闘将VS魔術師
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
フィールド上で向かい合う勝也とディーン。互いを挟んだ形で、サッカーボールが置いてあった。
紅白戦が終わった後にも関わらず、ディーンは弥一との1on1を望んだが、それを勝也が代わって受ける事となる。
「タフな勝也先輩はともかく、ディーンの体力はどうなってんだよ。確か日本に今日来たんだろ?」
「絶対長時間フライトで時差もあるはずなのに、まさかサッカーやってたら元気になっていくとか?」
「だとしたらどんだけサッカー馬鹿だよ!?俺は絶対無理ー」
紅白戦で完敗を喫した2年の3人。底知れぬディーンのテクニックに加え、体力の底も見えない彼を改めて化け物だと思いつつ、フィールド外で休憩をとっている。
「元気になってくのは間違いでもないかもしれないぞ。気の所為か最初に見た時より、何処か活き活きしているように見えるし」
「マジですか……!?」
ディーンを観察していた成海。最初に会った時と比べ、ディーンの肌のツヤが良くなってるように見える。
「部活も終了時間が近いし、お互い此処は一発勝負だからねー?」
何故かこの勝負を弥一が仕切っており、2人にルールを確認。夏の弥一の時と違い、流石に時間無制限という訳には行かず、今回は一度のみの1on1という事となった。
「元々それでやるつもりだったんだ。何の問題も無ぇよ」
「俺も構わない」
勝也とディーンの両者が、このルールで行く事に賛成する。そしてコイントスでどちらがボールを持つかが決められ、結果は勝也のボールからでスタートだ。
「(この時点で隙が無くて抜けるイメージが湧かないんだよな……)」
開始前にディーンと相対する勝也が彼の姿を見れば、自然体な構えで右も左も抜ける気がしない。得意の上を通すプレーも、彼にやるべきなのかどうか迷いが生じてくる。
「両者準備は良いですかー?」
「おう」
「何時でも始めていい」
「じゃあスタート!」
準備が出来たという2人に、弥一は笛をピィーッと鳴らして開始の合図を出す。
笛の音と共に勝也とディーンは動き出した。
「(もう迫って来た!)」
勝也から早々にボールを奪おうと、ディーンがスタートダッシュを思わせる速さで距離を一気に縮める。
これを勝也は左へ行く、と見せかけて切り返してから右に向かう。そのフェイントを読んでいたのか、釣られる事なくディーンは勝也をピタリとマーク。
「(良い切り返しだが、まだ甘い!)」
「っ!」
高校レベルでは上位でも、ディーンにとっては甘いフェイントに過ぎない。世界の超一流プロ選手達と日々戦う、彼の目は逃さなかった。
敵として向き合い、初めて感じる大きな圧。サッカーでこの先、上を目指すなら遅かれ早かれ味わう事になるだろう。
「(前向いたらやられる!)」
このまま向かい合ったら、極めて高いで確率でボールを奪われてしまう。勝也の中でそんな直感が伝われば、後ろを向いて突破よりキープを重視した。
「後ろを向けば安全と思うか?」
「!?」
不意にディーンの言葉が聞こえて来たかと思えば、ボールを持ってない状態でクルッと、右回りの素早く華麗なターンで勝也の腕によるブロックを躱し、次の瞬間にはキープする球へとディーンの右足が伸びてくる。
ターンで後ろから、真横の位置に来てからのスライディング。独創的なアイディアによるディーンの守備は、勝也のキープする球を弾いていた。
「くっ!!」
勝也は弾かれたボールをすぐに追いかけ、ディーンも素早く立ち上がって後を追う。セカンドの争いはいち早く反応して追いかけた分、勝也の方が先に取って再びボールをキープ。
「(いきなりあんなのもやってくんのかよ、異次元め!)」
再びディーンと向き合う形となり、内心でとんでもないと思う勝也の右頬からは、早くも汗が滴り落ちてくる。
ボールを持った時のテクニックは超一流で、世間でのディーンを知る者はそのイメージが強い。ただ彼は守備も巧く、弥一に近い物が感じられた。
「(此処はもう!)」
再び勝也は後ろを向いて、ディーンに背を向ける形となる。だが今度は勝也も攻めに出た。
後ろを向けば、右足でボールをトンッと蹴り上げて相手の頭上を球が通過する。勝也が得意としている、相手の頭を越すやり方で自らも反転して走り出した。
だがディーンも同じく反転して追っている。その反応は勝也を上回り、ディーンが先にボールをキープ。
「ああ〜、取られた……!」
ディーンにボールを持たれれば終わり。散々彼の神がかったテクニックでやられ、完敗した部員達はディーンのキープした姿を見て、流石に勝也とはいえ厳しいと思った。
「(取り返す!)」
足を止めずにディーンの背後から、勝也がボールを奪い返そうと迫る。
だが、取った方もそのまま止まらなかった。
「!」
ボールを取ってキープした、かと思えば勝也が後ろから迫って来たタイミングに合わせ、後ろ向きのまま左回りの華麗にして、軽やかなターンを見せたのだ。
これによってディーンは前を向き、勝也は反転して並走。
「うぉらぁ!」
ドリブルで運ぶディーンに、勝也は左から激しく体をぶつける。もう相手がイタリアの天才だとか、セリエAのプロだとか、そんな事は関係無く「負けてたまるか!」という気持ちが強く出ていた。
勝也の右肩とディーンの左肩が激突。このショルダーチャージに、ディーンのドリブルスピードが若干落ちる。
もう一発強く行こうと、勝也が再び右肩からぶつかろうと突っ込む。
「おわ!?」
突然ディーンの姿が目の前からフッと消える。
2度も食らう程ディーンは甘くない。ボールと共に自らの足に急ブレーキをかけると、右足裏でボールを後ろに引かせながら自身も下がっていた。
その早業が勝也の目にディーンが消えたと、錯覚を起こさせていたのだ。
「(勝負あったな)」
ディーンの目には、バランスを崩して倒れそうな勝也の姿が一瞬見えた。仮にあそこから粘って持ち直したとしても、間に合いはしない。
後はこの足でゴールネットを揺らすのみ。
再びドリブルで進み勝也より前に出れば、ゴールに向かって右足を振り抜く。
「!」
次の瞬間、ディーンの目が見開いていた。
右足を振り抜き、ボールを何時も通り正確に飛ばす。だが球は弾かれ、ゴールを捉えられず。
崩れ落ちそうな体勢から芝生を踏みしめて、そのままディーンに迫れば滑り込んで、右足が魔術師の勝利を阻む。勝也による、執念のスライディングブロックだ。
「うおお!すげぇ!」
間宮を筆頭に、立見の部員達が勝也のスーパープレーに声を上げる。
「(間に合ったぁ!)」
自身でも会心のブロックという手応えを感じ、ディーンを止めたと確信していた。
だが皮肉にも、これが切っ掛けで魔術師に火を付けてしまう。勝也が防いだ事で、球が浮き上がって落ちて来ると彼は空を舞う。
「!?」
今度は勝也が目を見開く番だった。
ディーンは力強く地を蹴って、目の前で倒れ込んだ勝也を飛び越えていく。
宙を舞う球に対し、自らも飛べば右足で芯を捉える。ボールは急加速して飛ばされ、勝也側のゴールネットを大きく揺らす。
勝也を飛び越えて右足のジャンピングボレー。これが試合だったら、観客総立ちのスーパーゴールなのは間違い無い。
「bravissimo……!」
皆が衝撃のプレーを見て、言葉を失う中で弥一から思わず、イタリア語の最上級な褒め言葉が呟かれる。
「凄くなかったか今の!?」
「今年1番のスーパープレー見た気分!」
「ヤバい!語彙力無くてヤバい凄いしか出て来ないって!」
弥一の呟きの後で、勝也とディーンの対決で飛び出したプレーの数々に部員達は興奮が抑えきれない。
「(防いだと思ったらマジかよ!それやられたら無理だ……!)」
勝也も食らいついたりと諦めなかったが、ディーンの技がそれを凌駕した。勝也は仰向けの状態で、夕焼けに染まりつつある空を見上げる。
そこにディーンの姿が勝也の目に映った。彼は紅白戦の時は汗一つかいていなかったが、今は彼も汗が滴り落ちている。
「流石は弥一の師だ……勝也」
倒れてる彼に対して名前で呼ぶと、ディーンは右手を差し伸べている。最後のプレーで自分の心に火を付けて、本気にさせた勝也を認めたらしい。
「流石はこっちの台詞だっての」
その勝也はディーンの右手を、自らの右手で掴んで立ち上がる。
世間は誰も知らないだろう。立見の闘将と異次元の魔術師が、1on1で戦ったという事実を。
勝也「ブラボーより上の言葉がある事も知らなかったな」
弥一「あるんだよねこれがー」
勝也「外国語の成績優秀みたいだし、そこもイタリアで鍛えられてんのか」
弥一「イタリアに3年程居た成果ってヤツだね♪」
勝也「けど聞いたぞ。それ以外の全体の成績が悪くて赤点に近いって」
弥一「(ギク)あ〜、どうだったっけかなぁ〜?」
幸「神明寺君、それは教師として見過ごせないから後日みっちり勉強しましょうか」
弥一「うえ〜!」
輝咲「先生、それは僕も協力させていただきます」
弥一「 うええ〜!連日試合の方がまだ楽〜!」
勝也「どんだけ勉強嫌なんだよ」
京子「そういう勝也も……危ないでしょう」
勝也「(ギク)」