喫茶店で束の間の休息
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「はぁ〜、生き返るぅ」
外は夏の太陽が照りつけ、暑さによる世界が広がる中で勝也は冷えたオレンジジュースを飲んでいた。
冷たい果汁の甘さが染み渡り、店内の涼しい空間が夏の暑さを忘れさせてくれる。
弥一、勝也、春樹、狼騎の4人は市内の喫茶店へと、暑さを凌ぐ為に訪れていた。春樹が勝也に気を遣って、涼しい所に行こうと誘ったのが切っ掛けだ。
見た目で目立つ狼騎が居る分、人々の注目は集まりやすい。何人かが彼らの席をちらちらと見ていた。
春樹はアイスコーヒーを頼んでいて、勝也と向かい合う形で座る。
「癒される〜♡」
弥一は注文して運ばれたチョコレートパフェを味わい、至福のひと時を過ごす。
その向かいの席では、狼騎がモンブランケーキを食していた。不良な見かけによらず、意外と甘いのを好むようだ。
「立見の初戦の相手が泉神で、その泉谷さんが小学生時代に対戦した……覚えてますよ。自分のゴールで決めて勝った大事な全国の試合でしたから」
勝也から先程の話を聞いて、春樹はアイスコーヒーを一口飲んでから語る。
「泉谷さん、確か勝也先輩を徹底マークしてましたよね。互いに封じ合って結構苦戦した試合でしたから」
「そうそう、動き回ってもマークが離れなかったし、あれはしつこかったわぁ」
春樹と共に勝也は当時の試合を振り返っていた。弥一に続いて春樹も加わると、より深く思い出せる。
勝也に泉谷、互いにマークをし合い中々苦しい試合だった。春樹が得点を決めていなかったら、そこで負けていたかもしれない。
「久しぶりに彼の姿を見ましたけど、かなり大きく成長してましたね」
「180cm超えてるみたいだからな」
泉谷の公式身長は181cm。今の勝也と春樹を越える長身に成長していた。
「体の大きさは関係無ぇだろ。それでサッカー下手くそなら宝の持ち腐れだ」
モンブランを食べつつ、狼騎が発言。体が大きくても力を活かせなければ意味は何も無い言う中で、目の前のパフェを美味しく食べる小柄な少年に目が止まる。
「(関係無ぇけど、こいつは小せぇにも程がある)」
「(クリームにアイスと美味しくて癒される要素が満載で最高〜♡)」
この時の弥一は心を読む事なく、チョコレートパフェに夢中だった。狼騎にそう思われてると知らず、クリームとアイスの冷たく甘い味に癒されていた。
「でも勝也先輩はそれ以上に成長してると思いますよ。でなきゃサッカー部を作って全国に導くとか、出来ていなかったと思いますから」
本当はもっと声を張って力説したかったが、喫茶店で他の客の目もある。勝也の迷惑になる事は避けて、春樹は控えめの声で、勝也に成長では負けていないと伝える。
「俺が導いたっつーか皆が導いてくれたおかげ、な。強い後輩達が入ったり育ったりしたのもあるしよ」
自分が全国に導いた訳じゃない。春樹の言葉に対して、勝也は困ったような笑みを浮かべる。弥一を筆頭に実力ある1年の入部、間宮達2年の成長、それが立見にとって大きな力となってくれた。
「……よく言う。東京のMVPでただ1人、龍尾の野郎からゴール決めた奴が」
モンブランを食べ終えて食後のコーヒーを飲む狼騎から、静かに勝也へ向けて言葉が発せられる。
「おいおい、凄いように言ってくるけどさ。あれPKだからな?流れじゃ取ってねぇよ」
「それでもあいつから得点してるのは公式記録じゃ、勝也先輩しかいませんから」
当時の柳FCで、全国制覇を決めたPKのゴール。蹴った勝也本人も当時のチームメイトの春樹も、そして弥一も覚えている。
小学生時代から天才GKとして、注目を浴びた工藤龍尾。中学時代に石立中学で公式戦無失点の3連覇を果たし、八重葉でも去年に全試合完封を達成。
驚異の無失点記録を作り上げ、今も継続中。その恐るべきGKが小学生時代に、唯一1点を許している。それがあのPKだ。
「あんた、八重葉ともし当たったら気を付けた方がいいぞ。あいつ相当リベンジしたがってるみたいだからよ」
「言ってたな。まあ、返り討ちにされる結末しか見えないけど」
「それでお前とも相当揉めたんだろうが」
共に同じ石立中学に居た狼騎と春樹。龍尾ともチームメイトで、彼が勝也を強く意識して、リベンジを願う事も聞いている。
それで無理だと言った春樹と龍尾が揉めた事、狼騎は思い出すと共にコーヒーを飲み終えた。
「何処でも人気だね勝兄貴はー」
「明らかに嬉しくねぇ人気混じってるし、俺切っ掛けで喧嘩起きてるじゃねぇか」
チョコレートパフェを食べ終えて、満足そうな笑顔で弥一から人気者と言われるが、勝也としてはあまり嬉しくない。
「つか八重葉の前にまずは泉神だ。先の王者よりも目の前の試合に集中だろ」
そう言いながら勝也は席を立つ。名残惜しいが、何時までも懐かしの再会には浸っていられない。
「あ、僕勝也先輩の分払いますよ!」
「いらねぇよ、後輩に奢られてたまるか」
春樹の奢りを勝也は断る。年下の後輩に奢られるのは格好悪いと思い、彼のプライドが許さなかった。
それぞれが自分の分を会計して、喫茶店を後にする。
「お互い勝ち上がれば当たりますから、立見と戦うまで牙裏も負けません!」
狼騎が1人足早に去って行くのに対して、春樹は勝也へ告げてから後を追いかける形で去り、牙裏の2人とは喫茶店の前で別れた。
「春樹さん別のチームでも元気そうだったねー」
「だな、春樹とあの酒井って奴の居る牙裏も手強いから注意だ」
「春樹さん居るし、全国出てるから弱いって事は無いでしょ」
ホテルへ戻る道中、勝也から牙裏も注意だと弥一に教えていた。
「春樹が中盤の攻守を担い、酒井がバンバン決めてたからな。岐阜予選で牙裏大暴れだったぜ?決勝とか7ー1の大差だ」
「へぇ〜、あの狼さんただのケーキ好きじゃなかったねー」
「お前にとってはそっちの印象強くなっちまったのかよ」
狼騎が食べていた、モンブランケーキも美味しそうだったなぁと、弥一は振り返っている。
牙裏は春樹、狼騎の活躍によって岐阜予選を圧倒的な強さで制している。
初戦の泉神に加えて牙裏と、手強い高校が続々と立見の前に現れる。総体の初戦を迎えるまで、弥一や勝也達はその時を待つ。
弥一「暑い日は涼しい喫茶店で過ごすのが最高だねー♪それで美味しいスイーツを味わったり〜♡」
狼騎「……悪くねぇ」
勝也「弥一が食うのは分かるとして、人は見かけによらねぇと言うけどさ」
春樹「意外と彼は甘いの好きなんですよ。顔に出なくて分かりづらいですけど」
弥一「(僕は狼さんがメニュー見てる時に心で分かったけどね、ああいう事思ってたんだなぁ〜)」