サッカー馬鹿な彼ら
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「……何、これ?」
朝日に照らされ、人々が活動時間を迎えようとしている。時間帯としては早朝、影山の目の前には何処までも続く長い石段が聳え立つ。
「意外と近所にあったんだよ。探せばあるもんだな、こういうトレーニングに適した場所っつーのは」
影山の隣で間宮が階段を見上げ、得意げに笑う。
影山は昨日の弥一と勝也の対決が終わり、家に帰った後で間宮から一緒に練習しないかと誘われた。昨日の事で彼なりに何か考えたのだろうと、誘いに乗ったら今に至る。
「ひょっとして……この石段を登ったり降りたりの繰り返し、かな?」
「SNS映えとかの為にわざわざ来るかよ。これは良い特訓になると思うぜ?」
「まあ、足腰とか持久力辺りのアップは期待出来そうだね」
影山の予想通り、間宮は100段以上は確実にある長い石段を使って、鍛錬しようと軽くストレッチして準備を進めていく。
「今より強くなって弥一のチビガキを驚かせてやる!俺はあいつに頼ってるつもり無ぇからな!」
弥一が優れたDFで、何度もピンチを救った実力者というのは認めている。だが同じDFとして、弥一に劣ったままでは終われないと間宮の中で火が付き、今回の自主トレへと突き動かしたのだ。
「おー、盛り上がってる所悪いけどお二人さーん」
「ん?お前何で……!?」
そこに2人を呼びながら駆けつけて来る人物。トレーニングウェアを身に纏う田村だった。
「あれ、草太?彼女さんとデートじゃなかったっけ?」
影山は昨日、田村に間宮から自主トレに誘われた事を伝えれば、田村は「頑張って来い、俺は明日デートだから♪」というやり取りを交わしている。それが何故此処に居るのか、不思議だった。
「……彼女が家族と海外旅行行って俺1人になっちまったんだよ……!」
「あー、夏の予定崩れちまって俺らの所来た訳か」
「やるなら遅くなる前にさっさと行くぞ畜生めぇー!」
間宮が納得している間、田村はトレーニングに鬱憤をぶつけるように石段を一気に駆け上がり始めた。
「おい待てって草太!飛ばし過ぎだろ!」
先を行く田村を追うように、間宮も石段を駆け上がって行く。
「(僕だけ置いてけぼり食らって差をつけられるっていうのも何か嫌だし、此処は頑張っとこうかな!)」
その2人に続いて影山は静かに登り始め、マイペースを保つ。
2年の3人による強化特訓が、人知れず始まっていた。
「くおぉぉっ……!」
ジムのトレーニングで、バーベルを背中に担ぎながらスクワットをする豪山。想像以上のキツさに声を上げると共に、気合でこなしていた。
「くっ!はぁっ……!」
ひたすらエアロバイクをこぎ続けるのは成海。体力の限界が迫りながらも、足を止めずに最後までやり通す。
3年の2人は共にフィジカルを磨こうと、友人のやっているジムを訪れ、己を鍛え上げている。
最上級生の自分達が弱かったら格好つかない。自分達がチームを引っ張る。弥一と勝也の昨日の姿を見た時、このままでは駄目だと強く感じて、さらなるレベルアップをしようと2人は昨日密かに話し合っていた。
「なあ智春」
「ん?」
休憩に入り、共にスポーツドリンクを飲んで水分補給をしている時。成海は隣の椅子に腰掛けている豪山へ声をかける。
「勝也の事、結構サッカー馬鹿だと思ってたけど俺らも相当だよなぁ」
「今更かよ」
勝也が主にサッカーの事を考え、正月は高校の選手権を一緒に毎年見ていた。成海は振り返る限り、それに何時も付き合う自分達も相当だと気付く。彼の言葉を聞いて豪山が小さく笑う。
「好きじゃなきゃ中学時代とか、今みたいなきっつい練習してねぇし。何よりあいつに付き合って立見に来てねぇだろ」
「……そうだな」
彼と共に今の立見を作り上げた。上手くいく保証など全く無い0からのスタート。それにわざわざ付き合っている自分達も、相当なサッカー馬鹿だと2人は笑い合っていた。
「よーし!休憩!しっかり水分補給しとくんだぞー!」
「はーい」
大門はFC桜見の洋一や甘奈達と共に、馴染みとなっている桜見運動公園にて、練習を重ねる。
「あの子ら上達速いよなぁ、それに夏でも元気。若いわ〜」
「老け込むの速過ぎるって野田」
練習をこなして、まだまだ元気そうな小学生達を見るのは、大門の旧友である野田次郎。中学時代共にサッカー部に居て、今は都内の西園高校サッカー部の選手だ。
「しかし今日何時もよりお前熱が入ってるけど、何かあったのか?」
「まあ、ちょっとね……もっとしっかりして自分を高めなきゃなって思ったせいかな」
弥一に頼らず自らの力と判断で、どんな強豪からもゴールを守り抜く。何時までも彼と共に試合へ出られる訳ではない。今よりもっと実力を身に着けようと、大門はこの夏に練習を重ねる。
「おーい大門ー!」
そこへ大門の耳に自分を呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お、来たか3人ともー」
駆けつけて来たのは川田、武蔵、翔馬の同級生3人。
「此処でいっつも小学生達と練習してんだな」
「努力家だねー」
大門が練習している公園を、川田と武蔵が見回していた。
「ああ、野田。彼らは同じ立見サッカー部の1年だよ。彼は中学時代同じサッカー部に居た友達だ」
初対面の野田と3人はそれぞれ挨拶を交わし、その後で洋一や甘奈達の居るFC桜見にも挨拶する。
「俺達も自主トレしようかなってなったけど、1人じゃ中々続かないからさ。それで大門の所に混ぜてもらおうと思って来たんだ」
「分かる分かる。1人じゃつまんなくて続かないよなー」
「皆と一緒の方が楽しいし効率良いもんね」
川田から此処に来た理由について語られれば、何人かの桜見の選手達が分かるなぁと同意していた。
「じゃあ、皆で強くなって桜見も立見も共に全国制覇しようー!」
「おお?結構大胆な宣言だなぁ」
洋一から全国優勝するという宣言が飛び出し、武蔵が驚いてる間に他の選手達も声を揃える。
「彼らなら優勝してもおかしくないって、これは俺達の方も負けてられないよ」
元々実力ある少年サッカークラブで知られるFC桜見。加えて彼らが努力を重ねる姿を、大門はこの目で見て来た。彼らなら全国優勝出来ても不思議ではないだろう。
彼らに後れを取らないよう、大門達高校生も共に努力を積み重ねていく。
「はっ……!はぁっ……!」
真夏に走り込みをこなしていた優也。かなりの距離を走ったせいか、多くの汗が滴り落ちて息を切らしている。
立見高校前で止まり、息を整えようとしていた時。
「熱心なのは良いけど、オーバートレーニングには気をつけろよ優也」
「あ……!」
「いいって、そのまま休んでろお前は」
優也の前に現れたのは勝也で、隣には京子の姿もあって挨拶する。姿勢を正そうとしていた優也を止めた後、正門を通って高校へ入って行く。
「(まさか今日も……?)」
休憩をして息が整った所で、優也も正門を通ってサッカーグラウンドに向かう。
思った通りだった。
芝生の上で勝也が再び1on1を弥一と行っていたのだ。
「(やっぱり速い……鋭い)」
フィールド上で弥一は勝也から、瞬く間にボールを奪い取って勝也側のゴールネットを揺らす。
弥一の勝也に対する寄せが速く、正確に勝也のボールを足が捉えて奪い去る。
速さにおいて自信を持つ優也から見ても、弥一が守備の時に詰め寄るスピードが他と比べて全然違った。
「だぁぁ!」
勝也も諦めず、がむしゃらに弥一へ挑み1勝を狙おうと、彼の持つボールを狙いに行く。何連敗しても彼の闘争心は衰えず、諦めていない。
「結局皆、サッカー馬鹿って事かな」
「ほあ〜」
ケージからフォルナを出して、世話をしつつも京子はフィールド上の2人に目を向ける。
「部の皆が夏休み返上して自主トレしたりと、好きじゃなきゃそこまで出来ないと思う。歳児君もそうでしょう?」
「……」
元々サッカーを始めたのは中学で、周囲と比べたらスタートは遅い優也。気付けばその世界に夢中で走り回っていた。
「俺は……やるからには誰にも負けたくないだけなんで、失礼します」
京子に一礼すると、優也は学校を出て再び走り出す。
誰にも負けない。やるからには弥一も勝也も、八重葉といった強豪全てを超える。
負けず嫌いな1年が去った後も、弥一と勝也の勝負は繰り返され、この日も弥一は勝也に一度も負けなかった。
摩央「皆頑張ってるなぁ、俺はまあ休ませてもらってるけど」
安藤「君は選手じゃなくて主務だからな」
摩央「そういえば安藤先輩は何処にも居ませんでしたが、俺と同じ夏休みですか?」
安藤「俺に関しては、まあ次回でって事で。……誰が楽しみなのかなこれ」
摩央「自分で引っ張ってネガティブにならないでくださいよ……」