DF同士の勝負
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「(外に逃げるような鋭い回転のボールをかけただけでなく、ボランチがそこに走り込んで来るのを把握していたか……)」
応援している母校が先制され、悔しい気持ちはある中で小熊は弥一のプレーを振り返る。
「(それより効いていたのは、FK以前の素早いリスタート。あれが東豪の守備を狂わせた……)」
FKから更に遡り、立見は東豪のロングパスをオフサイドで潰していた。そこにプレーが止まって、東豪の方が駄目だったかと気が緩み、隙が生まれたのだろう。
それを弥一が見逃さなかったのだとしたら、相手の急所を突くのが実に上手い選手だ。
「(余程ミランで天才集団に鍛えられたのか、それとも元々兼ね備えていたのか、どちらにしても抜け目のない少年だな)」
彼の前では小さな隙も、命取りとなってくるかもしれない。彼と対峙する選手は大変だなと思いながら、小熊は再び試合の方に注目する。
ようやく先制点が生まれ、試合が動き出したのは前半終了近くの時間帯。立見が1点をリードしたまま、前半終了の笛が主審によって吹き鳴らされる。
「(何だあいつのキック、あんな曲げて来るボールなんて初めて見たぞ……)」
捉えたと思った球をヘディング出来なかった。番にとって初めての事で、衝撃を受けてしまう。同じDFで何故あんな事が出来るのか。
「(俺より小さいのに、何であんな色々出来るんだ?)」
力が強くて体が大きいのは昔から、不器用だけど力で押し切ったりしつこく走って相手に食らいつき、泥臭く行くのが番のサッカー。
その彼からすれば、華麗なテクニックを持っていて色々出来る弥一がとても眩しく見えてしまう。不器用な自分では真似の出来ない、技の数々。何故あんな事が出来てしまうのか、いくら考えても才能やセンス、という答えにしか辿り着かない。
「おい番!聞いてるか!?」
「へぇ!?す、すんません!なんすか!?」
先輩から声を掛けられると、番は現実世界に戻ると同時に間の抜けた声を上げてしまう。
「お前しっかりしろよ、後半は積極的にロングスローを多様していくから番の出番が多くなるって事!」
「あ、ロングスロー……任してください!何百本でもなげますから!」
「何百は腕終わるだろ、盛るなら何十止まりにしとけって」
後半に向けて張り切る番に、先輩達はツッコミを入れながらも笑っていた。
「まだ1点差だ。立見は更に追加点を狙って来る、後半耐えて凌ぎきった所に向こうの隙を突こう。立見の左サイドの水島が積極的に上がって、ガラ空きな所があったしな」
監督からは立見の左が度々空いていて、積極的に仕掛けるなら左サイドから行こうと後半の作戦は決まる。
しかし後半のフィールドに向かうと、そこには東豪にとって予期せぬ事が起こっていた。
『立見は後半、選手交代ですね。左サイドバックの水島に代わりまして、FWの歳児が入っています』
「(水島を外して歳児?)」
「(3バックにする気なのか?)」
翔馬が外れ、優也が入るという事はより攻撃的。立見はロッカールームでの予想通り、さらなる追加点を狙って来る。
「(まぁ、そう思うよねー?)」
東豪イレブンの考えをこの中で1人、完全把握の弥一。心の中で思っている事をそのまま泳がせておき、ポジションへと向かう。
『後半、立見は更に攻めに行くかと思えば、歳児はこれ水島の位置に入ってますね』
『DFですか。サイドからの奇襲を狙ってるんでしょうか?』
優也はFWに入らず、前線は3年の豪山によるワントップと変化は無い。それどころか立見は攻める事なく、自陣でパスを回していた。
「(普通に攻めても身体能力の高い青山君を突破は難しい。それなら、此処は焦らしていく)」
ベンチに座って見守る京子。番の能力は高いが、まだ経験は浅く不安定。なのですぐには攻め込まず、立見はパスを回して時間を潰す。
最悪点が取れなかったとしても、今は1ー0と立見がリードしている状況だ。このまま試合が終われば、勝利は確定する。
「くっ!」
東豪は2年の成海や豪山、彼らが積極的にボールを追いかけるが、立見のパスは素早く正確。更に速度も強めに蹴っていて速いのだ。
「(日頃の練習の成果出てるな、サッカーマシンや攻守のプレス練習とか)」
ベンチから見てた摩央の頭に、サッカー部の練習風景が蘇る。サッカーマシンから繰り出される高速ボールで速さ慣れしたり、数人が追いかけ回す中でパスを回し、取られたら即攻守交代で立場を逆転させる練習と、積み重ねてきた。
彼らのパス回しは東豪を翻弄していく。
「(相手の焦らしに焦ってきてるな後輩達)」
スタンドの小熊から見て迫りくるプレスに、勝也から影山、影山から弥一と躱していき彼らに慌てるような感じは無い。
「(しかしまぁ攻撃的に行くかと思えば守備的になったり、こういった焦らしまで仕掛けて来て立見のサッカーは変幻自在に思えるな。それも変える所は嫌なタイミングを突いたりと)」
まるで相手の心理を把握するかのように、サッカースタイルをコロコロと変えていく。こういうサッカーは、小熊の経験値に無かった。それで上手く行って未だに無失点記録を継続など、奇跡のようなものだ。
「(まさか相手の心の中を読めたり……ってある訳無いな。考え過ぎだ)」
小熊の考えはまさに正解。弥一がそうなのだが、小熊はあり得ないなと考えをすぐに捨てていた。
「(くっそ〜、攻めて来ないのかよ!)」
立見が攻め込んで来ない事で、後半の時間が経過して試合終了の時が近づく程に、番の焦りは増してしまう。
ボールを支配されて、東豪は思うように攻撃出来ていない。時間は既に30分を経過して40分が迫り、このまま行けば自分達の敗退が確定だ。
「(こんなん行くしかねぇだろ!)」
気づいた時には、DFの位置から番はパスを回す立見に対して猛然と迫る。
「優也!こっち渡してGO!」
「!」
ボールを持つ優也に、弥一はパスを出せと要求。それを聞いた優也は彼に速いパスを出した後、自らは左サイドを駆け抜ける。
スピードある優也のパスを、弥一が難なく右足でトラップ。そこへ最終ラインから上がって来た番が向かう。一直線に突進してくる姿は、まるで猛牛を思わせる程だ。
弥一は右足を振り上げていた。
「(ロングパス!させるか!)」
後方から高い精度のパスを出せる事は知っている。番はパスを出させんと、弥一の前に立ち塞がる。
弥一が右足で蹴ると見せかけ、キックフェイントで切り返し、左足で改めて蹴ろうとしていた。
「(読めてるぞ!)」
だが番は弥一の右足に釣られず、見抜くと本命であろう左足のパスを止めに行く。
「!?」
次の瞬間、阻止に動いた番の目が見開かれる。それと同時に観客から「おおー!」と、驚きの声が上がった。
左足を振り上げた弥一はボールを擦るように蹴り、速い球が飛んで来ると思い込んだ、番の頭上を球が越えていく。弥一も番の右側を通り抜け、相手が振り返って寄せて来る前に、弥一は落ちて来たボールを左足で強く蹴る。
『神明寺魅せるプレーだ!パスが抜けたー!』
立見と東豪、両選手の間を正確無比なレーザービームと化した球が通過。中盤をすり抜けると、相手DFの裏へ抜け出していた優也にパスが通る。走りながら東豪DFがオフサイドだとアピールするが、旗は上がらない。
番がいないので、優也に追いつく者は誰もいなかった。そのまま飛び出して来るGKの動きを見て、キックフェイントで躱し、無人のゴールへ蹴り込んだ。
『2ー0!後半終了間際、立見が歳児のゴールでダメ押し!今年最後の勝利を決定づける得点だ!!』
『神明寺君のパスや個人技が光りましたね。DFの位置から駆け抜け、決めてみせた歳児君も素晴らしい。今年の立見の1年は凄いルーキーが多いですよ』
「(今のは青山がちょっと我慢出来ず焦ったな。けど彼はそれも見逃さなかった……)」
ビハインドを背負い、試合が終わる時が迫って焦りからの失点。小熊が考えている間、フィールドではゴールを決めた優也に弥一達が喜び、手荒い祝福を与えてる最中だ。
一方で番はフィールドで蹲り、頭を抱えてしまう。やってしまったと、後悔してるのが丸分かりだった。
「(歳児が交代した時は彼のスピードで裏を狙うものだと思ったが、すぐには走らせず奇襲を狙ったか。見事な駆け引きと作戦勝ちだ)」
小熊が考察してる間、試合は再開される。しかし残り時間は少なく、最後の意地を見せて攻め込むも、弥一や勝也達が通さず東豪の得点が0から1にならないまま、試合終了を迎えた。
『試合終了ー!立見高校が3回戦進出!東豪に付け入る隙を与えず、公式戦の連続無失点記録を更に伸ばしました!』
「(そう遠くない未来にプロで会うかもな……彼ならそこまで簡単に来てしまいそうだ)」
会場を立ち去る小熊。この時、彼の頭では自分と弥一が同じフィールドに立つ姿が思い描かれていく。
彼は既に高校サッカーのレベルを超越していて、もっと上の領域へと踏み込んでいる。彼とプロの世界で再び会うかもしれない。
小熊は若い才能が上がって来る時を密かに待つ。それが味方としてか、敵としてか。どちらでも日本サッカーとしては喜ばしい事だろう。
立見2ー0東豪
影山
歳児
マン・オブ・ザ・マッチ
影山真樹
弥一「結局見れなかったかぁー、人間発射台同士の対決はお預けだねー」
川田「俺はともかく向こうもそう呼ばれてたっけ!?」
摩央「もう人間発射台を受け入れてんなお前」
優也「周囲が当たり前のように呼んでるから受け入れたんだろ」
大門「俺とかもそのうち何か呼ばれるのかな……?」
弥一「大食い守護神とかー?」
大門「それは拒否していいか!?」