王者から見た対戦相手
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『3回戦6ー0!前回王者八重葉、沖縄の浜戸王を寄せ付けず準々決勝に進出と、連覇に向けて盤石です!』
『高校レベルとは思えないですね、これはもう異次元ですよ!』
相手の高校は圧倒的に差をつけられ、倒れ込んだり天を仰いだりと、反応はそれぞれ異なった。
予選を勝ち上がって全国に出て来る程の猛者だ。決して弱い訳ではない。だが王者にとっては関係なかった。
自分達の相手が何者だろうと勝利を目指し、戦い切るのみ。それこそが高校サッカーのタイトル、全てを獲得した王者のやり方だ。
高校サッカー界の覇者、静岡代表の八重葉学園。驚異の白き軍団は危なげなく3回戦で勝利、準々決勝に駒を進めて行く。
2年エースの天才ストライカー、照皇誠はシードで1試合少ないにも関わらず、既に2試合で8点。得点ランキングで琴峯の室と並んで2位につけていた。
ちなみに9点で首位を走るのは、牙裏の狼騎となっている。
「照皇君、今日も4得点と絶好調ですね!去年より進化していると感じましたが、ご自身の手応えはいかがでしょうか?」
「いえ、絶好調ではありません。もう2点取れそうな所が取れなかったので、まだ甘いと思っています」
フィールドでヒーローインタビューが行われていた。今日のMOMに選ばれた照皇は笑みを浮かべる事なく、静かに答える。
ハットトリック達成の4ゴール。
FWとして文句無しの活躍にも関わらず、彼に浮かれている様子は見られない。
「照皇先輩って実はアンドロイドとかじゃないスか?」
「はあ?」
インタビューを受ける照皇を遠くから眺め、八重葉期待の1年、月城が先輩に対して人間じゃないと発言。
それを聞いた2年の先輩、仙道佐助が声を発する。何言ってんだこいつとばかりに、後輩の方へ視線を向けた。
「だってあの人が笑うの見た事ありませんし、予選でゴール決めまくって優勝決めても浮かれてなかったですから。感情抜け落ちてんじゃねぇのかなーって」
「んな訳ねぇだろ」
「っ!?」
月城が佐助と喋っている時、背後から龍尾が冷えたペットボトルを、月城の首の後ろに軽く当てて来た。急に伝わる冷たい感触に、先輩へと遠慮無い発言続きの後輩は驚いてしまう。
「いいからほれ、早く休んで来い亨。お前の足を欠いたら困るし」
「は〜い」
龍尾からペットボトルを受け取り、月城はロッカールームに歩いて行く。
「(あいつはストイックなだけだよ。誰よりもな)」
幼い頃から長い付き合いで相棒と行ってもいい。彼をよく知る龍尾はインタビューを受ける相棒を見た。
あの分だとまた記者を困らせるなと、照皇の姿を見て予感がなんとなく伝わる。
「準々決勝の相手は立見高校。初出場だが彼らは予選から此処まで無失点で来ていて、それも2回戦と3回戦はキャプテンを欠いた状態にも関わらず勝っている」
宿泊先の旅館、そこの大部屋で八重葉の監督はパソコンの動画を、集まった選手達に見せていた。
流れているのは立見の試合で、相手は愛知代表の城坂高校。立見は前回から勝也の欠場が続き、この試合でも彼はベンチへと座っている。
その影響を感じさせず、城坂のスピードある攻撃に対応しており、決定的なチャンスを与えていない。
「間宮が身長以上に高さ強いな」
「田村に影山も良い動きでフォローしてくるし、こりゃ堅いぞ」
八重葉のキャプテン大城は同じ3年の村山と共に、立見の守備陣を見ていた。
百戦錬磨の彼らの目から見て、立見の2年3人は全国でも高レベルだと伝わる。それを象徴するように、城坂の攻撃を跳ね返し続けて通さない。
「川田は司令塔としては粗削りかな。けど体デカいから当たり強くて高いし、何よりシュートが強烈なんだよな」
村山から見て甘い所はあるが、川田も厄介な存在と認識している。この試合で川田は豪快なミドルを一発決めており、その存在感を示していた。
「水島ってのも攻守で田村と両サイド良い働きしてますよ。こいつ乗ってますね」
総体の2試合目から覚醒し、3回戦も強気なプレーを見せている翔馬を同じ1年で、佐助の弟の政宗が彼の動きをチェックする。
「ボランチにコンバートした成海もそれは言えるな。途中出場の歳児は勿論、上村も侮れない」
この試合は成海のパスから豪山、武蔵から優也とそれぞれ後半にゴールを重ねていた。結果は3ー0と立見が城坂に勝利。
八重葉と準々決勝を争う事となる。
「結局ほとんど全員が勝ち星を重ねて、勢いに乗っちまってるって訳だ」
龍尾は彼らのプレーを一通り見て、軽く笑みを浮かべた。
勝利を重ね、勢いに乗る相手との試合は数え切れないくらい経験している。その度に叩き潰し、自分のチームが勝利してきた。それが龍尾にとっての日常茶飯事だ。
一方の照皇は無言で、1人の選手を集中して見ていた。
頻繁に周囲へと声を上げ続け、相手のパスをインターセプトして、攻撃を断ち切る小さなDF。
弥一の活躍によって、城坂は最後まで決定的チャンスを作れなかった。
「分かっているとは思うが、あえて言おう。相手を侮るな。全国という強者しか立つ事の出来ない舞台、それも準々決勝まで勝ち上がる程の相手だ。立見はそれ程の相手だと肝に銘じておけ」
「「はい」」
監督から立見を格下と思って甘く見るなと、言葉を受けて選手達は揃って返事をする。
王者として負ける事の許されない立場。一度でも負けたら終わりのトーナメントで、立見を格下と侮って向かう気など彼らには無い。
フィールドで絶対王者の強さを証明する、それが彼らに課せられた任務だ。
「お〜い」
旅館近くにある練習グラウンドにて、照皇はフィールドの周りを走っていた。
今日も気温は高く、夏の太陽が上空から照らして来る。今日の気温は30度だ。その中で汗が滴り落ちながらも、足を止めずに己を磨き続ける。
龍尾はベンチに座って、先程自販機で買ったばかりのペットボトルのオレンジジュースを飲むと、彼に声をかけていた。
「お前よくやるよなぁ、明日が立見戦って分かってるか?」
照皇が走る時に通るベンチ近くまで来ると、そのタイミングで龍尾は話す。
「分かっている。軽めに調整しておくつもりだ」
走りながら照皇は会話を返していく。
「(2戦欠場してるけど、明日もまた出ないのかねぇ?)」
相棒の姿を眺めながらジュースを飲む龍尾。頭の中では立見に居る1人の人物を思い浮かべていた。
「(神山勝也が今度も出ないなら……つまんねぇ試合になりそうだわ)」
龍尾にとって唯一、自分からゴールを奪っている勝也以外で、立見に興味惹かれる者はいない。
何時も通りに勝つのみだ。