝也「口説き文句まで言いやがって……本当成長したよお前は」
弥一「ちなみにお化け屋敷とか行ったけど、そのシーンは残念ながらカットとなりましたー」
勝也「何でカットになったんだよ?おい、弥一何処行くんだー?」
弥一「輝咲ちゃんがお化けとかゾンビに強くて怖がらない上に、僕も隠れてるスタッフさんの心読めちゃって、このタイミングで出て来るなっていうの分かっちゃったから撮れ高あんま無かったんだよね〜……」