活躍する弟と苦悩する兄
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「おいおい、またカットしたぞあのちっさい高校生」
「噂には聞いてたけど大した読みだよなぁ」
「前もって心読んで分かってたりして?」
「お前異能にハマってるからってそれはねーだろ!」
フィールドで弥一が動き回り、決定的なパスを止めている姿を見ればベンチに座る東京アウラの選手達が、凄いなぁと思いながらも、あり得ない事を言って談笑していた。
「……」
1本目、特に何も出来ず下げられた勝也。自分と違い、活躍している弟分の姿を見れば、水分補給の為に持っていた水筒を持つ右手にググッと力が入る。
一度芽生えた感情は確実に膨らみ続けていた。
「左空いてる空いてる!行けるよー!」
周囲がプロばかりという環境でも、弥一は何時も通り声を出して味方にコーチング。
そこは年上のプロだろうが関係無かった。
「(凄い子とは思っていたが、まさか此処までとは……!)」
共にダブルボランチを組む、太一は内心驚いている。初めてであるはずの、プロとのトレーニングマッチにも関わらず、弥一は自らの力を発揮して相手の攻撃を封じていた。
1人の高校生が入ってから、彼の居るチームは一度もゴールネットを揺らされていない。
ひょっとしたら現時点で自分を超えているのではないか。それが頭を過ぎった時、夏の暑さとは違う汗が体から発せられる。
「はい!」
賢人は右手を上げてボールを要求。
此処まで上手く攻撃が噛み合っていなかったが、自分とは逆の右寄りから徹底して仕掛け続けていた。
これだけ時間をかければ、自分の居る左への注意は向いていないだろうと判断しての事だ。
逆サイドの選手からサイドチェンジで蹴られたボールが、賢人に飛んで来る。
「(はいバレてるー!)」
「!?」
上手く行くかと思ったら、サイドチェンジを読んで動いていた弥一が賢人の前でボールを頭で弾き返す。
セカンドとなった球を味方が拾って、カウンターのチャンスとなり、相手の守備が整う前に崩し、最後はFWの右足によるシュートがゴールネットを揺らしていた。
「弥一君、良いカットだった!よく逆サイドに行くって分かったな!?」
「あの人一瞬チラッと反対側の選手見てた気がしましたからー、上手く行って良かったです♪」
太一に言ってる事は嘘だ。本当はサイドチェンジを蹴るというのを心で読み、先回りしてカットしたのだ。
「ふむ……」
康友は弥一を見て、何か考えてからコーチと話している。
「ふ〜、やっぱ高校より皆速いねー。気を抜いたら置いてかれそうだったよー」
ベンチへ戻り、弥一は水筒の水を飲んだ後、勝也の座る席の隣に腰掛けた。
プロに混じって動いたにも関わらず、弥一はそれ程疲れは無さそうだ。何度か相手のチャンスを潰し、かなりアピールしたと言っても良いだろう。
「……今度こそアピールしないとな、じゃあ行ってくるわ」
再び勝也の出番が回ってくれば、席を立って再びフィールドに入って行く。
「(あんな勝兄貴の心、初めてだ……)」
この時弥一は勝也の心が見えていた。それは色々混じって不安定な心となって、勝也の周囲を渦巻いている感じ。
今の勝也は心が安定していない。
「うおっ!」
空中戦での競り合い。ぶつかり合いの勝負は互角だったが、その後の一歩を行く速さは相手の方が勝っていた。ボランチで出場した勝也は遅れた事で、相手に突破を許してしまう。
「らぁ!」
ボールを持つ相手に、勝也が肩から激しくぶつかって行く。だがプロの鍛え上げた上半身はそれを跳ね返して、ショルダーチャージに崩れなかった。
「苦戦してるなカツヤは」
「ああ……」
今回は共に外れ、太一とマグネスは揃ってベンチで座り、勝也のプレーを眺めている。太一の方は弟の姿を見て、険しい顔を浮かべていた。
「広い範囲で走り回れるスタミナや喰らいつく気迫は良い。ただその気迫が空回りしてる感じだ」
「……」
足を止めずに攻守で走り回れるスタミナ。その部分はマグネスも高く評価するが、もう一つの長所については今一つ活きていないと感じる。
それについては太一も同じ事を思っていた。
「お前……そんなもんじゃないだろ、勝也……」
呟くような太一の言葉。聞こえたのかマグネスは彼の右肩を軽く叩いてから、席を立った。
「ナイスラン、結構よく走っていたじゃないか」
「あ……うっす……」
今度は勝也と同じチームで組んでいた風岡。良い走りだと彼の左肩に手を置いて労えば、勝也は彼に頭を下げる。
1本目の時より賢明に動き続けていたが、弥一と比べればボランチとして上手く機能はしていなかった。あの場面をこうすれば良かったのかと、勝也はベンチに引き上げながら先程のプレーを振り返り反省。
「神明寺、今度はDFで入れ」
「はーい」
次の1本は本職のDFを任され、弥一はポジションに向かう。
「おうバンビーノ!共に守ろうぜ!」
「勿論、共に完封しちゃおうー♪」
今回はマグネスや他のDF1人と組んで、3バックの構成となる。弥一とマグネスは陽気に笑って言葉を交わす。
「右から来るよー!気を付けてー!」
「そこ囲んで囲んでー!」
「ナイスプレスー♪」
後方から弥一は絶えず声をかけ続け、指示を送ったり盛り立てたりと、ボランチの時よりもコーチングは多かった。
「ヤイチはよく声を出すなぁ、おかげで俺の仕事ちょっと持ってかれてるよ!」
普段はマグネスが後方から声を出しているが、今回はそれを弥一が行なっている。陽気に笑いつつも、周囲がプロの環境で堂々としている小さな彼に、内心では少し驚いていた。
「そりゃ後ろから色々見えてるからねー、声出して伝えなきゃ損だよ♪」
ボランチの時よりも後ろの位置のおかげで、フィールドの選手達の動きがよく見える。百戦練磨な強力DFの力もあって、弥一は相手の攻撃を封じ込めていく。
「(何で……プロの中でもあんな、活躍出来るんだよ……?)」
ベンチに座る勝也はフィールドで、弥一とマグネスが息の合った守備で相手の突破を止める所を、目の当たりにしていた。
自分は必死に走り回って苦戦していたのに対し、弥一は普段通りマイペースに笑って立見の時と同じように、活き活きとプレーをしている。
自分が弥一にサッカーを教えたはずなのに、今の彼と自分の差が大きく開いてしまった気がした。
「(これが……天才と凡人の差か?)」
イタリアに行っていた彼に負けないぐらい、努力は積み重ねたつもりだ。それでも空いてしまった差に、勝也は生まれ持った才能の差なのかと、目の前の弥一を見て思う。
弥一が才能溢れる天才なら、自分は何も持ってない凡人だと。
「神明寺弥一は今すぐアウラに欲しい所だな」
そこに聞こえて来るコーチ陣の話声。
「小柄だが、何か彼の場合は不思議と競り負けなかったしな」
フィールドではボールを持つ弥一に対して、前線から強く肩から当たりに迫る選手が来ていた。
弥一は相手のチャージをいなし、逆に相手のバランスを崩させて突破する。相手とのボディコンタクトに対して、上手く躱してみせたのだ。
「ひょっとしたらとんでもないルーキーで、凄い選手になるかもしれない……これは流石に逃さないだろう」
「そうだな、高1でまさかこのような逸材がいたとはなぁ」
「監督もそれを考えて、わざわざマグネスと組ませたんじゃないか?実際に機能するのかどうかを確認する為に」
弥一を高く評価する声に、勝也はギリッと歯を食いしばる。
彼の中の嫉妬は大きくなるばかりで止まる事は無い。
トレーニングマッチは全てが終了して、2人はプロの選手達から色々声をかけられながら、言葉を交わせば彼らに別れを告げて帰路に着く。
「……」
共に歩く弥一と勝也だが、2人は無言だった。
勝也は満足行くアピールが出来ないまま終わって、悔いが残る結果となり、弥一にはそんな勝也の心が見えてしまう。
なので語りかける事は何も出来ず、歩き続ける。
「……お前、良かったじゃん。すげぇアピール出来てさ、あれは流石に目ぇ止まってスカウトの話あってもおかしくないだろ」
「うん……話来るのか分かんないけど」
「それで来なかったら何をすれば来るんだよ?」
ようやく言葉を交わす2人だが、勝也の語気が普段より強くなってるように、弥一には感じられた。
「来たとしても、ほら……立見として今は選手権の優勝目指すのあるでしょ?八重葉に借りを返さないといけないし」
「……」
駅前へと近づいた時、勝也はその足を止める。弥一がどうしたのだと振り向くと。
「弥一」
勝也は弥一を真っ直ぐ見たまま告げる。
「お前サッカー部にもう顔出すな」
一度膨らんでしまった感情。それが凶器となって、弥一に向けられようとしていた……。
川田「いや、今日あとがき無理だって!」
翔馬「上のあの感じの後に僕達何喋ればいいの!?何かすっごい修羅場な予感するし!」
武蔵「とんでもない地獄の無茶振りがこっちに来ちゃったよ……!」
川田「えーとえーと……ショートコントとか!?」
翔馬&武蔵「「絶対嫌だ」」