因縁の再会
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「ま、おそかれ早かれ当たるだろうよ。最強とは」
3回戦を勝ち抜き、過酷な3連戦を終えて、大会はオフを迎えていた。選手達にとって夏の貴重な休みの日だ。
ただ満足に休めたのは良いが、明日の相手を迎えるのは最強の八重葉となれば、立見の面々は難しい顔を浮かべてしまう。
その中で勝也は大部屋に集う皆へと告げる。
「例外無く今年の八重葉も強い。エースの照皇やGKの工藤が目立つけど、他も厄介なの揃ってるからな」
「DFの大城君と中盤の司令塔を務める村山君の3年2人。大城君は守備が巧いのは勿論、セットプレーの時に上がって190cmの高さから繰り出すヘディングは脅威。たまに上がって来て強烈なロングもある」
「村山は何処でもこなせる何でも屋だな。司令塔だけど攻撃だけじゃなく守備も積極的に走り回って行うから、その意識も相当高いだろうよ。言うまでもなくこいつのパス、ドリブル、シュートも注意な」
勝也の隣に立つ京子と共に、2人は八重葉の情報について話す。畳のあるテーブルでは、摩央がその前に座ってパソコンを操作。
総体での八重葉の戦いが動画に流れていた。
「仙道兄弟の連携高い守備も1つ壁だな。大城程じゃないけど兄の佐助も大柄で高さあるし、弟の政宗が高いスタミナで動き回って攻守で幅広く顔を出してる」
成海の口からも厄介な選手の名が出てくる。兄弟2人も立見の勝利を阻む壁だと、皆が認識する。
「八重葉の左サイドには今年すっけぇ速い1年が居るんだよな。月城ってのが50mを5秒台、100mを10秒台で走るんだと」
「ええー、それ今から陸上で本格的に鍛えりゃ日本記録行けそうじゃないスか!?」
月城の速さについて豪山が説明すれば、田村から驚きの声が飛び出す。優也も鋭い眼差しで動画に映る、月城の走る姿を見ていた。
「特に要注意はこんな所だな。勿論名前上がらなかった連中も全国レベルの選手ばかりだ。穴とか無ぇから」
名前の上がらなかった奴はたいしたこと無い。そう思わせるのを避けようと、勝也は部員達を見て伝える。
全国から選りすぐりの選手達が集って、選ばれた精鋭達の中に実力不足などいない。八重葉は高校サッカーのエリート集団だ。
総合力で言えば、八重葉の方が上回っている。立見の勝っている要素はほぼ無いだろう。
「(やっぱ八重葉強いよなぁ……)」
「(その上神山先輩が怪我で欠場してるし、俺ら行けるのか……?)」
それぞれの心の不安、声が弥一にハッキリと聞こえて来る。
高校最強の相手に加えて勝也が欠場と、立見にとってはかなり不利だ。選手層の厚さで全国随一を行く八重葉に比べ、立見の方はかなり薄い。
勝也の代わりが務まる程の選手はいない。またしても彼無しで、戦うしかないのかと皆が思っていた。
「俺は後半出る」
「!」
皆の不安を感じ取ったのか。明日の試合に勝也は出場すると、皆へ一言告げる。
「そりゃありがたいけど、怪我を押して悪化でもしたら……」
「医師から出場の許可は出てる。思ったより早い回復力だって」
無理はしない方が良いと、言いかけた成海に京子が口を挟む。勝也は今日病院で診察してもらい、左膝の痛みはすっかり消えて良くなっている。
軽傷の上に大事を取って、よく休ませたのが効いたのかもしれない。医者から許可は出たが、いきなりフルタイムの出場は避けようと、後半だけになった。
「前半同点、それで乗り越えれば俺も後半から戦う。だから前半なんとか凌いでほしい。かなりの無茶振りになっちまうけど」
勝也から部員達への、前半なんとか凌いでくれという頼みだ。
「大丈夫っス勝也先輩!前半0で凌ぎますから、うちも八重葉と同じく無失点で来てますし任せてくださいよ!」
闘将を強く尊敬する間宮。任せろと自信を持って、勝也を見ながら胸を張っていた。
勝也が出られると聞いて、立見の場は不安な空気から一転する。明るい雰囲気を弥一は感じ取り、勝也は立見を明るく照らす太陽だなと改めて思った。
「(前半どころか試合終了まで無失点のつもりだけどね)」
絶対王者相手だろうが点をやる気など微塵も無い。弥一の狙いはあくまで完封勝利だ。
準々決勝の試合当日。、八重場の試合というせいか、何時もより向けられているカメラの数が多い。
最強軍団の試合は観客だけでなく、同じ世界に携わる者達の注目も集める。スポーツ新聞各紙、大学や社会人、更にプロ関係者。
高校のタイトル全てを獲得した、八重葉だからこそ今の状況を可能としている。
「(分かってたけど、やっぱりなぁ……)」
移動バスの中で摩央はSNSをチェックしている。今日の勝敗予想で人々は八重葉の勝利、この試合は王者が優勝するただの通過点ぐらいにしか見ていない。
更に専門家も予想では八重葉の優勢。立見は初出場で経験が浅い上、大黒柱の勝也がいない。そんな彼らが全国のベスト8まで勝ち残れた事自体、充分に奇跡として値するだろうと語られていた。
世間の大半が八重葉の勝利を予想。勿論試合前の選手にそんな事は伝えず、摩央の胸の中に仕舞っておく。
「八重葉さんは試合前にカステラを食べて挑むそうなので、うちでも真似して取り寄せて来ました〜♪」
立見のロッカールームにて、彩夏から試合に臨む皆へとバータイプのカステラが配られる。
「良いなー、八重葉は毎試合美味しいの取り寄せてきたりとー……美味しいね〜♡」
試合ごとに美味いカステラが食べられる。八重葉が羨ましいと思いながらも、弥一はカステラを食す。
試合前の軽食を済ませ、立見はアップの為にフィールドへと向かう。相変わらず夏の日差しが強く、今日は北海道で今年1番気温の高い日との事だ。
「(こいつは延長戦あったら地獄になる所だったな……あっつ!)」
軽くボールを蹴って体を動かすだけで、早くも汗が出て来る。勝也は弥一とパス交換をする中、今日がかなり暑い日だと改めて実感した。
そこに八重葉の選手達がアップの為、姿を見せれば歓声が上がり、カメラの注目も集まっていく。話題ある新鋭よりも、人々の関心は絶対王者の方に向いている。
「よ、やっと会えたな神山さんよ」
弥一と勝也のパス交換中。1人の人物が2人に近づき、勝也に話しかけていた。
「工藤……」
弥一から送られたパスを足元で止めると、勝也の視線は話しかけて来た龍尾に向く。ぶつかり合う2人の視線。
「小学校以来、だよな?」
「覚えてくれてるとは嬉しいねぇ、6年程前で互いに小せぇ頃だったってのに」
小学校の時を勝也が口にすれば龍尾はニヤッと笑った。
「ま、俺は忘れた事は一日も無ぇがな。あの頃あんたに唯一ゴールを許したあの日の事は」
「…!」
その龍尾の姿を見た時、反応を見せたのは勝也ではなく、やや遠くから見ていた弥一の方だ。
笑って語る姿とは裏腹に、彼の心はマグマのように煮え滾っていた。勝也への強いリベンジ、それが心に表れているみたいだった。
待ち望んでいた相手が今目の前に居る、それで彼の心を昂らせているのかもしれない。
「言っとくけど今日もあんたがベンチに引っ込んでるようなら、絶対勝てんぜ立見は」
「!」
それは挑発か、龍尾の言葉に対して勝也の目つきが鋭さを増す。今までの2試合と同じように今日も出ないから、立見に勝ち目は無い。龍尾は不敵に笑って言い切っていた。
「ま、それでも引っ込んでるならどうぞご自由に。自分のチームが負ける所を特等席で見たいならな」
龍尾はそれだけ言うと勝也から離れ、自分のアップへ戻って行った。
「今の……勝兄貴を出場させようと挑発したよね」
「分かってる、それに乗って前半から出る気は無ぇよ」
勝也をフィールドに立たせようと企む龍尾の挑発。それに勝也は乗らず、予定通り前半はベンチから静観する事に徹する。
ただ弥一には分かる。
言葉を受けて、勝也の心が出場するという気持ちが強くなり、闘争心が沸々と沸き上がっている事。
心に秘めながら勝也は弥一と再びアップに戻っていた。
弥一「本当両方とも気持ちが昂ってたね〜」
勝也「怪我してなきゃ前半から出てフル出場してたってのに、あのガキ言ってくれんな……!」
間宮「あの帽子野郎締めてきましょうか!?」
影山「普通に駄目だよそれ」
田村「すげぇ注目集まってんなー、可愛い女子とかどんくらい居るのかな!?」
勝也「うん、2年の三馬鹿見て急に頭冷えたわ」
弥一「ある意味ナイス先輩達♪」