容赦なき宣告
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「流石の八重葉も点が取れないと勢いがずっと続く訳じゃないみたい」
ベンチに座る京子はじっと相手チームを観察。味方チームがどんなに追い込まれても、冷静な目に変化は無い。見る限り八重葉の攻撃が開始直後よりも、少し迫力を無くしつつある。
「そりゃ45分ずっと攻撃しっぱなしとか無理でしょうからね。守備と同じく攻撃も何処かで息継ぎしたいと思いますから」
むしろずっと怒涛の攻撃が続いてたまるか、と意味も含めつつも摩央は八重葉の勢いが弱まってくれた事に一安心。
「それか、向こうとしては無理に1点は求めていないかもしれない」
「え〜?それはどう……あ〜」
どうしても点が欲しい訳でもない。京子の言葉を聞いて彩夏はどういう事だろうと思った時、ピンと気づく。
「八重葉には工藤龍尾っていう絶対的な守護神がいる。PK戦が得意なGKがいるからこそ、同点でも精神的な余裕を保てる……ですよね?」
「正解」
摩央も気づいており、それを言っていけば本当に合ってるのか不安になったのか、最後に京子へ聞けばそうだと頷いてくれた。
「立見はどうしてもあのゴールを破る必要がある、今度こそ」
京子の目は懸命に指示を送る勝也へと向く。
「水島!中央寄るな!左!」
試合は八重葉が中盤で繋ぎ、村山を中心に再び攻撃を組み立てようとしていた。
勝也の方はコーチングで守備の位置を修正させる。
「行けるよー!八重葉の勢い鈍ってるよー!」
弥一も周囲の仲間を励まし、王者相手に自分達は充分戦えている。互角以上に戦っていると自覚させていく。
「(鈍ってるだ?緩急付けてるだけだっての!)」
弥一の言葉に少しムッとしたのか、村山は左足で翔馬と影山の間を抜くスルーパスを出す。その先には坂上がいた。
「(分かってるよ?)」
「!?」
村山が緩急をつけたパスを狙っている事は、弥一からすれば筒抜け。周囲の選手の陰に隠れながら、坂上へ忍び寄って村山のスルーパスをインターセプト。
『此処で出た!神明寺のインターセプト!予選と今大会を通じてインターセプト率トップを走る実力を今日も見せる!』
『大一番でも彼の鋭い読みは健在ですね、素晴らしい』
「裏!気をつけろ!」
弥一がボールを持ったのが見えれば、大城は叫ぶ。弥一なら瞬時に、正確無比なロングスルーパスを狙って来るだろうという読みだ。
「(警戒されて送るわけないじゃん)」
それを読んできた弥一は近くの勝也へパス。兄貴分にボールを預けてから、自身はするすると前に上がって行く。
『立見は神山がボールを持ち、おっと中央突破だ!』
迫りくる八重葉の品川。勝也はスピードに乗ったドリブルで、相手を一気に抜き去れば中央から仕掛ける。
「(調子乗んな!)」
品川が突破された直後、村山が勝也に向かって突進。だが勝也はその動きが見えており、左足のアウトサイドで左にパスを出せば、弥一が走っていてすぐに勝也へ返す。
会場を盛り上げるような、綺麗なワンツーを兄弟が決めてみせた。
『良い連携ですよ神明寺君と神山君!これチャンスですね!』
「(ちっ!どっかのゴールデンコンビかっての!)」
弥一と勝也によるコンビで、八重葉の中盤を突破したのを見て、2人を漫画のキャラに龍尾は例えていた。
「(どっちだ!?神明寺!?神山!?)」
誰がシュートするのか、政宗に迷いが一瞬生じる。そこへ勝也が右足でパスを出して、ボールはふわりと浮き上がり政宗の頭上を通過。そのまま走る豪山の元まで向かっていた。
「よし……!?」
この時、走る豪山の右足首に小さな痛みが走り始める。
『豪山ゴール前!振り向けるか!?』
なんとかボールを胸でトラップすると、すぐ後ろには大城がいる。簡単に向かせるはずがなく、豪山は後ろを向いたまま左に流す。
左サイドから八重葉エリア内に侵入する成海。そこに走って来る事を分かっていた、相方からのパスを受けて左足でシュート。左斜めからゴール左下隅に地を這うようなボールが飛ぶ。
これを龍尾は身を低くして、成海のシュートに飛びつけば倒れ込みながらもキャッチ。そこから再びすぐ立ち上がり、ボールを前に送ろうとした時。
「(もう戻ってるか。早ぇな)」
弥一は既に背を向けて走り、照皇の元へ向かう姿が見えた。これに龍尾が今度はすぐ出さずに、一旦落ち着かせる為にボールを長めに持っておく。
だがそれだけすぐ戻るという事は、それだけ走って体力を使っているはず。弥一のスタミナを削れば上出来と龍尾は考え、村山にスローイング。
『豪山から成海とエリア内でのシュートでしたが、此処も工藤がキャッチして立見の攻撃を断ち切りました!』
『今のは近距離での良いシュートでしたけどね成海君。それを取って終わらせてしまう工藤君はやはり驚異的ですね』
「(立見の流れが来てるから、また八重葉の時間帯になっちまうに押し切って1点取りてぇな)」
スローインでプレーが一旦途切れた時、勝也は思考を巡らせる。攻撃が出来てる立見に流れが来ており、今の内に攻撃を仕掛け続けて1点を取る。それが最も理想的だ。
「智春!蹴一!」
勝也は3年の2人を呼んで、攻撃について軽く打ち合わせを行う。
「ん?」
弥一がポジションに戻ろうとした時。彼の足は止まり、勝也と話す豪山に目が向く。
「で、次は右に行って……」
「おう……」
勝也と成海が話し、豪山が頷く中で彼の視線は自身の右足に行っていた。最初に痛みの無かった右足だが、走り回って時間が経過していくにつれて、痛むようになってくる。
「(持ち堪えとけ!せめて前半終了までは……!)」
これくらい大丈夫、行けると豪山は痛みを押して、ハーフタイムで休める時まで乗り切ろうとしていた。
だがそれを許さない者が居る。
「豪山先輩、右足痛んできたでしょ?」
「!?」
弥一が何時の間にか豪山の背後に立って、右足の痛みが酷くなってきた事を指摘。それに豪山が驚くと、勝也と成海の2人も驚く。
「何言ってんだ。俺はやれるぜ?痛みなんかねぇよ」
その豪山はまだやれると、誤魔化していた。しかし弥一は痛みが無いというのは嘘だと分かっている。
「じゃあ右足首腫れてないですよね?見せてください」
「っ!」
真顔で見上げてくる弥一。その目に豪山は押され、黙ってしまう。
「……智春、見せろ」
そこに勝也から足を見せろと言われ、豪山は右のスパイクを脱ぎ、足首を見せる。
「腫れてるように見えるな」
成海の目から見て、豪山の右足首は腫れ始めていた。今は軽度でも、無理をさせれば悪化していたかもしれない。
「だからやれるって!まだそんな痛み無いし!」
豪山はまだやれると譲らず、下がろうとしなかった。大事な選手権の決勝、高校最後のサッカーで全国一が懸かっている。
下がった瞬間、自分の高校サッカーが終わってしまうのが嫌だと思った。
「気持ちは分かる、大事な戦いで公式戦ラスト……分かるけど取り返しのつかない事になる前に下がった方が良い」
「無理せず後は任せてゆっくり休んでくれ」
元々強行出場だった。これ以上無理はさせられないと、勝也も成海も下がるように言う。
「けど、俺はまだ……!」
それでも豪山は食い下がる。だがそこに普段の調子からは想像もつかないような、冷たい言葉がその人物から発せられた。
「今のあんたはただの木偶の坊で何の価値も無いですよ」
「!?」
弥一は豪山へ、氷のように冷たい目を向けていた。何時もの陽気な顔は何処にも無い。
「木偶の坊……!?てめぇ、もっぺん言ってみろ!」
「智春!」
豪山は激昂して弥一に掴みかかろうとする。それを成海が必死に抑えていた。
「そんな足で行けるんですか?ただでさえ高さで負けてる大城さんに、今の状態で勝てます?絶対無理です」
「 っ!」
根性論で負傷したまま、王者の守備の要をどうにか出来る程甘くはない。今の豪山では大城に絶対勝てないと、弥一は彼を見上げた状態でハッキリ言い切る。
そんな弥一に怒っていた豪山は何も言い返せず、黙り込んでしまう。何よりそれは自分が1番分かっていた事だ。
「……蹴一」
「……ああ」
豪山は力なく成海に言うと、その言葉で理解した成海は立見ベンチに向かって腕で☓マークを作り伝える。
『おっと!?これは立見にアクシデントか?一度は揉めていたかと思えば、誰か負傷していたようです。おそらく牙裏戦で右足首を痛めていた豪山かと思われますが……』
『あー、豪山君ですね。大事な決勝だから出続けたい気持ちはあったでしょうが、足首の捻挫を放っておくのは危険ですからね。これは酷くなる前に下がるのが賢明だと思います』
攻撃で勢いづくかと思えば、まさかの豪山の負傷交代に国立のスタンドは騒然とした。
急遽な交代に、豪山の代わりに出て来たのは武蔵。前半も終わりが近づいて来たので、此処はこれで乗り越えようという判断だ。
「……凄ぇなお前。俺にはあんな風に冷たく突き放すのは無理そうだわ」
ベンチへ無念そうに下がる豪山の背中を見送り、勝也は隣の弥一と話す。先程の弥一が豪山を交代させる為に、冷たく突き放すような言い方をした事だと気づいていた。
「そんな凄い事してないけどねー」
その弥一は元通りの顔に戻っている。さっきの顔は別人だったのでは、と思わせる程の変わりようだ。
勝也は優れたキャプテンだが仲間に優しく、甘い所がある。なので弥一は彼に出来ないような、嫌われ役を自らやっていた。
ただし彼は豪山の身を案じた訳ではない。勝利、無失点の障害となると思い、下げさせただけだ。
弥一「今回で僕悪い奴になったから一部から嫌われたかなぁ〜?」
勝也「どうしようもねぇ悪党になった訳じゃねぇだろ。本当お前は……怪盗かってぐらい色々な顔持ってんな?」
弥一「実は怪盗でしたー♪とか言って手品披露とか空飛んだりとかしないよー?」
勝也「当たり前だろ!お前はサッカープレーヤーだからな!?」