プロチームの練習に参加する兄弟
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「結局八重葉が決勝で勝って連覇かぁ」
電車内で弥一は席に座って、総体の決勝線の結果を見ていた。
八重葉は準決勝で牙裏を3ー0、決勝で最神を2ー0で破り2年連続の総体優勝を成し遂げる。勝って喜ぶ八重葉のイレブンよりも、負けて誰よりも大泣きしてしまう想真の方が目立っていた。
「ま、僕達を破ってくれちゃったんだから負けるのも困るからねー勝兄貴?」
弥一は左隣に座る勝也へと、声をかけるが彼の返事は無い。
「聞いてる?勝兄貴ー?」
「え?あ、聞いてる聞いてる。相変わらず八重葉は強いよなぁ」
呼びかけに勝也は気付けば、八重葉が強いという事に同意するように言っていた。
「大丈夫ー?今日は東京アウラの練習に参加させてもらえる日なのに、まさか風邪引いたとか?」
「いや、体調は万全だから……!ちょっと緊張してただけだって、やっぱプロの練習を体感出来るからさ?」
「(勝兄貴、嘘が下手だなぁ……)」
心を覗かずとも、勝也が何時もと違うのは長い付き合いで、何となく分かる。
そして何に思い悩んでいるのかも。
「此処、しっかりアピールしちゃえば一気にプロの道行けるよ。京子先輩や勝気君を守るんでしょ?」
「たりめーだ、逃す気は無ぇよこのチャンス……」
弥一は京子と勝気の名前を言って、2人を守るんだろうと伝える。
弥一と勝也は東京アウラから練習に誘われ、今日が約束の日だ。練習でうまくアピール出来ればスカウトされる可能性がある。
サッカーで生活して、京子や勝気を守るという目標へ、一気に近づけるかもしれない。勝也としては大きなチャンスだ。
「そうだ……今日しかねぇんだ……!」
勝也は改めて気を引き締めて前を向く。思う事はあるが、今は守るべき家族の為に戦うのみ。
なんとか大丈夫そうとなって、弥一もスマホを見ながら到着の時を待つ。やがて目的地の駅に電車が到着すれば外に出て、先程まで冷房の効いた涼しい車内に居たせいか、夏の暑さがすぐ体に伝わって来る。
東京アウラ。
現在J1のリーグ首位を走るチームで、かつて天才と言われた工藤康友が監督を務める。シーズン中にも関わらず、今回高校生2人を練習にわざわざ招いたのも、彼を含めたクラブの決定だ。
「よう、しっかり時間通りだな2人とも」
東京アウラ専用の練習グラウンドまで来れば、太一の姿があって2人を出迎えていた。
「太一さんが居てくれたおかげで凄い事になっちゃいましたよー♪」
「兄貴による声こんな効果抜群だったんだなぁ」
招待された弥一と勝也は太一に改めて礼を伝える。
「いや、まさか俺もこんな早く実現するとは……こっちが驚いてるよ今の状況に」
太一自身もまさか早々とこうなる事は予想していなかった。上の方が考えている以上に前向きだったのかもしれない。
「ハッハー!そのボーイ達がタイチの言ってた例の2人かい!?」
そこへ野太い大きな男の声が聞こえて来る。近づいて来た彼には弥一のみならず、太一と勝也も見上げなければならなかった。
男の身長は2mに近く、茶髪の短髪で彫りの深い顔立ちからして日本人ではない。シャツの上からでも充分伝わる逞しい筋肉が印象的な外国人だ。
「そうだよマグネス。弟の勝也と彼の後輩で幼馴染の神明寺弥一だ」
太一と話す者が誰なのか、弥一も勝也もその男の事は知っている。
東京アウラの守備の要で現イタリアA代表を務める、フランチェスコ・マグネス。世界を知る百戦練磨のDFだ。
「俺がマグネスだ!日本のサッカー界を背負う若人達よろしくな、ハッハー!」
「お、おお……」
「よろしくー♪」
テンション高めな大男に押され気味な勝也と、物怖じせず明るく返す弥一。
「緊張はしてないか!?ガチガチのままじゃ良い動きは出来なくて楽しめないぜ!」
「いやいや、マグネス。君が少し落ち着こうよ」
「おっと失礼、期待出来そうなルーキーを見かけてついテンション上がってしまったよ!」
陽気なマグネスに太一は苦笑しつつも、落ち着かせていた。
「弥一、イタリアってこういうのが多いのか……?」
「全員そうって訳じゃないけど多かったねー」
勝也が弥一にこっそり耳打ちで話す。イタリア人をよく知る弟分に聞けば、彼にとってマグネスは珍しいタイプではないようだ。
留学時代によく見かけた。陽気で情熱的、典型的なイタリアの男だとすぐ分かる。
だだ弥一から見たら丸見えだ。飽くなきカルチョへの情熱を燃やす、熱き彼の心が。それと同時に強者の纏うオーラが見えていた。
「大勢のプロに今日は囲まれて何時もと違う環境になるけど、リラックスして楽しもうぜヤイチにカツヤ♪」
会ってすぐに名前の方で呼び、マグネスは右手の親指を立てて笑い、白い歯を煌めかせる。
「うん、張り切って行くよー♪」
「お、おう」
マグネスのノリに合わせたか、弥一も右手の親指立てて陽気に笑う。それを見て勝也も同じポーズを取っていた。
「(やっぱ皆上手い……!)」
アップの為に軽くボールを蹴っている勝也。東京アウラのプロ選手達も集まって、共に体を動かしていた。
その時に横目でプロのトラップや軽いパスを見れば、動作の一つ一つが上手く速いと感じる。幼い頃から太一を間近で見てきたが、この場には彼ぐらいのレベルがゴロゴロ居るプロの選手ばかりだ。
「上手いよね皆ー、そりゃプロでご飯食べてるから当たり前かぁ」
何時の間にか弥一が勝也の側まで軽く走って来た。
「お前もしっかりアップしとけよ」
「勿論、ちゃんとやるよー」
そう言うと弥一は近くの者からパスを出してもらう。これを右足で高く蹴り上げれば、そのまま頭でリフティング。
「(上手い……分かっていたけどやっぱり)」
改めて間近で見れば、弥一のボール捌きもプロに劣っていないように見えた。彼らの中に居ても不思議ではないぐらいに。
柳FCの時の弥一とはもう全く違う。
「(俺だって!)」
勝也は今日の為に、何時もより入念なアップを行う。心の中で弥一への対抗心を芽生えさせながら。
「今日は30分のトレーニングマッチ4本だ。若い高校生の前だからって良い所見せようと張り切り過ぎないようにな」
東京アウラの工藤康友が皆へと、今日の練習内容について伝える。その中でユーモアも少し混ぜれば、チーム内から笑いが起きていた。
「(此処が最大のアピールチャンスか……よし!)」
このトレーニングマッチで自らの力を示そうと、勝也は気を引き締める。プロの選手とのぶつかり合いが待っている事に対して、心臓の鼓動が早くなっていく。それと同時に闘志を燃やす。
勝也は1本目で中盤の右で出場、笛が鳴るとプロのプレーをその目に焼き付ける。
「(速ぇ!?)」
動き出し、パス、トラップ、彼らのプレースピードの速さに驚かされた。目の前だけでなく、彼らは更に先の手を考えて動いている。
スピード感の溢れるサッカーに喰らいつこうと、勝也も懸命に走って行く。
「右!上がれ!」
競り合いの最中、ボールが零れて転がった所を太一が拾う。それと同時に右サイドの選手に上がるよう指示。
つまり勝也に上がるよう言っているのだ。
カウンターのチャンスと、勝也は駆け上がる。兄弟同士の連携で攻撃を繋ごうとしていた。
「!勝兄貴迫ってるよー!」
試合に出ていない弥一がいち早く察知して、フィールドの中で戦う勝也に伝える。
「!?」
勝也がパスを受け取ろうとしたら、突然目の前に巨大な壁が現れた。相手チームに居るマグネスが巨体から想像もつかない、素早い動き出しで勝也の目の前に現れ、太一からのパスを左足でカットしていた。
そこから右足で豪快に前へ蹴り出して、特大のクリアとなる。
「まだまだプロはこんなもんじゃないぜ、バンビーノ」
迫って来た事に気付かず、呆然とする勝也にマグネスはニヤリと不敵に笑う。
弥一「マグネスって日本語上手だねぇー」
勝也「イタリア語出来ない俺には助かる。弥一に通訳頼む所だったわ……」
太一「奥さんが日本人でね。前はイタリアでプレーしてたけど奥さんと出会った事で結ばれ、そこから日本に行こうとなって此処に来た訳だ」
弥一「奥さんと出会って活動拠点も変えたんだねー、行動力凄いなぁ」
勝也「弥一といいマグネスといい、DFってのは思い切った実行をやるもんなのか?」
弥一「0からサッカー部作った勝兄貴には負けるってー」