危険な悪巧み
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『立見、牙裏ゴールのやや左寄りからのFK!あまり攻撃チャンスが生まれてこなかった今日の試合、1番のチャンスと言って良いかもしれません!』
『やはり1点が欲しいからか、神明寺君が上がって来ましたね。彼がまた何かを見せてくれるのでしょうか?これは凄く楽しみですよ』
国立競技場での声援がより大きくなる。此処が重要な局面である事を、選手達だけでなく見ている観客達も分かっていた。
これが勝負の行方を左右するかもしれないと。
「(ふぅ〜、やっぱりキッカーは良いなぁ。誰の邪魔も無いし、流石に狼さんも来ないよね?)」
キッカーの位置に立つ弥一。この試合では執拗に狼騎のマークを受け続けていたが、此処なら彼の邪魔は入らない。何しろ彼は前線に残ったままだ。
彼らの狙いは一つ、弥一のキックを止めて戻られる前に狼騎のカウンターを使って、立見から1点を取る事。
「弥一が戻る前に狼騎へ繋げよう。あいつがいなければ立見の守備力はかなり落ちるはずだから」
彼がいかに守備の要として相手を止めて失点を防いで来たか、春樹は彼の元チームメイトとして見てきたつもりだ。
弥一がいない間、それがこちらの最大の得点チャンスと見て、攻撃は絶対止めなければならない。牙裏の面々は揃って頷く。
「此処、決めないとな弥一。向こうは防いでのカウンター狙って来るだろうし」
「狙ってるだろうねぇ。僕の近くには行かず、前に残ってるって所を見れば」
キッカーの位置に立つ弥一へ、勝也も近づいて来た。牙裏がカウンターを狙っている事は、2人とも理解している。
それでもキッカーを務めるのは、弥一が本気で点を取りに行く事を意味する。
「じゃあ此処はー……」
弥一がぼそぼそと兄貴分へ耳打ちで伝えていく。目の前に居る牙裏の壁は、どんなトリックプレーを仕掛けるのか警戒心を強めていた。
『キッカーの位置に神山が近づいて来た、彼が蹴るのか……?いや、一度離れて皆と話していますね』
『再びキッカーの位置に戻りましたね、どんな事を今日は仕掛けて来るんでしょうか?』
「神山もええキックかますからなぁ。しんどいわこのセットプレー」
「いや、しんどくても防がないといけないですから」
「わーっとるわ夏彦。ちょっと弱音を吐き出しただけや」
キッカーの位置に居る弥一と勝也。どちらのキックが来るか、予想しなければならない事に矢島はきついと感じた。
それに但馬は弱気になってると、声を掛けるが矢島はただのフリだと言い切り、但馬の肩に軽く手を置く。
『蹴るのは神明寺か!?それとも神山か!?』
右に立つ弥一と左に立つ勝也。
国立の注目が、このセットプレーに向けられる中で勝也が動き出す。弥一の方は全く動かない。
勝也はそのまま右足を振り切って、ボールを飛ばしていた。
壁は弥一に意識が向いてしまい、勝也のキックへの反応が遅れて壁の頭上を球が越えていく。
「っ!」
右から左へと曲がって行き、ボールは牙裏ゴールに飛ぶ。そこに立ち塞がるのは、192cmの長身DF矢島。ジャンプして頭に当てれば、ボールはコースが変わってゴールマウスから外れる。
『これは矢島に当たって今度は立見のCK!防がれたもののセットプレーのチャンスが続きます!』
『今のは矢島君いなかったら多分ゴール行ってましたよね。神山君も良いキックを見せてくれましたが、此処は矢島君の守備を褒めたいです』
「またあいつかよ!くっそぉ!」
大事な所で点が取れなくて、勝也は悔しさを見せる。
「まだ行けるよー、それに今度はCKだからさ?よろしく♪」
弥一が兄貴分に明るく声を掛けた後、再びキッカーを務める為か、左コーナーの方へと歩いて向かう。
「……間宮先輩、影山先輩、万が一の時は頼みますね」
ゴールマウスに立つ大門は意を決したような、覚悟を決めた目で間宮と影山の先輩2人に声を掛けた。
「骨は拾ってやる。安心しろ」
「骨って散る前提じゃないですかそれ」
「まあ僕達がそこはやるから大丈夫。すっごいドキドキするけどね」
任せろと胸を張る間宮に、影山は後輩の肩に手を置く。
そして普段はゴールマウスに主に立つ守護神が、今走り出した。
「やっぱあの人守ると堅ぇなぁ」
スタンドには後の2試合目を戦う、八重葉の面々の姿があった。その中で龍尾は石立中の時、共に戦った先輩を見ている。
「伊達に中学時代、No.1のエースキラーと呼ばれてませんね。体大きい上にテクニックもあって、寄せも速いっす」
「何より勝ちへの拘りが当時から凄かったんだよゲンさんは。飄々としてるように見えて、ありゃかなり曲者だった」
同じDFとして月城も矢島に注目。彼の能力の高さは見てて充分伝わり、龍尾も実力を認めている。
「む……!?」
その時、無言で試合を見ていた照皇の目が見開く。周囲のチームメイトだけでなく観客席全体がざわついていた。
「おいおいおい、何やってんだあれ!?」
月城は身を乗り出す勢いで、フィールドの走り出している者に注目。
彼らの前には、牙裏ゴールへ走る大門の姿が見えた。
『立見再びセットプレー!神明寺が続けてキッカーを務める……え、これは?なんと大門上がって来ました!』
『確かに後半残り少なくなってきましたが、普通はリードされて試合終了間際のアディショナルタイムに仕掛けるものですよね!?かなり捨て身に出てますよ立見!』
相手のゴール前付近に、自分のゴールを放って攻め込んできた大門。この姿に会場全体が驚いていた。
「何考えてんだ立見?」
「ギャンブル仕掛けるならまだ速いだろこれ」
「無失点記録を自分から捨てる気か?」
仕掛けるのがまだ速すぎる、失敗してカウンターを食らえば終わると、大門の上がりが悪手だと皆が考えている。
「(はっ!PK戦が嫌やからって焦ったわ立見。此処防げば絶対ゴール行けるやろ)」
大門の上がりを見て、矢島は大チャンスが来たと笑みを浮かべた。此処を止めて春樹が素早くセカンドを拾い、狼騎に繋げれば理想的。大門が戻る前に1点を奪って、1ー0で勝てる。
「(そもそもGKに注意を引きつけて結局はお前やろ神明寺?直接来るやり口はバレとんねん!)直接に備えとけ、あいつ来るで」
矢島の目はキッカーの弥一に向けられる。大門はただのフェイクで、本命は西久保寺戦のような直接ゴール。それをGKの加納にも伝えておく。
「よし、やるぜお前ら……」
同じ頃、勝也はゴール前で成海、翔馬、武蔵、田村と4人を集めて彼らに言うと、それぞれ頷く。
「(え!?)」
今度は春樹の目の前で、本来ならあり得ない事が起こる。春樹は勝也に注目していたが、彼を含めた立見の5人が手を繋ぐ。すると輪を作ってぐるぐると回り始めたのだ。
『これは!?大門が上がって来たかと思えばエリア内付近に居る立見の選手達が回り始めました!まさか、このトリックプレーは!?』
『少し前の高校サッカーでありましたが、まさか立見も!?』
「ちょ、ええ!?」
近くに居た佐竹は困惑状態。大門が上がっただけでなく、更に勝也達がその場で子供の遊戯を思わせるように、ぐるぐる回る。何が起こってるんだと理解出来なかった。
「おいおいGK上げただけでなく、一世風靡したトリックプレーまで使う気か?」
「無茶苦茶過ぎだろ、このセットプレーは……」
八重葉の村山、大城も呆然と見つめるしかない。分かる事はこの戦法が無茶苦茶という事だけだ。
「(盛大なコントしても無駄やって!GKにトリックプレー、その組み合わせで来ても来るのお前やろ!?鋭く曲げて来るんやろ!?)」
目の前のトリックプレーにも釣られず、矢島は弥一が直接来ると集中している。
「(こういう時、直球って対応しづらいよね!?)」
すると弥一は勝也達がぐるぐる回っている間、ボールを右足で強く蹴り出した。
「!?(曲げ……!?)」
矢島の所へ、一切曲がる事なく浮き上がりながら、シュートを撃ったような球が迫りくる。
そして矢島は弥一に意識が向き過ぎて、気づいていなかった。その手前で走り込んでから飛び上がり、頭で合わせに行く選手の存在を。
弥一から飛んで来た弾丸クロスを、大門は額で捉えて牙裏のゴールに叩き込む。弥一の直接ゴールに警戒していた矢島と加納は一歩も動けず、牙裏のゴールネットを揺らされていた。
「や……やった……!」
相手のゴールマウスに入ったボール、それを見れば大門はゴールを決めたと確信。
「大門ナイスゴールー!Bravissimoー!!」
弥一が駆け寄ると共に、国立のスタンドから大歓声が沸き起こり、会場は熱狂の坩堝と化していた。
読み合い、心理戦を制したのは立見。悪巧みが成功して、1ー0とついに1点のリードを奪う。
弥一「いやー、凄いトリックプレーがあるもんだよねぇー」
勝也「セットプレーも年々進化してるよなぁ。あれはもう、考えた人天才だろ」
弥一「そりゃあ世界も驚くってもんだよー。本当凄かったぁ〜」
京子「そういう事を立見がするとは一切聞いてないんだけど……私達も驚かされたから」
勝也「すまん、言ってなかった!」
弥一「サプライズでしたー♪」