陽気な曲者DF
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
選手権の準々決勝。ベスト8まで来た牙裏は一足先にロッカールームへと入って、ミーティングを行なっている。
「今日の試合はノーガードの殴り合いを覚悟した方が良いかもしれませんね、相手は史上初の選手権ベスト8で波に乗る琴峯さんですから」
穏やかな口調で、牙裏の監督を務める松永総二郎は今日の試合はこうなってくるだろうと口を開く。
「いやいや、んな事はありませんよ松永監督。うちだって八重葉や立見と同じく無失点で来てんですから」
そこに口を挟んで来るのは牙裏の3年、DFでキャプテンの矢島源二だ。
桃色の短髪で右目が前髪で隠れており、身長は192cmと室に匹敵する長身。中学時代は石立中学のサッカー部に在籍し、一個下の後輩である天宮春樹、酒井狼騎、八重葉の天才GK工藤龍尾と共に全国制覇を経験してる実力者だ。
「失点1、ですね。予選にPKで1点を取られてますから」
「あ〜……そんな過去もまぁ、ありましたわぁ〜」
松永に柔らかく指摘を受けると、矢島は明後日の方向を向いて誤魔化す。
「頼みますよゲンさん、貴方が室を抑えられるかどうかで試合がかなり変わってきますからね?」
「わぁっとるっちゅうねん!先輩に任せんかい、でっかいだけの1年なんぞスコーンとやっつけたるわ!」
後輩の春樹から室のマークを託され、矢島は胸を張って任せろと自信満々だ。お調子者の彼だが、春樹は彼が百戦錬磨の頼れるDFと知っている。
「おいウルフちゃんもゲンさんにエールちょうだいや!」
「あー……デカブツの相手は任せたんで」
「デカブツは俺にも刺さる言葉やなぁ!?」
後輩である狼騎からも言葉が欲しいと、彼からすれば先輩の矢島からの鬼無茶振り。とりあえず室のマークを託すという意味で、言葉を送っておく。
「めんどくせぇ先輩……!」
「まーまー、頼れる人なのは中学から知ってるだろ?お前もデュエル苦労してたしさ」
苛つくような顔で呟く狼騎に、春樹は彼の方に手を置いて宥める。ああ見えて中学時代の狼騎をデュエルで抜かせず、散々可愛がっていた矢島だ。
「よっしゃ!ほな、国立の切符を掴みに行こか!」
「ゲンさん、まだ試合じゃなくてアップっすよ?」
「っ!?今のは……ボケただけやから!加納ちゃんツッコむなら思いっきり来てや!?」
矢島が部員達へ声を掛け、気合を入れようとしたら2年GKの加納にまだだと指摘されて、矢島は顔を赤らめていた。
『国立行きの切符を懸けての一戦。大会前はダークホースと言われてきた2校の激突、互いに注目ストライカーを抱えるチーム同士の試合となります牙裏学園と琴峯高校!』
『酒井君と室君はそれぞれタイプの違うストライカーですからね。酒井君のスピードが勝つのか室君の高さが勝つのか、楽しみな試合です』
キックオフは琴峯から始まり、中盤のキャプテン森川幹太が右をチラッと確認すれば、チーム1の俊足を誇る巻鷹が早くも上がっていく。
「左気を付けろ!」
森川の視線と巻鷹の上がる姿に気づき、最後尾のゴールを守る加納が声を張り上げる。森川から巻鷹に繋ぎ、そこから室にクロスを上げる攻撃パターンで来ると思った。
だが森川は巻鷹に目を向けたまま、右足でゴール前へ高く蹴り上げる。そこに待っているのは大会No.1の長身と言われる室だ。
室は地を蹴って跳躍。日本の高校サッカー界で、この高さに及ぶ者は滅多にいない。
195cmの頭が捉えようとした時。
「うわっ!?」
共に飛んで来た矢島が、飛びながらも室に空中で激しく激突。室はバランスを崩して、ふっ飛ばされてしまう。ボールが流れると、春樹がキープして琴峯の攻撃を終わらせる。
「自分、体の割に当たり弱過ぎやで」
「っ!?」
今のはファールじゃないのかと、納得のいかない室に矢島が声を掛けて来た。
「圧倒的な高さだけで勝てるなら、サッカー苦労せーへんわ。こんな当たり、高校やそれより上の世界なら当たり前や。高さだけのルーキー君には無理やなー」
「(高さだけ!?そんな事は無いからな!)」
矢島の煽りに室はギラッと彼を睨む。高さだけと言われ、その心が燃え滾って来る。
『琴峯、積極的に室の高さを使おうとしますが、牙裏DF矢島君の徹底マークに苦戦しているようです!』
『矢島君も190cmを超える長身ですから、それに加えて3年の経験値もあるので室君も苦しいと思いますよ』
「(ここは!)」
森川は今度こそ巻鷹を走らせようと、右にパスを出していた。
「(来ると思ったよ)」
それを読んでいた春樹。巻鷹へ通る前にインターセプトすると、中盤の佐竹丈に繋いで自らは上がる。
ゴール前の狼騎に来ると、琴峯DFはそちらを警戒。そこに佐竹は右足でロングシュートを狙う。思いきったシュートは速いスピードでゴール左に向かい、琴峯GKはこれを右手でなんとか弾く。
しかし跳ね返ったボールの先には狼騎。驚異的な反射神経を誇る彼は、既に詰めて右足を振り切っていた。琴峯ゴールが大きく揺れ動くと、スタンドの方も揺れ動いて声を上げる。
『決めた酒井ー!佐竹のシュートを弾いた所に詰めて国立に一歩前進する先制ゴールです!』
『佐竹君も強烈なシュートでしたが、弾いた所を詰めた酒井君の速さは本当凄いですよ』
「(すぐ取り返さないと……!)」
室は失点に気を引き締め、自分がなんとかしなければとエースの自覚を持って、同点ゴールを狙う。
ピィーーー
『森川からのロングパス!しかしオフサイドの判定に阻まれる!』
ロングパスで室の頭を狙おうとしたが、矢島はすかさずラインを上げて罠に嵌めていた。フィジカルだけでなく、ラインコントロールも優れているようだ。
「ああくっそ!」
オフサイドの判定を取られ、思うように攻撃出来ない室は苛立ちが溜まっていく。
「(わっかりやすいわぁ、焦っとんのが)」
苛立つ室の姿を矢島はニヤッと笑っていた。中学時代からエースキラーとして恐れられ、数々の相手エースを彼は潰してきている。
思うようなサッカーが出来ない、琴峯のペースが崩れた隙に矢島から春樹にボールが渡ると、前を向いて右足で強く蹴っていた。
シュートでもおかしくない程のスピードで、春樹の左サイドへのパス。空いているスペースに、狼騎が早くも到達すれば春樹からの弾丸パスを正確に左足でトラップ。
『天宮からのパスが通った!酒井が左から一気に行く!GKを躱して、ゴール!今日2点目だ!!』
狼騎のスピードで相手GKと一対一に持ち込み、飛び出して来た相手に対してワンフェイントで躱した後、無人のゴールに右足で軽く転がした。
「(相変わらず頼れる後輩やなぁ、よう点取ってくれるし)」
後方から頼もしい後輩達を眺めた後、視線は焦りの表情を浮かべる室へと向けられる。
「(ほな、格好ええ先輩として彼を封じとこか)」
陽気な男だが彼の目は獲物を狙うハンターとなって、逃がす事は決して無い。
春樹「ゲンさん中学時代からムードメーカーだったよなぁ」
狼騎「何かと冗談言ったり、こっちに無茶ふっかけて来やがる。ボケてとか言った時にはこいつどうしてやろうかとマジで思った……!」
春樹「うーん、狼騎に結構やってる辺り好かれてるとか?」
狼騎「気色悪ぃ事言ってんじゃねぇ」
矢島「あ、なんや!おもろそうな事しとるやないか!?俺も混ぜて……って終わりかい!」