試合を支配する者
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
前半から先制を許した天鳥高校。彼らは慌てず、冷静に試合を進めてチャンスを狙いに行く。
「間宮先輩もうちょい前出てー!田村先輩真ん中寄り過ぎー!」
年上の先輩相手でも関係無く、弥一は声を出して次々と指示を送っている。
相手の中盤がスルーパスを、3トップの一角が飛び出しを、それぞれ狙っている事が心に伝わって来た。そんなに狙っているなら蹴らせよう。
無論罠は張らせてもらうが。
ピィーーー
『あーっと天鳥オフサイド!抜け出せばチャンスでしたが立見、トラップを仕掛けていた!』
「っ……!」
思うように攻撃出来ず、天鳥の方には焦りが蓄積されていく。時間が経てば経つ程なその効果は、大きくなるばかりだ。
「何か今日に関して天鳥の攻撃、空回りしてるように見えちまうな」
「ええ、歯車が噛み合っていない……今まで彼らのそういうの、見てなかった気がするけど」
昨日の初戦で4点を取っているだけでなく、予選で多く得点を重ねているはずの天鳥が、上手く攻撃出来ていない。
勝也と京子から見て、そんな感じが伝わって来た。此処に来て彼らが調子を崩したのかとさえ、思ってしまう程だ。
正確には1人のサイキッカーDFによって、狂わされているせいだが2人もそれに気づく事は無い。
「(くっそ!パスが駄目ならドリブルで!)」
思うように攻められない。今の状況を打開しようと、FWが前線からボールを要求。
渡った直後に前を向いてドリブルを開始。
だが、その前に彼はボールを奪われていた。トラップして前を向く時、彼に生まれた隙を最初から狙い澄ましてか、相手がボールに意識を傾けた瞬間、弥一が奪取に成功していた。
『突破を阻止!1年の神明寺、小さい体で相手を全く通さない!』
『あんなに小柄な体格でそれが出来るとは。やはりイタリアのミランで積み重ねた経験は伊達じゃないですね』
「鈴木先輩左行ってー!」
弥一が左サイドから上がって来る選手を発見。同じサイドにいる選手へ、マークに行くよう指示を出していた。
「(デコイだっての!)」
それは天鳥が仕掛けた罠。サイドの選手を走らせ、意識を向けて中央からボールを繋ぐ。
「(知ってたよ?)」
左が囮だった事を弥一は既に見抜き、中央のFWに向けたパスを再びカット。右足でボールをコントロールした後、左足で前方へ正確にクリアする。
攻める手を強めて行く天鳥だが立見に、そして弥一にことごとく防がれていた。
なんとか同点に追いつこうと、天鳥が更に攻勢へと出た時。
『川田が前線で奪った!これはチャンスだ!』
ボールを持つ相手に、川田が肩から思い切りぶつかる。激しいショルダーチャージが相手のバランスを崩させ、その隙に奪い取った。
「川田!」
声が聞こえると、中央から成海の上がる姿が見えて、川田はボールをキャプテンに託す。
前から迫り来る相手の足。球を狙って伸びて来るが、成海は右の足裏でボールを引き寄せて躱し、そのまま右のインサイドで軽く左に転がすと、同じように左足で前へ蹴り出す。
それと共にボールを追いかけるように、成海はダッシュして追いつく。近くに他の天鳥の選手がいなかった為、相手を突破する個人技が成功していた。
『これは巧い成海!ゴール前チャンスだ!』
2点目は決めさせんと天鳥は豪山だけでなく、川田にもすぐにマークを付ける。彼のシュートは強烈なので、フリーにはさせられない。
そのせいかDFの成海への寄せが少し甘く、彼にシュートを撃たせる猶予を与えてしまう。
元々ミドルを得意とする成海は迷わず、左足を振り抜いた。
低空飛行でゴールの右下隅に飛ぶボール。天鳥GKが低いダイブで左腕を懸命に伸ばしていく。
結果はあと一歩及ばず。右下隅のゴールネットに、ボールは突き刺さっていた。
『立見追加点ー!神山に代わってこの試合キャプテンを務める成海が貴重な2点目をもたらした!』
『良いシュートでしたし、ドリブルも巧かったですよ。川田君が前で取ったショートカウンターが利きましたね』
ゴールの興奮が夏の猛暑も忘れさせ、スタンドから歓声が上がって来る。
「おおっし!流石蹴一、あいつやってくれたわ!」
自分も飛び出してフィールドに向かい、喜びたい気持ちをグッと押さえて、勝也は座ったままガッツポーズするだけに留める。
苦しい立ち上がりかと思われた。だが蓋を開けてみれば前半で2ー0と、立見がリードしている状態だ。
「この試合は立見の物だよー!ガンガン強気にやっちゃってー♪」
2点目を取った事で、天鳥の方がバタついてしまっている。心の動揺をすかさず感じ取れば、弥一は攻撃に行けと後押しするように声を出す。
これが良い方向へと向かい、影山がボールを奪うと左の鈴木に繋ぎ、鈴木を追い越すように上がっていた翔馬へパスを出す。
『流れるように繋がるパス!水島から豪山ー!』
翔馬の左足で上げたクロス、豪山の頭を狙ったボールだ。
競り合って来るDFとの空中戦を制して、豪山はヘディングで下へ叩きつけるように放つ。
3点目のゴールが決まり、長身ストライカーが天へと向かって吠える。
『3点目ー!エースの豪山も決めて止まらない立見の攻撃!流れに完全に乗ってしまったか!?』
立見の勢いに飲まれてしまっている天鳥。肩を落とす者は多いが、もうハーフタイムは目の前。此処で切り替えて流れを天鳥に持って行きたいと考えていた。
『パスを通さない立見!天鳥に一切のチャンスを与えない守備だ!』
何度インターセプトをされたのか、天鳥のパスは遮られ続ける。
パスだけではない。ドリブルで個人技に持って行こうとしたら、立見が2人がかりで、迷わず向かって防がれる。更にデコイも全く通じず、攻撃を見抜かれてばかりだった。
「行けるぞー!集中切らさず守りきれー!」
一方の立見。全国大会に出場する猛者を相手に、攻撃を止め続けている事で、自分達の力は全国に通じると自信に繋がる。
間宮が大きく声を上げ、DF陣を盛り立てていく。
それに応えるように、攻撃陣も奮闘する。後半の途中から消耗した鈴木、岡本に代わって武蔵と優也が出場。
すると相手の苦し紛れなロングシュートをキャッチした、大門からチャンスが作られる。
『大門大きく前へ出して、頭で川田、右に流す!田村上がっている!』
大門のパントキックで前へ高く上がったボール。川田が相手と頭で競り合いながらも、右の田村に落としていた。
田村はドリブルで上がらず、右に居る武蔵へ託す。視線の先はゴール前の豪山、右足でボールは蹴られる。
だが狙いは豪山ではない。右に寄っていたので、左が空いている事に武蔵は気付いていた。
フリーになっている優也がボールを受け、左斜めからドリブルで切り込む。
『此処で歳児!ドリブルでエリアに侵入!』
優也に進ませまいと、天鳥DFが必死に止めに行く。その中で優也の左足がDFの足にかかり、転倒していった。
主審の笛が鳴ると判定はPK。天鳥側のファールを取っていた。
「優也、足大丈夫ー!?」
後ろから弥一が声をかけ、優也は立ち上がると足の状態を確認。特に痛みは無く、弥一に「なんとも無い」と返していた。勝也に続く負傷という不運は避けられたようだ。
PKはファールを受けた優也が自ら蹴る。冷静な彼はキーパーの逆を突く、左にボールを豪快に蹴り込み、ゴールネットを大きく揺らす。
4ー0。後半に入って立見は追加点を決めてみせる。
「(何でだ!?神山抜けてチーム力下がったんじゃなかったのか!?)」
差を詰めるどころか突き放され、天鳥は内心頭を抱えていた。やる事全部が見抜かれてる感じがして、心身共に普段の試合よりも疲弊させられていく。
「(まさか心読まれてるなんて事……いや、頭おかしくなってるな俺)」
過酷な猛暑で連日試合を重ねたせいか、おかしな事を思ってしまう。その考えを消して、再び試合に臨む。
「(大正解だけどね!)」
相手のパスをカットした弥一が、心で相手に正解を告げながらも、右足で思い切りボールを蹴り出した。
弥一の蹴られた球が空高く、青空を舞った瞬間に試合終了の笛が鳴らされる。
「お前らしっかり勝ってくれてありがとな!」
今日の試合を欠場し、ベンチで見守っていた勝也。仲間達の勝利に駆け寄って感謝すれば、2回戦突破を共に喜び合う。
「勝兄貴が留守で大変な時だからもう本気だったよー♪」
勝也が欠場して不利と思われた、2回戦の天鳥との試合。だが攻守で付け入る隙を与える事なく、結果は完勝。
今日の試合を支配した小さなDF。弥一は勝也の前で明るく笑う。
立見4ー0天鳥
影山
成海
豪山
歳児
マン・オブ・ザ・マッチ
神明寺弥一
弥一「あ、そうだったー!」
勝也「急にどうした弥一?」
弥一「北海道もザンギって美味しい鳥の唐揚げあるよね?」
勝也「ああ、北海道じゃそう呼ばれてるよな」
弥一「天鳥に勝ったからご褒美にザンギとか〜」
京子「すぐに3回戦あるから駄目、試合前日に揚げ物は禁止。これアスリートの基本」
弥一「ですよね〜……あ〜唐揚げ〜」