芽生える嫉妬
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「川田君は大丈夫。病院で診てもらったけど、特に異常は無かったよ。今は部屋で安静にしてるから」
「そうですか……弥一といい無茶する1年ばっかだなぁ今年は」
ホテルのロビーにて、勝也は幸から川田の状態を聞いていた。
至近距離で強烈なシュートを受けてしまい、試合の後に幸が病院へ川田を連れて行ったが、幸いにも彼の体はなんともなかった。
「川田君と弥一君だけじゃない、他の皆も今は休みが必要だと思う」
「今回で体も心も疲れちまっただろうからな」
勝也も京子も帰りのバス内で、誰も口を開かない重苦しい雰囲気を感じ取っている。今日負けた事で、それぞれ責任を感じているのかもしれない。
戦いを終えた彼らに今必要なのは休む事、体も心も休みを欲しているはずだ。
「先生……ああいう時ってキャプテンとして、どう声をかけたら良かったんですかね?」
「ううん、私なら頑張ったね!とかお疲れ様!とか……になっちゃうかな?」
彼らにどう声をかけるべきか。慰めや労いの言葉、次の目標を掲げて道を示す言葉、幸に相談する中で勝也はチームを纏める者として、どうすれば良かったのか答えに悩んでいた。
色々問題を抱える立見。そこへ勝也達に向かって、歩いて来る彩夏の姿。
「あの〜、神山先輩〜」
「どうした黛」
「さっきこんなの渡されました〜。神山勝也に渡しておいてほしいとの事で〜」
相変わらずマイペースな口調の彩夏が、勝也へ預かっていた名刺を差し出す。
「ん……?これって……!」
名刺を見た時、勝也だけでなく、覗き込んでいた京子や幸も揃って驚いてしまう。
立見と八重葉の試合から翌日。ホテルのラウンジにあるソファー席で、勝也は名刺の人物と対面していた。
彼の両隣には右に京子、左に幸と座っている。3人と向かい合う形でソファーに座るのは、短髪黒髪の男で黒いスーツ姿。30代くらいで会社員のように見える。
「改めまして、東京アウラでスカウトを担当する新崎です」
「あ……神山です」
昨日彩夏に名刺を渡した張本人。名刺には東京アウラの新崎裕二とあり、新崎は改めて名刺を差し出した。
昨日受け取った物と同じで、本人に間違い無いようだ。
「あの、えーと……スカウトの方が私達にお話という事は、誰かスカウトするのでしょうか?」
プロサッカークラブのスカウトマンと話す機会など無い、そのせいか緊張気味で幸は新崎に尋ねる。
「ええ、考えてます。2人ほどは」
「2人……ですか?」
一体誰をプロに引き入れるのか、気になって京子も発言していた。
「1人は君だ、神山勝也君」
「!」
新崎からスカウトの対象である事を告げられると、勝也の目が見開く。
「猛暑の中でも攻守で積極的に動ける豊富な運動量。人を巻き込み惹きつける程に強いガッツ。この2つが素晴らしく、特に後者はプロでもそうは見ない」
勝也のスタミナとガッツ、これを新崎は高く評価していた。
「そこから更に成長していけば、J1で戦って行ける可能性がある……と早めにこうして声をかけたかったんだ」
成長次第ではプロとして、トップで戦えるレベルとなるかもしれない。他のスカウトが気付いて争奪戦となってしまう前に、新崎は先手を打っておきたかったのだ。
「俺はプロでやっていけるんですか?」
「成長次第、と僕は見ているよ」
プロのサッカープレーヤーになって、京子や勝気を守り支えようとしている勝也には大きな希望となる。
自分はプロに行けるかもしれないと。
「1人が神山君で、もう1人は誰ですか?」
幸は勝也の他に誰をスカウトしようと考えているのか、気になって新崎に尋ねた。
「神明寺弥一君です」
「ああー……」
声を上げた幸だけでなく、勝也と京子もそうだろうなと納得する。
体格の不安はあれど、弥一ならスカウトの目に止まっても、おかしくはないだろう。
「彼の場合は昨日の試合での事があったので、お話は……」
「承知しております。こちらも無理をさせるつもりなど全くありませんよ」
弥一にも話したいと言うなら、幸は顧問として許可は出せない。彼の状態については新崎も理解しているので、無理に弥一と話そうとは考えていなかった。
「今日の所はこれで、あれだけの試合をこなして皆が疲れている所にお会いいただき感謝します」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
新崎が3人へと頭を下げ、足早にその場を後にした。試合を終えて間もない事を考慮してくれたか、話はすぐに終わる。
「凄いじゃない!?プロからスカウト来たよ!?」
「先生、まだ確定じゃありませんから」
新崎が去ってから幸は興奮した様子だった。教え子がプロになるかもしれない、期待が膨らむ中で京子が落ち着かせる。
「もっと強く、上手くならねぇとな」
「オーバートレーニングしたら駄目」
「分かってるって、ちゃんと充分休みながら練習はやってくからさ」
意気込む勝也に京子は張り切り過ぎて、過剰なまでにトレーニングはしないよう注意する。
そこは勝也も理解していた。無茶な練習を重ね、体を壊しては逆効果だという事を。
「ちょっと飲み物買って来るわ」
気持ちを落ち着けようと、勝也は京子達にそう伝えてから自販機のある場所へ向かう。
「あ、オレンジあった。これこれっと」
自販機でオレンジの缶ジュースを購入し、勝也がそれを取り出した時だった。
「(ん……?この話し声さっきの?)」
誰かと話すような声が勝也の耳に届き、それが先程のスカウトマンである事に気付く。
話し声のする方を見てみれば、新崎が背を向けてスマホで誰かと通話しているようだった。
聞き耳立てるのは良くないかと、勝也がその場から立ち去ろうとしたら、彼の足を止める言葉が聞こえて来る。
「ええ、神明寺弥一に会う事は厳しいです。連日スタメンでしたからね……ああ、彼のプレーを数試合スタンドで見ましたが、あり得ないぐらいの読みですよ。それに加えて技術もずば抜けている……」
「神明寺弥一は今すぐプロに入っても通用する。近くで見た限りそう思いますよ」
「!!」
勝也はこれからの成長次第でプロになれる。それに対して弥一は現時点で、既に戦えると太鼓判を押されていた。
後ろで勝也が聞いていた事に気付かないまま、新崎はスマホで会話をしながら歩き去って行く。
何時の間にか右手に持っていた缶ジュースが、鉛のようにズッシリと重く感じて、勝也は床に落としてしまう。
「(プロに……弥一が今すぐ……)」
分かっていた。
弥一がサッカーの才能に恵まれ、自分を超える程だという事を。イタリアで更に成長し、立見で日々サッカーを続けて凄い所も沢山見てきた。
当然の評価だ。そう思っているはずなのに、沸々と沸き上がる感情がある。
納得しているつもりでも抑えられない。
この時、弥一への嫉妬が勝也の中で存在していた。
春樹「え、喧嘩するのかあの2人!?」
狼騎「んな驚く事かよ、長い付き合いなら揉め事の1つや2つあんだろ」
春樹「そうだけど、あの2人が揉める所は見たこと無いんだよなぁ……」
狼騎「プライベートは知らねぇだろ、案外そこでバチバチにやってんだろうよ」
春樹「というか気になる章タイトル出さないでくれるかな作者!?」