兄弟喧嘩、サイキッカーDF退部する!?
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
今まで向けられた事が無かった勝也の嫉妬。真っ直ぐな彼の心が不安定で歪んでいるのは、弥一にしか見えない。
その彼が言い放った弥一への、サッカー部にもう来るなという言葉。
「勝兄貴……どういう事?」
「言葉の通りだ。お前はもうこの先、立見サッカー部として大会に出る事や練習に出る事も許さねぇ」
「……!」
弥一に立見サッカー部としての活動、それをキャプテンとして彼の参加を許さない。勝也は弥一を切り離そうとしていたのだ。
「何で急に、選手権に向けて夏しっかり休んで僕達リベンジしようって……!」
「それはやる。お前無しでだ」
「!」
立見の目標は変わらない。打倒八重葉の全国制覇を冬のラストイヤーに勝也は懸ける。そこに弥一を加えない立見で行く、というのに若干変わったぐらいだった。
「何で突然僕外されなきゃならないのさ!?」
納得出来ず弥一も強い口調で、勝也へ詰め寄る。今になって何故サッカー部から自分を遠ざけるんだと。
「何でも何も……お前もうプロの道開けてんだろうが」
勝也は聞いてしまっていた。周囲が弥一を高く評価している事を、自分と違って弥一が活躍して期待されている事を。
「高校サッカー、特に選手権はプロへの登竜門だ。その道が開けてる奴が……わざわざ門を潜る必要はもう無ぇだろ」
弥一はもうプロの資格充分、わざわざ選手権に行かずともスカウトされるのは時間の問題だろう。なら参加に拘らなくて良いはずだと、勝也は心の闇を抱えたまま弥一に伝える。
「とっくにチャンス掴んだ天才に……プロになろうと足掻き続ける凡人の苦労が分かんのか!?分かんねぇだろどうせ!イタリアのミランに入れて何の苦労もしてねぇ天才様にはよ!!」
「っ!!」
これまでの嫉妬、妬みが爆発して勝也は弥一に暴言を浴びせ、弥一もこれにカッとなっていた。
「その場にいなかったくせに何の苦労もしてない!?ふざけるな!!何も分かってないのはそっちだろ!ああ、わかんないね!上手く行かなくて当たり散らす奴の気持ちなんて!」
勝也に対して怒りのままに、弥一も言葉を発していく。
「そこまで言うなら分かったよ!もう立見サッカー部には顔出さない!関わらない!サッカー部は辞めるから!!」
「勝手にしろ!こっちこそてめぇなんぞいらねぇよ!いなくても俺達だけで全国制覇してやる!何処にでも行っちまえクソガキ!!」
「ああそうするよ!応援もしないから!立見なんか八重葉にボコボコにされてみっともなく負けちゃえばいいんだ!!」
「さよなら!クソアニキ!!」
今までに無い弥一と勝也の激しい口喧嘩。互いに感情のまま言い合った末、弥一が最後に言い放った後に、彼はその場から走り去って行った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
周囲の人々が2人の言い合いを聞いて、何時の間にか多くの者が息の乱れている勝也を見ていたが、やがて興味を無くしたかのように人々は再び歩き出す。
「……」
息を整えた勝也はふらついた足のまま、歩き始めていた。
「弥一、勝也君と外でご飯済ませるんじゃなかったの?もう……ちゃんとそれは帰る前に伝えてくれないと」
家のマンションに帰宅した弥一に、母親の涼香は夕飯の準備をしている。
朝に家を出る時、弥一から今日の晩御飯は勝兄貴と食べてくると言って、食事の必要は無かったはずだが、急に弥一が帰って来た事でこうなっていた。
「ごめん。ちょっと色々あってさ……あの、お母さん?」
急に帰って来た事を詫びながら弥一は尋ねる。
「部の退部届ってどうするんだっけ?」
「勝也どうしたの?何か随分辛そうな顔だけど……プロとの練習上手く行かなかった?」
「……まあ、ちょっとな」
家に帰宅した勝也の顔を見て、何かあったと察した京子。息子の勝気をあやしながら尋ねるが、勝也は短く返すのみだった。
神山家に居候してるフォルナは鳴かずに、勝也の方をじっと見ている。
「顔洗って来るわ」
そう言った後に勝也は洗面所へ向かい、そこで鏡に映る今の自分の顔を見る。
「確かに……ひっでぇ顔」
鏡に映っていたのは、銀髪の少年の疲れた表情。今の自身の顔を見て勝也の口から、思わず自分で酷い顔と言ってしまう。
「最低にも程があるだろ俺……」
自分の力不足で上手く行かなくて、可愛がっていた才能溢れる弟分に暴言を吐いてしまった事。後悔する中、弥一の顔が浮かんでくる。
「(でも……これで良いのかもしれない)」
弥一は間違いなくプロに行くべき天才。これ以上自分に付き合って無駄に時間を費やすよりも、一刻も早く上のレベルに行くのが彼にとって最も良いはずだ。
喧嘩別れになってしまったがこれで良い。弥一にとって最善の道なのだと自らに言い聞かせ、勝也は顔を洗う。
「おっし!」
飛んで来たボールに対して、大門は芝生に倒れ込みながらもキャッチ。
「あ〜、良いシュートだと思ったのにー」
頭を抱えるのは小学校高学年ぐらいの男子。彼は緑色のユニフォームを着ている。
「今の洋一君のシュート良い感じだと思ったのになぁ、大門さん相手だと取られちゃうんだ」
「ちぇ〜、甘奈頼んだー」
シュートを撃ったのは洋一という名。茶髪で短髪、同年代の中で低めな身長の男子だ。それを見ている黒髪をポニーテールに纏めた、甘奈と呼ばれる小学校高学年の女子も、同じユニフォームを着ている。
「よーし来い!」
立見のGKユニフォームを纏う大門。ボールを持つ甘奈の前に立って、ゴールを守る為に身構える。
「(あいつもよくやるな……)」
汗で重くなったTシャツを着替えつつ、優也は小学生と共に練習に励む大門の姿を見ていた。
大門は地元の少年サッカーチーム、FC桜見と交流を持っていて、優也だけじゃなく他の立見サッカー部も度々会って共にサッカーしたり、遊んだりする仲になっている。
本来なら優也は1人で、夏の自主トレに励むつもりだったが、大門に誘われて桜見の子供達と、こうして練習を重ねていた。
新たなシャツに着替えて再び練習に戻ろうとした時、優也のスマホが鳴り出す。見てみれば幼馴染の冬夜からだ。
「どうした冬夜?遊びなら今練習中で付き合えないぞ」
『あーいや、そうじゃないんだわ』
こういう時来るのは、大抵誘いと決まっている。今は練習中で付き合えないと優也が注げるも、彼の要件は違うらしい。
『今日買い物頼まれて外出てたんだけどさ、お前の所のキャプテンと小さいのが激しく言い争ってたんだよ』
「何……?」
冬夜の言う自分の所のキャプテンと小さいの、と聞けば優也が弥一と勝也にまで辿り着くのは簡単だった。その2人が激しく言い争っているというのを聞いて、気になっていると。
『その中で小さいのがサッカー部辞めるとか言い出して、キャプテンの方もお前なんかいらねぇとか言ったり、立見なんかあったのか?って思ってさ』
「弥一が?お前それ本当に聞いたのか?」
『間違いないって!ちゃんと聞いた!』
弥一と勝也は優也が見る限り、かなり仲が良かったはず。そこまでの言い争いにまで発展するとは、どういう事だと優也は考え込む。
これが切っ掛けとなって、立見サッカー部の方にも徐々に弥一と勝也の喧嘩は広まっていく。
「はぁ〜、今日もあっつ〜!アイス買おうかな今日は」
学校へ出勤する為、幸は夏の太陽を浴びながら高校への道を目指す。
何時ものように正門へ行って、警備員と挨拶を交わして入るつもりだったが、この日は何時もと違った。
「あ、ラッキー先生おはようございますー」
「え?神明寺君?おはよう、まだ学校夏休みで部活も無いけど……どうしたの?この前の猫に続いて今度は犬でも入り込んじゃったとか?」
正門の前で弥一の姿を見つけ、幸は彼と挨拶を交わせば夏休み中にどうしたのだと尋ねる。
「これ届けに来ました」
「……え?」
弥一が幸に差し出したのは、白い封筒。そこに書かれていたのは退部届という文字だった。
「退部ってこれ……!?」
「そういう訳なんで、短い間でしたけどお世話になりましたー」
「ちょ、神明寺君!?」
どういう訳なのか、聞く間も無く弥一は走り去って、幸1人がその場に取り残される。
兄弟喧嘩から弥一の退部、立見サッカー部は大きく揺らごうとしていた……。