心の奥底からの叫び
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「畜生……今日も……駄目かよ……!」
「はぁっ……最初よりすっごい粘って食らいつくようになったね」
芝生の上に大の字で勝也は倒れ、弥一も尻餅をつけば息を切らしていた。
今日も2人は疲れ果てるまで1on1を行い、勝也は弥一に勝とうと何度も挑み続け、弥一はその挑戦を何度も受けては弾き返し続ける。
結果は弥一の全勝と勝也の全敗。最初と結果は変わらないが、勝也は最初の時より弥一の動きについて行けた。全敗ながらも成長していく。
「神山先輩も弥一も此処までよくやりますね、この暑さなのに」
「ん……?安藤、何で此処に?」
2人の1on1の間に現れた人物。安藤の姿に気付いて勝也は身を起こせば、彼へと視線を向ける。
「安藤君は差し入れに来てくれたの」
「ええ、皆が自主トレですげー頑張ってるのをグルチャで見て俺も何か出来ないかと思って。それがこれです!」
京子の説明の後、安藤はカバンから水筒2つを取り出す。それを弥一と勝也の2人に渡していた。
「丁度喉乾いてたんですよね、ありがたく頂きまーす♪」
「サンキュ、もらうわ」
弥一と勝也の2人は安藤から水筒を受け取れば、開けて飲み始める。
「何これ美味しい〜♡」
「うめぇ……!?何だこれ?」
2人の味覚に伝わる優しい甘さ。それに加えて酸味もあり、疲れた体でも美味しくさっぱりと飲める。
「俺が作った蜂蜜レモンのドリンクですよ。ほら、レモンの蜂蜜漬けとかあるじゃないですか?ああいうのを水分補給で使えれば疲労回復にも繋がるかなと思って」
「確かに疲労回復の定番として知られる。蜂蜜には疲労回復に役立つ要素が豊富に含まれて、レモンもクエン酸やビタミンCが豊富で、疲労回復に良いと聞くから」
安藤の話に京子は頷く。
「いや、これはマジ良いじゃんか安藤。流石サッカー部の料理名人だな!」
「あ、いえ……名人って程じゃ……トレーニング兼ねてドリンク届けただけですから」
安藤手作りドリンクを勝也は気に入って、安藤は照れた様子を見せる。
「ホント、前から思ってましたけど安藤先輩って良い奥さんになりますねー♪」
「それ褒めてんのかよ弥一」
冗談を言う中で、弥一は安藤の心が見えた。
大門が正GKとなってから主に控えへ回り、何時出番が来るか分からない第2GKという身。サッカーでは皆を助けるのが中々難しいと考え、それなら皆の負担を軽くしようと、自らの器用さを活かしてドリンクを作っていたのだ。
安藤も自分なりにどうしたらサッカー部の力になれるか、考えた結果だった。
「ほあ〜」
「何でお前そこに居るんだよ、まあ良いけど……!」
神山家にて、勝也は腕立て伏せをしている。そこにフォルナが勝也の背中へ飛び乗って来て、丁度良い負荷となっていた。
「安藤君の作ったドリンク皆好評みたい。レシピ教わって私も作れるようになっておかないと」
京子がスマホで立見のグルチャをチェックすると、そこには安藤の手作り蜂蜜レモンドリンクに対して、絶賛の嵐が巻き起こっている。
安藤先輩最高の差し入れあざっす!
ガチ美味かった!
お前絶対に良い嫁さんなるわw
ドリンクを飲んだ部員達からお礼、からかいがあったりと反応は異なっていた。
「ああいうサポートも大事だよな。総体とかキツい連戦が続く大会じゃ特にさ」
「ええ、疲労回復の事もしっかり考えないと駄目。選手権は猛暑こそ無いけど、その分試合時間が1試合80分以上で長いから」
「それが準決勝、決勝になれば90分と延長戦のオマケ付きだ」
フォルナを背に乗せたまま、腕立てを勝也は続けて京子と選手権についての会話を交わす。
「出来る事なら弥一君との1on1、夏休みが終わって本格的な部活動が再開する前に決着をつけたい所だけど」
「分かってる」
弥一に1on1で勝たない限り、彼はサッカー部に戻らない。かと言って何時までも彼との1on1を、1日中やる訳にもいかなかった。
立見のキャプテンとして、やるべき事が沢山ある。自ら招いた事だが、遅かれ早かれ弥一に勝たなければならない。
「あう〜」
そこに勝気がよちよち歩きで近づき、勝也の背に乗るフォルナを羨ましそうに見ていた。
「お前も乗るか勝気、京子ー!」
呼ばれた京子は察して勝気の体を持ち上げ、フォルナの側へ置いてあげる。フォルナと更に赤子である息子の体重も加わり、勝也は腕立てを続ける。
「きゃっきゃっ♪」
「ほあ〜」
勝気にとっては、楽しいアトラクションのような感じらしく、フォルナの側でご機嫌な様子だ。勝也はトレーニングと子守りも兼ねていた。
「うるぁぁ!」
「おっと!」
今日も立見のフィールド上にて、弥一と勝也の1on1が行われる。勝也が弥一のボールを狙って、滑り込んでのスライディングを弥一は右足のつま先で軽くトン、と浮かせれば彼の伸びて来る足を躱していた。
そのままゴールまで進み、勝也側のゴールネットを揺らす。
「結構迫って来たけどまだまだ、だね」
「はぁっ……!畜生!」
弥一の勝利に勝也は地面を右拳で叩き、悔しさを露わにする。もう少しで届きそうだった。確実に迫ってはいるものの、肝心の少しが届かない。
「うおっ!?」
激しく肩からぶつかりに行ったが、スルリと弥一に抜き去られて再びゴールネットを揺らされる。
「ぐっ!」
ボールを持ってフェイント、切り返し、ターンと色々試して弥一を翻弄しようとするも、全て弥一は惑わされず勝也を抜かせない。
何度ぶつかっても本気の弥一に勝つ事が出来なくて、勝也は弟分に今日も負け続けていた。
「はぁっ……はぁっ……」
互いに息を切らしたまま、弥一と勝也は再び向かい合う。既に今日何度も1on1を繰り返し行ってきて、空は夕焼けへと変わりつつある。今日も終わりの時が近づく。
「勝兄貴はさ……どうして僕に勝ちたいの?」
「……そりゃ、弥一に勝たない限りお前は部に戻らないし……」
弥一の問いかけに勝也は答える。弥一に勝たなければ彼が部に戻る事はなく、部活動や公式戦が始まる前に決着をつける。どんなに負け続けて格好悪くて苦しくても、投げ出さず挑み続けるのが弟分をそうさせてしまった、自分の責任の取り方なのだと。
「それって立見のキャプテンとして勝ちたいだけじゃん。神山勝也としては何も無いの?」
「!」
兄貴分の心は元々見えている。立見のキャプテンとしての責任を果たす、という心の奥底に隠れている勝也自身の気持ちが。
「じゃ、暗くなる前にもう一本行こうか」
答えを聞かないまま、弥一は容赦無く次の一本を決行。ボールを持ってドリブルに入る。
「(立見のキャプテンとしてじゃなく、俺自身……!)」
自分の招いた状況を立見のキャプテンとして、責任を取る事を考えていた。この状況は自分のせいだと責めていた。
キャプテンとしてではなく、勝也自身はどう思っているか。立場で押し殺していた気持ちが、沸々と沸き上がってくる。
どうしたいかは最初から決まってる。
「(サッカーで誰にも負けたくないからに決まってんだろ!!)」
理由は単純。サッカーで勝ちたい、負けたくない。何者が相手でも、それが弟分で天才相手だろうと。
「(お前が天才でもなんでも、負けたくねぇんだよ!!)」
「!」
弥一のドリブルに勝也が今まで以上に食らいつき、弟分を抜かせない。勝也の鬼気迫る殺気じみた気迫が、強い心の奥底からの叫びと共に弥一へダイレクトに伝わる。
心を熱く、尚且つ飛び込まず冷静に相手を見ていく。
「っ!」
弥一は右足でシュートに行く、と見せかけてのキックフェイント。勝也はそれを見切って動かない。
今までで1番突破しづらいと弥一は感じた。
「(だったら!)」
デュエルの最中、弥一は左踵にボールを乗せて蹴り上げる。右も左も駄目なら上を狙おうと、ヒールリフトを狙う。
「!?」
その時、弥一の顔が驚愕に染まる。勝也がそれを読んだのか、一気に詰めて来てボールが上がり切る前に、頭へ当てて弾いていたのだ。
1on1でついに弥一を止めた事に浮かれる間も無く、勝也はセカンドへ素早く詰める。それに弥一も瞬時に反転して追いかけた。
弥一が勝也のプレーに驚いて、一瞬足が止まっていた事もあった分、勝也の方が先に追いつく。ボールは転がって弥一側の陣地まで来ていて、そこで球を取る。
勝也は右足を振り抜き、ゴールに向かってシュート。そこに弥一も詰めれば左足を伸ばしてブロックに行っていた。
次の瞬間、ゴールネットが激しく揺れ動く。
安藤「誰が嫁だおめーは!」
田村「冗談抜きでそうだと思ったんだって!褒めてるつもりだし!」
安藤「お前といい弥一といい褒め言葉なってねぇー!」
摩央「けど料理男子ってモテそうですよね」
間宮「実際あいつ女子人気高ぇぞ、バレンタインも結構貰ってたし」
田村「流行りの美少女ハーレムの主人公よりお前は嫁行きであれー!」
安藤「何だその意味分かんねぇ嫉妬はー!?」
影山「そういうの読んで羨ましいってなったそうだよ」