監督とクラブの判断
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「流石に合流して全体練習もそこまで重ねてはいなかったんだ。むしろ選ばれたら奇跡みたいなもんだろ」
「青春は、リーグはまだまだ長いぞ青少年!これくらいで落ち込んでたら持たないからなー?」
スタメンに選ばれたマグネスと太一。彼らは選ばれなくて落ち込んでそうな勝也に、自販機のジュースを一本奢って声をそれぞれかける。
「分かってるって……ありがとう」
奢ってもらったジュースに勝也が礼を言うと、オレンジジュースのプルタブを開ける音を響かせながら、勢いよく飲み始めた。
「お世辞とか無しで日に日に動きが良くなって、チームの戦術のフィットはしてると思う。遅かれ早かれ、出番の時は来るはずだから何時でも行けるようにプロとして備えた方が良い」
陽気なマグネスも此処は表情を引き締め、真面目な顔で控え選手としてするべき事を教えていた。日々の練習で勝也は戦える領域に近づいている。なので後は時が来るのを、牙を研いで待つのみだ。
「……おう」
勝也は奢ってもらったジュースを飲み干せば、改めて彼は決意する。開幕戦は逃したが、次は出てやろうと。
「まだこれからだ。リーグは長いし、他にも色々な大会が待っている。遅かれ早かれ出番は来るからな」
太一も勝也の肩を軽く叩き、励ます。彼は密かに楽しみにしているのだ。何時の日か実の兄弟揃って、プロの舞台で戦える時を。
「……ところで弥一君見なかったか?」
「え、あいついねぇの?」
周囲を見回しながら、太一は弟に行方を聞くと勝也の方もそういえばと、弥一の姿が無い事に気づく。
「ひょっとしたら、アクアクーラに続いてまたCMが決まったから、その打ち合わせに出かけたりしてなぁ?」
冗談交じりにマグネスは明るく笑うのだった。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
クラブハウスにて、受付の女性職員に音崎が声を掛けると、彼はそのまま奥の部屋に消えて行く。
「(流石に立見の時みたいにすんなりとは行かなそうだなぁ〜)」
そのやり取りを物陰に隠れ、見ていたのは弥一。彼は監督の真意を知ろうと、こっそり後をつけていたのだ。音崎だけでなく、他の者にも見つからないように尾行。
まるで探偵を思わせる今の弥一だが、見つかれば問題視される事はほぼ確実だろう。音崎が奥に消えていったので、弥一は中の様子を伺おうとするも、そこに立ち塞がるのは受付だ。
どう通ろうにも受付は避けて通れないので、当然呼び出されたりしていない弥一が通る事は無理だろう。
「(あ、そういえば奥の部屋……窓半開きにしたままだった!どうしよ?今から部屋行って閉めづらいし、外……も受付の仕事あるから今無理で、あれで中の大事な話とか聞かれて外部に漏れたら私クビ!?どうしよう〜!?)」
弥一が受付の女性職員の心を覗くと、彼女はどうやら追い詰められているようだった。しかしその事情も弥一にとっては都合が良い。
やるべき事が決まると、彼は物陰から出て来て自ら姿を見せれば、受付に向かう。
「あれ、神明寺君どうしたの?」
選手の姿を見て、呼ばれたのかと思い彼女は首を傾げる。
「お姉さん、外の窓が半開きになってたから閉めときましたよ〜♪」
「え、本当!?」
弥一の言葉を聞いて、女性職員は分かりやすくパァッと顔が明るくなった。
「何で開いてるんだろう?って思いながら〜」
「それはー……まぁ、とにかく報告ありがとね」
「はーい、お姉さんまた〜♪」
窓を閉めたというのは弥一の嘘だ。
彼はそう言って、彼女が隙あらば抜け出して外の窓を閉めに向かわせまいとする。それに気づかないまま、受付の仕事に専念しつつ内心で良かった!と心底安心していた。
弥一は建物の外へ出ると、小さな体を茂みに隠して進む。そこに辿り着くまで誰にも見つかる事なく、問題の半開きとなっている窓の前に到着。
「(お、ばっちり聞こえる……)」
そこから音崎や数人の会話が丁度聞こえて来て、弥一は息を潜めると彼らの会話を聞く。
「勝也君や神明寺君がベンチ入りもしないとはなぁ……」
「僕はてっきり神明寺君なら試合に出るだろうと思ったぞ。彼なら開幕戦を充分戦える力があるように見えたし」
音崎の決めたオーダーに、上層部の者達は意外だと考えていた。スタメンはともかく、ベンチ入りならするだろうと思ったのがそれすら無かったのだから。
「彼ら新人選手はこの東京アウラに合流して、まだまだ日が浅いです。プロとして戦える程の体作りも出来ていない上、全体練習を満足に重ねないまま試合に出てはチームが崩壊する恐れがあります」
音崎の考えとしては、彼らはまだ充分に全体練習を重ねておらず、チームのシステムに対応しきれないという事だった。
なので今回はチームから外し、外から勉強させようという狙いがあるのかもしれない。
「しかし、彼らを出すのも面白いと思うがな。勝也君は太一の実の弟で、兄弟揃ってのプロとして注目されるだろうし」
「神明寺君に至っては高校サッカーの生きる伝説となってかなり話題性は良いと思うしな」
「……」
彼らの場合はサッカーの戦術云々ではない。彼らを起用して、観客の受けや盛り上がりを重視しているのが分かる。
「彼らの才能は……大切に育てるべきと考えています。準備もなく彼らを出しては、下手をすれば潰れてしまう」
音崎としては優れた才能は大事に育てるべきと考え、その為に今すぐ出すのは違うだろうと思っていた。
「……まあ、今の監督は君だ。我々はとやかく言えない。とにかく今は工藤が不在で大変な時期。君も色々と必死だろう」
「しかしこのまま神明寺弥一が宝の持ち腐れとなるのは、勿体ない気がしますね」
1人がこのまま弥一を出さず、留守番ばかりなのは惜しいなと考えを持っていた。
「ならこういうのはどうだろう?神明寺君は番組やクラブの公式動画などで出てもらい、PRに専念してもらうというのは」
「そうだな。幸い彼はカメラで緊張するようなタイプではない……うむ、適材適所だ。何かと注目度の高い彼を起用する方がタレントよりも宣伝効果があるかもしれん。最近彼の出ているCMも人気のようだし」
「まあ、彼は学業もあるし練習にも出なければならんから無論あまり無理はさせられないがな。しかし、これを機にプロからタレントに転向されるのもそれはそれで困るか」
上層部の冗談に、部屋からは笑い声が漏れていく。
試合に出ないなら、クラブの利益を優先して弥一をPR側に回す。それで皆の意見は概ね一致。その中で音崎は何も言わず、無言で彼らを見るのみとなっていた。
「(ああ、つまり客寄せのピエロとかパンダになって働けって事か)」
音崎の構想で弥一や勝也がメンバー入りをする事は、現時点ではない。そこにクラブ側は手の空いた選手を使って、こうすれば良いと考える。
今の弥一の仕事はプロ選手として、フィールドでサッカーをするのではなく、東京アウラをPRする広告塔のような役目をこなす。
「(ま、それもプロとして大事なお仕事って事でやるかなぁ。ひょっとしてマスコットの中に入れ、とかもあるのかな?)」
それが与えられた仕事なら、弥一はやってみるかと決めた。とりあえず彼はこっそりと半開きの窓を閉めて、再び茂みに隠れながら密かに離れていった。
弥一「動画出るんだったら挨拶とか考えた方が良いかなぁ?朝の人も昼の人も夜の人もお疲れ様ー♪とか」
鞠奈「ボツ、それじゃ初っ端の掴みは取れないからね!?」
弥一「おー、プロの人がいたー♪」
鞠奈「そっちの道に進むなら、それはもう手取り足取り教えるし!とりあえず挨拶はシンプルかつ面白く短く!真似しやすい方がバズるからね!?」
弥一「そっかぁ〜。じゃあ改めてシューターズの動画見てみよっかなぁ」
鞠奈「(いや、参考にすんならそこ私の動画見てよショタっ子!そんでいずれはクラブの許可取ってコラボして登録数や再生回数が爆上がりのうなぎ登りに……!!)」
弥一「(心の声が今までの人の中で1、2を争うぐらい大きい〜!)」