終盤に待っていた最悪と最高
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「見ろ見ろタイチ!凄い事になってるぞ!」
「何だよマグネス?」
東京アウラの練習グラウンドにて今日の練習が終わり、ベンチで休憩してドリンクを飲む太一に、スマホを見るマグネスから声が掛かる。
「高校サッカーのほうを見てみろ!」
「ああ、確か立見と八重葉……」
弟のいる立見が決勝進出した事は勿論知っていた。だがチームの練習を中断する訳にいかないので、終わってからゆっくり見ようとしていた太一に、マグネスは見ろと急かしてくる。その勢いに太一も自らのスマホでライブ配信をチェック。
「0ー0、粘ってるな立見……!?」
表示されたスコアを確認してから、フィールドを見ると太一は驚く。中盤に立見の選手達がわらわらといて、数で八重葉の選手達を押していく。
「まさか高校生で3ー7ー0を拝めるとは思ってなくてさ、こんなの俺達の方でも見た事ないだろ?」
マグネスの言葉に太一は小さく「ああ」とだけ返す。このような陣形はプロの舞台でも見ていない。過去に海外のビッグクラブが用いた事があり、まさかそれを真似しているのかと太一は画面に注目。
「この前の練習参加では今ひとつな動きだったけど、今日の弟は見違えるようじゃないか。彼はキャプテンマークを巻いた方が能力にバフかかったりするかい?」
「そんな話は聞かないな。でも誰かを引っ張るのは好きだと思う」
太一やマグネスから見て、勝也は活き活きと走り回り、攻守で貢献している。夏に練習参加してきた時とはまるで別人、水を得た魚のようだ。
「(まあ何より一番力を発揮しているのは、悪戯好きな悪い子だろうな)」
その勝也よりも、今のシステムに最も適して自らの力を最大限に発揮しているのは彼だろうと、マグネスは画面の弥一に注目する。
悪戯好きな悪い子。マグネスから見て、弥一はそういった印象だった。
「相手も苦しいぞー!此処粘れー!」
プロが注目しているとは露知らず、勝也は後半の終盤に来て、運動量の落ちて来た味方選手達へ声を掛ける。その間に絶えず走って足を止めない。
「大城!上がれ!」
「!」
そこに八重葉の監督から大城の攻撃参加を指示。終盤戦で彼の高さとパワーを攻撃に注ぎ込むつもりだ。
「(大城は止めないと!)」
成海と武蔵が上がって来る大城がボールを受ければ、素早くマークにつく。しかし彼のパワーによって2人がかりのマークは、強引に振り払われる。
これによって彼は一瞬フリーとなり、ゴールを鋭く見据えた。
「大門来るー!!」
「!」
弥一の叫びと共に、大城の右足から豪快なキャノン砲が放たれる。
唸りを上げるようなロングシュートが立見ゴールを襲い、ギュンッと影山や間宮の間を通り過ぎていき、最初低空飛行だったのがホップして上がっていった。
「くおおっ!」
浮き上がる豪快なロングに、大門はバシィッと両手でガッチリと押さえ込んでキャッチ。かなりの衝撃が伝わるも、それに負ける事なくキープ。
『大城の豪快なロングシュート!GK大門これを止めました!』
『かなり力のある良いシュートでしたが、遠かったとはいえ零さずよくキャッチしましたね。これはナイスキーパーです』
「大門ナイスキーパー!工藤なんか目じゃないよー!!」
「(いや、それ言い過ぎ!)」
盛り上げる弥一に対して、そう思いながらも皆に大丈夫と声を掛けて一度落ち着かせる。
「向こうも延長戦に行く気は無いみたい」
「上がってますからね大城が」
大柄なDFが前線に上がりっぱなしとなっている姿は、立見ベンチに座る京子や摩央からよく見えていた。
「大城さんって190cmですよね〜?間宮先輩や川田君より高さありますよ〜」
マイペースな口調ながらも、彩夏は大城が上がって来て不味いという事を伝える。
「いざって時はパワープレーでも得点出来る力あるからな」
この後、その摩央の言うプレーが飛び出す事になるのを言ってる本人は知る由もない。
中断から最終ラインに戻す八重葉。この辺りは仙道兄弟がしっかり繋ぎ、立見にカットを許さなかった。
「(大城先輩が上がってるから、此処はシンプルに!)」
『仙道佐助、弟政宗からのパスを受け取って大きく前に送る!』
佐助の右足でボールは空高く舞い、大城の待つ前線へと向かう。夏に立見が八重葉の中盤に苦しみ、使ったロングボールの戦術を今度は八重葉が使いだす。
圧倒的な高さを誇る大城がいる分、このシンプルなやり方は強力な物となっているだろう。大城は落下地点に入って、タイミングに合わせて飛ぶ。
「うぐ!?」
しかし飛ぶ方に意識を向けていた時、左から弥一が体をぶつけて不意を突く。熟練度の高い、合気道式のショルダーチャージは大城の左半身に衝撃が伝わり、ジャンプのタイミングが狂って飛べなかった。
『おっと大城どうした!?得意のハイボールに合わせられず、流れて大門がキャッチ!』
「今のは弥一君だよな」
「ヒュー、あんな小さい体の何処にでっかい相手を止める程のパワーを持ってるんだい?」
スマホ越しでもプロ2人から見れば、大城が飛べなかったのは弥一のせいだとすぐ分かる。
「確か幼い頃から合気道を習っていたから、それが大きいと思う。その熟練度を高めれば、小柄な女性でも大柄な男を倒せると言われてるからね。彼がそれをサッカーで応用してるとなると……」
「おおー、日本のコブドーってやつだね。ジュードーやスモーとかとまた違うタイプだ」
勝也を通して弥一が合気道を習っている事は、太一も把握している。マグネスの方は日本の武道について興味深そうだ。
その古武道が今の立見で全体的に取り入れられ、習っている事までは知る由もない。
『後半アディショナルタイムに入りました!時間は7分だ!』
『充分点が動く可能性ありますね。両チームとも攻撃的に行ってますから』
中盤で激しいボールの奪い合い、体力も両チーム限界が近づき、体が重く感じて来る。
「(やば!?)」
影山が村山の重心を利用した、マシューズフェイントに対応出来ず、抜かれてしまう。
「おるぁぁ!!」
その直後、気合と共に間宮が村山からボールを奪い返す。幼馴染を上手くカバーして抜かせない。
「カウンター!!」
勝也がその叫びと共に、再び走り始める。延長戦に入る前に決めてしまおうと、立見はパスを繋げていく。
『創部僅か数年とは思えない立見!鮮やかにショートパスで繋ぐ!』
短く速いパスは繋がり、勝也にボールが渡る。彼は中央突破を狙いに前を向くと、政宗がすぐそこまで迫って来た。
「勝兄貴!」
「!」
勝也の左耳に弥一の声が聞こえた。
政宗の足が勝也のボールへ伸びる前に、見向きもしないまま左足のアウトサイドで左へパスを送る。
転がっていく左の方に弥一は此処まで走って来て、左足のダイレクトパスで前へと蹴った。それが来ると信じて勝也は既に走り出しており、反転して追いかける政宗より先に追いつく。
『綺麗なワンツーが通った!神山ゴール前チャンス!』
政宗が追いかけていくと前から佐助も勝也に向かい、仙道兄弟で止めようとしていた。佐助の右足が球に伸びると、勝也は左足で軽く浮かして躱す。そのまま向かおうとした時。
「でっ!」
ピィーーー
佐助の右足に躓き、勝也は転倒。その直後に主審の笛が鳴る。位置はペナルティエリア内だ。
『おっと笛が鳴った!中でのファールという事は!?』
『いや分かりませんよ?シミュレーションをとるかもしれません!』
「八重葉ファール!PK!」
「!?」
後半の終了間際、立見は喜び合って八重葉は顔が青ざめる。最悪と最高がそれぞれに待っていた。
勝也「合気道とか昔からやっててサッカーぐらい長いよな?」
弥一「まあ長いね〜」
勝也「ひょっとしたら武道家の弥一っていうのも誕生していたかもしれないって事か」
弥一「師範の人とかにどうだと誘われはしたけどねー、でもサッカーで将来食べていけなくなっちゃったら合気道極めて道場の師範になる……うん、そんな将来もありかも♪とりあえず美味しいご飯食べる為に稼がないとねー」
勝也「結局根っこは飯かい」